第伍話 【2】 新たな変化

 逃げだした電磁鬼は、第3の試験会場に紛れている。

 それを見つけられるのは、一度見つけた事がある僕くらいです。


 あの時の妖気。見られている様な感覚。それをただひたすらに探っていく。


 だけど、ごちゃごちゃに入り組んだ街並みは、細い通路とかもあって、見つけるのはそう簡単ではなさそうだ。


「どこ? どこにいるの。お願いだから、厄介な事だけはしないで」


 細い通路を通り抜けたり、大通りを真っ直ぐに走り抜けたり、様々な場所をくまなく探しながら、僕はとにかく走る。

 時には建物の屋根に跳び上がって、上から妖気を探ったりもします。


 すると、ある一角から僕を見ている様な視線を感じました。


「あっ! これだ!」


 咄嗟にその場所を凝視するけれど、そこは一見何でもない、ただのゴミ捨て場になっていた。

 だけど、隠れるにはうってつけなくらい細い道にあって、大量のゴミが捨てられています。


 僕はその近くに飛び降りると、気づかれないように、そっと近づいて行く。

 でも、急に何かが動く音がしたと思ったら、電磁鬼が飛び出し来て、僕が立っている場所とは反対の方向へと、一目散に逃げていきました。


「あっ! 待て~!」


 一瞬の出来事で固まっちゃったけれど、僕は姿を見失わないよう、直ぐに後を追いかける。

 学校で一度僕に見つかっているからか、かなり警戒しているみたいです。


 これは、捕まえるのが更に困難になってきたかも。


 でも、その電磁鬼が、小さい足を必死に動かして逃げる様は可愛いし、捕まえるのをためらっちゃいそうになる。ただ、能力は凶悪だからそうも言っていられない。

 僕自身も、怖いとかそんなの考えている余裕もないくらい、ただ必死に電磁鬼を追いかけます。


「えっ? なにあれ? 前にでっかい鬼みたいなのがいる!」


 そうやって必死に電磁鬼を追いかけていると、目の前の巨大な鬼が、棍棒を持って誰かを攻撃しようとしています。そして、その鬼の足の間を縫うようにして、電磁鬼が通り過ぎて行った。


 しかも、電磁鬼が大きな鬼を通り過ぎる時に、何か電磁波の様な物を発して、背後から鬼に当てています。

 すると、その鬼が急に僕の方を振り向き、振りかざしていた棍棒をこっちに振り下ろそうとしてきました。


 嘘でしょう、完全に操られているじゃん。


「ちょ、ちょっと! どっち狙ってんの! あんたの相手はこっちよ!」


 更に、その鬼の足元から誰かの声が聞こえるけれど、そっちを気にしている場合じゃない。鬼の対処をしていたら、電磁鬼を取り逃しちゃう。

 でも、猛スピードで走っている僕は、もう避けられない位置まで来てしまっている。


 それなら――!


「どいてぇ!!」


 僕はそう叫ぶと、無意識に自分の爪を鋭く伸ばし、跳び上がると同時にその鬼を爪で引っ掻いた。

 すると、鬼の体は綺麗に縦に裂け、悲鳴と共に煙となって消えていきました。


「な、なんだったの? 今のは……」


 着地した僕は、さっきの鬼の事で呆然としてしまうけれど、目の前で点のようになり、今にも見失いそうになってしまっている電磁鬼を見つけ、それどころじゃない事に気付いた。


 とにかく、慌ててその後を追いかけます。


 こいつを逃がしてしまうのだけは避けないと、さっきみたいにして他の妖怪達が操られてしまうと、その妖怪でいたずらしまくって、試験どころじゃなくなるよ。


「くっ、待てぇ!!」


「あっ! ちょっとあんた! なんで動けるのよ! それと、よくも私の獲物を取ってくれたわね! 待ちなさ~い!!」


 えっ? まさか……あの鬼の足元にいたのって、美亜ちゃん? いや、そんなの気にしている場合じゃない。


 とにかく僕は、更にスピードを上げていき、電磁鬼を見失うまいとして、大通りを真っ直ぐに走って行く。


「嘘、なにそれ。はや……」


 そんな美亜ちゃんの声が聞こえなくなっていくと同時に、目の前の電磁鬼との距離が、徐々に徐々に近づいていく。


「キィィィィッ!!」


「そん可愛い声出してもダメ!」


 さすがに妖魔といえど体力はあるらしく、僕でも電磁鬼が疲労しているというのは分かった。

 本来隠れるのが得意な性質なのか、こんなにすばしっこくても、長い時間逃げているのは不可能な様ですね。


「あっ、しまった! 黒狐さんみたいに、動きを止める妖術を知らないや。ど、どうしよう」


 とりあえず、電磁鬼が疲れ果てた所を捕まえるしかないよね。

 そしてそんな事を考えていたら、目の前の電磁鬼が立ち止まり、振り向き様に、僕に向けて電磁波を浴びせてきた。


「わぁぁ!! って、あれ? ちょっとピリッとしただけで、何も起きないんだけど?」


「キィッ?! キ、キィィィィィ!」


 すると、電磁鬼がびっくりした様な顔をして、再び逃げ出します。今度はジグザグを斜線を切って逃げている。


 また鬼ごっこ再開ですか。一瞬諦めたのかと思ったのに。


「ていうか、今僕を操ろうとしたでしょう?!」


 あの慌て様からして、僕を操ろうとしていたのは間違いない。

 なんで効かなかったかは気にしていられない。とにかく追いかけなくちゃいけないんだ。


「う~ん……どこかに追い込めたら良いんだけど、この街は、多分試験用に作られた街だから、どういう形をしているかなんて、僕には分からないよ」


 無闇に追いかけているだけじゃ、意味がないのは分かるけれど、だからってどうしたら良いかなんて全く思いつきません!

 この状態で黒狐さんの力が使えるかどうか、試してみても良いけれど、それでもし、今のこの力が無くなっちゃったら不味いよ。

 今度見失ったら、多分もっと見つかりにくい所に隠れるだろうから、見つけるのがもっと大変になっちゃいますよ。


 だけどその時、急に僕の頭の中に声が響いてきました。


『椿様、そのまま次の路地を左に追い込んで下さい』


「えっ、ヘビスチャンさん? どこ?!」


『早く! 左に追い込んで下さい』


「あっ、うん。分かった!」


 なんで頭の中に響くのかって、妖術だからって納得せざるを得なかった。それくらい、ヘビスチャンさんが切羽詰まってたんだもん。


 とにかく言われた通り、左の路地に追い込めば良いんだね。


 それなら、右よりに弧を描く様にして回り込む。そして、ジャンプして捕まえ様とすれば――


「てぇぇい!!」


「キィッ!」


「ふぎゃっ?!」


 しまった……着地の事を完全に忘れていたよ。顔から地面にダイブしてしまっていました。思い切り鼻を打っちゃって痛い……。


 だけど、予想通りに左の路地に逃げ込んで行きましたよ。その先には誰も居ないけれど、これで良かったの?

 すると、ようやく僕から逃げられると、そう安堵していそうな電磁鬼の足元から、急に蛇が現れ、そのまま電磁鬼の足に噛みつきました。


「キィッ!」


 びっくりした電磁鬼がそんな声を出した瞬間、体が硬直し動けなくなっていました。

 多分あの蛇は、相手の体を麻痺させるような、そんな毒か何かを牙に仕込んでいるのですね。


「ふぅ、何とかなりましたね、椿様」


「わぁ! いつの間に後ろに?!」


 あの目の前で、電磁鬼に噛みついているのがヘビスチャンさんかと、そう思っていたら、僕の後ろにいましたね。


「あぁ、あれは私の体の一部ですよ。あんな風に切り離しても、私の命令通りに動くので、罠としては最適なのですよ」


 そう言いながら、ヘビスチャンさんはどこからか巻物を取り出し、その巻物に手を触れます。

 すると、そこから光の様なものが飛び出し、それが電磁鬼に当たり、電磁鬼の本体が引きずり出されていきます。そして、そのまま巻物に吸い込まれていきました。


「やれやれ、危なかったです。椿様の感知が無ければ、こんなに早くは捕まえられなかったですね」


 さっきの路地には、電磁鬼が取り憑いていたスマートフォンだけが落ちていました。誰のかは分からないけれど、持ち主は困っているはずですよね。

 それはヘビスチャンも分かっていたらしく、そのスマホを取りに行っています。そしてスマホを取ると、こっちに戻りながら懐中時計を確認しています。


「さて、第3の試験も残り僅かですね」


 事態を収拾でき、安心してその場に座り込んでいると、不吉な言葉が耳に入りました。それを聞いた後、僕は一気に血の気が引いていっています。


 そうなんです。僕はまだ、何もやっていないのです。


「あ~!! しまった! ど、どうしよう! 何もやっていないよ!」


「おや? 椿様は既に、一体倒されていますよ。それと、Aランク手配書のこの電磁鬼と、互角に張り合っていましたからね。なんの問題もないですよ」


「えっ? 僕がいつ倒しましたか?」


 不思議に思い、僕は今までの事を思い出します。


 あっ、そう言えば……追いかけている途中、大きな鬼を倒していましたね。


「あっ、えっと……あれですか」


 するとヘビスチャンは、肯定するようにして頷き、また満足そうにチロチロと舌を出しています。


「いやぁ、Bランク手配書を一撃とは思いませんでしたよ。それにそのお姿、お美しいですね」


「へっ? また外見変わっています?」


 とにかく僕は「まさか……」と思いながらも、喜びのあまり大きく振っている尻尾を確認しました。

 すると、また狐色ではなく、今度は雪の様に真っ白になっている尻尾が見えました。


「な、なんですかこれぇ!! またぁ?!」


 そのあと僕は、慌てて身を映す物を探します。

 そして壊れた建物のガラスに、僕の姿が映っているのを確認し、慌ててそこに向かって行くと、そこに自分の姿を映して確認しました。


 そこに映っていたのは確かに僕なんだけれど、尻尾も耳も、髪の毛の色すらも、真っ白になっている僕の姿が映し出されていました。


「ま、真っ黒じゃなく、真っ白になるなんて。いったいどういう事? どうなっているの?! 僕の体は~!!」


 とにかくあまりの事に、僕は我を忘れて叫んでしまいました。

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