第参話 【1】 センター長の仕事ぶり

 その後、ただ真っ直ぐに白狐さんは走る。

 そして僕達がいた四条通りよりも、更に大きな通りに出ると、そこから右に曲がり、対面にある大きな建物へと向かっていく。

 ここは僕達の世界だと左なんだよね、市役所がある方角は。鏡世界みたいなものだから、逆にあるんですね。


 その先に、他とは違う雰囲気を持つ大きな建物が見えてきました。


 あれが妖怪センターかな?


 その建物は、やはり市役所と形が同じです。ボロボロだけどその外観は、僕達の世界の市役所と殆ど同じでした。

 しかも、あの建物も出来てから既に何十年も経っているからか、向こうとあんまり変わり映えしていなかったです。


 ただし、こっちは所々窓ガラスが割れていたり、窓からろくろ首さんが首を出していたり、ツタが伸び放題かと思ったら、蠢きながら這っているし……と思ったら、そのツタが這った後は何だか水洗いした後のようになっていて、少しだけ綺麗になっていました。


 あのツタは掃除係でしょうか?


 ただ、やっぱり怖いものは怖いのであって、僕は白狐さんの背中に掴まりながら、尻尾を震わせ、耳もペタンと倒しています。この尻尾と耳があるから、僕が怖がっているのは一目瞭然なんだよ。


『椿よ、安心せぇ。取って食うような奴はおらんわ。この世界にも法律はあってな、無益な殺生は禁じられておるわ』


「有益なら良いんですね」


 白狐さんの言葉にそう反論したら、後ろからため息をつかれました。そう、黒狐さんです。

 しょうがないじゃないですか。怖いものは怖いし、1%でも襲われる可能性があるなら、安心なんか出来ないんですよ。


 だけどそんな僕を無視するかのようにして、白狐さんはさっさとセンターの中に入って行こうとします。


「あっ、待って! まだ心の準備が!」


『そんなの待っていたら、日が暮れるだろう』


 黒狐さん、酷いですよ。いくら僕でもそんな事は――あるかも。


『ここまで来たら覚悟を決めよ、椿よ』


「はぁ……分かりましたよ、白狐さん」


 そう言われたらどうしようもないから、僕は渋々了解をして、白狐さんの背中から降りると、人型になった白狐さんと黒狐さんに連れられて、そのセンターの中に入って行く。


 そう、建物の中は乗り物に乗ったらダメですから。

 いや、白狐さんと黒狐さんは乗り物じゃないですが、なんとなくね。


「お~ひろ~い」


 建物の中に入った僕は、とにかくその広さに驚いた。


 向こうの市役所の中に入った事は無いから、中がどうなっているかは知りませんが、ここ妖怪センターは、あんまり部屋の数は多くないようで、入って直ぐに広いホールに出ました。


 そこからいくつか廊下が伸びていて、扉もいくつか見える。その扉の先には何かありそうですね。


 そして吹き抜けの両端には、木の手すりのついた廊下があり、コの字型になって伸びています。そこにもいくつか扉があった。ここ、扉が沢山ありますね。


 そのホールを入って直ぐの所には大きな受付があり、そこで様々な妖怪達が案内を受けたり、紙を手にしながら何か申請をしたりしていました。


 ちなみに何故吹き抜けなのかは、今分かりました。

 空中を飛ぶ妖怪さん達の為に、吹き抜けになっていたんですね。一反木綿さんや天狗さんやらが、書類を持ってセンター内を飛び回っていたよ。


 その飛んでいる妖怪さん達が、受付の後ろにある、センターで働いている人達の机に、順番に書類を持って行っている様なんだけれど、良く見ると、同じ様な腕が無数に伸びて来ていて、飛んでいる妖怪達から書類を引ったくったり、乱暴に渡したりしている。


「な、何あれ?!」


 センター内だというのに、ついつい大声が出ちゃいました。でも、これもしょうがないんだよ。

 その無数の腕の先には、非常に長い体があって、腕はそこから生えていた。良く見るとそれは、もじゃもじゃの髭が生えている、無数の手を持ったダルマの様な顔をした妖怪だったんです。


 こんなの見たことない妖怪だよ。


「白狐さん黒狐さん、アレはなんて妖怪なんですか?!」


 そう叫んだ後に僕は、咄嗟に白狐さんの体の陰に隠れました。


「誰じゃ! うるさい奴は!」


 すると、その長い体の妖怪さんが僕の声に反応して、こちらを振り向いた。


 ギョロリと浮き出た目が更に怖いです!


「お~お前さん達! なんだ、何か用か? だが見ての通り、この時期は俺達は忙しいんだ。要件なら早くしてくれよ」


 そう言いながら、その妖怪さんは無数の手をせわしなく動かし、書類と格闘していく。

 体の近くの腕は書類にサインしたり、何か書いたりしています。上についている腕は、書類を受け取ったり渡したりしていて、本当に落ち着きが無い妖怪さんです。


『センター長の達磨百足だるまむかでよ、我等は今回、ある者に妖怪ライセンスを取らせに来たんじゃ』


「むっ? ライセンスか。分かった、少し待て」


 この妖怪さんは達磨百足と言うんですか。やっぱり聞いたことないですね。でも顔が怖いから、その妖怪をしっかり見ることが出来ません。


『よし、ダルマよ。椿が怖がっているから、その腕落とすか』


「いきなり物騒な事を言うな、こらぁ!」


 ちょっ、黒狐さん何を言うんですか?! 凄い怒ってるじゃないですか。怒った顔は更に怖いじゃん!


『やめんか黒狐。此奴は蠱毒こどくによって作られた妖怪じゃ。呪術の対象にされたら、我等とてただではすまんぞ』


『ふん、分かってる』


 何だか相当強そうな妖怪さんなんですね。聞いた事がない単語も出ているよ。

 とにかく僕は、白狐さんの陰から顔だけを出し、白狐さんに聞いてみます。


「ねぇ白狐さん、コドクって何?」


『おい椿。何故いつも、妖怪の事を聞く時は白狐なんだ?』


 すると何故か、黒狐さんが不満顔で文句を言ってきた。


「だって、白狐さんの方が詳しそうなんで」


 僕がそう言うと、白狐さんが得意気な顔になって黒狐さんを見ていた。あぁ、これはまた喧嘩しそう。


『よし、椿よ。博識な我が説明してやろう。蠱毒とは呪術の一種でな。大量の虫を、壺や箱の中で一緒に飼い、共食いをさせるのじゃ。そうして生き残ったものは神霊となるので、これを祀る。そしてその虫から取れる毒を人に飲ますと、呪殺出来るのじゃ。よって、これは暗殺などによく使われるのじゃ』


 そ、そんな怖いのが今目の前に……。


「の、呪わないで下さい……」


 僕はまたしても白狐さんの陰に隠れ、そして体が震え出しています。やっぱり妖怪さんは恐ろしい。


「おいおい、そんな簡単に呪えたら苦労しないわ。呪うにも条件がいるんだ、安心しろ!」


 百足さんが僕に向かって叫んできた。


 ほ、ほんとかなぁ? 目を見た瞬間呪われたりって、そんな事ないいよね? その声を聞いた瞬間、末代まで呪われたりって無いよね?


 とにかく僕は、恐る恐る白狐さんの陰から顔を出した。すると、突然その百足の妖怪さんの顔が僕の目の前に現れる。


「目があったな、これでお前は呪われた! さぁ、苦しんで死ねぇ!!」


「ひぇぇぇええ!!」


 ほらぁ、やっぱりぃ! 呪われたじゃん!

 もう僕は苦しみのたうち回りながら、体から吹き出物が出まくって、そして憐れな姿になって死んじゃうんだぁ。


 そんな事を想像した僕は、咄嗟に白狐さんの陰に隠れ、嗚咽しながら泣いてしまった。


『おいこらダルマぁ!! やっぱりその腕、切り落としてやろうか!』


「かっかっか。黒狐よ、そう怒るな、冗談だ。しっかし、驚かしがいのある奴だな」


『椿よ、そんな簡単な方法で呪殺出来るわけないだろう。泣き止め、大丈夫じゃ』


 そう言うと白狐さんは、僕の頬をペロペロと舐め、涙を取ってきます。


 せめて狐型になってくれませんか? 人型だと色々と危ないですよ。


「ん? 待て。お前さん達、さっきから椿と言っているが、まさかその子がそうか?」


『あぁ、そうだ。それがどうした?』


 そう言うと、達磨百足さんは腕を組み、何かを思案し始めました。他の腕は別の事をしていますけどね。


「そうか、その子が椿か。箝口令が出ているから分からないのはしょうがないが、そいつにはライセンスを――」


『あぁ、待て、センター長。実はこれを、鞍馬の大天狗から渡されとる』


 そう言うと、白狐さんは懐から分厚い封書を取り出します。

 それを達磨百足さんが受け取り、中身を確認した。


 中は凄く大量の手紙でしたね。


 その手紙を達磨百足さんはじっくりと読み進める。それでも他の腕は他の事をやっていますね。器用だなぁ。


 そうやって僕が感心して見ていると、達磨百足磨さんが手紙を片付ける。

 そして一瞬僕に視線を移すと、ため息をつきました。


 なんでため息を?


「全く……大天狗の奴め、何が起こっても知らんぞ。良かろう、ライセンスの認定試験の受験を許可しよう」


「へっ? 認定試験?」


 僕は突然聞こえた試験という言葉に驚き、白狐さんと黒狐さんを交互に見ます。

 すると白狐さんも黒狐さんも、頑張れと言わんばかりの顔をして頷いていました。


 き、聞いてないよ……試験なんて。

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