第参章 退治依頼 ~初めての依頼は命がけ~

第壱話 【1】 事件の匂い

 眩しい朝の光が、カーテン越しに僕の顔に降り注ぎ、朝の到来を告げている。

 夏も間近なので少し暑いけれど、ほっぺの辺りが冷たくて気持ちいいな。


「ムキュゥ、ムキュゥ」


「んぅ? あっ、レイちゃんかぁ」


 ほっぺや額、顔中を何かがペロペロと舐めていて、堪らず目を開けると、レイちゃんの顔が視界いっぱいに広がっていました。可愛いから許すけどね。


 結局……一昨日と昨日にかけて、たっぷりと尻尾や耳等を弄られました。体は許さなかったけどね。


 そして、昨日はずっと妖術の練習をしていたので、ちょっと疲れが残っている。だけど、学校にいる半妖の人達を守るくらいは出来ると思います。


 布団から出て伸びをして、ついでにこれからの事を考え、今日から頑張ろうと少し気合を入れました。

 白狐さんと黒狐さんは既に起きているらしく、僕が起きる頃にはいなかった。


「椿ちゃ~ん、起きてますか~?」


 すると、扉の襖を開けて里子ちゃんが入ってくる。

 里子ちゃんは狛犬見習いで、犬の妖怪に近いからか、朝は凄く早起きみたいです。だからこそ、大量の妖怪がいるここで、給仕が出来るのだと思う。僕がやろうとしても、絶対に無理だと思うよ。


「里子ちゃん、おはよう」


「は~い。それじゃぁ、着替えよっか~」


「ん? いや、着替えは自分でやるってば。だから、そのブラを持って近付くのは止めて?」


 ジリジリと里子ちゃんが近づいてくるけれど、その手にはブラが握られている。

 毎回毎回、僕を着替えさせようとする度に持っているもん。それはまだ着けたくないですよ。


 そして、毎朝毎度のお着替え戦争を終わらせ、僕は朝食を食べに皆のいる大広間に向かいました。


「そう言えば椿ちゃん。今日はどうやって学校に行くのですか? 浮遊丸さんは折檻を受けて軟禁中ですよ?」


「うん、この子に乗っていくよ」


 そう言って、僕は隣でフワフワ浮いているレイちゃんの頭に手を置く。

 そのままフワフワの頭をゆっくりと撫でてあげると、レイちゃんは気持ち良さそうに目を細めた。


「あぁ、昨日その子に乗る練習をしていたのは、その為だったんだね」


「そうだよ。あと、この子丸い毛玉みたいにもなれるから、キーホルダーみたいに鞄に付けておけば、学校の中も安心して連れて行けるんだ」


「ムキュゥゥゥ!」


 レイちゃんは、僕と一緒に居られるのが嬉しいのか、僕の周りをグルグルと回り出している。

 体は鬼魂を取り込んですぐに大きくなったけれど、行動等はまだ幼体みたいですね。


 そして大広間に着くと、もう皆は食卓に着いていて、そこにはおじいちゃんの姿もありました。

 昨日一日家に居なかったのが引っかかるけれど、夜には帰ってきていたようなんだ。そして、その後はもういつも通りでした。


 最近僕が怖がらなくなったからか、おじいちゃんはずっと天狗の姿なんだよ。

 でも、その姿は相変わらず威厳があり、厳つくて鼻が長いんだ。それは異質で怖いというより、怒られていそうで怖いのです……。


『おぉ、起きたか椿よ。さっ、座れ』


 白狐さんに促され、僕は白狐さんと黒狐さんの間に座った。


 今日の朝ごはんは和食で、メインはお魚さんですね。焼かれて焦げているのに、ピチピチと元気に跳ねています。

 食べるの大変なんですよねこれ。骨になっても動くから、気を付けないと骨が刺さっちゃうの。良く噛んで食べれば動かなくなるので、そうやって食べるんだけど、これ相当顎が疲れます。


「椿よ、今日は学校で半妖達をしっかりと守ってやるんだぞ。決して逃げたり、腰が引けたりしないようにな」


 おじいちゃんが魚と格闘する僕を見ながら言ってくるけれど、僕としては魚と格闘中なので、今話しかけられると、喉に骨が刺さってしまいそうなんです。


「大丈夫だよおじいちゃん、しっかりとやってみるから」


 僕はそう言うと、暴れる魚をしっかりと掴み、それを一口食べておじいちゃんに答えた。一応、奥歯でしっかりと噛めば簡単に食べられるんだけどね。

 それじゃあ、いったいなにと格闘していたのかと言うと、魚さんをお箸で掴み、身をほぐして口に運ぶ行為です。暴れるからしっかりとお箸で捕まえないといけないんだけれど、これが一苦労なのです。


「椿よ、何だか雰囲気が違わないか?」


「へっ? な、何が?」


 僕としてはいつも通りですけど? 何か変でしょうか? ま、まさか……また女の子っぽいって思われてるのかな。


「椿ちゃ~ん、早くしないと学校に遅れますよ」


「えぇ?! し、しまった! 苦戦し過ぎた! こうなったら、一気にカタをつける!」


 僕は朝から何と戦っているのでしょう? 妖怪って思っていた以上に大変です。


 ―― ―― ――


「よしよしレイちゃん。その調子だよ」


 朝ごはんを何とか終えた僕は、上空で大きくなった、霊狐のレイちゃんの背中に乗り、空から学校に向かっている。

 もちろん、僕達の姿は一般人には見えないようになっているので、のんびりと飛ぶことが出来ます。

 それでも、レイちゃんは割と速く飛べるようで、浮遊丸さんで行った時よりも早くに着きそうです。


『これは便利だの椿よ。良い奴に懐かれたもんだな』


『しかし白狐よ、姿を隠しながら移動も出来るからと言って、我々がキーホルダーに変化し、椿の鞄にひっつくのはどうかと思うが……』


 すると、どこからともなく声が聞こえてきた。

 いや、白狐さんと黒狐さんの声なんだけれど、その姿は見えないんです。


 やっぱり完璧ですね、この2人は。


 実は、僕の鞄に着いているこのキーホルダーの狐さんが、白狐さんと黒狐さんなんだ。


 そう。白狐さんと黒狐さんは今、キーホルダーになって僕の鞄に引っ付き、そのまま着いて来ているんです。


 これならこの2人も、学校に一緒に行けるね。


「仕方ないよ、レイちゃんは1人しか乗せられないんだもん」


 そんな事を言っている内に、あっという間に学校の近くに来ていたので、急いでレイちゃんに指示を出し、そして近くの人気の少ない公園に誘導しました。


 見えていないから大丈夫だろうけれど、そこは念のためにね。


 そしてそこに降り立った後、レイちゃんは直ぐに丸い毛玉みたい玉になり、そのまま小さく縮まると、僕の鞄に引っ付きました。


 ここからは徒歩で学校へ向かうことになるんだ。

 でも、だいたい5分程で着いちゃうので、やっぱりかなり早めに学校に到着しちゃいましたね。


「ん? なんだろう。パトカーが止まっている? 何かあったのかな?」


 僕が学校に着いた瞬間、その目に飛び込んで来たのは、朝の学校には似つかわしくない、白と黒のボディをした車でした。

 しかも、何台も学校の校門前に止まっている。赤いサイレンは回していないから、聞き込みか何かでしょうか?


「おっ、槻本、早く学校に入れ!」


 僕がボーッとパトカーを眺めていると、校門に立っていた担任の先生が手招きをし、早く学校内に入るようにと促してくる。いけないいけない、迷惑になるよね。

 それと苗字の方は、届け出を変更するのも時間と労力がいるので、仕方なく槻本を使うしかなかった。


『何かあったのか?』


「う~ん、ここの生徒が事件を起こしたか、巻き込まれたかのどちらかかな?」


 鞄に付いている白狐さんが、こっそりと僕に聞こえるくらいの小声で言ってくる。

 でも、僕は学校に入った瞬間、いつもの学校とは違うと感じていた。いや、学校は変わらないですけれど、半妖の妖気だけじゃない、尋常じゃないくらいの重い妖気を感じていました。


『おい、椿。耳と尻尾がまた逆立ってるぞ?! どうした!』


『黒狐、静かにせぇ! 担任が怪しむだろう!』


 すいません、両方ともうるさいです。


 休日の間にこの学校で何かあったのかな。この妖気凄く怖いけれど、それでも僕はもう、前みたいに怖がってばかりの僕じゃない!


『腰が引け取るぞ? 椿』


 す、直ぐには無理かもしれないけれど、でも頑張るしかないんだ、僕にしか出来ないんだから!


「んっ!」


 そこで僕は、自分の頬を両手で引っぱたいて活を入れ直し、教室に向かうべく校舎に入っていきます。


 でも、重い妖気は思った以上に濃くはなかった。


 だけどこれは、校舎全体に張り巡らしている様な気がする。そして、どこからその妖気が出ているかは分からない。1つの所にジッとしているんじゃないのかな。

 とにかく、今は時間がないから昼休みに調べる事にして、僕は教室へと向かった。


 この学校古いから、割と怪談が多かったりするんだ。

 だから、その内の1つが妖怪の仕業だったりして、休日に誰か度胸試しとか言ってやっちゃったのかな?


 そう言えば説明をしていなかったけれど、この学校は校舎が3つあるんです。

 南校舎が1年~2年生徒達の教室、北校舎が3年生の教室と、理科室や美術室などがあります。


 そして、グラウンドを挟んで反対側にもう1つ。

 もう誰も使っていない旧校舎があるんだけれど、僕が教室の前に着いた瞬間気になったのは、実はそっちの旧校舎なんだ。


 そこから発せられた重い妖気が、こちらに向かって伸びているのを感じ取れた。


 教室の廊下の窓からその旧校舎が見えるから、ついそっちを見ちゃったんだよね。とにかくそういうのは、全て昼休みになってから。


 でも気になるな……。

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