第参話 【2】 解決――していない?!

 そのあと校長室に着いた僕達は、先程とは違った校長室の風景に驚いています。


 それは、ぬいぐるみが山積みにされていたのです。

 その数はちょっと異常で、全校生徒を襲えるくらいの数があります。そして1体1体縄で縛り付け、動けなくしているけれど、それでも必死に動こうとして身をよじっている姿は、まるで縛られている人間みたいに見えます。


 ちょっと怖いですよ……これは。


 それと、そこには白狐さんと黒狐さん、校長先生と河童の半妖の警察官の姿もありました。

 校舎内も静けさを取り戻しているところから、ぬいぐるみはこれで全てなのだと判断していいですね。


『椿、その姿は? おぉ……我の力を?!』


 すると、今の僕の姿を見た白狐さんが、驚きながら聞いてくるけれど、その声は少し感激しているようにも聞こえました。


「う、うん。さすがにこの子を運ぶには、僕の本来の力じゃ無理だったからね」


 僕が答えると、カナちゃんが何かに気付いたようにしながら振り向き、そのまま目を見開き、あからさまに驚いた様子を見せました。


「ご、ごめん! ずっと椿ちゃんに背負わせてたね」


 やっと気づいたのですか?

 カナちゃんって、1つの事に集中すると、他の事が見えなくなるようですね。

 僕より背が高い、この女子生徒を背負っている姿は、端から見たら無理しているようにも見えるけれど、白狐さんの力を使うと筋力が上がるから、これくらいなら簡単に運べるんだよ。

 だから、カナちゃんは悪くないよ。申し訳なさそうに心配してこなくても大丈夫だから。


『さて、何があったか説明してくれよ。椿』


 黒狐さんからそう言われるけれど、僕は女子生徒をソファーに座らせ、先にレイちゃんに指示を出します。


「黒狐さんちょっと待ってて。時間がないから、先にこの子の魂を探しちゃうね。レイちゃん、この中からあの子の魂を探してくれる?」


「ムキュゥ!」


 するとレイちゃんは、張り切ってぬいぐるみの方に向かって行き、鼻を近づけて何かを嗅ぐような素振りを見せてきた。


 そっか、あんな風に探すのか。


 とにかくレイちゃんが探している間に、2人に今までの事を話す事にしましょう。


 ―― ―― ――


『なるほど、噐がそいつの体を交換してしまい、このぬいぐるみのどれかにされてしまったのか』


 説明をし終わると、黒狐さんが確認を取りました。

 もちろんゆっくりと頷きましたよ、それが僕達の考えだったからね。

 だけど、次に白狐さんが言った言葉で、その考えがほんとに正しいのかを考えさせられてしまいました。


『しかし、それなら何故一緒になって生徒を襲うかの? ぬいぐるみにされてしまったのなら、パニックになって先ず助けを求めんか?』


「えっ?」


「あっ……」


 僕はそんな考えがなかったので、白狐さんに聞き直しちゃったけれど、カナちゃんの方は「そうだった」と言わんばかりに、気まずそうな顔をしていました。


「辻中君。椿ちゃんはまだこれが初めてだし、色々と考察や行動をフォローして欲しくて、君を付けたんだよ? 君は行動力はあり余るほどにあるし、考察力も悪くないと思ったけれど、買い被り過ぎたかな?」


「ご、ごめんなさい」


 校長先生がやんわりと責めて、カナちゃんは沈んだ顔で校長先生に謝っている。


 あの、僕だけ「ちゃん」付けなのはなんでかな。


 とにかく彼女だけじゃなく、早合点してしまった僕にも責任があると思う。

 だから僕も、カナちゃんと同じ様に申し訳無さそうにして、尻尾も足の間に挟み、反省の意思表示をしています。


「ムキュゥ……」


 すると、レイちゃんが僕の元に戻って来た。


 なんだかレイちゃんも、申し訳無さそうな声を出しているけれど、僕達が悪いんだよ?

 だけど、その声から察するに、やっぱりあのぬいぐるみの山にはこの子の魂は無かったんだ。もう時間も無い、いったいどうしたら良いんだろう。


『椿、そうがっかりするな。多分これじゃないか?』


「へ?」


 黒狐さんの声に反応して顔を上げると、黒狐さんが魂が抜かれた女子生徒を指差していた。正確には、その子の隣なんだけどね。

 そこを良く見ると、なんと犬のぬいぐるみが、その子の体を必死に揺すっていました。


『ついさっき慌てて入って来たぞ。多分、椿が自分の体を運んでいたのを見たのだろう』


 そうだったんだ。どちらにしても良かったですよ。


 あっ、レイちゃんに確認させないと。


「レイちゃん、このぬいぐるみで間違いない?」


「ムキュッ!」


 するとレイちゃんは、僕の言葉にしっかりと頷いてくれた。

 良かった……僕達のミスでこの子が死んじゃったりしたら、僕はきっと一生後悔していたよ。


 あれ? でもこの子の魂って、どうやって戻したらいいの?

 とにかく魂を見つけようと必死だったから、そこを考えていなかったです。


「し、しまった。この子の魂ってどうやって戻したら良いの?!」


 すると白狐さんが、僕の後ろから優しく頭を撫でてきました。

 なんだかそれだけで安心出来るけれど、安心している場合ではないような気がしますよ。だから、僕は不安な目で白狐さんを見つめます。


『よくぞここまで1人でやってのけたな。最初にあった頃に比べてだいぶマシになってるぞ椿よ』


 白狐さんがそう言うと、ゆっくりと犬のぬいぐるみに近づいて行く。

 その犬のぬいぐるみは、今の白狐さんの姿が見えているのか、びっくりした後に怯えだしましたよ。


『安心せぇ、お主の魂を戻してやる。だからジッとしておれ、時間も無いしの』


 そう言うと、白狐さんはぬいぐるみの頭に手を置き、そのまま目を閉じると、妖術を発動する言葉を唱えました。


『妖異顕現、魂魄帰還こんぱくきかん


 すると、そのぬいぐるみが光り出したと思ったら、そこから光の塊が飛び出し、魂の抜かれた女子生徒の体に入っていった。

 ということは、光の塊と思ったのはその子の魂なのかな? 凄い……白狐さんて、なんでも出来るんだ。


 僕は尊敬の眼差しで白狐さんを見ているけれど、そんな視線には気づいていないのか、白狐さんは吐息を漏らし、少し疲れた表情をしました。


 流石の白狐さんでも、あの妖術は凄く疲れるのかな?


『むっ……椿。さっきのが不思議に思うか? だが、我は治癒妖術が得意なだけで、あれも治癒の一種だ』


 治癒って……怪我とかですか?

 でも、明らかに魂を戻していたし、魂を操る力があると思っちゃいますけど。


 そう思って首を傾げていると、白狐さんは続けて話をする。


『椿よ、あの妖術はな、河童に尻子玉を抜かれた者に使う、治癒妖術の応用じゃ』


 その言葉を聞いて僕がとった行動は、半妖の警察官に視線を向ける事です。

 この警察官は河童の半妖だから、確認するにはもってこいなんですよ。


「くっ、何故俺に確認を取る。あぁ、そうだよ。白狐さんの言うとおりだ」


「…………」


「尻に手をやるな! 無闇やたらに抜くわけないだろう!」


 カナちゃんもやってますよ。


 でも、やっぱり怖いですよね、河童の尻子玉抜き。力が抜けたようになるみたいですね。しかも魂を抜くのが、お尻に手を突っ込んでだから、色々と嫌な気分になりますよ。

 それを治癒する為の応用で、白狐さんは抜けた魂を戻したんですね。そう考えると、白狐さんはやっぱり凄いです。


「ん、んぅ――はっ! あっ、わ、私……」


 そんな事をしていると、魂が抜かれていた女子生徒が、ようらく意識を取り戻したみたいで、いきなり上体を起こして辺りを見渡しました。


「良かったぁ、気が付いたんですね。大丈夫ですか? 先輩」


「あっ、は、はい。あ、ありがとう」


 その女子生徒は、少し俯きながら返事をした。

 そしてカナちゃんの対応を見て、そう言えば上級生だったと、今更ながらに思いました。


 それでも、山積みのぬいぐるみはまだジタバタと藻掻いている。


 やっぱり呪術を解かないといけないよね。

 この『1人かくれんぼ』を、今起きた先輩の人が終わらせないと、このぬいぐるみは何時までも動き続けるからね。


「先輩、まだ先輩にはやって貰いたいことがあるの。『1人かくれんぼ』終わらせてくれますか?」


「えっ? あっ……」


 その上級生にカナちゃんが言うと、その人は自分のやったことを思い出し、校長室でずっと気絶している、いじめをしていた2人の女子生徒に、ありったけの憎しみの視線を向けたあと、顔を俯かせた。


「私、止めたくない。こんな2人どうなったって――っ?!」


「そんな事言ったら、君はこの人達以下になっちゃうよ」


 その人が何を言おうとしていたかは分かっていたから、我慢出来なくなった僕は、ついついその人を引っぱたいてしまい、続け様に言葉を浴びせてしまった。


 だって……僕もいじめられていたから、その人の気持ちは良く分かるんだよね。

 どれだけクラスメイトを恨んだか分からないけど、恨む度に思うんだ。


 この人達を恨んで恨んで恨み尽くして、復讐しようとして、人間として最低な行いである殺人までしてしまったら、僕はこの人達以下になってしまう。だからずっと耐えていた。だけどそれが耐えられなくなって、自分を変えたくなった。

 もし、復讐をしてしまったいたら、僕は今こうしてここには居ないし、悪者のレッテルを貼られてしまう。そうなると、この人達以下になるんだ。

 


「どんなに辛くても、人を殺してしまったら、それだけでいじめをしていた人達以下になっちゃうよ。人間以下になっちゃうんだよ」


「それじゃぁ、どうしたら良いの! 耐えるのはもう無理なのに、何で誰も――う、うぅぅぅ」


 そう言うと、その子はその場に崩れ落ち、泣き出してしまった。


 正直、いじめられて追い込まれた人を助けるのは厳しい。何を言っても否定的にしか捉えられないからね。僕だってそうだ。

 時間だけが、この子を救う唯一の手段かな。今はただ、周りの大人がしっかりと見てあげないといけないんだろうね。


「先輩……どんな理由があっても、こんな方法では悔いしか残らないですよ。呪術解いてくれます?」


 カナちゃんの言う言葉も、なんだか重い気がするのは気のせいかな? 彼女自身も過去に何かあったのかな?


「うっ、ぐす……で、でも私、いきなり現れた変なぬいぐるみに『体を交換したら願いを叶えてやる』って言われて、そのぬいぐるみの中に入れてある、この髪の毛の持ち主を殺してって、そう頼んだだけだよ」


 その時は感情的になっていたのかな?

 体を交換するという、相手のその言葉を深く考えずに、二つ返事で答えちゃったんだろうね。

 それから非常に後悔しただろうけれど、それでもいじめをしていた2人への殺意は、全く消えなかったようです。


「だ、だから……私が使ったぬいぐるみは2つだけだし、その変なぬいぐるみが、私の体を乗っ取ってから動かしたのも、その2つだけ。こんなに大量のぬいぐるみは知らないよぉ!!」


 そしてその人の言葉で、その場の全員が固まったのは、言うまでもないですね。

 だって、それだったら……この大量のぬいぐるみが動いているのは何で……って事になるんだよ。


 全部この上級生の人がやったんじゃ無かったの?!


「ちょっと待ってくれないか。この大量のぬいぐるみに、君は呪術をかけていないと言うのかい?!」


 校長先生の問いかけに、無言で上級生の子は頷いた。


 全員がこの状況に頭を抱えてしまい、その原因を考えたんだけれど、全く思い当たるものが無かったです。


 だけど次の瞬間、縛られていたぬいぐるみ達の目が赤く光り出し、一斉に僕の方に顔を向け、話しかけて来たのです。


「「「みぃつけた」」」


「うひゃぁ!! な、何これ?!」


 この状況……流石に恐怖映像の何ものでもないですよ!


 山積みのぬいぐるみの目が赤く光り、口が裂けて糸がほつれて、それでもパクパク動いて喋っていたら、そんなのホラー映像でしかないよ!


『だから、我の顔に引っ付くな椿よ。怖いのは分かったから』


 あぁ、また無意識に白狐さんの顔に引っ付いちゃったよ。もう癖になっちゃってるよね。


「ねぇ、何で鬼が逃げちゃうの? 探してよ、見つけてよ。そうしないと、他の人を鬼にしちゃうからね?」


 そう言ったあと、山積みのぬいぐるみの目は元に戻ったけれど、裂けた口元も、暴れる様子も変わらないでいる。


 さ、さっきのって……まさか。


「椿ちゃん、さっきの台詞……」 


「う、うん。あのテレビの先に居た奴だよね。嘘でしょ、あいつが原因だったなんて……」


 しかも、ぬいぐるみ達が変貌した時に溢れ出ていた妖気は、あの時感じたものとは違っていた。

 深い悲しみの果てに得た憎しみ、寂しさの余り、他の人間を捕まえて仲間にしてしまおうという思い。凄く濃い妖気だった。


『椿、話せ。何があった』


 黒狐さんが凄く険しい表情で僕を見ていて、白狐さんも同じ様な表情をしながら、ぬいぐるみから漏れている妖気を、手に持っているスマホで読み込み、それを調べています。


 僕、とんでもない失敗をしてしまったのかな?

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