第壱話 【2】 噂の1人かくれんぼ
昼休みになり、僕は校長室に呼ばれた。
クラスでは、朝にパトカーが校門前に止まっていたから、その噂話が飛び交っていたよ。
その話題の中心は、この学校の女子が行方不明になった事です。
「白狐さん、やっぱり妖怪の仕業?」
『どうだろうな。我もこの重い妖気は感じておるが、椿が言っている旧校舎から出ているかどうかまでは分からんからの』
僕も未だに自信が無いよ。だって、先週は何も感じなかったからね。いつもの様に、気持ち悪い校舎だなって思っていたくらいです。
それなのに、今朝みたら明らかにその場所から妖気が漏れ出ていて、こっちの校舎に来ているんだもん。
とにかく現状把握の為に、校長先生から話を聞かないといけないですね。
そして校長室に着くと、僕は扉をノックする。ただ正直に言うと、あの校長とはあんまり関わりたくはないんだ。
でも、事件が起きたのだからしょうがない。自分にそう言い聞かせるしかない。これはおじいちゃんからの指令、断ったらどうなるかなんて容易に想像出来る。
「どうぞ」
割と普通の返事が帰ってきたので、僕はハトが豆鉄砲食らったような顔をしながら校長室に入った。
すると校長室には、校長の席に座っている八坂校長と、その前にはカナちゃんと警察官の人も立っていた。
「やっぱり来てくれたね。正直怖がって来ないかと思ったけれど、よっぽどあの天狗の翁が怖いんだね」
「その通りですけど、校長先生」
ただそれだけじゃなくて、僕自身も変わりたいと思ったんです。だから、自分に出来るのならば、しっかりと力になれるように頑張りたい。
「おぉ、君が噂の、感知能力に長けた妖狐椿さんですか。私は
そう言うと、その警察官の人が僕に近づいて来ました。
その人を良く見ると、割と若い気がします。まだ20代かな。整った顔立ちだけれど、少し太い眉毛。帽子は深く被っていて、髪型までは分からないや。でも、何で警察官の人が、僕が妖狐だって事を知っているの?
不思議がる僕を他所に、その警察官は僕の手を握って握手をしてくる。
あれ、手汗かな? この人、凄い手が湿ってるよ。
「えっと、何で僕が妖狐って事を?」
「椿ちゃん、実はその人も半妖なのよ」
握手されながら首を傾げる僕に、カナちゃんがその警察官の人も半妖だと教えてくれた。
人間の社会に紛れているなんて、ちょっとびっくりですよ。でも、いったいなんの半妖だろう?
「さて、それでは八坂さん。先程の続きですが、行方不明になった女子生徒の、その日の行動を調べました所――」
なんの半妖かは教えてくれません。
そんなに知られたくない妖怪の半妖なのかな? その半妖の警察官は、テキパキと話を進めている。
「河童なの」
「えっ?」
「あの人は、河童の半妖なの」
すると、カナちゃんが僕の横に来て、小声でそう言ってくれた。
あぁ……ということは、帽子を取ったらあの河童の頭なのかな? あっ、想像したら笑ってしまいそうになるよ。笑っちゃダメだよ、僕。
「さて、というわけで椿さん。私達は完全に手詰まりでしてね。その君の感知能力を頼りたい。なにか感じた事があれば、何でも教えて欲しい」
しまった、話を聞いていなかったです。ど、どうしよう。でも、とりあえずあの事を話せばいいかな?
「椿ちゃん。もしかして、この警察官の人の帽子の中を想像していたのかな? 申し訳ないけれど、今はそんな事をしている場合じゃないんだよ」
今度は校長先生が怖い。僕、完全に怒られてますよね?
カナちゃんの方も、その池中さんに睨まれて小さくなっています。ごめん……カナちゃん。
それにしても、今日は校長先生が真面目すぎて調子が狂っちゃいますね。この前はあんなにおちゃらけていた人が、今は真面目に校長先生です。
『椿よ、今のはお主が悪い』
キーホルダーじゃない、とっくに普通の狐になっている白狐さんからも、しっかりと注意をされちゃいました。
思い返せば、朝礼の時や真面目にやらないと駄目な時は、しっかりと普通の校長先生なんですよね、この人は。
レクリエーションとか、ふざけても良い時などは徹底的におちゃらけてます。そんな校長先生なので、先生からだけじゃなく生徒からも、結構慕われていたりします。
つまり今は、それ程までに緊迫した状態なんですね。その行方不明になった女子生徒は、今相当危険な状態なんだろうね。
「生徒が騒ぐといけないので、行方不明になった女子生徒の靴は、靴箱から回収しておきました」
そう言うと、警察官の人が袋に入った靴を見せてきました。
「ちょっと待って。まさか、その行方不明になった女子生徒って――」
「そう、この学校内で行方不明になっているんだ」
慌てて確認する僕に、校長先生が暗い表情で答えてくる。
まだ人間の犯行ではないって断定は出来ないけれど、これほぼ確実に妖怪の仕業だよね?
「だから椿ちゃんを呼んだんだよ。私じゃはっきりと妖気を捉えられないし、戦闘能力はあんまり無いからね」
カナちゃんが申し訳なさそうに言ってくるけれど、白狐さんも黒狐さんも、僕が感じている妖気を多少しか感じられないから、君がそこまで落ち込む必要はないよ。
「カナちゃん、大丈夫だよ。白狐さんと黒狐さんも、僕が感じている妖気をハッキリとは捉えられてないからね」
今だって、黒狐さんが人型になって携帯アプリで色々調べているんだよ。
それと妖気が分かっても、その後アプリを使い、感知した妖気がどの手配書の妖怪かを調べないと、正体がハッキリとは分からないんだよね。
「やっぱり、君は何かを感じているのか?!」
確かに警察官からしたら、多少の事でも情報は欲しいと思うよ。だから、僕の肩を掴んで必死になるのも分かるけれど、近づけばそれだけ、その帽子の中が見えちゃうわけなんです。見ないようにしないと、思わず吹き出しちゃいそうだよ。
「えっと……重い妖気が、旧校舎からこっちに流れてきているくらい……かな」
「旧校舎だって?!」
今度は校長先生が声を上げて驚き、イスから立ち上がっている。
やっぱり、あの旧校舎は何か潜んでいるのかな? この校長先生の慌てようからして、ただ事じゃないのは確かです。
そしてついでに、隣に居るカナちゃんも顔を真っ青にしています。
カナちゃんも、昼休みまでに情報集めしていたのかな? その時に手がかりを掴んだのでしょうね。
「旧校舎は、しっかりと入り口を閉めて封鎖していたはず。誰か破ったのか?」
僕の言葉の後、校長先生がそう言いました。
そこから校長室の空気までが重くなっちゃいましたよ。過去に旧校舎で何があったのか、気になってしょうがないです。
でも、旧校舎という言葉で、僕も1つ思い出した事がある。
あそこはたしか、僕が入学する前……20年以上前に、数人の女子がこっくりさんをやって、その後行方不明になったと聞きました。
結局見つかっていないとか、そもそも行方不明になっていないとか、色々と憶測は飛び交っているけれど、学校によくある怪談だから、僕は後者だと思っていた。
でも、校長先生のこの様子を見て、その自信が無くなってきましたよ。
「えっと……皆が噂している、この学校にある七不思議で、確か旧校舎がどうのってのがあったけれど、まさか……」
聞きたくないけれど、確認の為に聞いてみると、校長先生はゆっくりと頷いた。あの話が本当だったなんて、洒落にならないんですけど。
「当時ここの校長は別の人だったけれど、事件が明るみに出ることを恐れ、なんと旧校舎を、現場検証もろくにせずに封鎖してしまい、警察や行方不明になった女子生徒の家族にも、学校で行方不明になったことを伏せたのさ」
なんて最悪な校長でしょうね。絶対に他にも汚ない事をしていたんじゃないでしょうか。
「校長先生。今回は、別の遊びで行方不明になったと思います」
すると、真っ青な顔になっていたカナちゃんがようやく口を開き、怪談話をするかのようにしながら、重い口調で話してきました。
こ、怖いから止めて欲しい。
「私、今回行方不明になった、その2年の女子生徒のクラスに行って、そのクラスの半妖の子に何か知っているか聞いてみたの。そしたら、その女子生徒はいじめにあっていたらしく、その日もその子に、無理やり度胸試しをさせられるんだって、そう言っていたんだって」
その前に、その半妖の子はいじめを止められなかったのかな。それとも、また電磁鬼の仕業かな――って、僕は色々と考えてしまいました。
でも、今回は本当に正真正銘のいじめらしいです。そうだとしたら許せないですね。
「それで、その子に無理やりやらされた度胸試しというのが『1人かくれんぼ』らしいの」
その聞き慣れない言葉に、僕は首を傾げた。
それは校長先生もだし、白狐さんも黒狐さんも同じで、皆で首を傾げている。
カナちゃん全員に説明お願いします。
「皆、ネット見ないの?」
逆にカナちゃんも不思議そうな顔をしている。
そんなに有名な事なのかな? でも、ネットで有名になっている事なら、僕は知らなくて当然ですよ。
「僕、ずっと携帯持っていなかったし、家にもパソコンなんて無かったから、ネットなんて使った事ないよ」
「あ~それなら椿ちゃんはしょうが無いね。大丈夫、説明してあげるよ」
そう言って、カナちゃんは僕の頭を優しく撫でてきた。
これ、ちょっと気持ち良いかも。ついつい尻尾を振ってしまい、それを表現してしまっています。
無意識なんだもん……この尻尾。
「可愛いな、椿ちゃんは。えっとね『1人かくれんぼ』って言うのは、怖い話になるんだけれど――って、怖い話ってだけで、咄嗟に白狐さんの陰に隠れないでね、椿ちゃん」
今は2人とも、皆に姿が見えるようにしているので、こうやって隠れる事は出来ます。
いくらなんでも怖い話は勘弁して下さい。確かに最近暑くなってきているけれど、納涼にはまだ早いですよ!
『ほれ椿、情報収集の為だ観念せぇ』
そう言って、白狐さんは僕の首根っこを掴み、自分の前に出してきました。
「わ~ん! 怖い話は嫌です~!」
『椿。残念ながら、妖怪の話なんか全部怖い話に直結しているからな。慣れないと妖怪退治なんてやっていけないぞ』
その黒狐さんの言葉に、僕は若干絶望しました。
そう言われたら、人に悪さをする妖怪の話って、殆ど怖い話が多かったよね。
そうなるともう観念するしかなかった僕は、渋々カナちゃんの話を聞くことにしました。これも頑張らないといけない事なら、頑張るしかない。
「じゃ、良いかな? 実際は怖いというか、絶対にやってはいけないということで、都市伝説として話が広まったんだけれどね。この1人かくれんぼにはやり方があってね。簡単に言うと、呪術を行うらしいの。でも、その相手は自分よ」
それだけで既に恐いです。
自分を呪ってなんの意味があるのかな? それこそ、究極の1人ぼっちの子がやる事なんでしょうね。
「用意する物はぬいぐるみとお酒、または塩水。あとはお米、そして刃物。大道具もあって、テレビかラジオ、そして水を張った風呂桶がいるね」
1人でやるにしては色々と用意しないとだめですね。
でも、ぬいぐるみがある時点でだいたい予想が出来ました。そのぬいぐるみが鬼となって探すんでしょ?!
「椿ちゃん、これくらいでガタガタ震えない。実体験を話すわけじゃないから落ち着いて」
カナちゃんが優しい声で言ってくるけれど、説明するときはトーンを落とすから怖いんですよ。
そんな話し方をされたら震えるよ。だから普通に話して下さい。
「でも、怖がってる椿ちゃん可愛いし、このまま続けるね」
普通に説明して下さいね――と、僕は目でそう訴えたけれど、多分通じてないと思います。
凄く嬉しそうだし、楽しそうなんだよ。
「ここからはやり方なんだけど。まずぬいぐるの綿を取り出して、代わりにお米を詰める。それと一緒に、自分の髪や爪も入れて縫うの。あっ、これには裁縫道具もいるね。そして名前をつける。これはなんでも良いみたい。更に部屋を暗くし、テレビやラジオ点ける」
うぅ~その行為を1人でやるという事が、既に恐怖感満載なんですけど。
だけど、怖がる僕を他所にカナちゃんは続ける。
「そしてぬいぐるみを浴槽に浮かべ、刃物を持って部屋をしばらくうろつくの。家でやるなら――風呂場でやって、自室に向かってうろついていたらいいのかな? あとは、そのままぬいぐるみの元に戻って、ぬいぐるみに付けた名前でこう言うの『○○、見つけた』そしてぬいぐるみに刃物を刺して『次は○○の鬼ね』と言って、刃物をそのままにしてから、お酒か塩水を持ってどこかに隠れるの」
確かに実体験の話じゃなさそうだけれど、その行為を想像するだけで不思議な怖さがあり、背筋が寒くなっていくよ。
「これを終わらせるのには、満足した所で、浴槽に浮かんでいるであろうぬいぐるみの元に向かい、口に含んだお酒か塩水を吹きかけるの。この時飲んだらダメだよ。そして『私の勝ち』と3回言って、残ったお酒か塩水もぬいぐるみにかけるの」
そう言うと、カナちゃんはこれでお終いと言わんばかりに満足そうな顔をしました。
満足出来て良かったですよ、僕は腰が抜けそうだからね。
ただ、その終わらせる方法だけど、ちょっと嫌な事を考えちゃいました。
「ねぇ、カナちゃん。もしかしてさ、その終わらせる時に――」
「うん。噂では、隠れている時に誰かに扉叩かれたり、テレビやラジオのノイズが酷かったり、違うチャンネルが映っていたり、浮いているはずのぬいぐるみが居なかったりって話があるね」
「ひぃぃぃいい!!」
その話に驚いた僕は、白狐さんに飛びついちゃいました。
でも首が締まっていたみたいで、白狐さんが苦しそうにしています。恥ずかしさもあって慌てて離れたけれど、やっぱり恐怖で足が竦んでしまい、そのまま立てなくなりました。
腰が抜けちゃったよ。怖い話は苦手です。
『しかし、それは紛う事なき呪術だな。だが、それと妖気とどう関係があるんだ? まさか……呪術に反応して、他の妖怪がちょっかいを出したのか?』
そう言うと、黒狐さんが難しい顔をしながら、アプリで捉えた妖気を確認している。
それでなにか分かれば良いけれど、その様子からして、しっかりと妖気を捉えられなかったようです。
また電磁鬼の様な、隠密能力の高い妖怪ということなのかな?
「ふぅ……子供というのは、度胸試しでよく怪談話に出て来ることを平気でやるが、呪術系のはやるべきではないんだよ。そうだ、そのぬいぐるみを浮かべるのには、浴槽じゃなくても良いのかな?」
「ん~それは書いてないけれど、厳密にきっちりとやるんじゃなくて、その行為をやらせる事に意味があったんでしょうね」
校長先生がそう確認すると、カナちゃんは冷静に推理するかのように答え、そして顎に手を当て色々と考えを巡らせている。
「とにかく、放課後にいじめをしていた生徒を呼んで、事情を聞くことにしよう。同じクラスの半妖の子と協力して、その子達を連れてきてくれるかな。辻中君」
「分かりました」
校長先生に言われると、カナちゃんはスマホを取り出して、SNSで誰かと連絡を取り始めた。
それにしても、変わろうと言った矢先のこの事件は、まるで僕を試しているかの様です。腰を抜かしている場合じゃないよね。
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