第参話 【3】 一次試験突破

 えっと……試験内容は、この大量にある扉から、次の試験官のいる部屋を選ぶ事だったよね。


 これって、確かに手配書の妖怪や妖魔を探すのには、必須な能力だよ。

 でも僕は、この能力が非常に高かったはずだから、これならなんとかなるかも知れない。


 あの時と同じ様に、耳と尻尾にも意識を集中させ、妖気を逃さない様にする。


 なんて事を考えた僕がバカでした。


 感知しようとした瞬間、どの扉からも大量の妖気が漏れ出ていて、すごく恐ろしかったです。


「えっ、どれも妖怪さんが居るや……どうなってるの?」


 そこで僕は思い出した。

 確かあの人、他の扉には妖怪はいないなんて、そんな事一言も言っていない。つまり、この大量の妖気の中から、試験官の妖気を探せという事なのでしょうけど……。


「試験官の妖気を最初に教えて欲しかった……」


 これだと片っ端から開けて行くことになるけれど、この無数の扉を1つずつ調べていたらきりがないです。


 絶対に何かあるはず。


 そう思った僕は、再度妖気を調べる。

 すると、それぞれ妖気の強さと質が違っていた。でもね、これが試験官の妖気だって証拠が無いと――


「ん? この扉だけ異常に妖気が強い。扉の前に立っているだけでも、この先だけは凄く怖い……」


 その証拠に、尻尾が震えて下に垂れ下がっていました。あと少しで足の間に入っちゃいますね。

 でもよく考えたら、試験官を務めるくらいなんだから、それくらい優秀な妖怪で、強い妖気を持っているって考えても良いかも。


 そうなると、この1番強い妖気の扉が、試験官の部屋に繋がっているのかな?


「だけど、ここは入りたくないなぁ」


 どんな恐ろしい妖怪が居るんだろうって考えると、足が竦んじゃいます。

 そうして、この扉に入ろうかどうか思案していると、1つだけ気になる扉を感知したのです。


 なんとその扉だけ、妖気が出ていないんです。逆に気になったので、僕はそっちの扉へと向かった。


 そこは1番妖気が強かった扉から、対面に10個離れた所です。僕はその扉の前に立ち、妖気を探ってみます。


「ん~やっぱり妖気がない? あれ? でも、ほんの微かにある?」


 その小さな妖気は、見つかりたくないと言わんばかりに、必死に気配を隠している感じなのです。


「怪しい。普通妖気を感じなかったら、こんな所選ばないけれど。この微かな妖気は気になるなぁ」


 感知能力を見たいなら、強い妖気を探り当てるより、こうい微弱な妖気を探り当てる方が、優秀だと見なされそうかも。


 でも自信ないなぁ……ただの気のせいかも知れないし。そもそも、僕は感知能力が高いって言われるけれど、他の人との差が分からないから、自信には繋がってないんだよ。


「でも、多分この二択なんだよね。それだったら、安全そうなこの扉から先に開けてみよう」


 そう決めた僕は、ゆっくりとその扉を開けて、中に入ってみた。


「あれ? 誰もいない」


 だけど、その扉の先の部屋には、誰も居ませんでした。


 ただ、その部屋は広いホールの様になっていて、いくつかのテーブルとイスが置いてあり、テーブルにはお菓子も置いてある。


「うわぁ、広い。パーティーをする時に使う場所かな?」


 僕はそんな事を考えながら辺りを見渡す。微弱な妖気はまだ感じていたから、何かは居るはずだと思う。

 だけど、やっぱり誰も居ないみたいですね、僕の気のせいか。


 そう思って僕が部屋を出ようとした時、急に僕の横から声が聞こえてきました。


「これはこれは……こんな早くにここを見つけるとは、素晴らしい感知能力ですね」


「へっ?! だ、誰?」


 僕は咄嗟に、その声の聞こえる方に顔を向ける。

 するとそこには、上からぶら下がっている蛇が、僕の顔の横に現れていました。

 舌をチロチロと出しながら僕を見ているその目は、獲物を捕獲する時の目をしています。


「わぁ!! へ、蛇!」


 それを見た僕は、咄嗟にその蛇から距離を取った。


 毒蛇だったらヤバいかも。一刻も早くこの部屋から出ないと。


 そう思って部屋を出ようとしたけれど、腰が抜けちゃって動けないです。

 あぁ、僕の人生はここまでなのか――と、本気でそう思っていたら、その蛇から「シャー」と言う音と共に声が聞こえてきます。


「おっと、申し訳ありません。こんな姿では驚かれるのも無理ありませんね。妖異顕現」


 その蛇からそんな言葉が聞こえた後、急に蛇の体全体が煙に包まれていく。そしてその中から、スラッとした長身の人――じゃない、顔は蛇のままでした。

 でも、体は人間の様な姿になっていたので、この蛇は妖怪だったんだと、ようやく僕は認識しました。


「…………」


 相変わらず腰を抜かしている僕の前で、その蛇はスーツのポケットから懐中時計を取り出した。


 あっ、手も蛇だ。何だか中途半端な変化です。


「ふむ、8分42秒。信じられないタイムですね」


 そしてその蛇は、再び懐中時計をポケットに入れ、僕を見てきます。まるで品定めするかのように。


 それよりも、今タイム言ってた? ま、まさか、本当にここが……。


「おめでとうございます。第1の試験突破です。あぁ、お名前の方は受付の時、お連れのお二人から聞かされていますので。先程申したとおり、椿様のクリアタイム8分42秒。この試験が始まって以来の、最高タイムでございます」


 僕はタイムよりもなによりも、自分の力で突破出来たという事に、得も言われない達成感を覚えていました。

 そのせいか、顔がにやけていたのは自分でも分かったよ。尻尾の方も、知らずにバサバサと大きく振ってしまっています。


「あ、あはは。やった、やった!」


 その様子を見た蛇さんも、なんだか微笑ましいものを見るような、そんな目をして僕を見ていました。爬虫類の目だから、その辺りはよく分からないけどね。


「さっ、こちらへどうぞ。他の方々は……そうですね、まだまだ時間が掛かると思われますので、ごゆっくりと」


 そう言うと蛇さんは、僕を沢山あるテーブルの内の1つに案内する。でも、僕は未だに腰が抜けていて、立てませんでした。


「あっ、あのぉ……こ、腰が抜けて……」


「おやおや」


 すると蛇さんは、呆れた様子も見せず、寧ろ敬意を持った感じで僕の手を取ります。


 その手……というか、蛇さんなんだけど、ひんやりと冷たいです。

 流石に蛇はビックリだし、掴むのに抵抗あるから嫌がっていたら、問答無用で巻き付いてくるし、この妖怪さんちょっとだけ強引だなぁ。


 それでも、ゆっくりと僕を支える様にしながら立ち上がらせてくれると、そのままテーブルへと誘導してくれました。


 う~ん……それでも妖怪さん、普段は執事でもされているのでしょうか? 手慣れた感じがより一層執事っぽく見えてしまいました。


 そして僕をテーブルに着かせると、蛇さんはお茶の用意をし始めました。

 

 僕はというと、目の前のお菓子に心奪われています。

 問題なのが、袋の中でクッキーみたいなものが、鋭い歯の生えた口をガチガチと動かしているのです。お菓子もですか……ご飯だけではなく、お菓子もなのですね。


「あぁ、そちらの方、どうぞ召し上がってください。妖気感知の時に、妖気を使われる方もいますから、妖気を補充する為に用意させてもらいました」


 そう言われてお腹をさすってみたけれど、お腹が減っているとか、とにかく食べたいという状態ではなかったですね。

 それでも1個くらいは欲しいなと思うのは、少しは妖気を使ったからなのかな?


 とりあえず、僕でも食べられそうなトリュフチョコを手に取り、ジッと眺める。


 うん、怪しい所は無いけれど、きっと何かあるんだろうね。とりあえず、いきなり飛びかかったりはなさそう。


 そして僕は袋を開けて、意を決してそのチョコを口に放り込む。


「あぁ、そうそう。その中には、珍しい物も用意させて貰っています。爆弾トリュフという物で、食べる時に食べ方に注意されないと――そうなりますね」


「おほいです……」


 びっくりしました。噛んだ瞬間、いきなりチョコが爆発して、大量のチョコが溢れ出してきてしまったのです。

 慌てて口を押さえるけれど、どんどん溢れてきていて、手に負えません。


「んぐぐ……ぐぅ……んぐ。はぁ、はぁ……あ~死ぬかと思った」


 焦りながらも、僕は一思いにそのチョコを一気に呑み込みます。下手したら窒息するところだったからね。


 あぁ、でもこれ……お腹の中でまだチョコが溢れている。胃もたれしそう。


「さっ、これをどうぞ」


 その僕の様子を、何だか楽しいそうな目で見ていた蛇さん。少しは助けに入っても良かったのでないでしょうか?


 そしてカップにお茶みたいな物を注ぐ蛇さんを、恨みがましく睨む僕。

 それでも蛇さんは、涼しい顔をしながら、カップに入ったお茶を差し出してきます。それを僕は、またしてもジッと眺めます。


 この飲み物も、変な動きはしていないように見えるけれど……。


「あぁ、ご安心を。そのお茶は特製の薬草で淹れたものですから、食べ物とは違いますよ」


「あっ、そうなんですか。ご、ごめんなさい」


 それよりも、さっきから僕が妖怪らしからぬ動きをしているから、怪しまれてないかな?


 そんな事を考えながら、僕はお茶を口に運びます。でも、そのお茶は独特と言うかなんというか、薬っぽい匂いと苦み、そして紅茶の様な味わいがしました。


 これは表現し難い飲み物です。


 紅茶と言われたら紅茶になるんだろうけれど、薬になりそうな紅茶って言えば良いのかな?

 どこかの部族になら、こんな飲み物がありそうですね。僕はちょっと飲むのがキツいけど。


「うぅ……」


「おや、お口に合いませんでしたか?」


 そんなしかめっ面の僕を見て、蛇さんが聞いてくる。

 それで気を悪くされたかも知れないと思った僕は、慌てて取り繕います。


「あっ、いや。ちょっとその……この飲み物は飲んだ事が無かったので、ビックリしちゃっただけです」


 あれ? あんまり誤魔化せてなかったかな。


 でも、蛇さんはそれで一応納得してくれたのか、優しい眼差しを向けてきた。


 うん、多分これは優しい眼差しだと思いたい。完全に見破られたような目をしているけれど、気にしない気にしない。


「そうですか。もしかしてあなたは、地方から出て来た方でしょうか? このお茶は、割と都会では飲まれていますが、地方では未だ知らない方も居ますからね」


「あっ、は、はい! そんなところです」


 心で「セーフ!」と思ったのは言うまでもありません。

 なるほど。やはり妖怪の世界でも、田舎とか都会とかあるのですね。建物の感じからして、あんまり差があるように思えないですが、妖怪達からしたら全然違うのでしょうね。


 するとその時、突然僕のいるホールの扉がけたたましく開け放たれ、甲高い大きな声がホールにこだました。


「いっちばん乗り~!!」


 その声が響いた瞬間、蛇さんがまた驚きの目をしました。


 そう言えば、他の妖怪さん達はもっと時間が掛かるって言っていたけれど、この子は僕が到着してから、だいたい5分くらい経ってから来ましたね。

 という事は、この子も早い方なんだ。まぁ、自信満々に「1番乗り」って、そう叫んできたくらいだもんね。


 そんな自信満々なその子が、僕の姿を見つけた瞬間、喜びの顔から一転、驚愕の顔に変わり、叫び声を上げてきました。


 まるで顔芸みたいで面白かったよ。


「なにゃ~?! あ、ああああんたはぁ!!」


「あっ、ど、どうも」


 それに良く見るとその子は、集まった時に僕を突き飛ばした、あの猫耳の女の子でした。それが分かった瞬間、なんだか胸がスッとしたよ。


 だって、喜びのあまりクルッと円の形をしていた尻尾が、僕の姿を見た瞬間、毛が逆立ってピーンと上に伸びていたから、それほどにまで驚愕していたんだよ。なんだか見返してやったみたいな気分になれたよ。


「ふむ、13分54秒。これまたお早い。美亜みあ様、第1試験突破ですね」


 その後、蛇さんが懐中時計を見て、その子の名前を言います。

 そしてテーブルへと案内するけれど、その子は入り口で固まったまま、口をパクパクさせていました。


 僕とは別の意味で驚いてしまい、完全に動けなくなっていますね。

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