第壱話 【3】 怨念のぬいぐるみ
その日の放課後。
いじめをしていた2年の女子達を、カナちゃんが半ば無理やり校長室に連れて来ました。
その間に、僕も色々と情報収集してみたし、妖気の出所を探っていたけれど、電磁鬼よりも隠密が得意なのか、これが全く見つけられなかったよ。
途中で途切れたりして、あっち行ったりこっち行ったりしていて、もうヘトヘトになっちゃいました。
「さて、他の人達からも色々と話が出ていてね。君達が、行方不明になった子に、強制的に『1人かくれんぼ』をさせていたと。間違いないね」
怒りの混じった口調で校長先生が問いただすけれど、その子達は当然しらばくれている。
「何の事ですか? 私達知りません」
「そうそう、その子が寂しくて勝手にやったんでしょ?」
驚いた事に、その子達に罪の意識なんてこれっぽっちもなかった。
でも、この子達がやったというのは裏付けが取れているんだ。
行方不明になった子を連れ、旧校舎前で何かを命令し、その子に扉を開けさせようとしているのを、部活をしていた何人かの人が目撃しているし、その証言もしっかりと得ている。
その事を校長先生も言ったけれど、その子達は慌てる様子も無く、むしろ自分達に疑いがかかっている事を抗議してきた。
「ねぇ、警察の人。私達、無実の罪で責めれているんですけど? 証拠も無いのに、これって冤罪ですよね~?」
「部活の人が見たって? 誰が? どの時間にですか? 言えないのですか~? 怪しいじゃないですか、捏造?」
ぺらぺらと良く喋る口ですね。
その場にいた半妖の警察官の人も顔を曇らせ、カナちゃんなんて怒り心頭している。それと、狐化している白狐さんと黒狐さんも低く唸っていた。
2人とも見えない様にしているとは言え、聞こえたらどうしようって考えてしまって、心臓に悪いですよ。
するとその時、僕は校長室の近くに、とてつもなく気持ち悪い妖気がやって来ているのを感じた。それは、全身の毛が逆立つくらいに禍々しかったよ。
『椿よ、どうした?』
そんな僕の様子を見て、白狐さんが心配してきました。だけど、僕はそれどころじゃない。
この妖気は怒りにまみれている。この子達が罪の意識を感じず、こんな風にしらばくれればしらばくれる程に、その怒りは膨れ上がっていた。
「駄目、駄目。謝って! 今すぐ! 君達がいじめていた証拠に証言は、沢山あるんだから!」
気づいたら僕は声を上げていた。
それと同時に、白狐さんと黒狐さんもこの妖気に気づいたらしく、うなり声を上げ始めていた。
もうこれだけ濃くなっていたら、2人でも分かるよね。
それと、カナちゃんも多少感じているらしく、怒りの表情は徐々に焦りの表情に変化していっています。
「はい? 何を?」
「謝るのはそちらでしょ?」
普通の人では、この妖気には気が付かないだろうね。だから、この後に及んでもまだ、彼女達はしらばくれている。
そして遂に、妖気を発している者の怒りがピークに達したらしく、突然校長室の上部にある小さな窓が破られた。
『くっ!!』
それと同時に、僕と白狐さん黒狐さんが動く。
上部の小さな窓から小さな2つの影が校長室に入ってくると、いじめをしていた彼女達に一直線に向かって行く。
「間に合って!」
妖術を使うわけにはいかないので、僕は叫びながら彼女達の元に向かい、その2つの影を殴り飛ばそうしました。
だけど、校長先生の方が彼女達に近かったので、校長先生が彼女達を自分の方に引っ張り込み、なんとかその場から避難させています。
2つの影に追いついた僕の方は、それに向かって殴りかかるけれど、2つの影はその攻撃を軽々と避け、校長先生の元に向かう。狙いは間違いなく、その膝元にいる2人の女子だった。
しかしその2つの影は、彼女達にたどり着く前に、激しく後ろに吹き飛んだ。
校長先生の前に、人型になった白狐さんと黒狐さんが立っていたので、2人が吹き飛ばしてくれたのは直ぐに分かった。
『本当は、翁から手出しはするなとそう言われとったが、これは緊急事態だからの』
『白狐よ、椿の命が危ない時だけは例外と、言われなかったか?』
そう言いながらも、あなただって手を出していますよ、黒狐さん。どっちにしても、これは手助けしてくれても良い案件だと思うよ。
おじいちゃんもそこまで厳しくは言わないはずだし、人の命がかかっていたからね。
その後僕は、恐る恐る吹き飛ばしされた2つの影を確認した。
それは、お腹に何かが刺さった後があるクマのぬいぐるみと、ウサギのぬいぐるみだった。
手には包丁が握られていて、お腹からパラパラと米粒が落ちているのも見える。
でも、その2つのぬいぐるみはゆっくりと起き上がり、再び2人の女子生徒に襲いかかろうとします。
ただ、その瞬間ぬいぐるみは全く動けなくなり、包丁を振り上げた状態で止まった。
動けなくなった原因は僕だけどね。
また黒狐さんの力を使い、影の妖術を使用したのです。2つのぬいぐるみの影を操り、その影で捕まえたんだ。
「カナちゃん、い、今のうちに妖具で捕まえて」
でも、このぬいぐるみはもの凄い力で、僕が操る影を振り払おうとしている。
異常なまでの怒りの執念。これ、押さえ込むのが大変だよ。
「椿ちゃんすごい……」
「感心してないで早く!」
僕の声に慌てて反応したカナちゃんは、こっそりと小さな火車輪を取り出し、ぬいぐるみの大きさに広げると、しっかりとその輪をきつく締め、2体のぬいぐるみを固定した。
「ふぅ……凄い力、よっぽど怒りの念が強いんだね」
『良くやったぞ椿』
なぜか黒狐さんが自慢気です。
確かに黒狐さんの力だけど、これは僕固有の能力だったよね?
「さて、これでも君達は何もしていないと、そう言い切れるのかな?」
僕達の行動は、机の陰に隠れていた彼女達に、出来るだけ見えないようにはしたけれど、この2体のぬいぐるみの姿と行動は、確実に分かっているはずだよ。
自分達の命を狙ったという事実をね。
「ひっ、ひぃぃ……」
「あ、あぅ、あぁぁ」
だけどあまりの恐怖に、彼女達は会話が出来ない状態になっちゃいました。
これでは話が聞けないと思った校長先生は「彼女達を保健室に連れて行き、落ち着かせる事にする」と、僕達に言いました。
でもその時、校長室の扉が勢いよく開き、学年主任の先生が飛び込んで来た。
それにしても、もの凄いスピードでここまで走って来たのか、息が切れてしまっているよ。必死に呼吸を整えているね。学年主任の先生はもう50代なんだから、そんな無茶をしたらそうなるよ。
「ま、まだ警察の方、居ましたか! はぁ、はぁ……げほっ。こ、校内で……校内で、変なぬいぐるみが暴れ回っていて、生徒達を次々と襲っているんです! な、なんとかして下さい!」
「なんですって?!」
校長室に緊張が走り、校長先生も半妖の警察官の人も、ほぼ同時に声を張り上げていました。
確かに『1人かくれんぼ』の鬼役のぬいぐるみにしては、数が多いよね。
これはいったいどういう事? なんだか異様な出来事に、僕の方も怖くなってくるよ。
「ねぇ……も、もしかしてその子『1人かくれんぼ』で呪いをかける時、自分じゃなくてこのクラスの人、もしくは学校のほぼ全員を対象にしたんじゃないの? だってこれ――」
いつの間にか座り込み、そこに落ちていたぬいぐるみを調べていたカナちゃんが、そう言いながら暴れるぬいぐるみを切り裂き、中から何かを取り出して見せてきました。
それでもぬいぐるみはまだ、ジタバタと藻掻いていますね。あり得ない……。
そしてカナちゃんのその手には、人の毛の束が握られていた。
「多分これ、そこのいじめていた2人の女子のじゃない? 2つのぬいぐるみに1つずつ入っていたし、このぬいぐるはその子達しか襲わなかったもん」
すると校長先生が席を立ち、扇子を持って校長室を出ようします。
「とにかく! この呪いは、他の生徒達にもかかっているということだね? そうだとしたら、急いで対処しなければならない。私と池中と、白狐さん黒狐さんの4人で、その大量のぬいぐるみを押さえておく! カナちゃんと椿ちゃんは、呪いの元を断ち切って来てくれ! これは、妖気をハッキリと感知出来る椿ちゃん! 君にしか頼めない! 良いかい? 頼んだよ!」
「ええっ?! ちょっ――」
そう言うと、校長先生は大急ぎで騒ぎの元へと向かって行く。そしてその後を、警察官の人と学年主任が着いて行った。
僕の言い分は無しですか……。
それより今、学年主任といじめていた女子生徒2人も居たのに、呪いとか妖気とか言っちゃってましたね。大丈夫なのかな? それどころじゃないのは分かるけど……。
すると、2人がこっちに近づいて来て、僕の肩に手を置き、安心させようと優しい言葉をかけてきた。
『椿、無理はするなよ。いつでもその勾玉に話しかければ、我らに声を届ける事が出来るからな』
白狐さんは凄く優しい目で僕を見てくる。でも、それは黒狐さんも同じだった。やっぱり心配なのか、色々とアドバイスをしてくる。
『しかしこれは、椿にしか出来ない事だな。このぬいぐるは所詮、呪術の媒体。学校に来ていた妖気はこれで間違いないが、結局の所は、呪術の元をなんとかしなくてはならない。隠密力の高い奴が関わっていそうだから、俺達がゾロゾロと着いて行っても足手まといだ。呼ぶとしても俺か白狐、どちらかにしておいた方が力になりやすいな』
「……うん、分かった。ありがとう、白狐さん黒狐さん。そうだね。僕、頑張ってみるよ!」
僕のその言葉に、どこか嬉しそうな表情になる白狐さんと黒狐さん。この2人が居てくれるだけでも、すごく心強いよ。
ただ、頼りにはしているけれど、頼り過ぎないようにして、出来るだけ1人でやるんだ。
そして励ましの言葉を残し、2人も校長室の出入り口に向かうと、そのまま大量のぬいぐるみを止めに、凄いスピードで走って行った。もう見えないや……。
「さてと。この2人を保健室に――って、気絶しているからここでいいかしら?」
「大丈夫かな?」
一応まだジタバタと動いているぬいぐるがあるし、カナちゃんの火車輪で固定しているとは言え、このままだとちょっと不安かな。
「そうだね。とりあえず、ぬいぐるは燃やしておこっか」
そう言うとカナちゃんは、ゆっくりと目を閉じ、念を込めるようにしながら、火車輪の方に意識を集中させた。
すると、火車輪の輪から炎が噴き出し、締め付けていたぬいぐるみを激しく燃やしていく。
燃えながらも手足をジタバタと動かすぬいぐるみを見て、これがとんでもなく強力な呪術なのだと、再度実感してしまいました。
「よし、これだけ燃やして灰にしてしまえば、もう大丈夫でしょう」
「うん、そうだね。それじゃ僕達も行こうか。旧校舎へ」
そして、僕達も校長室を後にし、急いで旧校舎へと向かった。
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