第弐話 【3】 取り替え妖怪「噐」
僕が妖界から一旦人間界に出ると、カナちゃんがテレビに向かって必死に叫んでいる姿が見えた。
「椿ちゃん! 椿ちゃん! 返事してお願い!」
後ろ姿からでも、その必死さが伝わってきます。
いじめられていた時はここまで心配してくれた人はいなかった。だからなんだか嬉しくて、少し口元が緩んじゃいましたよ。しかもこんな時に不謹慎なんだけれど、尻尾も嬉しくてパタパタと振ってしまっています。
「カナちゃん、大丈夫だよ」
「ふぇ?! あっ、えっ、あぇ?」
僕の声に反応し、直ぐに後ろを振り向いた時の、カナちゃんの驚き顔が凄く面白い。
テレビと僕とを交互に見ながら、口を鯉みたいにパクパクさせていますからね。そりゃそうだよね。テレビに吸い込まれていたのに、急に後ろにいたらびっくりするし、不思議がるだろうね。
「あっ、ご、ごめん。そのテレビの先は妖界に繋がってたの。だけど、僕が持っているこの勾玉があれば、妖界と人間界を自由に出入り出来るの。だから、こうやって出て来ただけだよ」
僕のその説明を聞いてカナちゃんは納得したらしく、そのまま全力で駆け寄って来ます。
あれ、もしかして抱きついてくるのかな?
「最初に説明しときなさ~い!!」
「あぅっ?! ご、ごめんなさい!」
思い切りチョップされちゃいました。
でも、この事を説明する暇がなかったし、別に説明がなくても大丈夫かなと、そう思っていました。
すると、今度はカナちゃんがしっかりと僕を抱きしめてきた。
あの……胸が押し付けられてますよ、カナちゃん。一応僕はまだ、男の子の精神だからね。妙にドキドキしちゃうんだけど……。
「もう……心配したんだから」
そう言ってカナちゃんが僕を胸から離すと、涙を拭い、またいつもの毅然とした態度に戻った。
カナちゃんも中学生だから、パニックになるのもしょうがなかったよね。
「さっ、向こうに何がいたのか話してよね」
「あっ、うん。分かった」
カナちゃんに言われて説明をするけれど、そもそも小さな子供のような妖怪が走り去って行っただけで、これといって何かあったわけではないんだよね。
その事を話すと、カナちゃんから不安の表情が消えました。
「なんだ、あんまり大した妖怪じゃなさそうだね。だったらそいつを見つけ出して、連れて行った女子の居場所を聞き出しましょうか」
そう言ってから、カナちゃんは僕が引っ張り込まれたテレビの方に向かって行く。
思いたったら即行動は良いけれど、少しは落ち着いて欲しいかな。
「待ってカナちゃん。女子生徒が行方不明になった原因は、その妖怪じゃないかも知れないんだよ」
「どういう事?」
カナちゃん、少しは自分でも考えて下さいよ。
でも、今までの彼女の行動を見ていると、少し行動派なイメージで、考えて動くタイプではなさそうです。
「僕にはあの妖怪が、ただかまって欲しいだけに見えたよ。それと、僕を見つけて鬼にしたということは、あの妖怪はずっと鬼役だった。もし行方不明の女子が、その妖怪に捕まったのなら、その女子生徒が鬼にされているから、その妖怪はずっと隠れていて、僕達の前に姿を現すことはないはずだよね」
僕の言葉にカナちゃんは目を丸くし、そして自身も考え込むと、その意見は正しいと言ってくれているのか、しっかりと頷いてくれた。
「そうだね。それに椿ちゃんの言うとおりなら、その妖怪が大量のぬいぐるみを使って、生徒達を襲う理由も無いよね」
カナちゃんも理解してくれたので、僕達は改めてこの校舎を調べる事にして、この教室を後にしようとする――
するとその教室の扉に、同じ中学の制服を着た女の子が立っていた。
いつそこに立っていたのかも分からなくて、正直びっくりして腰が抜けちゃいそうになっちゃったよ。
「だ、誰?!」
カナちゃんも、いきなり現れたその子に驚いていたけれど、何回かこういう妖怪退治はしたことがあるのだろうか、冷静に対処をしている。
こういう時は、カナちゃんが居てくれて良かったと思っちゃいます。
でも、僕も出来るだけ力にならないといけないよね。
だから、その女子から溢れている妖気を調べないと。だってこの子は――
人間じゃなさそうなんです。
見た目は眼鏡をかけていて、地味系の女子だけれども、眼鏡の奥から覗く目は妖艶に光っていて、僕達を品定めしているようです。
「良いね、どっちも良い器になりそうだよ。その体、欲しい。もしその体をくれるなら、どんな願いでも叶えてやるからさ――」
その女の子がゆっくりと近づきながら喋っている間に、スマホで妖気を取り込み、再び手配書アプリに送る。
すると、スマホの画面にようやく手配書が出てきた。
最初に扉から漏れていた妖気は、こいつの妖気で間違いなかった。でも、憎しみの気も混ざっていたから取り込めなかったんだ。
だけど、今回はしっかりと妖気だけを狙って取り込んだから、ちゃんと反応してくれた。
そして、そこに表示された妖怪を見て、僕は即座に距離を取るべきだと判断した。
「――その体、交換しよう!!」
「駄目だ! カナちゃん逃げて!」
その子は叫びながら身を仰け反り、そして体から黒い霧を吹き出してくる。その霧からは、妖気しか感じられなかったよ。
どうやら間違いない。あの眼鏡の子が、行方不明の女子だ。
だって黒い霧が出ると、まるで魂が抜けたかのようにして地面に倒れ込んだもん。
「くっ!」
そんなことを見ながらも、僕は咄嗟にカナちゃんを突き飛ばし、その妖怪に立ち向かおうとしたけれど、ちょっと遅かったようです。
僕の体は黒い霧に包まれてしまい、体の自由を奪われてしまった。
「椿ちゃん!! もう……またそんなことして!」
カナちゃんが必死に叫び、火車輪を取り出してなんとか僕を助けようとしているけれど、相手はこの黒い霧。迂闊に攻撃出来ず、カナちゃんはたじろいでいる。
「うっ、くぅ」
「ククク、動くなよ。おぉ、妖狐だったか。これは良いな、良い器だ。お前はあの女子の体でも使っとけ」
何だか意識が遠のいていく。でも、負けてなるものかだよ。これは僕の体なんだ!
【フフフ、その通り。これはあなたと私の体だよ。下級妖怪が勝手に使って良い体じゃないよ】
あっ、しまった。この声はまさか……。
「えっ? ヒ、ヒィィィィ!! なんだお前は、何者なんだぁ!」
あの時の、怖い僕の時に聞こえた声が頭に響くと、体を乗っ取ろうとしていた黒い霧が、恐怖の声を上げて僕から離れた。
そして体から離れたその霧は、グルグルと同じ所を回っていて、焦っているのか恐怖に陥っているのか、そんな様子になっていた。
だけどその前に、こっちの方が大問題なんだよ。またあの時の、怖い僕が出て来ちゃいました。
【フフ、あなたの魂が体から離れかけたから、私が出て来られたわ。だけど、ちょっと不愉快な事をされていたわね。代わりに私が罰してあげる】
待って、待って。勝手に僕の体を使わないで欲しい。君からは邪な気しか感じられない、だから――駄目だ!
「椿ちゃん……な、なにそれは?」
そんな僕の様子を見て、カナちゃんまで怖がってしまっています。
だって、今の僕は全く雰囲気が違うんだよ。
それに尻尾と耳を良く見ると、黒狐さんの力を使っている時の黒さじゃなく、闇色に近い色をしていた。
この前は気が付かなかったけれど、こっちの方がやっぱり問題だったよ。
目なんか悪者特有の、殺意の籠もった目をしていて、黒い霧に向かって舌なめずりまでしている始末。こんなの僕じゃない。
こんなの、いったい悪者はどちらなのか分からなくなってしまいます。
【さぁて、どんなお仕置きがいいかなぁ?】
『だから、勝手に動かさいでぇ!!』
自分の体の後ろで、幽体の様な状態になっている僕は、必死にもう1人の自分に叫ぶ。でも、全然聞いてくれていません。
すると、その黒い霧はまた、あの眼鏡の女子に向かって行く。
またその子の体を使うみたいだけれど、調べた事が本当なら、その子の体はもう使えないはず。
そう……手配書アプリで出てきた妖怪は『
実体の無いこの妖怪は、先ずは適当に意思の無い物体等を器とし、誰か良い体を持った者が来ないか、ずっと待ち続けるそうです。
そして気に入った体の者が通ると、そいつの体と交換するらしいです。
その時、この噐と言う妖怪は必ず、体を貰った相手の願いを叶えるそうだけれど、基本的に良い願いを叶える事は無いみたい。
負の願い。主に呪い等を行うそうなので、一方的に交換されるのが殆どらしいのです。だからBランクになっていた。
だけど1つだけ弱点があって、その交換した体から、次の交換先の体に移る時に失敗をすると、もう交換前の体には戻れなくなるのです。その失敗をするのは極めて稀なので、この噐自身も弱点を知らない事が多いようです。
だから今みたいに、交換前の女子生徒の体に入れない事に焦り、またグルグルと同じ所を回っているのです。
【ふ~ん。そんな程度の雑魚が、私の体を使おうとするなんてね。良い度胸ね】
『だから、僕の体だってばぁ! 返してよぉ!』
もうこのあとは、センターから支給された巻物で捕まえるだけなんだから、早く体を返して欲しいです。
「く、くそ。なんで……なんで入れない!」
ほら、噐がパニックになっている今の内なんだよ。
それなのに、怖い方の僕は全く言うことを聞かず、ゆっくりと辺りを伺っていた。それはまるで、何かを探しているようだった。
だけど、探しているのは見つからなかったのか、残念そうな顔をしながら、僕に向かって呟いてくる。
【はぁ、分かったわよ。そんなに返せ返せ言うなら返すわよ。それに、私はあなたの体を借りているだけだしね。正確には閉じ込められている――かな】
『えっ? どういう――っ?!』
すると、僕は急に意識が覚醒したかのような、そんな感覚に囚われ、気づいたら自分の体に戻っていて、あの怖い僕は引っ込んでいた。
目はハッキリと覚めていて、意識はちゃんとあるのに、その意識が覚醒する感覚なんて、普通じゃ絶対にありえないから、これは凄く気持ち悪かったよ……。
とにかく、目の前でパニックになっている噐を捕まえておかないと。
そして僕は、懐から巻物を取り出し、白狐さんや黒狐さんがやっているようにして巻物を広げると、中に記されている2つの円の内の1つに手を置き、そのまま意識を集中させて呟いた。
「妖異顕現
あとは今まで見たのと同じで、手を置いている方とは別の円から、光の玉が飛び出す。近くで良く見ないと分からないけれど、この中には光輝く鎖が入っているのです。
それがパニックになっている噐に向かい、そいつに見事に命中すると、噐をそのまま巻物の中へと封じ込めた。
「ふぅ……良かったぁ。一時はどうなる事かと――あっ」
そう、全部片付いたわけではないんです。まだ問題は山積みです。
それは、僕の後ろで硬直しているカナちゃんと、その肩に引っ付き怯えて震えている、レイちゃんもそうなんです。
「つ、椿ちゃん? さっきのは何?」
「キュ、キュゥゥゥ……」
迂闊だったとはいえ、カナちゃんには見せたくなかったかな。だって、自分でもあの僕が何者かは分からないし、どう説明したら良いのか分からない。
でも……確か最後に、閉じ込められていると言っていたから、あれは僕じゃない別の人の精神――って事になるのかな?
でもとりあえず、この身に起こっている事を正直に話すしかないですね。
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