第陸話 【2】 霊狐のレイちゃん

 霊狐ちゃんの引き取り手続きも済ませ、僕は狐化した白狐さんの背中の上で、初めてのスマホを手にしています。


 色々と設定をしたり、いじってみたりしているけれど、人間のそれとあんまり変わらないんじゃないかな。

 人間のはあんまり触った事ないから、白狐さんに教えて貰いながらだけどね。


 そして今は、来た道を辿り、おじいちゃんの家のある京北町まで戻っているところです。


 帰りは走らずゆっくりとだよ。


 どうやら、僕達がこの妖界と人間界を行き来している方法は、ちょっと特殊というか特例らしくて、他の妖怪にはあんまり見られてはいけないようです。

 だからこうやって、またわざわざ山の方まで向かっているわけなんだ。


 ちなみに、他の妖怪達が人間界に行くには、きっちりとした手続きをする必要があるんです。

 そこでしっかりと滞在日時を決め、この世界にいくつかある、人間界と妖界を繋ぐ扉を通らないとダメみたいなんだ。


 まるで海外に行くみたいな感じになっていて、さっき初めて聞いたときは呆然としてしまったよ。

 そのまま危うくスマホを落としてしまうところでした。


 ことごとく、僕の今までの妖怪の概念を崩してくれますね。


 そんな中で、なぜこの2人だけこんな風に特別に行き来できるのかは、教えてはくれませんでした。

 僕がそれを聞いたとき、凄く難しい顔をしていたので、それ以上は追求しないことにしたんです。


「キュゥゥ……」


「ん? レイちゃんどうしたの? お腹空いたの?」


 すると、膝の上に乗せていた霊狐のレイちゃんが、何かを訴える様な目で僕を見ていて、そして切なそうな鳴き声を出してきた。


『レイちゃんって……椿、その名前はお主が付けたのか?』


「そうだよ白狐さん。霊狐だからレイちゃん」


『安直じゃなぁ。あぁ……それと、霊狐に飯は要らんぞ。霊魂をその身に取り込めば、それがエネルギー源になるからな。だからこそ、ペットとして売れるのではないかと見込んだらしい』


「へぇ、そうだったんだ」


 それなら、今のこの子の鳴き声って何なんでしょう?


『しかし白狐、霊狐はたしか……』


『うむ、分かっておるわ黒狐よ。椿、掴まっておけ。飛ばすぞ!』


「へっ? うひゃぁ?!」


 2人がなんだか意味深な会話をした後、なんといきなり走り出したんです。

 ギリギリでしがみつけたので、振り落とされずにすんだし、レイちゃんも僕の膝にしっかりと引っ付いています。でも、レイちゃんのその目は、僕の後ろをしっかりと見ていた。


 なんだか嫌な予感がするから、あんまりそっちを振り向きたくないです。

 この子、霊魂を取り込むだよね? そして今、なにも無いはずの僕の後ろを見ているということは……。


『ちっ、やはり追ってきおったか!』


 白狐さんがそう言った瞬間、後ろから凄く嫌な気配を感じました。

 怨念というか、強い恨みの気配だったので、思わず全身の毛が総毛立ったよ。


 だけど次の瞬間、白狐さんが走っている横に、なにか棍棒の様な物が振り下ろされ、地面が抉れたのです。


 もうなにがなんだか分からないし、怖いってば。


 僕は顔を俯かせ、白狐さん達が逃げ切ってくれるのを祈るしかなかったです。

 でもそんな事をしていたら、急に自分の体が浮き上がる様な感覚に襲われました。


 というか、僕の体が白狐さんの体から離れているんだけど――


『くっ! しまった!』


『うぉっ?!』


 2人がそんな叫び声を上げる中、ようやく僕は、自分が吹き飛ばされて宙に浮いている事に気づきました。

 そして、僕達を追ってきていたそいつを、しっかりと見てしまったのです。


 それは、身の丈数十メートルはあろかという巨大な鬼でした。


 しかもその手には、棍棒が握り締められていて、頭に付いてる2本の角も、かなり大きな物が生えています。でも、体が透けている様にも見えるよ。


「ひっ!」


 僕はあまりの恐怖に、そんな声しか出せなかったけれど、レイちゃんだけは離すまいと、胸にしっかりと抱きかかえ、白狐さん達が助けてくれるのを待ちます。でも、2人が助けに来る気配がない。


 不思議に思い、2人の姿を探すと、僕の下で白狐さんと黒狐さんが、なにか見えない力で押さえつけられ、地面にへばりついているのが見えました。


 つまりこれは……。


 そう思った僕は、自分の体を確認します。すると、巨大な鬼の大きな手が、しっかりと僕の体を掴んでいました。


「ひっ!! は、離して離してぇ!!」


『椿!!』


『くっ……鬼の魂の集合体、鬼魂おにだまだと! 奴は封印されているはずだぞ!』


 鬼の魂の集合体が、なんで僕を掴めるの?! って、そんな事を考えている暇はなかったよ、何とかしないと!


 すると、僕の腕に収まっていたレイちゃんが、急に体を強く光らせ始め、そしてその光を鬼魂に浴びせていきます。

 間近だから僕は眩しくて、直視出来ないから目を細めているけれど、なんだか鬼魂が、徐々にその光に取り込まれていっているような……。


 気が付いたら、僕は鬼の手から解放されていて、真っ直ぐ地面に向かって落下していました。


「えっ、ちょっ! なにこれ、なにが起きたの?! 白狐さん助けてぇ!」


 いったいなにが起きているのかサッパリ分からない僕は、それでも必死に助けを呼びます


『椿!!』


 そして白狐さんの方も、どうやら鬼の力から解放されたらしく、落下する僕の真下に来てくれていました。

 そして、なんとか僕は白狐さんの背中に着地し、事無きを得ました。ただ、黒狐さんが不愉快な顔をしていましたよ。


 あぁ……ついつい白狐さんに助けを求めちゃったから、拗ねているんだ。


 そんな事よりも、いったいなにが起こったのかそれを知りたくて、僕が前を向くと、目の前では鬼魂が光の中に消えていく寸前でした。


 そして、あっという間に鬼魂は光の中に消えていき、後に残ったのは――


 気のせいではないくらいに大きくなった、レイちゃんの姿でした。


「ムキュゥゥ!!」


「鳴き声もちょっと違~う!」


 大きくなったレイちゃんは、体が細長く伸びていて、大きさも大型犬くらいの大きさになっていました。つまり、僕なんか楽々背中に乗せられる程です。


『し、信じられん。先程の鬼魂を、そいつが取り込んだのか? 普通の霊狐では無理じゃ! こやつ、上位の霊狐か? いや、上位でもここまで素早く取り込める奴はいない。となると、かなり特殊な霊狐なのか?』


 なんだか白狐さんがブツブツと呟いています。


 どうやらこの展開は予想外だったようだけれど、僕の身にも予想外の展開が起きていますよ。


「わぁ~!! レイちゃん降ろして降ろしてぇ!! 高い所はちょっと苦手なんだってば~! ねぇ、聞いてる?! レイちゃん!!」


 そうです。レイちゃんが喜んでいるのか興奮したのか、無理やり僕を背中に乗せてきて、そのまま上空を飛んで行くのです。


 懐いてくれているのは嬉しいけれど、こういう事は勘弁して欲しいです!


 『おい、白狐。ここに石碑があったぞ、しかも壊されている。これのせいで、ここに封じられていた鬼魂が復活したんだな』


『むぅ、いったい何者が? まぁよい、とにかくセンターに電話しておこう』


 因みに白狐さんと黒狐さんは、僕を助けるどころか、道の端に広がっている林の中に、変な石碑を見つけたらしく、それをじっくりと確認していました。


「ちょっと~! 白狐さん黒狐さん、レイちゃんを何とかして~!」


『しかし真っ二つだな。強力な封印を壊すほどの実力者か……』


『嫌な予感がするの、黒狐よ。ところで、椿は助けんでいいのか? そろそろ泣くぞ?』


『ほっとけ』


 わぁ~!! 黒狐さんさっきの事を根に持ってる!


 レイちゃんをなだめようにも、なぜかひたすらにテンションが高くなっちゃっているし、2人になんとかして貰わないと、この子僕じゃ手に負えないよ!


「わ~ん! 白狐さん黒狐さん、2人とも愛してるから~! 一生のお願いだから助けてぇ!」


『ふむ、ひと声足りんな』


『ん? あぁ、黒狐。お主はやはりなかなかの悪だな』


『なに、そろそろ進展がほしくてな』


 なに? なんの話? それよりも、まだ足りないの?!

 う~ん、これ以上の言葉っていったい……いや、なんでも良いからとにかく助けて欲しいんだよ!


「わ~ん! 何でもするから助けてぇ!! この子どんどん上空に上がっていくんだよ!」


『ほぉ。“何でもする”と、そう言ったな?』


 あっ、しまった。僕やっちゃったかも知れないです。


 2人が僕の言葉に反応し、クルッと振り向いた時のその笑顔は、凄く良からぬ事を考えているような顔でした。


 ぼ、僕、今日の夜は1人で寝ようかなぁ……。

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