第漆話 【1】 与えるべき罰は

 日も暮れそうになってきた頃、ようやく僕たちは、京北町にあるおじいちゃんの家の地点に戻ってきました。

 そして、行きと同じ様にして空間に割れ目を作り、そこから妖界を出て、人間界へと戻ります。


「良い、レイちゃん。あのね、ちゃんと僕の言うことを聞いてね? そうじゃないと、レイちゃんを捨てないといけなくなるからね」


「ムキュゥゥ……」


 白狐さんと黒狐さんによって、レイちゃんからなんとか降ろしてもらえた僕は、この子をしっかりと躾けろと言われたので、今しっかりと躾をしている――つもりです。2人の方から、まだ甘いって目で見られてるよ。

 だってやったことないんだから、しょうがないじゃん。だけど、レイちゃんをしっかりと飼ってあげる為にも、やらないといけないことなんだよね。


 レイちゃんは僕の肩に巻き付くようにしながら乗っていて、頭を下げ、反省のポーズを取っているように見えます。

 なんだかフワフワしていて気持ちいいし可愛いし、そんなポーズをとるなんて、レイちゃんは卑怯だな。でも、あっという間に大っきくなっちゃって、ちょっとだけ重いんですよ。


 それと、あの石碑の事は職員さんに任せるしかなかったので、事情を説明するだけで解放されました。


 そして、僕達がおじいちゃんの家に入ろうとした時、おじいちゃんの家の玄関に、誰かが立っているのが見えました。

 多分、この家にいる妖怪の誰かかな――と、そんな事を考えていたら、なにか歌が聞こえてきます。


「まる たけ えびす に おし おいけ。

 あね さん ろっかく たこ にしき。

 し あや ぶっ たか まつ まん ごじょう。

 せきだ ちゃらちゃら うおのたな。

 ろくじょう しっ ちょうとおりすぎ。

 はっちょうこえれば とうじみち。

 くじょうおおじでとどめさす」


 これって――京都の道の名前を使った、手鞠歌てまりうただよね? 


 どうやら、その玄関先にいる誰かが、鞠をつきながら歌っているらしいです。

 ゆっくりと近付いて行くと、ちょっとずつその姿が見えてきました。


 その子はまだ10歳くらいの女の子で、女の子用の着物を着ていて、おかっぱ頭がとってもよく似合っていた。

 おかっぱ頭が似合う子なんて、今時いないよね。それにこの格好も、今の子供が着る服じゃない。ということは、この子も妖怪なの?


 すると、その子は鞠をつく手を止め、帰ってきた僕を見ると、にっこりと微笑んできます。


「お帰り、椿ちゃん」


「あ、えと。た、ただいま」


 初めて見た子だというのに、ついつい帰宅の返事をしてしまったよ。


『おぉ、座敷わらしか。離れの部屋にずっと居て、滅多に出てこないお前さんが出迎えとは、珍しいではないか』


 ざ、座敷わらし?!

 それって、幸運を呼ぶ妖怪じゃないですか。おじいちゃんの家に居たなんて。


 すると、その座敷わらしの女の子は、ちょっと暗い顔をしました。だけどすぐに表情を戻し、そして僕の方に走って来ると、僕の手を引っ張ってきます。


「えっ、ちょっと?!」


「おいで椿ちゃん。“また”一緒に遊ぼ」


「待って待って、君も僕の事知ってるの? ごめん僕――」


 だけど、僕が言い終わる前に、座敷わらしの子は首を横に振り、僕の手を引っ張り続けてきます。

 どうやらこの子は、このまま玄関には入らず、そのまま庭に行って、あの離れの部屋に行こうとしているみたい。


「記憶が無くても、椿ちゃんが帰ってきただけで、私嬉しいから。また遊んでよ、ね?」


 やっぱり僕は小さい頃に、この子と一緒に遊んでいたらしい。覚えがないのは、記憶が封印されているからですね。

 本当に申し訳ない気持ちになってきます。だったらせめて、この子の言う通りにと、そう思った時、玄関から怒鳴り声が聞こえてきました。


「こりゃ、わらし! 椿を何処へ連れて行く!」


「ひっ!」


 その怒鳴り声に、座敷わらしの女の子は身をすくめて立ち止まりました。


 ついでに僕も一緒に固まっちゃったけどね……。


 おじいちゃんの怖さは僕も分かっているから、あんな風に怒鳴られたら、つい条件反射で固まっちゃいますよ。


「全く、油断も隙もない」


 そう言いながらおじいちゃんは、ゆっくりと僕達に近づいてきます。

 丁度真後ろだったから、僕はチラッと玄関の方を見たけれど、天狗の姿になったおじいちゃんの姿が見えた瞬間、顔を前に戻しました。


 よりにもよって天狗の姿なんて、そんな姿ですごまないで下さい。


「でも……このままだと椿ちゃんが、不幸な思いをしちゃう。私、守ってあげたいの。翁お願い」


 僕はこの子と、これだけ懐かれるぐらいにいっぱい遊んであげていたのかな? 


 こういう時、記憶がないのがもどかしく感じるよ。


 座敷わらしの女の子の言葉に、おじいちゃんは大きなため息をつくと、その子の目をしっかりと捉えました。


「わらしよ、その気持ちになるのは分かるが、これは椿が超えねばならん出来事なのじゃ。こいつらから逃げてばかりいては、椿はいつまでたっても弱いままだ」


 おじいちゃんがそう言った後に、玄関にいた妖怪達が、家の中に居る誰かを連れて来る音がしました。


 なんだか悲鳴が聞こえるのですけど……。


「さて、椿よ。ライセンスは取れたんじゃな?」


「う、うん」


 僕はそう言いながら、そのライセンスの取得証明書を見せるけれど、おじいちゃんは誉めてきませんでした。


 分かっていたよ、おじいちゃんはそんな人だからね。


「よし、ならば椿よ。次はこやつらに、罰を与えなくてはならんな。お前さんが決めろ、どうするかをな」 


「えっ……? あっ!」


 その後、玄関先から引きずり出されて来た、その2人の人を見て驚き、僕は声を上げてしまった。


 なんでここに居るのかなんて、簡単に想像が出来る。恐らくここの妖怪さん達によって、出かけていた先から連れて来られたのだと思う。


「お、お母さん……お姉ちゃん」


 そこにいたのは、ロープでグルグル巻きにされ、身動きが取れなくなっている母娘おやこの姿があった。

 そしてその母娘は、僕を徹底的に虐めた、あの家族の母親とその長女、僕の姉として一緒に暮らしていた、夏美お姉ちゃんでした。


 この人達の事を、咄嗟でもお母さんとかお姉ちゃんと呼んでしまったのは、僕の心が未だに槻本翼だからなんだろうね。


「ひっ、い、いや。助けて、助けてぇぇええ!!」


 そのお母さんは、情けなく叫び声を上げている。


「ひっ、あ、あんた。翼……なの?」


 夏美お姉ちゃんは、なんとかここから脱しようと、色々模索しているみたいです。

 でも、2人を縛っているロープから妖気を感じるので、普通のロープじゃないと思う。そうなると、逃げるのは難しいと思うよ。


「う、うん。そうだよ……お姉ちゃん」


「ひっ! あ、あんたも、ば、化け物だったなんて……」


 お姉ちゃんのこの怖がりようからして、僕の耳と尻尾は見えているようですね。おじいちゃんがなにかしましたね。

 でもなんだろう、この人達にそんな事を言われても、なぜか平気だね。むしろ、僕を人間扱いしなかったお母さんとお姉ちゃんの方が、よっぽど化け物なんじゃないかな?


『ほぉ、翁はなかなか粋なことをするな。よし、椿。徹底的に痛めつけてやるぞ。なんなら拷問みたいにしても良いだろうな』


 それを見た黒狐さんが、そんな凄い事を言う中で、白狐さんだけはただ静かに、僕を見ているだけでした。


「あの、白狐さんは何も言わないのですか?」


 白狐さんは、ジッと僕の目を見ているだけです。


 あの……ちょっと恥ずかしいですよ。


『我はなにも言わん。お主が後悔しないよう、お主の満足のいく罰を与えれば良い』


 白狐さんはそう言うと、僕から視線を外し、俯いてしまいました。


 これって……白狐さんはもしかして、僕の事を試しているんじゃないのかな?


 それなら、今目の前で、恐怖のあまりに失神しかけているこの家族。この家族にどういう罰を与えるかによって、白狐さんに愛想をつかれるのかもしれない。


 あれ? なんだろう、この胸の苦しみは。


 僕はなぜか、凄く嫌な気分になってしまい、とても罰を与える様な気分じゃなくなった。

 でも、このまま罰を与えないというのも、この家族を調子に乗らせてしまうだけ。


 それなら――


「ごめんなさい……今は2人を、どこかの部屋に閉じ込めておいて下さい。罰は後で考えるよ。直ぐには難しいから」


 僕はそう言うと、白狐さんをチラッと見てみます。すると、白狐さんはいつも通りの笑顔で、僕を見ていました。


 こ、これで良かったのかな?


 どうやら僕は、白狐さんに嫌われるのが怖くなってしまったようです。

 自分で気が付いたけれど、これはもう遅いかも。今の無意識だったもん。


 どうしよう、このままじゃ僕は…………僕は――

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