第伍話 【3】 試験の結果は
第3の試験も無事に終了し、僕は他の妖怪達と一緒になって、センターの入り口ホールへと戻ってきました。
試験時間は、約2時間程度でしたね。人間の方なら長すぎますよ……疲れました。
『おぉ、椿よ。ようやく終わったか。どうだった?』
そしていつも通りの白狐さんが、そこに立っていました。
おかしいな……白狐さんと黒狐さんが捕まえた電磁鬼が逃げたのに、なんでいつも通りなのかな?
それを僕が不思議に思っていると、ヘビスチャンさんが、センター長の達磨百足さんの所に行き、電磁鬼の封印された巻物を取り出し、報告をしました。
「所長。電磁鬼のやつが、何故か試験会場に現れたのですが……これはいったい?」
「おぉ、アレを捕まえてくれていたのか、助かったぞ。いや、そいつはな、白狐と黒狐が捕まえた奴で、報奨金を出してセンターで預かり、妖怪刑務所の方に護送する手はずだった。しかし、職員の1人がへまして逃がしおったんじゃ」
ヒソヒソと話をする達磨百足さんとヘビスチャンさん。
だけど、僕はその会話を聞き逃しませんでしたよ。耳をピクピクと動かし、その会話をしっかりと聞きました。
ということは、その職員はクビなのかな?
「で、その職員は?」
「あぁ、左遷じゃよ……全く。よくミスをする奴だからな、致し方ない」
クビじゃないだけまだマシでしょうね。妖怪の世界も人間の世界も、仕事に関しては何も変わらないですね。
『どうした椿? 何か心配な事でもあるのか?』
「ううん、なんでもない。あっ! それよりも白狐さん黒狐さん。ちょっとくらい僕にも妖術教えておいてよ、焦ったじゃん」
2人に話しかけられ、僕はその事を思い出しました。当然、白狐さんと黒狐さんに文句を言います。
現に妖術さえ教えて貰っていれば、変に緊張する事もなかったのに。
『む? す、すまんな。しかし妖術というのは、教えて貰うものではなく、自分の頭の中に湧いてくるものでの。現に、椿が学校で使ったあの妖術は、我はおろか、黒狐ですら使っていない妖術なのじゃぞ』
「えぇ?! そ、そうなの? てっきり黒狐さんの妖術かと――」
『俺にあんな奇妙な妖術が使えるわけないぞ』
黒狐さん、自信満々に腕を組みながら言わないでよ。
それならあの妖術は、怖い方の僕が作り出した妖術なのかな? それなら余計に使うのが怖くなってきたよ。
『しかし逆に、頭の中に湧いてきやすい妖術などもあるわけじゃ。変化なんかはまさにそれじゃ。もうすぐ椿の頭にも、それが湧いてくるはずじゃぞ』
そっか。そうやって皆、妖術を覚えていくのですね。僕はまだ妖狐に成り立てだから、妖術が使えないのも当たり前なんだ。
『それでな、この試験で1つくらいは、妖術が使える様になると考えた訳だ。第1の試験は俺も白狐も知っている。10級のライセンスくらいは取れると見て、翁も取りに行けと行ったんだろうな。それで、どうだった? 手応えはあったのか?』
白狐さんも黒狐さんも、僕がどこまで出来たのか気になるようです。食い入るようにしながら僕を見ていて、必死に聞いてきますからね。
ただ、それはちょっと見過ぎです。
とにかく2人が凄く聞いてくるから、早く僕が答えようとした瞬間、突然尻尾がくすぐったくなってきて、思わず身を捩《よじ》ってしまいました。
「ふ~ん、そっか。あなたには、そんな強力な後ろ立てがあったのね。それならあれだけの事が出来るのも当然よね」
「ふぁっ?! み、美亜ちゃん?! 尻尾触りながら話しかけないでよ!」
なんと、美亜ちゃんがいきなり尻尾を掴んできていました。
急にそんな事をされたもんだから、僕は耳の毛も尻尾の毛も一気に総毛立ってしまったよ。とにかくその感触に耐えているけれど、触り方がちょっと問題なのです。
「だから、名前で呼んで良いって誰が言ったかしら?」
「あぅ……ご、ごめんなさい」
触り方が絶妙過ぎて、変な声が出そう。
でも、美亜ちゃんはちょっと触っただけで、すぐに手を離してくれました。
「ふん。その2体のお気に入りなら、これ以上いじると怒られるわね」
『その通りじゃな、
「くっ……それは言わないで」
美亜ちゃんがどういう妖怪なのか、それを白狐さんが言った瞬間、美亜ちゃんの顔が曇りました。
そんなにバレたくない事だったのかな?
『しかもその物腰、話し方。代々優秀な金華猫を出して来た一族だな』
白狐さんは、恐らく美亜ちゃんを誉めようとしていたのだと思う。だけど、美亜ちゃんの方は更に顔が曇り、不機嫌そのものになっていく。
そして、それ以上は言うなと言わんばかりに、白狐さんを睨みつけてきた。
『ふむ、そんなにその一族が嫌か? それとも、その毛の色も関係しておるのか? 優秀な金華猫と言えば、茶虎が多い。しかしお前は黒い。それだけで、どういう扱いを受けてきたかは、想像に容易い』
すると、白狐さんにそう言われた美亜ちゃんは、踵を返して僕達から離れていきます。
「良いこと? あなたは私のライバルよ。覚えてなさい!」
そして美亜ちゃんは、離れる際に僕にそんな言葉を投げかけ、そのまま去って行きました。完全に目を付けられたどころか、ライバル視されるなんて。
それと、白狐さんが言った事も気になります。いったいあの子は、どんな仕打ちを受けてきたんでしょう。
『おぉ、椿。早速友達が出来るとはな』
「黒狐さん。あの態度が友達に見えますか? はぁ……絶対にいじめられる」
だけど僕は、これからの事を考えてしまい、気分が滅入っちゃいました。
白狐さんと黒狐さんは「気にするな」と、そう言いながら、2人で僕の頭を撫でてくれるんだけど……それが何だか気持ちよくて、安心出来て、僕は目を細めながら尻尾を思い切り振っちゃった。
なにやってるの、僕は……。
『本当に椿は可愛いな』
『全くだ。だが、お前にはやらんぞ白狐』
また視線で喧嘩しているよ……僕の頭の上で火花散らさないでくれます? もうちょっと仲良くしてくれないかな……。
するとその時、僕の耳元で急に声が聞こえてきます。
「いやぁ椿様、助かりましたよ。ライセンスが無いあなたは、本来妖魔を捕まえる事が出来ないので、私が捕まえた事にしておきましたが、あなたがいなければ捕まえられませんでした。感謝します」
「うひゃあ?! 耳元でヘビスチャンさんの声がぁ!」
それにびっくりした僕は、慌てて声が聞こえた右側に顔を向けます。するとそこには、一匹の蛇が僕の肩に乗っていて、チロチロと舌を出していました。
あれ? でも、ヘビスチャンさんは向こうにいるし――って、また分裂みたいな事をしたのですね。
『どうした椿?! ヘビスチャンが何かしたのか?』
「あっ、何でもないです。空耳でした」
僕が突然声を上げたから、白狐さんが慌てて僕の方を向いたけれど、その瞬間、肩に乗っていた蛇が煙となって消えたので、なんとか誤魔化すことができました。
僕の方も、電磁鬼を逃がしたのが2人のせいじゃなくて良かったと思ったし、2人に余計な心配をかけたくなかったので、電磁鬼が逃げ出した事は黙っている事にしました。
すると、また玄関ホールに職員の人の声が響き渡ります。
「ライセンス試験の結果を張り出します! ご自分が提出された妖怪名、もしくは命名された名前を確認し、取得された方は、受付の方までお越し下さい! そのまま、お持ちの“妖怪フォン”に登録をさせて頂きます」
「妖怪フォン?」
『これじゃ』
僕が首を傾げていると、白狐さんが懐から、自分のスマートフォンを出してきました。
それちゃんと名前があったんですね。どこかで聞いたような名前ですけど……。
でも、僕はそれを持って無いんだけど、どうすれば良いんでしょう?
『これを持っていない場合は、ここで支給されるから安心しろ。ほら、結果を見に行くぞ』
まだ首を傾げる僕に、黒狐さんがそう言ってきます。
だから、黒狐さんに言われた通り、先ずは結果を見に行くことにしました。
そして、人集りが出来ている中に僕達が近づくと、それに気づいた妖怪さん達が、さっと道を開けてきました。
これはいったいどういう事?
「白狐さんと黒狐さんって、そんなに凄いんですか?」
『いや、そうでもないぞ。我等は妖怪に近いが、白狐である我は、稲荷大社の守り神として存在しているのでな、少しばかりランクが違うだけだ。だが、ここまでされる覚えはないの』
『俺も白狐と似たようなものだ。稲荷ではないが、妖怪の中でもランクが高い方ではある。だが、ここまで極端な事をされる程ではないな』
2人とも、なにがなんだか分からないという顔をしているので、あながち嘘ではないようです。
それならいったい、なんでこんな風に、凄く偉い人が来たみたいな感じで、真ん中に道を空けるのでしょうか?
でもそれは、壁に張り出された試験の結果を見て、全てが分かりました。
《妖狐・椿。五級認定》
「ほへ?」
『椿、お主何をした……』
『普通は十級か九級。良くて七級だぞ……あの名家の金華猫の娘も、六級と凄いのだが、椿はその上をいっている』
全員の視線が僕に集まるのは当然でしたね。
な、なんで僕が……?
そんな事が頭の中を駆け巡る。もちろん、美亜ちゃんからの物凄い視線を感じるのは、見なくても分かりました。
『これは、翁も腰を抜かすぞ~』
『十級が取れたら良い方だと、翁も俺達もそう考えていたからな……!』
そうでしたか。予想外の事をしてしまってすいません。
多分ヘビスチャンさんが、僕を過大評価しちゃったのだと思います。
そして僕は、ちらっとヘビスチャンさんの方を見ます。
すると、何故かホクホク顔のヘビスチャンさんが、そこに居ました。爬虫類だから表情はないけれど、多分そんな感じだと思います。
「うぅぅ……多分あの妖術と、最後の試験のあれだよね……やっちゃったよぉ」
『心当たりがあるんか?!』
2人でいっぺんに怒鳴らないで下さいよ。ごめんなさい、ごめんなさい。勝手な事をしちゃってごめんなさい!
『そんなにビクビクするな。これは帰ったらご馳走を用意せねばな! 椿よ、良くやったぞ!』
『本当だな。俺の自慢の嫁になりそうだ。椿、胸を張れ! 誇って良いぞ!』
あっ、あれ? 2人に褒められた。
勝手にこんなあり得ない級を取っちゃったのに、逆に誉めるなんて。
「お、怒ってないの?」
だから僕は、恐る恐る白狐さんに聞いてみます。
『何を怒る必要がある? 驚いただけじゃ。心配するな、お主は良くやった。あんなに怯えていたお主が、五級を取るなんて、こんなめでたいことはないわ』
そう言うと、白狐さんは僕の頭をくしゃくしゃと撫でてくる。
なんだろうこれ、凄く嬉しいや。
そういえば、僕は今まで誉められた事が無かったんだ。だから疑心暗鬼になっていた。
だけど、本当に誉められていると分かって、それが凄く嬉しいんだ。
「てへへ……」
そして僕は、ちょっとだけ顔が緩み、ただ白狐さんに頭を撫でられ続けます。
それがたまらなく嬉しいどころか、もっと誉めて欲しくて、僕はひたすら尻尾を振りまくり、上目遣いで白狐さんを眺め続けちゃってました。
結果が良かったからだと思うけれど、この試験、受けて良かったって思っちゃいました。
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