第肆話 【1】 弱虫の躍進
僕は今、非常に気まずい空気の中で、独特の味をした苦い紅茶を飲んでいます。
理由は簡単。僕の座っているテーブルの目の前には、先程高らかに一番乗り宣言をして入って来た、猫の妖怪の女の子美亜ちゃんが、僕を睨んで座っているからです。
一番乗り宣言して、自信満々に入ってきたのに、そこに僕が居たんだから、不愉快極まりないでしょうね。
「ふん。たまたままぐれでこの部屋を当てたからって、いい気にならない事ね」
「あ、うん。わ、分かってるよ」
僕の実力は、恐らくここまでだと思う。だから、この子の言っている事は正しいと思い、僕は顔を俯かせてそう答えました。
だけど、なぜかその子は更に不機嫌になり、テーブルを叩いてきます。
「あ~もう! ムカツクわね! なによ、その態度は!」
「へ? あ、ご、ごめんなさい」
その怒号に更に縮こまった僕を、上から見下ろす様にしてくるその子は、居場所のなかったあの家のお姉ちゃんにそっくりでした。
そのお姉ちゃんの、怒鳴りつける表情と姿を思い出してしまい、僕はただただ体を震わせて謝るしかなかった。
「ごめんなさい、ごめんなさい……」
するとその子は、僕の様子が尋常じゃないと感じたのか、怒鳴るの止めて立ち上がり、慌てて僕の元にやって来た。
「あぁ……もう、なによあなた。怒鳴られる事に何かトラウマでもあるの? 私に勝った妖怪がこんな情けないなんて。だからムカつくのよ」
あれ? もしかして、この子が怒っているのは、僕が一番乗りしたからじゃないの?
「えっと……ごめんなさい」
「だから、もう謝んなくて良いわよ。それにその様子だと、あなたの力ではここまでが限界の様ね。まぁ、1つくらいは勝ちを譲ってあげるわよ」
そう言うと、その子は僕の頭を撫でてきました。
ビックリしてまた体が強張ってしまったけれど、もしかしてこの子、根は優しい妖怪なのかな? だって、撫で方がとっても優しいんだもん。
そして、ついつい尻尾を振ってしまう僕の姿を見て、その子がなにか良からぬ事を企む様な、そんな顔を見せてきました。
あ、あれ? 何かやっちゃったかな、僕。
「ひゃぅ! あっ、待って……! そこは!」
そんな事を考えていたら、その子は急に僕の耳を触ってきました。
それも普通にではなく、どことなくいやらしい手つきで、僕の耳の感触を確かめる様に触ってきたのです。
「あら、なかなか良い毛並みと手触りね。そこだけは認めて上げるわ」
いや、そんな所を認められても嬉しくないですよ。
でも、その子はずっと僕の耳をいじり続けてくるから、僕は必死に声を押さえるしか出来なかったです。
「美亜様、お戯れはその辺りで。相手の事も少しはお考え下さい」
「分かってるわよ」
蛇の執事さんからそう言われ、その子は僕の耳から手を離し、その場から離れました。
そして、テーブルに置いてあるお菓子から乱雑に1つを取り出し、それを口の中に放り込みました。
あっ、でも今のは……爆発するチョコだったような。
だけどその子は、そのチョコをそのまま丸呑みしたのです。そして、チョコが爆発したような気配はないです。
そっか、あのチョコは噛んだらダメだったんだ。他のトリュフチョコに比べて、少し小さかったからね。
「ふん、良い物用意するわね。あなた、どこかのお屋敷に執事として働いているでしょ?」
「執事“だった”です。屋敷と言うほどではないですが、少し特殊な場所で」
なる程。蛇さんは本当に執事さんだったんだ。
でも、それを見抜くどころか、執事としてのレベルも見てくるなんて。もしかしてこの子は……。
「しかし流石ですね。代々、優秀な猫の妖怪を生み出してきた、良家のご令嬢だけはあります。感知能力がずば抜けていますからね」
やっぱり、この子はそこそこの家柄の子だったんだ。
妖怪の世界にも、良家とか家柄みたいなものが存在していた事に、僕はびっくりしています。
するとその子は、僕に顔を向けると、また少し不機嫌な顔をししてきました。
「この子に負けてるけどね」
やっぱり気にしてるじゃんか。
僕は再び身を縮めていると、蛇の執事さんも僕を見てきました。しかも、今度はじっくりと……。
「そうですね。この方の感知能力は更にずば抜けていて、もはや異常とも言えますね。なにせ8分台でクリアしていますから」
「8分?! この試験の平均クリアタイムは20分よ。早くても15分、その半分の早さでクリアなんて。まぐれにしても……」
それを聞いたその子は目を丸くし、僕をつま先から頭の先までをじっくりと、まるで品定めするかのようにして見てきます。
流石にそんなに見られたら恥ずかしいんだけど……。
「なにも特別な感じはしないわね~良いわ、どうせあなたの快進撃もここまでだしね」
そう言うとその子は、用意されたイスに座り、蛇さんに淹れて貰った苦い紅茶を口にする。
平気そうに飲んでいる所を見ると、普段から飲んでいるんだろうね。その飲み方もきっちりとしていて、優雅な物腰は気品の高さを現しています。
服装も黒で統一したお嬢様みたいな服に、フリルの付いたロングスカートですからね。正直、僕はちょっと見とれちゃいました。
「なに? そんなに眺めて。あなたの前にもあるでしょ?」
「あっ! ご、ごめんなさい!」
「ほんとに謝ってばかりね。情けない」
強気なこの子は、僕にとってはちょっと天敵かも知れない。
逆にあんまり目を合わさずに居ると、その子はちょいちょい僕の耳に手を伸ばしてきていじってくるんだ。
耳だけ気に入られてもなぁ。
―― ―― ――
そうやってノンビリしていると、第1の試験のクリア者が、ぞくぞくとこの部屋に入って来ました。
ここに入って来た皆は、先に着いていた僕に驚いていました。
猫の子の方は、居て当たり前の様な感じで、よっぽどの家柄の子なんだなって、改めて思いました。
ただね、皆さん何で頭から血を流していたり、肩の部分に何か引っ付けていたりするのかな? もしかして、ここだと思った扉が違っていて、酷い目にあったのかな?
そうやって、僕が入ってくる妖怪さん達を眺めていると、蛇の執事さんが懐中時計を取り出し、時間を確認します。
そして遂に、第1の試験終了の時間が来たらしく、皆に聞こえる様に声を張り上げます。
「規定時間30分を超えました! これにて、第1の試験終了です!」
すると、僕達が入ってきた扉に、鍵の掛かる音がしてきました。
その後に、ドンドンと扉を叩く音が聞こえても来るけれど、蛇さん無視していますね。
ギリギリセーフかと思ったら鍵をかけられてしまい、扉には辿り着いたのだから「入れろ」と、そう言っているのでしょうね。
でも、こうやって部屋に入る事がゴールとされているのだから、そんなに叩いても無駄でしょうね。
「さて、今着いたばかりの方の為にも、もう少し休憩を挟み、その後第2の試験へと移りましょう」
蛇の執事さんがそう言うと、皆第1の試験突破に安堵したのか、各々雑談をし始めました。
もちろん話題は、第1の試験のクリアが大変だった事や、どうやってこの小さな妖気を感知したかの話です。人型の妖怪が半数を占めていて、僕の恐怖も少なかったので、その皆の話に耳を傾けてみます。
「あら? もしかしてあなた、トップでこの試験を突破した妖怪?」
すると僕の後ろから、女性の声が聞こえてきました。
声をかけられたから、そちらの方を振り向くと、そこには舌を長く伸ばし、首が不自然に曲がった、女性の妖怪の姿がありました。
「うひゃぁ!!」
慌てた僕は、咄嗟に対面に居る美亜ちゃんの後ろに隠れてしまいました。
「なにやってんの? あんた」
「あ、あら? 怖がっちゃったの?」
更に、僕が大声を出したものだから、皆一斉に僕の方を向いて驚いています。
雑談も静まり、辺りがシーンとしていて耳が痛くなってきますよ。
それよりも、やってしまいました……。
妖狐なのに妖怪が怖いとか、そんなのあり得ないですからね。
だって人間なのに、オバケを怖がるみたいにして人間を怖がっていたら、それはかなり不自然だもん。
これは怪しまれているかも……。
僕のこの様子に、蛇の執事さんも驚いた顔を僕に向けています。これは流石に誤魔化しようがなさそう。
ど、どうしましょう。たとえ無理だとしても、どうにかして誤魔化さないと。だって、皆が怪しんでいるのが視線で分かるから。
「あ~、し、しまったぁ」
どうにか言い訳がないかと考えていると、美亜ちゃんが僕に声をかけてきます。
「あんたもしかして、妖魔への恐怖があるの? そういうのって、妖魔と間違えて妖怪を怖がっちゃう場合もあるのよね」
再度心の中で「セーフ!」と思ったのは、言うまでもありませんね。
そうか……僕みたいな妖怪も、中には居るんだね。良かったぁ。
「う、うん。実は小さい頃に、人語を理解する妖魔に出くわしてから――」
『人語を理解する妖魔?!』
あ、あれ? また墓穴掘っちゃった? それとも、この妖魔に関しては言ってはいけない事だったのかな?
更に注目を浴びてしまった僕の周りには、一斉に他の妖怪達が集まって来てしまいました。
一難去ってまた一難。どうしよう……そんなに睨まれたら怖いですよ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます