第弐話 【2】 のんびり妖界道中

『落ち着いたか、椿』


「う、うん。ありがとう白狐さん」


 あれから2人とも、山道を下りながら僕の様子をずっと気にしてくれていました。心配する余り、黒狐さんが人型になってスマホで色々と調べていたからね。

 あいかわらずだけど、妖狐がスムーズにスマホを操作している姿は、僕の妖怪のイメージを崩してくるよ。


 とにかく、街に着く頃には僕の震えも止まっていた。

 でもそれは、記憶がまたかすみが掛かったようになってしまって、上手く思い出せなくなっていたからです。


 だけど、この言葉だけはハッキリと思い出していた。


【人語を理解する妖魔】


 そこで僕は、白狐さんの背中から聞いてみます。


「ねぇ、白狐さん。妖魔ってさ、人語は理解出来ないの?」


『ぬっ、急にどうした? 椿よ。そうじゃな、人語を理解と言うか、奴等はどういうわけか言葉が使えず、また理解もしておらんのか、こちらから話しかけても反応を見せんのじゃ』


 と言うことは、暴れるている妖魔の説得というのは無理のようですね。倒すか捕まえるか、そのどちらかしかないんだ。


「じゃあ、人語を理解する妖魔って特別なんだ」


『椿……お前まさか、何か思い出したのか?』


「ううん、この言葉だけだよ黒狐さん。本当はもっと思い出したはずなんだけど、また忘れちゃったよ」


 僕はそう言って、しょんぼりしながら白狐さんの背中に揺られています。それで白狐さんが元気付けてくれようとしているのか、尻尾で僕の顔を撫でてきました。

 そりゃいくらなんでも頭は無理だろうけど、だからって顔は止めてほしいな。くすぐったいです。


『椿よ、その人語を理解する妖魔だが、確かに居た。しかし、10年前から姿を見せずにいると、そう報告にあるのでな、まず心配はいらんじゃろ』


 そう言って、白狐さんは僕の顔を撫でまくります。

 だから止めてってば、もう……フワフワの毛がくすぐったいの。元気付けようとしてくれているのは嬉しいんだけどね。


 そんな白狐さんの気遣いを受けながら、その背に揺られて妖怪の街を歩いて行く。実は既に街に入っていたのです。


 記憶の事で混乱していて気づかなかったよ。

 そこには恐ろしい妖怪達が沢山いる――けれど、どういうわけか怖さが半減していた。


 今はもう思い出せないけれど、妖怪以上によっぽど恐ろしいものを思い出しちゃったからかな? 僕も妖狐だし、人じゃないからって開き直っちゃったのかな?


 もちろん怖いのは怖いんだけど、震え上がって2人のどっちかの背中に隠れる必要はないかも。


『ん? 椿どうした? 怖くないのか?』


「あっ、うん、黒狐さん。怖いのは変わらないけれど、ちょっとは大丈夫になってるかな……」


『チッ』


 今舌打ちしませんでした? 黒狐さん、ねぇ。僕がカタカタ震えている方が可愛いって事?


 あのね、僕があんな情けない姿を見せて、それでも良いって思っているわけがないでしょう。かっこ悪いし恥ずかしいし、なんとかしたかったの。


「あっ! ちょっとすいません~」


「――ってガイコツ!!」


 だから、いきなりガイコツの頭を見せて来ないで! それを僕の顔の前に見せつけないでよ! そしてそれだけが浮いているし!


『ん? どうしたんじゃ?』


 またしても僕が白狐さんの背中で縮こまっている間に、白狐さんがそのガイコツさんの受け答えをしています。


 どうやら道を聞いただけらしい。


 じゃぁ、なんで僕の前に現れるんですか? わざとですか? はぁ……もう帰りたい、心臓がもたないよ。


『うんうん、椿はそうでないとな』


「う、うぅ……」


 やっぱり恥ずかしいです。

 僕は男の子なのに……なんで、なんでこんなに女の子みたいな反応をしちゃうんだろう。そりゃ、元々女の子だからって事だろうけれど、納得がいかないです。


 ―― ―― ――


『全く、少しはマシになったのかと思ったら、変わらんの椿は』


「驚かす方が悪いんです」


 それからしばらく歩くと、のどかな街並みから一変し、車通りの多い賑やかな街並みになり、その大通りの歩道を歩きながら、僕は白狐さんと喋っています。そうしないと気が紛れないのです。


 街並みと言っても、人の世界とは全然違う。

 コンクリートの建物はあるけれど、苔むしていてボロボロで、窓にはヒビが入っている。


 そしてなんと、マンションもあります。でも、管理していないんじゃないのかな。

 ツタが伸び放題でコンクリートが剥げ落ち、穴も空いているよ。だけど、その穴から突然目玉が現れて、キョロキョロと道路を眺めていた。うん、見なかった事にしよう。


 空にはカラスやハト、雀も飛んでいる。この辺りは人間の世界と一緒――じゃないね。

 カラスの目玉は3つありました。ハトは嘴に牙が付いているし、雀なんか頭から角が生え、足の爪が鋭く尖っていた。


 あれは痛そう。襲ってこないよね?


「白狐さ~ん。まだ着かないんですか~?」


『ん? まだかかるな。我慢せい』


 でもそろそろ、僕の恐怖心が限界に達しそうなのです。

 黒狐さんは黒狐さんで面白がっていて、ニヤニヤしながら僕を眺めているし、もう本当に一刻も早く帰りたいよ。

 そこでも気が付いたのは、こっちの方がボロボロで怖ろしい雰囲気を出しているけれど、建物が人間の世界と一緒だった事です。道路もほぼ同じ、右曲がりの所が左曲がりだったりするけれど、形は一緒です。


「ねぇ、ここって。人間の世界とどういう繋がりがあるの? 建物の形が一緒なんだけど」


 そうなると気になっちゃいます。なんでこんなに一緒なのか。


『ん? よく気づいたな椿よ。この妖界はな、いわば人間界の裏世界というものじゃな。ほれ、丁度鏡に映したような世界になっておる。だからと言って、字まで反対にはなっとらんからな』


 なる程、そう言う事だったのですね。だけど文字なんて、この妖怪の世界にもあるのかな?

 僕は確認の為に、道路や建物に看板があるかどうかを探してみた。すると、ちゃんと看板や標識があり、そこに文字らしきものが書かれている。でも読めません。あのミミズが這ったような文字はなんですか?


「あ~、読めないですね……」


『なんじゃ、最近の人間は「草書体」は読めんのか?』


 あれ草書体だったの?

 確か行書体以上に崩した文字だったよね。おじいちゃんが書道の段を持っているから、昔聞いたことがあったけれど、あんな文字だったんだ。


 そのまま上を眺めると、今度は電柱にぶら下がっている外灯が、少しおかしい事に気付きました。

 良く見ると、なんとそこに提灯おばけがぶら下がっているのです。


 もしかして、外灯の代わりかな? そうだとしたら、扱いが酷いような気がする。


「ねぇ、外灯って提灯おばけなの? もしかして、ずっとあのまま?」


『ん? そんな事はないぞ。良く見ろ。ほら、丁度交代の時間だ』


 黒狐さんにそう言われて下を見ると、別の提灯おばけがピョンピョンと跳ねて来ました。


「お~い! 交代だぞ!」


「あっ、お疲れ~っす! 先輩!」


「おいおい、お前灯りが弱くなっているぞ。ちゃんと交換しとけ」


「あっ、すんません、気を付けます!」


「おぅ、頭凝ったろ? ゆっくり休めよ、きつい仕事だからな」


「あっ、大丈夫っす! 自分若いんで!」


「言ってくれるな~おい!」


 大工の棟梁と子分の様な会話でしたね。なんだか妙に親近感を持ってしまいました。

 でもね、『頭が凝る』ってなんだろう?

 肩が凝ると同じ様な使い方でしょうか? 妖怪達の使う特殊な単語みたいだよ。


 そして提灯おばけといえば、1つ目が多いです。それにね、一生懸命電柱から降りたり登ったりするその姿は――


「か、かわいい」


『なにか言ったか? 椿よ』


「な、何でもないです白狐さん。あっ、それよりも、提灯おばけさんの灯りの交換って、ろうそくですか? その割には、炎の揺らめきがない気がします」


 ついつい思った事が口に出ちゃったけれど、バレてないよね?


 とにかく咄嗟に話題を変え、更に気になっていた、提灯おばけのさんの灯りが少し不自然だった事を聞きます。

 ろうそくだったら、あんな上の方に付いていると、風で炎がなびくはずなのに、それが無いのです。


 すると、白狐さんはとんでもない回答を言ってきました。


『あぁ、灯りはLED電球じゃ』


「行きましょう、白狐さん」


 妖怪の近代化現象はもう結構です。聞くんじゃなかったよ。

 確かに火事の心配は無くなるから、とっても安心なのは分かるけれど、釈然としないのはなんでだろう。


 でもこの世界は本当に、僕達の世界と酷似している。


 ちゃんと車も走っているんだよ。車が走る時に、ガタガタゲラゲラうるさいけどね。

 あんまり見たくないけれど、気になっちゃうな……ちょっとチラ見。


 あぁ、しまった、目が合っちゃいました……輪入道さんと。


 確かに丁度良い車輪かも知れませんが、うるさくて堪らないですね。

 そして、そのまま輪入道さんは、笑いながら上に乗せた車の形をした箱を動かしていきました。


 あれは誰か乗っているのかな……乗り心地悪そうだよ。


「あれ? 白狐さん。ここって……」


 そんな感じで、妖界の街をキョロキョロと見渡していた僕は、ある事に気付きました。


 建物の形、道なりからして、ここは四条通りの繁華街じゃないのかな。屋根は無いけどね。そこは同じにして欲しかったです。

 あそこは以前に工事をしていて、歩道が広がっているけれど、ここはそれよりも前の時の風景と一緒だね。車道の方が広いです。


『むっ? 気づいたか椿よ。そうじゃ、今向かっているのは、お主等の世界でいうところの、市役所のある場所じゃ』


 なるほど、そこを妖怪センターにしているのですか。

 それなら、他にも妖怪センターがあるのかな? だとしたら、全ての市役所の場所が、その妖怪センターとやらになっているんでしょうね。


「それじゃあ、このまま河原町通りを上がって行けば……」


『うむ、直ぐ見えてくるはずじゃ。しかし、時間が掛かりすぎたの。あとは走るぞ』


 良かった。ようやく着くのですね……長かったです。


 僕はしっかりと白狐さんの背中にしがみつき、走り出す白狐さんから振り落とされないようにします。

 だけどその妖怪センターって、妖怪だらけなんでしょうね。気を引き締め直さないと。

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