第肆話 【2】 第2の試験開始!
もう少しだけ、白狐さんや黒狐さんから情報を聞けば良かったです。
さっきの言葉は迂闊な発言だったらしく、僕は全員から注目されてしまっています。
「あんた、その妖魔に会ったことあるの?」
目の前のイスに座っている、猫の妖怪美亜ちゃんまでもが、上半身だけ後ろを向いて、僕の方を見ていました。
「あ、あの……その時の記憶はないんだけど、その単語だけは覚えていて、多分僕が他の妖怪を怖がるのは、それかなって思ってて……えと、言っちゃいけない事だった?」
すると皆さん、なぜかそれで納得しちゃったみたいで、僕から視線を外していきます。
あれ? 記憶が無いならしょうが無いって、そう思ったのかな?
そんな皆の様子にキョトンとしていると、美亜ちゃんが僕に感心の目を向けてきた。
「あんた、よく生きてたわね。そいつと会った奴は殺されているか、精神を壊されたりしているからね」
えぇ……そんな恐ろしい奴だったなんて。それじゃぁ、なんで僕は無事だったんだろう。お父さんとお母さんが守ってくれた?
すると、また僕の頭が痛みだしてきました。
「まぁ、それとこれとは話は別よ。今度は完膚なきまでに叩きのめして、あんたに実力の差を――って、大丈夫?」
「あっ、うん。だ、大丈夫」
しばらくすると収まってくれましたた。
何かまた思い出しそうになったけれど、今回は何も思い出せなかったみたいです。
額を押さえながら、僕は何だか少し残念な気持ちになりました。
「さて、それでは皆様。これより第2の試験を開始いたします」
すると蛇の執事さんが、皆に向かって次の試験開始を宣言してきた。
ついに次の試験が開始されるんだ。
そう思うと、僕はまた緊張してきてしまい、耳がピーンと立ってしまった。しかも、体までその緊張で硬くなっちゃってる。
「あら、これくらいで緊張するとか、やっぱり最初のはまぐれのようね。そんなんじゃ、第3の試験なんて突破出来ないわね。まぁ、第2の試験すら無理でしょうけどね」
そんな僕を見て、正面に座っている美亜ちゃんがそう言ってきます。
美亜ちゃんは僕とは逆に、自信満々でふんぞり返っている――
――のだけれど、その……胸が小さい事がバレてしまいますよ?
小さいというか、ほとんどないみたいです。でも、言わないでおきましょう。本人の尊厳の為に。
「何か言いたそうね?」
「な、なんでもないです」
美亜ちゃんに言われ、僕は慌てて目を逸らすけれど、見てたのがバレちゃったかな?
あぁ、ジッと見られています。怪しまれています。美亜ちゃんの耳がピクピク動いていて、僕の動作を見逃さない様にしているよ。
すると、先を急ぐかの様にして、蛇の執事さんが続けてきました。
良かった、助かりました。
「さて……これだけ大量の妖怪を、私1人で見ないといけませんので、手っ取り早く行きましょう。次の試験は1人ずつとなります。その順番は、ここに到着した者順となります」
「えっ……ということは、ぼ、僕が一番最初?!」
「さっ、椿様。こちらへ」
そう言うと、蛇の執事さんが僕の方に顔を向け、舌をチロチロと出しながら言ってきました。
その目はさっきとは違い、縦になってる瞳が更に細くなり、獲物を見るかの様な目に変化しています。それだけでもう怖いですよ。
「ほら、早く行きなさいよ。見ててあげるわ。あなたの脆弱っぷりをね。クスクス」
なんとも嬉しそうな顔をしている美亜ちゃん。
この子絶対いじめっ子だよ。出来るだけ関わらないようにしたいなぁ。
でも、なぜだか目を付けられちゃったみたいですね。良いおもちゃを見つけたって、そんな表情をしています。
ただ、この人数を1人で見ないといけないのなら、早くしないと蛇の執事さんも困っちゃよね。
そして皆に笑われる覚悟を決めた僕は、イスから立ち上がると、ホール中央で僕を眺めている、蛇の執事さんの元に向かった。
正直自信なんてないので、僕はちょっと俯きがちで歩いています。
「さて、第2の試験は単純です。妖気の強さを見せて貰います。何でも構いません、妖術を使い、私に攻撃をして下さい。チャンスは1回なので、よく考えて下さいね」
蛇の執事さんの元にたどり着いた僕に、早速無理難題を言ってきました。僕にとってはだけどね。だって、妖術を教えて貰ってないもん。
白狐さん黒狐さん、一個だけでいいから教えて欲しかったよ。ちょっと恨むよ。
でもよく考えたら、毎回怯えて逃げている僕に、攻撃する妖術を教える暇なんてなかったよね。自分のせいでした。
そこで、どうしようかと考えていたら、1つだけあることを思い出しました。
僕が、もう1人の怖い僕になった時に使った、あの妖術です。アレなら使い方を体が覚えている感覚がする。でも、あの時の怖い僕になっちゃったらどうしよう。
「どうしました? 申し訳無いですが、他の妖怪達も居ますので、攻撃用の妖術を用意されていないのであれば、残念ですが――」
「あっ、待って。待って下さい! ありますから!」
考えている暇なんてないですね。このままじゃ失格になっちゃいます。怖い僕が出てこない事を祈りながら、やるしかないですね。
そして僕は、手を影絵でやる狐の形にして、蛇の執事さんに向けると、深呼吸をして、あの時言っていた言葉を思い出す。その後、意を決してその言葉を叫んだ。
「妖異顕現、黒焔狐火!!」
すると体の中から、なんだかどす黒い嫌な感情が湧いてきたかと思ったら、それが一斉に体中を駆け巡った。
そして徐々に、狐の形にした手に、良く分からない熱いものが集まり出してきて、僕の中から一気にそれが放出されます。
「うわぁ!!」
あまりの事に思わず声を上げてしまいましたよ。
だって、僕の手から放出された黒い炎は、とんでもなく大きくて、あの時出したものよりも数倍は大きかったのです。
これって、完全に制御出来ていない証拠だよね?!
慌てて止めようにも、もう遅かったです。
僕の指先から出た黒い炎は、丸みを帯びながら蛇の執事さんへと向かっていき、そのまま直撃してしまいました。
「あっ! へ、蛇さん! 蛇さん、大丈夫ですか?!」
これは完全にやってしまったと思った僕は、焦って叫びまくる。
すると、僕の放った黒い炎が徐々に縮んでいき、その中から蛇の執事さんの姿が見えてきました。
よく見てみると、腕の蛇が黒い炎を丸呑みしていってるのです。そして、あっという間に黒い炎を呑み込んでしまいました。
「ふむ、驚きました。感知能力だけでなく、妖術もこれほどに強力なものを放つとは……いやはや、正直面食らってしまいました。妖気も申し分ないですね」
あまりの出来事に僕がキョトンとしている中、蛇の執事さんは舌をチロチロと出し、良いご馳走にありつけたと、そう言わんばかりの顔をしていました。
「しかし、容姿が変わる程の妖気とは、恐れいりますね」
「へっ? 容姿が?!」
その言葉に驚き、僕は自分の体を確認します。
でも、別に何も変わった所は――ってあれ? 尻尾が黒い?!
お尻の方を確認した時、いつもの狐色とは違う色をしていたので、びっくりした僕は慌てて尻尾を掴んで確認します。
でもやっぱり、自分の尻尾で間違いない。だけど、黒狐さんの様に真っ黒だ。
そしてまさかと思い、髪の毛の方も確認したら、そっちも黒かったです。ということは、耳も黒いですよね。
「おや、もしかして妖術を使うのは初めてですか? 先程の妖術も、威力が制御出来ていませんでしたしね」
そりゃ僕の様子を見ていたら、一目瞭然ですよね。誤魔化しようもないので、正直に僕は頷きました。
「ほほう、なるほど。そうなると、先が楽しみですね」
すると、蛇の執事さんはどことなくご満悦な様子になり、チロチロと出している舌が、更に早く出し入れされていました。
知らない間に勝手に期待されちゃっています。
「さて、椿様。一旦先程の席にお戻り下さい」
机を指差しながら、蛇の執事さんが言うと、そのままボードを取り出し、そこに挟んである紙に何かを書き始めました。
あぁ……制御出来ないのはマイナスだよね。絶対落ちたよね、これ。
その後、僕はさっきのテーブルに戻り、今度は美亜ちゃんの前に座りました。
だって、絶対に僕に何か言ってくると思うんだ。だから、美亜ちゃんの姿が見えない位置に座ったんだ。
そして僕は、座るやいなや直ぐに身構えています。だけど、美亜ちゃんは何も言ってこない。
「あれ?」
不思議に思った僕は、そっと美亜ちゃんの様子を伺います。
テーブルに戻る時におかしいなとは思ったけれど、辺りを見渡してみると、美亜ちゃんと他の妖怪さん達が、皆口を開けて固まっていました。中には口がお腹にあったり、口が無い妖怪も居るけどね。
ただ、そんな表現がピッタリと当てはまるくらいに、皆呆然としていたんです。
「蛇の執事さん……あの、これ、皆どうしちゃったのですか?」
すると、蛇の執事さんも皆を眺め、そして僕に再び顔を向けると、遠慮なんて全く無い様子で言ってきました。
「あなたが凄すぎたのでしょう? あっ、それと。私の名前はヘビスチャンと申します。以後お見知りおきを」
最後のは余計だったような気がしますし、僕なんか全然凄くないと思います。
だけど、皆がなかなか戻らないし、それはそれで気恥ずかしいので、僕は気を紛らわす為に、テーブルのお菓子を手に取り、それを食べようとしました。けれど――
「あいた!」
ビスケットさんに指を噛まれちゃいました。
これも口と鋭い牙が付いていましたね。いったいどうやって食べるのかな?
「面白い方ですね」
「面白くないですよ、セバスチャンさん」
「ヘビスチャンです」
どっちでもいい気がしますけど、そこは譲れないのですね。
そして皆が正気に戻るまで、そこから更に数分はかかりました。
正気に戻るまで遅すぎだよ。
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