第漆話 【2】 父親の逆襲
僕が今すぐこの人達への罰を決めなかったのは、自分でもびっくりしている。
黒狐さんの言う通りにして、今すぐここの妖怪さん達と一緒になって、お母さんと夏美お姉ちゃんにたっぷりとお仕置きをしたかったけれど、白狐さんの顔が険しかったので、つい戸惑ってしまいました。
そして黒狐さんもそれに気づいたのか、白狐さんに近づいていきます。
『おい白狐。なぜ椿を誘導させて、お仕置きを止めさせるんだ』
すると白狐さんは、全く表情を変えず、黒狐さんを見てその質問に答えます。
『慌てるな。なにも罰を与えるなと言っているわけでは無い。1人足りんじゃろ? そいつをこの場に連れて来てから、改めて考えれば良い』
そうでした。まだこの家族全員は揃っていない。あの何もしなかったお父さんだった人。
妖怪だって言っていたから、もう父親でもないけどね。それにこの人達も、もう僕の家族じゃない。
それでも僕の――翼としての記憶がある以上、この人達を家族と言ってしまう、言いたくないのに言ってしまう。
「そう言えば、僕のお父さんだった人は妖怪なんだよね? どんな妖怪なの?」
ふとその事を思い出したので、おじいちゃんに聞いてみました。ちなみにだけど、その言葉に1番驚いていたのは、夏美お姉ちゃんとその母親でした。
「ふむ、奴は『蟲食い』と言う妖怪でな。衣服等に穴を空ける妖怪じゃ」
「えっ? あ、あれ妖怪の仕業なの?」
なんだか思っていたより微妙な妖怪でしたね。
それでも夏美お姉ちゃん達はビクビクしているし、これはこれで面白いですね。
ぬり壁さんが銅像からいつもの壁に戻ったみたいで、凄い威圧感を持って2人を睨んでいるんだ。アゴの大きさも相まってるからか、威圧感が増してるよ。
ろくろ首さんも、グルグルと2人の周りに首を伸ばして回っていますし、既に皆が罰を与えて始めてますよ。でも放っておきましょう。
「うむ。しかし奴はどういうわけか、衣服だけではなく、様々な物に虫食いの様な穴を空けるんじゃ。それは、結界すらも穴を空けてしまうほど、強力なものになっていてな」
そんな事をおじいちゃんが話している時、誰かがいきなり門から現れ、こちらにやって来ています。
インターホンもなしにって、不法侵入じゃないんですか? だけどあの人達は……。
「あの? おじいちゃん。誰か来たよ? しかもあの格好……」
「そうそう、ここにも結界が張っておるから、人間は来られない様になっておる。じゃが、あいつの力を使えば、こんな風に人が――なにぃぃいい!!」
おじいちゃん大丈夫ですか? ちょっと認知症が入ってきましたか?
とにかく、入って来られないはずの人間が入って来たのです。しかも、お坊さんが何人もゾロゾロとやって来た。
ここにお坊さんがやってくるとしたら、学校を襲ったあのお坊さんしかいない。この人達はその仲間かな。
そしてその後ろからは、見なれた人が叫びながら近づいて来ていた。
「おまえ! 夏美! 大丈夫か!」
「あ、あなた?! 嘘でしょう! 何でここに?!」
「あ、あぁ……助けてえ! お義父さん!」
すると、夏美お姉ちゃんとその母親は、希望がやって来て安心したのか、突然顔が明るくなり、そして必死に助けを求め始めました。
その姿を見てか、あの父親は、僕がいつも見ていた姿とは全く違う姿を見せてきます。
「おのれ悪鬼ども! そして、妖怪なのに私達の家族に紛れ込み、悪さをしていた翼! それが貴様の正体だな! この人達の協力で、今すぐお前達を始末してやる!」
芝居? ううん、これ本音だ。
そっか……この人の狙いは、自分を縛り付けていたおじいちゃんと僕を、纏めて始末しようとすることなんだね。
すると、おじいちゃんが天狗の姿になり、僕の父親だった妖怪を睨みつけます。
それと、おじいちゃんが天狗の姿になった瞬間、夏美お姉ちゃん達は「お、おじいちゃんまで……」って言って、恐怖で顔が引きつっていました。
そういえばこの人達、ここにおじいちゃんが居た事に、今更気が付いていましたね。
あんまり関わっていなかったから、直ぐには気が付かなかったんだね。
「蟲食い……お主、とんでもない者を連れて来たもんじゃ。で、協力するというそいつ等は、お主の言うことを聞くのか?」
「な――にぃ?!!」
もちろん、滅幻宗のお坊さん達が、妖怪であるこの父親に協力するわけが無かった。
いきなり数珠を投げつけ、蟲食いを縛り上ると、そのまま身動きを取れなくしました。
「ご苦労さん。穴を空けるしか脳のない下級妖怪が、こそこそと俺達の寺を狙い、金品や仏像を略奪しようとするとはな」
なるほど。それで捕まって、命を助ける代わりに、ここの結界に穴を空けろと言われたのかな。
だけど、結局それも守られそうになく、滅幻宗のお坊さんは、蟲食いに錫杖の先を向けていた。
「うっ、ぐぅ! こんな数珠――くそがぁあああぁぁぁぁ!」
だけど、ただではやられまいとして、蟲食いも正体を現した――というか、口が虫みたいな口に変化して、数珠を噛み千切ろうとしている。
でも、なにか不思議な力がその数珠には通っているのか、簡単には噛み千切れず、しかも蟲食いは、電流が走ったかのように体を硬直させ、そのまま動かなくなりました。
「ちっ、いかんのう。さすがに悪い奴とはいえ、同じ妖怪を見殺しにしては、あとでセンターから文句を言われるわい。皆すまんが、一旦あいつを助けるぞ」
おじいちゃんはそう言うと、皆を動かそうとします。だけど、どういうわけか全員、その場から動けなくなっていました。
「なっ――これは!」
「困りますねぇ。あなた達に一斉にかかってこられたら、流石に下っ端の彼等では、太刀打ちが出来ません。ちょっと影に杭を打ち、固定させて貰いましたよ」
おじいちゃんが驚いていると、滅幻宗の中から1人だけ、装いが違うお坊さんが前に出て来た。
他のお坊さんは、修行僧が着るような服だけれど、その人はお寺のお坊さんと同じ格好をしています。
そして人相は、少し顔つきが細くて目も細い。だから、どことなく温和な雰囲気を醸し出ているけれど、つり上がっているその目は、凄い殺気が籠もっていた。
「いかん! 滅幻宗の中でも、戦闘より経によって妖怪を滅する事が出来る、実力者の方が出て来るとは。独古でわしらの影を打ちつけたのも、奴か!」
おじいちゃんにそう言われ、僕も自分の影を確認すると、見事に僕の影にも独古が刺さっていた。
いつの間に……しかも音もなくなんて、とんでもない人じゃないですか。
すると、その人は数珠を手に付け、そのまま胸元に持ってきた。
あれは、お坊さんが読経をする時のあの格好です。
『いかん、椿。耳を塞げ!』
『黒狐よ、椿も我らの妖気をもっとるから、此奴の経ではやられん。しかし、翁以外の他の妖怪はヤバそうじゃな』
えっ? 待って。それじゃ、里子ちゃんや座敷わらしの子も? それだけは嫌だ。何とかしないと、何とかしないと!!
『ん? 椿、どうした?!』
「うぐぐぐ、あの人達を追い払わないと……でも、ちょっとやっちゃいました。こ、怖い僕が出てきそうな感じが――あ、頭が……」
感情的になりすぎてしまいました。頭が割れる様に痛い。そして自分の中から、もの凄い怒りの感情が湧いてくる。
またあの声が、今にでも聞こえて来そうな感じがします。
怖いよ――何で僕にだけ、こんなわけの分からない力があるの? 普通の力が欲しかった。
いつ暴走してもおかしくないこんな力よりも、もっとちゃんとしたやつが――
『椿! それは俺の力だ! 落ち着け! 俺のは陰の力だからな、己の中の負の感情等を糧にしている。身を委ねるなとは言わん、今は静かにその怒りを受け入れてみろ』
「黒狐さん。わ、分かった」
突然叫んできた黒狐さんの言葉に従い、僕は湧いてくる怒りの感情に、素直に従う事にしました。
するとしばらくして、頭痛が収まり、初めて自分で妖術を使った時の、あの嫌な感情が僕の心に満ちていく。
多分、これが負の感情って事なのかな?
『ふん、椿の黒狐モードってところか。耳も尻尾も真っ黒で、良い色だな』
『先に黒狐の力とはな。予想はしていたがな。だが、黒狐とは違う能力を持っているはずじゃろ?』
えっ? 黒狐さんには出来ないの? これ。
そして僕は、右手を影絵の狐の形にして、妖術発動の言葉を口にします。
「妖異顕現、影の
するとその言葉の後に、僕の影が動き出し、影の腕が僕を固定していた杭を引っこ抜きました。
「な、バカな! 私の術が効かないですって?!」
お経を唱えようとしていた、目の細いお坊さんは、驚いて目を見開いています。
ただそんな風に見えたけれど、あんまり変わっていないので分からないですね。
『黒狐よ、あんな事お前はできるか?』
『無理じゃ』
黒狐さん、口調が戻ってますよ。
黒狐さんの力って言うから、てっきり出来るのかと思ったよ。でも、今はそれよりも皆の杭も抜かないとね。
そして僕は、次に皆の影も操り、そのまま全員の杭を抜いていきます。
「くっ、しまった。ええい、もう一度打ちつけて――ぐはぁ!」
僕の行動を見て、今度は目の細いお坊さんが、何個も独古を取り出してきた。
でも、僕が先に動ける様にしたのは、おじいちゃんと白狐さん達ですよ。それをさせるわけがないでしょう。
気が付いたらおじいちゃんが、その天狗の羽団扇で、そのお坊さんを吹き飛ばしていました。
「助かったぞ、椿よ」
「ううん。それよりも、あの人達が向かってくるんだけど?」
その後、なんと下っ端の修行僧みたいな人達が、錫杖を握りしめ、なぜか一斉に僕達に向かって来たのです。
怒号を上げながらなので、ちょっとうるさいかもしれませんね。
「うぉぉおお!
滅幻宗の中でも、武闘派とかそうじゃない人とかいるのですね。
でも、あなた達は修行僧でしょ? 下っ端だよね。この状況で、自分達が勝てると思った所が特にね、下っ端らしいよ。
『ふぅ、やむを得んな。やるか黒狐よ』
『そうだな白狐』
「全く……こいつらも何故かやる気満々じゃわい。しょうがない、皆相手してやれ」
皆おじいちゃんからの許可が出た瞬間、生き生きしながらお坊さん達に向かって行きました。
全員戦闘が大好きなのでしょうか?
わぁ、白狐さんと黒狐さんは流石ですね、数人を1度に倒してます。
女郎蜘蛛さんは糸でグルグル巻きにしたり、ワイヤーの様な硬度の糸で、錫杖を切ったりしています。
ぬり壁さんは、普通に口から出したセメントの様な物で、お坊さん達の足を固めちゃってますね。
がしゃどくろさんは――うん、その人の骨は取らないで上げて下さい。死んでないよね? なんだか体がぐにゃぐにゃしていますよ。
そうそう、この黒狐モードだっけ? ちょっと嫌な感情が湧いてくるから、戻そうかな。「もっとやれ、もっと暴れろ、でも僕も暴れたい」そんな悪い気持ちが、どんどん湧いてきます。これを戻すのは、この感情を抑え込めば良いのかな?
「んっ……ふぅ。も、戻った?」
『何だ、もう戻したのか? つまらなんな』
いや、それよりも、黒狐さんはもう終わったんですか? 早すぎませんか?
僕は自分の尻尾を見て戻っているのを確認し、そして辺りを見渡しました。
するとなんと、皆お坊さんを取り押さえていて、ほんの数分で決着が着いてしまっていたのです。
いくら下っ端だからって、これは弱すぎませんか? いや、皆が強いのでしょうか? 白狐さんと黒狐さんもいたしね。とにかく、これで皆を守れたのかな。
でも、まだ僕の問題が片づいていないです。
この状況を見て、失神しそうになっている夏美お姉ちゃんと、その母親。
この人達を何とかしないといけません。それと、あの蟲食いですね。これは流石に許せないですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます