第伍話 【1】 紛れ込んだ妖魔
あれから皆が我に返った後は、ただ静かに試験が進むだけになってしまいました。
1番手の僕が凄いことをし過ぎたと、美亜ちゃんがそう言っていたけれど、美亜ちゃんだって、爪で空を引き裂くような攻撃をして、距離があった蛇の執事さん、ヘビスチャンの元まで届いていましたから、僕はそっちの方が凄いと思ったよ。
でも終わった後、僕の横を通り過ぎながら「あんたの顔と名前、覚えたからね」と囁かれました。完全に目を付けられてしまった様です。
他の妖怪さん達は、液体の様な物を出して溶かそうとしたり、バーナー並みの火を吹いたり、影を操ったり、自分の体を石みたいにして飛ばしたりと、次々と色んな妖術を繰り出していましな。
それをヘビスチャンは、僕の時みたいに顔色を変えたりはせず、ただひたすらにその妖術を、蛇の腕で受けて呑み込み、その後ボードに何かを書込む、そんな作業を続けていました。
僕が制御出来ていれば、こんなに気まずい空気にならずに済んだのに。でも、そう思っているのは僕だけなのかな。
他の妖怪の方々は、どこか達観した様子になっていて、これは落ちてもしょうがないという感じになっていた。
そんな諦めた顔をしなくても、ヘビスチャンさんは、ちゃんと公平に点数を付けていると思いますよ。
そして全員の妖気チェックが終わり、ヘビスチャンさんが再び、この場にいる全員に聞こえる程に声を張り上げた。
「さて、全員のチェックが終わりました! これより第3の試験に挑んでもらいます!」
あれ? 第2の試験は落とされたりしないのですか?
僕がそんな不思議な顔をしていると、ヘビスチャンさんがそれに気づいたらしく、僕に丁寧に説明してくれます。
「あぁ、そう言えば詳しく言ってませんでしたね。落としたりするのは第1の試験だけです。つまり第1の試験の本質は、ライセンス保有者として相応しいかどうか、それを見る為の試験だったのです。そして、第2の試験からは落ちる事はありません。なぜなら、第1の試験を突破した時点で全員ライセンス獲得となりますので」
「えっ? そうだったの?!」
そんな説明一切無かったから分からなかったよ。
そして、驚いて声を上げたのは僕だけだった。皆知っていた風なので、ただひたすら恥ずかしくなった僕は、赤面して俯いています。
「ここからの試験は、能力を見せて貰い、その方の級を決定させてもらう、そういう流れになっております。お分かり頂けましたか?」
はい、十分分かりました。だから、皆僕を見ないで下さい。
「ふ~ん。第1の試験は聞いた通りだったけれど、今回第2の試験が、お兄様から聞いていたのとは違っていたのよね。なるほど、制度を変える前に、ライセンスの取得試験を先に変える事にしたのね」
ヘビスチャンさんの言葉に、美亜ちゃんは納得したような顔をしていました。
家族から試験の事を聞いていたなんて、それはズルいなぁ。
でも、有利だったのは第1の試験だけだし、あんまり意味が無かったみたいですね。美亜ちゃんはちょっとだけふて腐れた感じになってます。
「えぇ、そうです。やはり、直接妖気を見ないといけないと、そうなったのです。前回までやっていた『どれだけ沢山の妖術を使えるか』というのは、妖気の強さを見ることが出来なかったのです」
良かった……去年なら僕は、悲惨な目に合っていたかもしれません。
白狐さんや黒狐さんは、試験の変更を分かっていたから、妖術を教えなかったのかな? でもやっぱり、一個くらい教えておいて欲しかったです。
あとでちょっと文句を言っておかないと。
「さて、それでは第3の試験会場へと向かいましょうか」
そう言うとヘビスチャンさんは、僕達が入ってきた扉とは反対側の方向に歩いていく。
その先にまた扉があったので、次の試験会場はその先のようです。とりあえず、皆ゾロゾロとヘビスチャンさんの後を着いて行きます。
僕は最後尾で、あんまり気づかれない様にして着いて行くけれど、第1第2の試験で目立ち過ぎましたね。皆時々だけど、チラチラと僕の方を見てくる。
あんまり見ないで欲しいなぁ……妖怪の皆さんだから、怖いんですよ。
「そう言えばあんた、尻尾と耳の色が戻ってるわね」
「わひゃっ! もぉ、尻尾いきなり触らないでくれる?」
美亜ちゃんに言われるまで気づかなかったです。確かに、毛色がいつもの狐色に戻っていましたね。
でも、後ろからいきなり尻尾を触らないで欲しかったな。僕は耳も尻尾も、かなり敏感なんだよ。
「ほんと、あなた何者なの? 強力な妖気を持ちながらそんな性格なんて。ちょっとムカつくんだけど」
「ひゃぅ! ご、ごめんなさい。謝るから、尻尾だけは止めてぇ」
なぜか美亜ちゃんの機嫌を損ねたらしく、少し強めに僕の尻尾を握ってくるのです。
我慢するだけで精一杯で、変な声が出ちゃうって……。
僕は心は男の子なんだから、そんな声出しちゃったら、恥ずかしくて死んじゃいたくなります。だけど、美亜ちゃんは中々離してくれない。
そして、遂に僕は耐えられ無くなり、その足を止めてしまった。すると、皆に遅れると言わんばかりに、美亜ちゃんは僕の尻尾を引っ張ってきます。
「うひぃぃ!! や、止めて美亜ちゃん!」
「あ~ら、誰が名前で呼んで良いって言ったの? それに、あなたのその泣きそうな顔、そそるわねぇ」
あっ、美亜ちゃんの顔がいじめっ子の顔になっています。僕は人間にも妖怪にも、いじめられる運命だったのかな……こんな事なら、おじいちゃんの家に籠もっておけば良かった。
例え白狐さんと黒狐さんの寵愛を受けたとしても、いじめられるよりはマシだよ。
それに、白狐さんなら優しく僕を――
「――って、僕はいったい何を考えているんだろう……」
「なにか言った?」
次の試験の扉の前に着いたらしく、皆が一旦立ち止まっていて、更に僕達の方を見ていました。
そんな中で、美亜ちゃんに僕の呟きが若干聞こえたらしく、僕がなにを言ったかを聞き返してきます。もちろん僕は、無言のままで尻尾の刺激に耐えるだけです。
すると、このままでは試験が進まないと思ったのか、美亜ちゃんは僕の尻尾から手を離してくれました。
「ほら、立ちなさいよ。皆が待ってるよ」
「うぅ、誰のせいですか……」
「へぇ、まだ握られたいんだ?」
「ご、ごめんなさい!」
僕はビクビクしながらも、なんとかゆっくりと立ち上がり、そして服の汚れを払いました。
この子は生粋のいじめっ子だよ。こんな子に目を付けられちゃって、僕はこれからどうなるんだろう。
「さて、この扉から中に入ると、第3の試験スタートになります。皆さん一斉に向かって貰うことになるので、準備は良いですか?」
そして、扉の前に居るヘビスチャンが、次の試験開始を告げてきたので、僕は慌てて一気に立ち上がります。
だけど立ち上がった瞬間、僕は腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまった。
「あ、あれ? 足に力が入らない」
「ふふふ、どうやら第3の試験は変わってないようね。良かったわ~」
そう言いながら、美亜ちゃんは僕の方を見て、不敵な笑みを浮かべてきます。
「あ~ら、どうしたの? たったあれだけの事で腰が抜けちゃった?」
し、しまった……まさか美亜ちゃんは、この試験の中身を知っていて、僕を骨抜きにさせて動けなくしてきていたの?! ということは、時間制限がある!
「うぎぎ……し、しまった」
必死に立とうとするけれど、ダメです。完全に骨抜きにされてしまっていて、全く立てません。
でも、そんなに沢山弄られたかなぁ? ま、まさか、これも美亜ちゃんの妖術?
「第3の試験は既に始まっております。既にこちらで捕らえている、Bランクまでの手配書の妖怪を、幻影としてこの先に出現させております。それを捕まえるのが第3の試験です。何体捕まえても構いません。そして、参加者同士の妨害もありです! 命まで取るような妨害なら、即刻失格となりますので注意して下さい。では、スタート!!」
ヘビスチャンさんが言うと、目の前の扉がけたたましく開き、その先に街が広がっていました。そして、そこに向かって皆一斉に駆け出して行きます。
美亜ちゃんはこの事を分かっていたんだ。だから、真っ先に僕を狙ったんだね!
「うふふ、それじゃおっ先~」
そう言うと美亜ちゃんは、嬉しそうにしながら皆の後に続き、扉の先に向かっていきました。
そんな中、僕も必死に体を動かそうとするけれど、座り込んでしまった状態から、中々立つことが出来ません。
「うぐぐ、動け~僕の足! へぶ!」
しかも無理に立とうとしたら、思い切り前につんのめってしまい、お尻を上に突き出した様な、そんな情けない格好で突っ伏しちゃいます。
うぅ……ヘビスチャンさんに格好悪い姿を見られちゃいましたよ。
「頑張って下さいね、椿様」
励ましてくれているのか呆れているのか、よく分からない口調でしたね。
すると突然、僕の目の前に小さな四角い影が現れました。
「へっ?! こ、こいつって!」
「なっ! 電磁鬼! 何故こんな所に!?」
そう、それは僕の学校の人達全員を操っていた、手配書Aランクの妖怪――いや、妖魔だね。
とにかく隠密力が高く、スマホに取り憑き、その電磁波によって人々を操る力を持つ、厄介な妖魔なのです。
それを見て、慌ててヘビスチャンさんが腕の蛇を伸ばし、そいつを捕まえようとします。
だけど、電磁鬼はすばしっこいので、それくらいで捕まえる事は出来ず、ヘビスチャンさんの腕を簡単に交わすと、軽快な笑い声と共に、扉の向こう側へと消えていった。
「くっ、不味い! あいつは妖怪すらも操る事が出来る、強力な妖魔です。Aランクですけど、その能力だけで言えば、実質Sランクレベルなんです。何故そんな奴が! このままでは皆さんが!」
この電磁鬼はもしかしたら――って、そう変な事を考えちゃったけれど、今はとにかく、あの電磁気を捕まえなければ大変な事になる。
「くっ……ヘビスチャンさん。だ、大丈夫。僕が見つけますから」
そう言うと、僕は腕に力を入れ、今度こそはと思いながら、必死に立ち上がります。
とにかく力が欲しい。
走る為に、あいつを追う為に、あいつを捕まえる為に、それだけのパワーと体力が欲しい。
すると僕の中から、今度は清々しいまでの力が湧いてきた。
そう、ただ純粋に……何かを成し遂げる為の力を、僕は欲し続けている。
その後すぐに、僕の体は羽根が生えたかの如く軽くなり、簡単に動ける様になった。
「こ、これなら……追える!!」
「あっ、椿さ――」
ヘビスチャンさんが驚いて声を上げていたけれど、それどころじゃない。早く見つけないと、皆操られて大変な事になっちゃう!
そして僕は、自分でも信じられないくらいの猛スピードで扉をくぐり、その先に広がる、ボロボロの街並みをひたすらに走っていく。
そんな自分自身にびっくりはしているけど、それどころじゃなかった僕は、全神経を集中させ、電磁鬼の妖気を探ります。
多分あの電磁鬼は、この前学校で、白狐さんと黒狐さんが捕まえた奴だ。
なんで逃げたかは分からないけれど、このままだと白狐さんと黒狐さんが怒られちゃうかも知れない。
そんな事を考えながら僕は走り、そして電磁鬼の妖気を探り続ける。だって、今いるメンバーの中では、僕しかあいつを見つけられない。だから――
そう……だから、怖いけれど僕がやるしかないんだ!
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