第陸話 【1】 妖怪ペットの現状

 試験が終わり、なんと5級認定されてしまった僕は、その後受付で色々と、ラインセンスの手続きをしています。と言っても、殆ど白狐さんと黒狐さんがしてくれています。

 僕にはよく分からないので、規定が書かれた紙を眺めているけれど、これも草書体なので読めないです……。


 せめて草書体は読めるようにしないとダメですか。


 ここで2人に教えて貰った妖怪雑学を挟むと、実は妖怪には、あまり歳の概念はないんです。


 幼体、成体、老体と分類されているだけで、その期間が何歳なのかは詳しく決まっていないみたい。だから白狐さんが言うには、妖気の強さで成熟度を決めているらしいです。

 どういう事かというと、このライセンスを取得するのに、年齢制限はないんだ。それは、妖気の少ない幼体がいくら頑張っても、ライセンスなんか取れるわけがないのが理由なのだそう。


『ほれ、椿。終わったぞ』


 すると、規定の書かれた紙を、ただジッと文字を読まずに眺めているだけの僕に、白狐さんが例のスマートフォンを手渡してきました。


「えっ? あ、ありがとう」


 それは普通に人間が使っているスマートフォンと、何も変わらない様に見えた。

 2人の方は、お互いが分かりやすいようにと、白狐さんが白くて丸みを帯びた小型の物、黒狐さんが黒で、殆ど真四角と言っていいような形をしている、薄いのに大きい物です。


 白狐さんのは持ち運びに便利で、長時間使えるらしいです。その分、使えるアプリの種類が少ないのが難点らしい。

 黒狐さんのは、その大きさが掌からはみ出るくらいなので、持ち運びは大変だし、長時間は使えないらしい。その代わり、使えるアプリの量は凄くて、色々と細かな事まで出来るらしい。


 そして僕のはと言うと、ちょっと変わった形をしていました。

 円形……と言ったら良いのかな? 持ちにくいかも知れないけれど、薄くて軽い。そしてそんなに大きくもなく、コンパクトタイプの物でした。

 横から『最新機種じゃからな』と白狐さんは言っていたけれど、僕としては、他とどういう差があるのかよく分かりません。


『その妖怪フォンは、まだ椿の妖気データを登録しとらん状態じゃからな。早速電源を入れて、妖気を登録するんだ』


 僕は白狐さんに言われるがまま、そのスマホの電源を入れました。

 すると画面に、草書体の文字でなにかが表示されます。これは、人間用と同じ起動画面なのだと思うけれど、何が書いてあるか分からないよ。


 その起動をする間、ふと気になった事があったので、それを白狐さんに聞いてみました。


「そういえば、これ電池は?」


『もちろんあるぞ。特殊な電磁妖気で動いているのでな、特別な妖具で充電するんじゃ。それもちゃんと渡された物の中に入っているから、安心しろ。ほれ、そうしている間に、メニュー画面が出たぞ。そうじゃその前に、その文字を椿が読める物に変えておいてやろう』


 そう言うと、白狐さんが僕のスマホを手にして、手慣れた様子で、設定から僕が読める文字に変えてくれました。正書体にね。


『ついでだがそのスマホ、人間の物と連絡を取ることも出来る。さすがに人間のゲームアプリまでは無理だがな。まぁ、その内になんとかするとは言っているが、多分無理だろうな』


『黒狐よ、そう言う陰謀説に惑わされるな。人間達のセキュリティの凄さのせいで、100%不可能だと結論付けられただろうに。多分もなにもないわ』


 へぇ、ハッキング紛いの事をしようとしていたんだ。妖怪ってやっぱり恐いですね、色んな意味で……。


「あのぉ……それよりも、どうやって僕の妖気を登録するの?」


 なんだか2人が議論しそうになっていたので、僕は咄嗟に止めに入ります。

 あんまり仲が良いわけではないのか、僕の取り合いの為にいつも一緒にいて、こうやって良く議論しまくっています。

 始まると1時間は続くので、早く帰りたい僕としては、このスマホの使い方を教えて欲しかったのです。


『悪い、椿。妖気の登録は簡単なんだ。その設定の中に、妖気登録があるだろ? それを選んだら、背面にある妖気認証システムに指をおくんだ』


「あっ、これ、指紋認証じゃなかったんだ……」


 背面に指紋認証と同じ様なくぼみがあって、人間の物と同じ様に、指紋でロック操作なんかできるんだって感心していたら、妖気を読み取るものでしたか。


 とにかく、僕はその部分に指を置きます。すると、画面に「登録中」と言う文字が表示されました。

 こんなのでよく妖気を感知出来ますね。妖怪の世界も、日々進歩しているのですね。


 そしてしばらくすると、登録完了という文字が表示され、様々な設定項目が画面に表示されます。


「えっと……こ、これ。いったいどうすれば?」


『そうじゃな、それは帰りながらやるとしようか』


 そう言われたので、僕はいったんそのスマホを白狐さんに預け、そして2人と一緒に、センターを後にしようとします。

 僕、鞄持ってくるの忘れたから、スマホを片付ける事が出来なかったのです。だから、白狐さんに預けておきます。


 するとその時、職員の1人が、なにか白い毛玉の様な物を抱えて、センター長に向かって行きました。

 僕はそれがちょっと気になり、そっちを振り向くと、その毛玉から尻尾がダランと垂れていました。そしてさらに、その毛玉から目玉の様なものが見え、それが僕をしっかりと捉えていました。


 あれも妖怪かな?


 僕がそう思った次の瞬間、その白い毛玉が、センター長と話している職員の腕をいとも簡単に抜け出します。

 それが地面に落ちると、一瞬で毛玉から細長い動物みたいなものになり、そのまま僕の胸に飛び込んで来ました。 


「わぁぁ?!」


『椿?!』


『どうした、椿!』


 また僕が叫んだので、2人が同時に振り向きます。


 ちょっとびっくりしただけなのに、そんなに真剣な顔で振り向かないで下さい。これは迂闊に叫べないですね。

 それよりも、僕の胸に飛びついてきたこれは、なに? 離れないんだけど?


「白狐さん黒狐さん。これなに?!」


 僕は、その白いフワフワの毛をした動物みたいな妖怪を、必死に引き離そうとするけれど、一向に離れないのです。

 触り心地は最高だし、それは良いんだけど、危険な妖怪だったら大変だよね?


『なんじゃ、“霊狐”の幼体か。安心せい椿。それは妖怪達の中で、ペットとして飼われている特殊な妖怪じゃ。狐の霊が100体集まり化けたものだとされていてな、温和な性格の為に害はなく、ペット扱いされるようになったのじゃ』


 この子、害は無いのですか。

 白狐さんにそう言われ、少し安心した僕は、じっくりとその妖怪を眺めてみる。


「キュゥ……」


「狐って、こんな鳴き声でしたっけ?」


 その子は一つ目らしく、大きなクリクリとした目を必死に僕に向け、何かを訴えている様に見えました。


『霊狐は独特の鳴き声をするんじゃ。それはそうと、ほれ、職員が来たぞ、その子を渡してやれ』


「いやぁ、すいません。捨てられていたのを保護したのですが、こんな反応をするとは思わなくて」


 そう言うと、職員は頭を下げて謝ってきます。

 下げた頭のてっぺんに、大きな口が付いていてびっくりしましたけどね。


『霊狐は一つ目だからな。最近は、ペットとしては微妙だったと言われ、無情にも捨てる奴が続出だからな。何か制度を作らないといけないぞ』


「黒狐さん……それは分かっていますが、引き取り手が中々見つからないので、制度自体が見送りにされることが多いのですよ。とにかくこうやって、こちらが保護をするしかないのです。さっ、来なさい」


 この子、僕にしっかり引っ付いて離れないのですけど?


 職員さんが一生懸命引き離そうとしても、全然離れない。

 親から離されてなるものかと言わんばかりに、必死になってその子はしがみついていた。


「か、可愛い……」


 ついついそんな事を口走ってしまう。

 それに、職員さんも困り果てていて、白狐さんと黒狐さんも顔を見合わせています。

 そしてその霊狐の子供は、やっぱり何かを訴えるような目で僕を見つめている。まるでそれは「お願い、連れて行って!」と言われているようです。


 フワフワのその子の頭を撫でると、嬉しいそうに目を閉じて「キュゥゥ……」っと鳴いてくる。

 細長いその体は、フェレットに見えなくも無いです。耳は狐だけど。


 駄目だとは思うけれど、頼んで見ようかな……。


 そして僕は、この子と同じ様な目をして「連れて帰って良い?」と目で訴えてみます。

 ただ、これが2人には凄く効果的だったらしく、どちらもたじろいでいます。


『ひ、卑怯じゃぞ椿』


『くっ、そ、そんな潤んだ瞳で見るな』


「ダメ?」


 後ろの職員さんは、連れて帰ってくれるのならありがたいと思っているのか、ちょっと期待した顔をしていますよ?

 だから僕は、更に上目遣いになるように、2人にゆっくりと近づいて行きます。


「ねぇ、ダメ……ですか?」


『うぐぐぐ……』


『椿、お、お前。自分の可愛さを分かっているな!』


 その後10分程、2人の苦悩したり悶えたりする姿を見ていたけれど、最後は結局2人が折れ、この子を連れて帰る事になりました。意外と頼んでみるものだね。

 ちょっと恥ずかしかったけれど、この子の為だから、恥も忍んで頑張ってみました。


 そうか、可愛いは正義という事なんですね。

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