第肆話 【1】 妖魔の生みの親

 白狐さんと黒狐さんに連れられ、僕は再び旧校舎にやって来ました。


 そう――テレビとラジオが大量に置いてあるあの部屋です。


 ちなみに、カナちゃんとレイちゃんは校長室で待たせています。あれが妖魔だとしたら危険なので、校長先生がちゃんと止めてくれました。


『確かに間違いないようだな。奴はこの部屋から、やって来た人間を妖界にある自分のテリトリーに誘いこみ、遊び相手にしているようじゃ』


 白狐さんが、自分のスマホを確認しながら言ってくる。


 あの後事情を説明すると、僕がとった行動は間違いではなかったようでした。怒られるかと思って焦ったよ。


 白狐さんが、あの操られたぬいぐるみの妖気を確認すると、手配書アプリからAランクの妖魔の手配書が表示されたのです。

 白狐さん曰く、この妖怪スマホはライセンスの級が登録されていて、手配書アプリもそれに連動しているみたいです。


 つまり、僕の級で挑戦してはいけない妖魔の手配書なんかは、最初から表示されないようにしているんです。妖魔は全てAランク以上ですからね。

 だから、手配書アプリで表示されないような妖気の場合は、悪い事をしていない妖怪か、妖魔であるということなので、そこは退散していて間違いでは無かったのです。


 問題なのは、そいつに捕まってしまったということでした。


「ごめんなさい……」


 僕は耳を頭に引っ付けるくらいに伏せ、尻尾も力なく垂れ下げて、再び反省の意志を全身で再現しています。


『いや、妖魔が相手ではしょうがないぞ、椿。それでもお前は、充分過ぎる成果を出しているんだ。胸を張れ』


 黒狐さんが珍しく僕を慰めてくる。

 でもそれは、この後にやらなきゃならないことがあるから、落ち込んでいる場合じゃないって、そう言いたいんだと思います。


『よし、では行くぞ椿』


「う、うん」


 そして、白狐さんと黒狐さんが自分達の勾玉を取り出し、妖界への扉を開いてくれた。


 僕は既に、妖気をある程度使ってしまっているのと、妖魔を捕まえるのは、白狐さんと黒狐さんの仕事だと説明してくれたので、僕がやることはたった1つだけです。


 鬼となって、その妖魔を探す事。


 旧校舎のその教室から妖界に移動すると、直ぐに小さな女の子のぬいぐるみが、僕達の目の前に居ることに気づいた。


 多分、あの妖魔が操っているのだと思う。


「もう……勝手にここから出るなんて。そんな事する人間、始めてだよ。せめて私達と同じ事になってもらわないとね」


 あれ? あの妖魔じゃないのかな? 話し方が可笑しいですよ。


『つ、椿! お主、体が?!』


「へ? わぁっ!! なにこれぇ!」


 すると突然2人が叫び、驚いた顔をしたので、慌てて自分の体を確認すると、なんと僕の体が、狐のぬいぐるみになっていたのです。


「えぇ! ぼ、僕の体どうなったの?!」


【あ~あ。魂を抜き取られて、そのぬいぐるみに変えられたようだね】


 へっ? 僕の後ろから自分の声が――って、これってもしかしてだけど、またですか?!


 そこでゆっくりと後ろを向くと、ぬいぐるみになった僕の後ろに、悪意に満ちた目をした自分が立っていました。

 そう、僕の中に閉じ込められているらしい、僕では無い別の誰かの精神。そいつが、僕の体を使っていた。


 嫌な予感しかしません。僕はこのまま元の体に戻れずに、一生ぬいぐるみのままで過ごすのですか?!


『お主は……以前校舎前で出てきた、邪気に満ちた椿』


 白狐さん達は、この状態の僕を見るのは2回目だ。あの時は一瞬だったから、それはそう判断するよね。


「待って白狐さん! 今の僕は、僕とは違う人が操っているの! もし同じ人物なら、一緒にぬいぐるみに移されてるでしょ?!」


 ぬいぐるみの体は小さいし、これは動かしにくいです。

 一生懸命跳ねて、白狐さんに聞こえるように伝えるけれど、その度に凄く体力を使いますよ。


『椿、とにかくお前は鬼にされたようだな。鬼となったら、ぬいぐるみになって妖魔を見つけなければならないのか? かなり厳しいゲームではないか』


 すると、さっきのぬいぐるみがクスクスと笑いながら、真っ赤な夕日に照らされる廊下の先へと消えて行った。


 あれは妖魔ではないけれど、それならいったい何なんだろう? 校長室に縛り付けている、大量のぬいぐるみと何か関係が?


『おい白狐。例の妖魔を捕まえに行くぞ!』


『ぬっ……しかし』


 白狐さんが不安そうな顔をしている。

 不安になっている理由は分かるよ。だって、このまま僕の体を持ち逃げされるかも知れないですから。


【クスクス、安心しなさいよ。今、あなたの魂が抜けた状態で使ってみているけれど、私の体じゃないから、半日と持たずに私ははじき出されるわ。そうなると、私もあなたも死んじゃうわね】


 怪しげに目を光らせ、そいつは僕に向かって言ってくる。

 つまり、このまま持ち逃げする気はないんですね?


「それだったら、僕達に協力してよ! 僕の体だから、妖気を感知し易いでしょ」


【ふふ、良いわよ。だけど、可愛い我が子を捕まえるのは忍びないから、見つけてあげるだけね。それと、1つだけ私の要求も呑んで貰うわね】


 今なんて言ったの? 我が子? 妖魔を我が子? それに、要求までしてくるなんて。


 白狐さんと黒狐さんも、そいつの言葉に驚き目を丸くしている。僕はぬいぐるみだから分からないけれど、一緒に目を丸くしているつもりです。


『我が子だと? いったいどういう事じゃ!』


【ふふふ。そんなに怒らないでよ、白狐に黒狐。せっかく久しぶりに一緒に行動するんだから、仲良くしよ】


 あれ? 今度は白狐さんと黒狐さんとも面識があるような、そんな様子で話している。


 いったい、僕の中に閉じ込められているこいつは何者なの?


【それより、椿の魂をぬいぐみにした妖魔『はぐれ鬼』を早く見つけないとでしょ?】


 僕の体を使っているそいつが言うと、白狐さんと黒狐さんは顔色を曇らせながらも、僕の方に視線を向け、そのとおりだと思ったのか、一旦その妖魔を見つける事にしたようです。


 そして、白狐さんが僕を優しく抱き上げると『安心しろ』と、そう囁いてきた。

 こんな小さな体で、しかもそんな事を囁きながら抱き上げられたら、男の子だなんて事を忘れ、そのままその身を全て預けてしまいそうになりますよ。


【さて。それじゃ椿には、元の体に戻ってから色々として貰おうかな】


 な、何をされるのでしょうか僕は……。

 面白いものを見つけたような、そんな目をしたそいつを信じる事は出来ないけれど、今はそいつにすがるしかなかった。だって僕の体を使っているのは、そいつなんだもん。


 しかも2人の妖気感知アプリは、ここ妖界では役に立たないみたいなのです。

 確かにこの妖界には、妖怪や妖魔が沢山居て、そこら中が妖気だらけですからね。


【あぁ、こっちね。着いてきなさい】


 そいつが辺りを伺った後に言うと、そのまま教室を出て、廊下の先へと進んで行く。

 この校舎の教室には扉がないので、探しやすいとは思うけれど、妖魔は妖術で姿を隠したり出来るので、危険なのには変わりないです。


「うぅ、僕いったい何をされるんだろう……」


 このぬいぐるみの体でも、相手の妖気が感知出来たら良かったのに。それが全く出来ないのが情けないですよ。


『安心しろ。危険な事や悪事だった場合は、我と黒狐で止めてやる』


『そうだ、安心しろ椿。未来の嫁には指1本触れさせん』


 そんな黒狐さんの言葉の後に、僕の体を使い、僕達の前を歩いていたそいつが、黒狐さんの方を向き、そのままツカツカと近づいて来た。


『な、何だ!』


 思わず身を引く黒狐さんだけれど、容姿は僕だからか、ちょっと動揺してませんか?


【へぇ……未来の嫁は私じゃなかったんだっけ? あの時逃げたのは、そういうことだったんだ】


『なっ?!』


 ちょっと黒狐さん、混乱しないで下さい。それは僕じゃないんだってば。そいつの言葉に赤面して動揺しない!


「黒狐さん! そいつは僕じゃないってば!」


 あ、あれ? 僕は何でこんなにムキになっているんだろう?


 2人には色々と遊ばれているんだよ。黒狐さんにお嫁さんが居たのなら、それだけで厄介事が1つ片付くんだよ?

 それなのに、なんでこんなに焦っているの? モヤモヤしているの。


『わ、分かっている椿。悪いが、俺にも何の事だか――』


【あぁ、私との事だよね。3人の封じられている記憶は、全部私に関係しているからね】


『――っな?!』


 一同唖然です。

 黒狐さんなんて、開いた口が塞がらないを、その体で表現していますからね。

 それよりも、僕達3人の封じられた記憶は、全部僕の中に閉じ込められている奴と関係していたなんて。


「ねぇ、それなら。僕達の失った記憶を、あなたは全部知っているの?」


 するとそいつは、また悪者特有の笑みを浮かべ、僕達をからかうように言ってくる。


【それを言っちゃうと、私ですら罰せられるわ。それだけ強力な妖術で、妖怪全員に箝口令をかけられているからね。だから椿、あなたの記憶をちょっとずつ解いていってあげるね。それなら言ったことにははならないから】


 するとそいつは、この時を待っていたと言わんばかりに、何かを企んでいる目をしながら僕を見つめてきた。

 

 その目を見ただけで、僕は不安に押しつぶされそうになる。


 だって僕の記憶は、そんな広範囲に箝口令がしかれるくらい、もの凄く危険な記憶なのには間違いないんだよ。


『椿、大丈夫じゃ。何があっても我が守るわ』


『ふん、俺も得体の知れん奴を嫁にするくらいなら、椿の方が良いわ』


「白狐さん、黒狐さんありがとう……」


 僕は必死に白狐さんの腕にしがみつき、恐怖を押さえ込んでいる。

 こんな事で不安になるのは、自分の体に戻ってからだ。とにかく今は、妖魔に集中しないといけない。


【あらあら、白狐と黒狐の記憶も戻さないといけないわね。でも、それはゆっくりとやるとして、今は可愛い坊やを探さないとね】


 こいつが妖魔を我が子と呼ぶのもわけが分からない。

 でも、単純に推理するならば、こいつがあの妖魔を生み出したって事になるのかな? さっきまでの発言から考えて、それしかないよね?


【ふふ、椿は今必死に考えているわね。でもね、椿の考えている事は半分ハズレよ。正解は、全ての妖魔は私が生み出したで~す】


『はぁ?!』


 再び一同唖然としています。


 今日は色々と意外な事実ばかりが飛び交い、皆頭がパニック状態ですよ。

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