第弐話 【2】 見ぃつけた

 この校舎はとても古くて、歩く度に廊下がギシギシと音がする。壁にヒビも入っているし、穴が空いていたりもする。

 そんな校舎の中で、僕はひたすらに妖気を辿り、呪いの発信源を探っている。恐らくそこに、呪いの発信源と、それを操っている妖怪がいるんじゃないかというのが、僕とカナちゃんの考えなのです。


「どっちからか分かる? それとも、まだ上?」


「う~ん、上は違う――かな。この階だ」


 僕は目を閉じて神経を集中させる。

 レイちゃんが肩に乗ってくれているからか、不思議と恐怖はあんまりないです。なんだか安心するんですよ、レイちゃんのフワフワな体を感じているとね。


「じゃぁ、この階の教室を片っ端から――」


「んっ、こっちだよ」


 別に片っ端から調べなくても、多分分かるよ。

 凄く重いけど苦しくなる妖気……いや、これは。向こうが苦しんでいる? 何だろうこれ、近づくにつれて分かったけれど、妖気と一緒に何か色々なものが混じっているのかな?


「椿ちゃん、大丈夫?」


 カナちゃんは、僕が難しい顔をする度に心配してきてくれる。それが心強いし、ちょっとカッコいい系のカナちゃんは凄く頼りになります。

 でも、カナちゃんは半妖だし、僕が守らないといけないんだよね。頑張らないと。


 そして僕は、ゆっくりと1番妖気が濃い場所へと向かった。


 そこに妖怪が居るのは間違いないはずだけれど、なぜかハッキリとここだとは感じられない。ほんとに居るのか自信が無くなってくるよ。

 つまり、この妖気の先に何かが存在しているという気配が、全く無いんです。


「ねぇ、椿ちゃん。何か聞こえない?」


「えっ? あ、ほんとだ」


 カナちゃんに言われて耳を澄ましてみると、確かに音が聞こえてくる。人の声ではない、機械から発せられている音が、静かな廊下の先から聞こえてくる。

 夜だったらこれだけで恐怖ですよ。でも、今はカナちゃんもいるし、なにより僕は戦えるんだ。きっと大丈夫。


 そして僕達は、その音が発生している場所に向かい、その前で立ち止まった。そこはもちろん、ある教室の前で、そこから大量の妖気が漏れ出していた。謎の音もそこから聞こえてくる。


 もう間違いない、これはラジオの音だ。行方不明の子は、ここで『1人かくれんぼ』をやったんだ。


 その教室なんだけれど、開けてすぐに妖怪が襲って来るかも知れない。だから、扉を開けるのは僕。その後ろでカナちゃんは火車輪を大きくして構えていた。


「いくよ?」


「OK」


 心臓が高鳴り、手には汗がじっとりと滲んでくる。どんな妖怪なのかは分からないけれど、白狐さんが言うには、妖魔は全てAランクで、妖怪なら殆どがBランクらしいから、妖怪なら油断しなければ勝てるはずだと言われた。

 僕を安心させるための言葉だけれど、とにかくその言葉を信じ、自分の力を信じるしかないよね。


 僕は意を決して、その教室の扉を開こうとした――けれど、鍵が掛かっていて開かなかったです。


 これはどういうこと?


「うぐぐぐぐ……あ、開かない」


「椿ちゃん、教室の廊下側の窓が開いてるよ?」


「嘘?!」


 僕は何をしていたんでしょう。それだったら、行方不明の子もそこから入ったのかな?


「でもこれ、内側から割られているし、何より教室の中が異常なんだけど」


「カナちゃん待って、妖怪がいたら危ないよ」


 僕も急いでカナちゃんの元に向かい、窓から教室の中を覗いて見ました。するとそこには、想像以上の光景が待っていました。


「何これぇ?!」


 思わず叫んでしまうほどのその光景。


 教室の中は、水の張った桶が中心に置かれていたけれど、その周りを大量のテレビとラジオで埋め尽くされていて、そこから「ザー」と言うノイズ音が聞こえ、テレビの画面には何の番組も映っていなかった。代わりに、電波が受信出来ないときに流れる、砂嵐のような画面だけが映っている。

 僕達が聞こえていたのは、このテレビやラジオから流れるノイズ音で間違いないです。


「カナちゃん……これって、ここで『1人かくれんぼ』していたのは間違いないよね?」


 だけど、カナちゃんは足がガクガク震えていて、顔が真っ青になっていた。

 さっきから動かないなと思っていたら、恐怖で動けなくなっていたの? あのカナちゃんがこんなにも怖がるなんて。確かに怖いけれど、妖怪もお化けもいないから、僕はまだ大丈夫だった。


「カナちゃん、大丈夫?」


 僕は震えるカナちゃんを安心させるため、肩に手を置いて優しく声をかけた。

 それでもカナちゃんは、体の震えが止まっていない。それと、良く見るとレイちゃんも少し興奮気味です。


「椿ちゃん……分かんないの? テレビはともかくとして、ラジオはちゃんと受信出来るチャンネルに合わせてあるよ。それなのに、なんでずっと受信出来ない時の、あの砂嵐の音なの?」


 カナちゃんにそう言われ、窓の近くにあるラジオに目をやると、確かにチャンネルはちゃんと受信出来るチャンネルだった。そしてアンテナも伸びている。


「えっ、嘘でしょ? 何これ……」


 これには僕も背筋が凍ってしまい、足が竦んじゃいました。

 でも、怖がってばかりはいられないし、なにより時間がないんだ。僕は自分の頬を両手で叩き、気合いを入れ直しました。


「つ、椿ちゃん。気合いを入れるのは良いけれど、足まだ震えてるよ」


「うぐっ、怖いのは怖いんですよ」


 それでも僕は必死に足を動かして、廊下側の窓からその教室に入り、不快な音を鳴らすラジオの電源を切ってみる事にした。


 でも、当然だけど電源は切れなかった。ずっと砂嵐の音です。


「やっぱり駄目か」


「ムゥゥゥ」


 どうしようかと思案していると、レイちゃんが急にテレビに向かって、威嚇のような声を発し始めました。


 レイちゃんも妖気が分かるのかな? 確かに良く見ると、その1個のテレビから妖気が漏れているように感じる。

 でも、それは他のテレビも同じで、特別そのテレビから異常な妖気が漏れているわけでは無かった。


「レイちゃん、そのテレビ気になるの?」


「椿ちゃん、その子どうしたの?」


 ようやくカナちゃんも教室に入ってきて、僕達の様子を伺うようにして聞いてくる。


「この子がこのテレビを気にしてるんだよね」


 僕がそう言うと、カナちゃんはそのテレビを確認しました。だけど、自分ではよく分からないと言わんばかりの顔をして、そのまま教室を見渡しています。


「それにしても、やっぱり桶の中にぬいぐるみは浮いてないね。それどころか、お酒や塩水も無いわね」


 たしか『1人かくれんぼ』を終わらせるには、お酒や塩水がいるんだよね。それが無いのはちょっとおかしいかもしれないけれど、行方不明の子が持っているかもしれないよ。


「ムキュゥ!」


「ん? レイちゃんどうしたの?」


 レイちゃんがテレビに向かって吠えるように唸りだすので、僕もそっちを振り向くと、なんとそのテレビから、黒い影だけの小さな子供のシルエットをした何かが、上半身だけを出していた。


 そして僕を指差すと、たった一言言葉を発してくる。


「見ぃつけた」


「えっ? うわぁ!」


 その瞬間、僕の体はテレビの中に吸い込まれていく。


「椿ちゃん!!」


「ムキュゥゥ!」


 カナちゃんが必死に手を伸ばしてくるので、その手を掴もうとするけれど、それは間に合わずに、僕はテレビの中に吸い込まれてしまった。

 だけど、近くにいたレイちゃんだけは、僕の体に巻き付いて着いて来た。


「あたっ!! い……たた」


 そのテレビの中に吸い込まれた直後、いきなり頭を打ってしまいました。


 それは、テレビの中に吸い込まれたというのに、すぐに体が床に落ちたから。

 つまり、どこか別の場所に連れて来られたような、瞬間移動したような感覚だったのです。


「えっ? ここって……?」


 とにかく現状を確認するため、僕はゆっくりと体を起こし、辺りを見渡します。


 窓から差し込む夕日がさっきよりも真っ赤になっている。でも、この夕日の色は見たことがある。


 そして、今僕が居るのも木造の校舎で、さっきの場所よりも更にボロボロになっていて、至る所が穴だらけになっている。

 非常に危険な場所なのは間違いないけれど、だけど、この雰囲気は間違いなかった。


「ここって妖界?!」


 さっき自分が出てきたであろうテレビを確認するが、この部屋には逆にテレビが1個しかなくて、画面は真っ暗で電源が入っている様子はない。

 それ以上に、このテレビはもう動かないなと思う。所々壊れているもん。


「ムキュゥ」


「んっ? あっ、さっきの!」


 僕の肩に乗っているレイちゃんが、突然低く唸ったので、そっちの方を向くと、さっきの黒い影の子供が、廊下の角から顔を覗かせていた。しかし、今回は真っ黒い影ではなく、ちゃんと姿があった。


 その子は、防災頭巾を被った戦時中の子供みたいな容姿をしている。

 でも、それが人間とか幽霊という考えにはならなかったです。

 だって、額に1本の大きな角が生えていますからね。明らかに妖怪です。そしてこの妖気は、僕がアプリに取り込んだ妖気で間違いなかった。


「あの妖怪が『1人かくれんぼ』をした子を行方不明にした妖怪かな?」


 すると、その子はスッとその姿を消してしまった。


「あっ! でも待ってよ。あの妖怪、僕を指さして見ぃつけたって言ったよね。つまり、もしかしてこれって――僕が鬼?!」


 それでも何だかおかしいです。何かがひっかかるんだよ。

 本当にこの妖怪が、女子生徒を行方不明にした妖怪なの? でも、あの妖怪からは邪悪な思いが一切無い。あったのは寂しさだけ。


 それで女子生徒を、この妖界に連れ込んだという線もあるけれど、でもやっぱりおかしい。


 だって、この妖怪が原因だとしても、大量のぬいぐるみが生徒を襲っている事の説明が、全くつかないのです。


「ムキュゥゥ! キュッ?!」


「待ってレイちゃん! 先ずはここから出て、カナちゃんと相談しよう」


 あの子を追ってレイちゃんが飛んでいきそうだったので、慌てて尻尾掴んじゃったよ。

 レイちゃんがびっくりしていて、よく分からない鳴き声を出していました。


 とにかく一旦この妖界から出て、向こうで心配しているカナちゃんを安心させないといけません。


 そして僕は、白狐さん黒狐さんから貰った勾玉を胸ポケットから取り出し、両手に乗せて意識を集中させていきます。


「妖異顕現 妖界開門」


 すると、妖界と人間界を繋ぐかのようにして、目の前の空間に切れ目が入った。


 これで妖界と人間界を行き来できるから便利だね。

 だから、僕をこちらに引きずり込んでも意味がないよ。だけど、向こうも僕が妖狐だってのは分かっているはず。


 この事を、早く戻ってカナちゃんに報告しないといけない。どうやらこの事件は、思った以上に厄介かも知れません。

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