第伍話 【1】 妖魔のサナギ

 3人が歩いている場所の空気が張りつめる中で、僕は白狐さんの腕に抱かれて縮こまっています。

 僕の中に閉じ込められている妖怪が、SSランクという超危険な妖狐だと分かり、2人の方もピリピリしちゃっている。


 この空気から早く脱したい僕は、ただ一心に、子供達の体がどこにあるのかを推理しています。

 だって、普通に教室の中に置いておくなんて事は無いでしょうからね。


 最初の原因があの妖魔だとしても、いったいどれだけ前から子供達を引きずり込んでいたかは分からない。

 かなりの数になっていた場合は、教室なんかには置いておかないし、その子供達だって、隠れんぼ形式で見つけて貰おうという程なんだから、絶対に簡単な所に体は置いていないよね。


『椿、先程から黙っておるが大丈夫か?』


 すると、白狐さんが上から覗き込むようにして見てきた。

 今の僕はぬいぐるみだから、当然そうなるのは分かるけれど、ちょっと顔が近いですよ。


「ん……大丈夫だよ白狐さん。無闇に探しても見つからないだろうから、ちょっと推理していました。でも、僕の頭じゃ無理かも……」


 やっぱり中学生の頭脳では、これ以上は何も思いつかないです。漫画やアニメみたいに上手くいきませんね。


 だからね、落ち込んでいないし大丈夫だから、頭を撫でないでもらえますか? 白狐さん。


【ん~確かに……片っ端から教室を調べても意味が無いわね。だからって、他にどこかあるかしら?】


 妲己さんが、1つ1つ教室を覗き込みながら言ってくるけれど、僕は気づいていますよ、妲己さん。


 伊達にいじめられ続けたわけでは無いですよ。

 人の顔色を伺い、何かを隠している、もしくは機嫌が悪そうとか機嫌が良さそうとか、そう言う表情を読む力は、人一倍ありますからね。


「妲己さん。そろそろ言って貰えますか? 僕の体なんだから、何か感じているはずですよね?」


【ん~? なにかなぁ?】


 誤魔化してもだめです。

 普通の人では分からないだろうけれど、さっきから妲己さんの瞳が、少し細くなったりしていますからね。僕の体なんで無意識だろうけどね。


「あのね、妲己さんも早く見つけないと死んじゃうんでしょ? それなのに誤魔化す意味が分からないですよ」


 すると妲己さんは、頬に人差し指を付け、可愛く考えている姿を見せてくるけれど、その体は僕の体なんで止めて欲しいです。


【ちょっとね~ギリギリで助かるっていう、その緊張感を持ちたいなぁって思ってね】


『遊んでいる場合では無いのだぞ、何か気づいているなら早く言え!』


 妲己さんの、そののらりくらりとした態度は、流石の白狐さんでもキレたようです。かなり怖い顔で怒鳴りつけているよ。

 因みに黒狐さんの方は、妲己さんに対しての記憶がちょっとだけ戻ったのか、さっきからすごく大人しいです。


 こんな白狐さんと黒狐さんは初めて見るよ。


【んもう……しょうが無いなぁ。実は、あの子を捕まえてからもまだ、1つだけ邪悪な妖気が消えないの。どうやらこの件は、妖怪1体と妖魔2体、そして子供達の悪霊、これらが重なって起きた事件と見て良いわね】


 そんな状態だったから、ここから漏れ出た妖気の質が、よく分からない状態の気になってしまっていたのですね。


 でもそれなら、この任務はもしかしてもなく、凄く難易度が高い任務になるんじゃないですか?


『成る程。それはいかんな……これはもはや、Sランクに匹敵する程の任務ではないか』


【そうね~今感じている妖気も、さっきの妖魔の子とは格が違うわよ。これは成熟している妖魔ね。良いわねぇ……】


 そう言いながら、妲己さんは僕の体で舌なめずりをし、妖しげな笑みを浮かべた。それは僕の体なのに、もう僕では無くなっていますよ。


『おい、妲己。成熟とか子とか、さっきから何を言っているんだ』


 あっ、黒狐さんがちょっとだけ復活した。

 でも、何で白狐さんの後ろから言ってるの? ちょっと怖がり過ぎですよ。


 それでも、妲己さんは黒狐さんに話しかけられて嬉しいのか、ちょっとだけテンションが高くなっていた。


【ふふ、気になる? 黒狐。簡単な事よ、あなた達は危険度でランク付けしているけれど、そもそも私が生み出した妖魔は、未熟型と成熟型があるのよ。もちろんそれによって強さも変わり、危険度にも関わってくるから、あなた達のランク付けも、あながち間違いでは無いけどね】


「つまり妲己さんの言葉から察するに、Aランクの妖魔は未熟型で、Sランクの妖魔は成熟型?」


【あら、賢いわねぇ椿~】


 バカにしているような褒め方だし、あなたに褒められても嬉しくないなぁ。


 すると白狐さんが、また僕の頭を撫できます。

 言葉にしなくても、その撫で方が褒めている時にするような撫で方なので、撫でられるだけでなんだか嬉しくなってくるよ。


 やっぱり白狐さんや黒狐さんに褒められた方が、僕は数倍嬉しいな。


 ――って、ちょっと待って。

 もしかして僕って、既に白狐さんと黒狐さんに堕とされかけている?

 駄目だ駄目だ! 僕は男の子なんだから、白狐さんと黒狐さんのお嫁さんになんかならないよ!


【さて、隠してもしょうが無いみたいだから、そろそろ行きましょうか。この上、屋上の辺りから強い妖気を感じるわ】


 そう言うと妲己さんは、その教室の隣にある、ボロボロで今にも抜け落ちそうな階段へと向かった。

 その階段は、上がる度に軋む木の音が響き、抜け落ちないか不安に思ってしまうし、どことなく不快にも感じてきました。


 その階段が落ちないだろうかハラハラしている内に、どうやら屋上に着いたらしく、硬く閉ざされた鉄の扉が目の前に現れました。


 木の校舎に鉄の扉というのもおかしな組み合わせで、凄く違和感を感じてしまい、それがまた恐怖心へと繋がるよ。

 ただ、僕がこの体で震えてみても、ぬいぐるみだと震えられないので、白狐さんには伝わらないですよね。

 それなのに、何で分かっているかのように優しく頭を撫でてくるのですか?


『この妖気……俺の手配書アプリでも出てこない。白狐、こいつはSランクだぞ、どうする?』


 すると、扉に向かってスマホをかざしていた黒狐さんが、険しい顔をしながら白狐さんに確認を取ってきた。


『参ったの、こんな事になるとはの』


 それを聞いた白狐さんも、頭を掻きながら困った顔をしている。


「センターに問い合わせは出来ないの? それでSランクを倒せる、ライセンスの級を持っている妖怪さんを、応援に呼んだりさ」


『とっくにしておる。だが、今手の空いている者がおらず、早くても半日以上はかかるそうだ』


 その間に僕の体から妲己さんが抜け出て、あっという間に死んじゃいますよね。

 魂をぬいぐるみに変えられているから、白狐さんの治癒妖術も使えないし、この状態……もしかして詰んでます?


【なにボサッとしているの? あなた達は押さえてくれるだけでいいわよ。あとは私が食べるから】


 今サラッと何を言いました? 僕の体で何をしようとしているのですか?!


「ちょっと! 僕の体で何を――」


【大丈夫よ。養分として私の中に蓄えるだけだから、あなたの体には何の影響もないわよ】


 僕の言葉を遮るように妲己さんが言うと、そのまま重そうな鉄の扉を片手で吹き飛ばした。


 そしてその先の光景を前にして、僕達は絶句する。


 屋上の中央には奇怪な物があり、その後ろから、それを囲うようにして子供達の骨が山積みされていたのです。


 それはざっと見た限り、100人か200人くらいの骨の数です。


 それ程まで犠牲者が出ていたの? いや、中には角が付いているのもあるから、これ妖怪まで混じっている?!


【集めに集めたり。そして、ようやくここまで成長したのね。偉いわね~】


 そう言うと、妲己さんは山積みにされている骨に向かって行く。正確には、その中央にある奇怪な物だけど。


 それは青紫色の卵型のもので、表面は奇妙な液体に包まれ、至る所から伸びている変な触手のようなものが、ウゾウゾと虫の様に蠢いている。


 これはハッキリ言って気持ち悪いですよ。

 触ってしまったら、よく分からない液体が体に引っ付いてきそうですね。中に何かが入っているようにも見えるから、サナギみたいにも見えるよ。


 すると、そのサナギのような物の触手が、急に素早く動きだし、妲己さんに向かって伸びていく。良く見ると、槍のようにして体を突き刺そうとしているみたい。


【あら、親を狙うなんて最低ね】


 それを見た妲己さんは、他人である僕の体でも、難なくその攻撃を避けていく。

 だけど妲己さんの方は、それに攻撃をする事もなく、ただ何かを待つかのようにして様子を伺っている。


「やっと、見つけてくれたんだね。それじゃぁ、早くその鬼を倒して」

「怖い鬼を倒して」

「僕達を――」

「私達を――」


「「「怖い鬼から解放して」」」


 そんな時、僕達の後ろから子供達の声が聞こえ、そっちの方を振り向くと、いつの間にかそこには、数体のぬいぐるみが立っていて、こちらを見上げていた。


「あっ、白狐さん。ちょっと降ろして!」


 何でそう思ったかは分からないけれど、でも僕は、この子達と話してみないといけないと思ったんだ。


 白狐さんは僕の言葉を聞き入れてくれて、ゆっくりと僕を地面に降ろしてくれた。


『椿、あんまり感情移入はするなよ。連れて行かれるからな』


 そう言うと、2人は共にサナギの妖魔を押さえに向かった。

 良く見ると、妲己さんはただ避けているだけだし、このままでは埒が明かないと思ったのでしょうね。


 それを見た後に僕は、ヨタヨタと歩きながら、他のぬいぐるみの前に立つと、意を決してその子達に話しかける。


「ねぇ、あの妖魔の本体はどこ? 君達は、ずっとこの校舎を駆け回っているんだよね? それだったら、おかしな物を見つけていない?」


 僕はあの触手の1本1本が、あんなにハッキリと敵意を持って動く事に、少し違和感を感じていたのです。


 だって、相手はまだ完全に成熟していないはず。


 そうなると、たとえこちらが見えていたとしても、最初は近づくなと乱雑に攻撃をし、威嚇してから狙うもの。

 無闇に喧嘩をふっかけるような事をしないのが、栄養や養分を使いたくない場合の心がけのはず。それは、妖怪だろうと妖魔だろうと同じはずです。


 つまりあれは、あいつにとっての養分を吸収する為の体の一部であり、サナギではないという事になる。そうなると、このままではあいつを押さえる事は出来ない。

 一応妲己さんの行動からでも気づいたよ。何かを待っていたのは、その本体の出現だよね。


 それだったら……このぬいぐるみの体でも、何か出来ることはあるはず。


 何とかしないと、このままでは全滅するよ。

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