第捌話 賑やかな妖怪達の食卓

 今日は何だか疲れました。


 結局恐い僕の事は、封印された記憶に関する事だからって、話してくれませんでした。


 そうだとは思ったよ。ただ、アレが誰なのかは知りたかったかな。


 問題なのは、学園を襲う妖怪達を退治しろと言う事と、明日の休日に、その為の手続きをするため、妖怪の世界に行かなければならなくなった事です。

 妖怪の世界ってだけで怖そうです。もうさっきからずっと、狐になっている黒狐さんの背中の上で震えています。


「おほぉ!! また、ええ体つきし――べっ?!」


 帰りは浮遊丸さんに乗ってなのですが、しょっちゅうこんな風にうるさいよ。その度に、白狐さんやおじいちゃんがひっぱたいています。


 懲りない妖怪ですね。退治された方が良いんじゃないの?


 そして殴る度に揺れるから、僕は何回か落ちそうになってました。やっぱり明日からは別の方法を考えよう。この妖怪はダメですよね。


 ―― ―― ――


「あっ、お帰りなさい。翁、椿ちゃん」


「た、ただいま。里子ちゃん」


 そして今日も、僕はおじいちゃんの家に帰り着く。

 本当に、もうあの家には帰らなくても良いんだね。


 でもそれなら、あの家族はどうなるんだろう?

 父親の代わりをしていた人が、妖怪なんだよね。何の妖怪だろう。気になるけれど、今はそれどころじゃなかった。


「おかえり~椿ちゃん!」


「ひっ!!」


 おじいちゃんの家から出て来た妖怪の皆さんが、何の前触れもなく僕を迎えるんだもん。びっくりして白狐さんの陰に隠れちゃいました。


 あっ、痺れていた体はもう動ける様になりましたよ。しばらく休んでいたら復活しました。


『こりゃこりゃ、相変わらずダメなのか? 椿よ』


「ダ、ダメ。何故か恐怖心が湧いてくるの」


 白狐さんの後ろでカタカタと震えてしまっている僕を、白狐さんも黒狐さんも不安に見ている。そんな中、おじいちゃんは何か考え事をしている。


 あれ? そういえばおじいちゃん、天狗さんの格好してる。でも、おじいちゃんのその格好は慣れちゃったかも。


 と、言うことは――


「あっ、椿ちゃん大丈夫?」


 僕は意を決して、白狐さんの陰から顔だけを出し、玄関にいる妖怪さん達を見てみた。


「ん~うん。いきなり現れなければ、だ、大丈夫かも」


「ふむ、椿よ。お前さんはどうやら、妖怪全てが怖いと言うより、封印された記憶の中に、儂も知らぬ様な、凶悪な妖魔を見てしまったからではないか?」


「そ、そうなのかな?」


 でも、自分も妖怪なんだって、そう言い聞かせているから何とかなっているだけだよ。それでも限界はあるけどさ。


「よかった~! 椿ちゃん~!」


「ちょっ! 首は伸ばさないで下さい、ろくろ首さん!」


 油断するとこれだもん。また白狐さんの陰に隠れちゃいました。

 いきなり人間離れした動きをされると、やっぱりちょっと怖いです。


『白狐、変われ』


『嫌じゃ』


 白狐さんと黒狐さんの方は、また僕の取り合いをしている。こっちもしょっちゅうこんな事しているよ。


 あのね、僕はどっちとも結婚する気はないってば。


 その前に、妖怪同士も結婚ってあるのかな? あるのなら、同じ妖怪同士で結婚するの? ちょっと待って、性別が無い妖怪もいるんだよね。


「う~?」


『椿、どうした! 頭から煙が出てるぞ!』


「あっ、すいません白狐さん。ちょっと難しい事を考えちゃいました」


 結論、自然に増える。うん、そうしよう。そう考えておこう。あとは変化とか、色々とやりようはあるよね。よし、解決です。

 お腹も空いたし、このまま玄関前に立っていてもしょうが無いから、家に入りましょう。


「べぅっ?!」


 そう思って進んだら、思い切り何かにぶつかりました。


 あれ? こんな所に壁なんてあったっけ? 思い切り鼻ぶつけちゃったよ。何これ? 硬い様な柔らかい様な、そんな変な感触。


「これ、邪魔だぞ。ぬりかべ」


「えっ? あっ、ごめん翁。ちょっとネズミが出たから退治を」


 えっ……あの有名なぬりかべさん?! ちょっと大きくないですか? 僕が見上げてますよ。


 それに姿も想像通り――じゃなくて、体は確かに四角い石だけど、手足は筋肉ムキムキ見たいになっていて、目はつり上がっている。

 そして何より、石の壁に付いている口の下に、なんとアゴが付いている。それも長くて大きくて、しかも割れているんですけど……。


「あっ、いた! ほっ!」


 僕が呆然と見上げていると、ぬりかべさんがそう言って、セメントみたいな物を口から吐き出し、外に逃げようとしていたネズミを捕まえた。正直言って、凄い絵面でしたよ。


 だけどネズミってさ、ずんぐりした体に、細いヒゲがあって、皮膚みたいな尻尾があるんじゃない?

 このネズミさん。細い体に太いヒゲ、尻尾はふさふさしていて3本も生えてるよ。


「何ですかそれ。ネズミですか?」


『また出たか、根鼠ねねずみ


 あっ、妖怪なんですね、白狐さん。鼠の妖怪版で良いのかな。


『気を付けろよ、そやつ自爆するからの。厄介じゃぞ』


 自爆するんですか?! 嘘でしょう……ネズミが自爆? 窮鼠猫を噛むの様に、最後の力を振り絞って自爆するんですか。


「大丈夫だ白狐さん、ちゃんと固めて――がっ?!」


「わぁぁあ!! 爆発したぁ!」


 ぬりかべさんが捕まえ様とした瞬間、根鼠が一気に膨れ上がり、爆発しました。思わず叫び声を上げちゃったし、ぬりかべさんもバラバラに……。

 

 そして爆風で僕は吹き飛んでしまいました。もう嫌だ……こんな生活。


『ん? 椿よ。ちゃんと女物の下着を着けてるではないか』


「見ないで下さい黒狐さん……」


 黒狐さんに言われ、咄嗟にスカートを抑えたけれど、どうやら遅かったようです。

 いやでも、下着に関しては、今朝里子ちゃんに無理やりというか……ブラだけはなんとか拒否したんだけれど、下着は無理でした。


 ほんとうに、恥ずかしい。なんで男の僕が女物の下着なんか……明日は着ないからね。


「あいたたた」


 なんとか体を起こすと、僕の近くで、バラバラになったぬりかべさんが喋っている。

 やっぱりそれぐらいじゃ死なないんだね。でも、どうやって戻すの? その体……。


「全く油断しおってからに。ほれ、専用のセメダインじゃ」


「ありがとう、翁」


 うん、もう大丈夫ですね。

 じゃあ、僕は家に入って着替えてきますよ。色々とツッコミ疲れました。僕はこんなキャラじゃ無いのに、皆してなにしてくれてるの。


「あぁ、翁! これ、セメダインじゃない! ボンドだよ!」


「なぬ! しまった間違えたか!」


 無視です無視。僕はツッコミ役じゃありません。


「あっ、椿ちゃん待ってよ。お着替え手伝うよ~」


 呆れた僕が家に入ろうとしたら、里子ちゃんも着いて来た。

 手伝ってくれるのはうれしいけれど、ブラを着けさせようとはしないでね。


 ―― ―― ――


 その夜。

 夕食の席で、僕はいつも以上にひびりまくってしまっています。


『翁よ。賑やかな食卓なのは良いが、椿が怖がって我の背中から出て来んご』


 晩御飯の用意が出来て、僕は宴会が出来る程の大広間に向かったけれど、そこに待っていたのは、大量の妖怪達の食事風景だった。


「う、うぅ。皆普通に食べるのかと思ったら、凄い独特な食べ方じゃん~」


 落ち武者みたいな妖怪の人は、鎧のお腹にある厳つい顔が食べているし、ろくろ首さんも、首を伸ばして直接お皿から食べている。女の人なのにお行儀悪いなぁ。


「あれ? ちょっと待って……ろくろ首さんて、油がご飯なんじゃないの?」


「ちょっと椿ちゃん~油がご飯なわけないでしょう。おいしいから舐めてるだけだよ~」


「わぁ! 分かりました!」


 分かったから、こっちに首を伸ばさないで下さい。舌なめずりしているから怖いってば。


 そしてがしゃどくろさん。あなたご飯いります? 当たり前の事ですけど、食べた物が体の隙間からボタボタ落ちてるってば。汚いなぁ。

 しかも食べてるソレ、人の形してませんか? 人の形に加工した妖怪食だよね? そうだよね? 血なんか凄いリアルだけど。作り物だよね?


「う~ん、今日路上でのたれ死んでた人間。あんまり美味しくないなぁ」


 聞きたくなかったよその言葉。

 警察が来る前に回収しちゃっていたんですね。この人のご飯用にって――


 うぷっ、気持ち悪くなってきた。


「ご、ごめん。寝室で食べて来て良い?」


 僕がそう言うと、おじいちゃんがしゃどくろを強めにひっぱたいた。スコーンっていい音したね。


「こりゃ、嘘を教えるんじゃない! ちゃんとお前さん様に加工した妖怪食だろうが」


 あはは、本当かなぁ……。

 でも確かに、臭い匂いはないから、おじいちゃんの言っている事が本当なんだろうね。いったいどれだけ僕を怖がらせるんだろう、ここの妖怪達は。


 あれ? 何か転がってきた。なにこれ……あっ、頭蓋こ――


「あ、あれ? 僕の頭どこ? も~翁、加減してよ。取れちゃったじゃんか」


「ほんぎゃぁぁああ!!」


 頭蓋骨がカチカチ口を動かしてる! がしゃどくろさん、ちゃんと固定しておいてよ!!


『これこれ、椿。引っ付くのは良いが。可愛いワンピースで顔に引っ付かれたら、下着が見えるぞ』


「いっ! ちょ、見ないでぇ!」


 思わず引っ付いたのが白狐さんの顔でしたからね。

 でも見ないようにしてくれたら良いのに、バッチリ見てるんだもん。そこは紳士で居て欲しかったです。

 因みにワンピースは、またしても里子ちゃんに無理やり着せられました。それしか着る物が無かったのもあるけどね。


『白狐ばかり美味しい思いをしてからに。椿、俺にも頼れ』


「股間を膨らましている黒狐さんより、まだ比較的冷静な白狐さんの方が安心です」


 それでも全く慌てない黒狐さんはさすがですよね。

 そのまま黒狐さんは、何故か納得したようになって、いなり寿司を食べて始めました。

 この2人は、ずっといなり寿司ばっかり食べているんだよね。これのどこが美味しいんだろう?


 せっかくの酢飯が、甘く煮た油揚げのせいで台無しになっていると、僕はそう思っている。

 だって油揚げが甘すぎて、酢飯まで甘くなるもん。甘い尽くしで、なんで美味しいと思えるんだろう。ご飯に甘い物を付けるなんて信じられない。


 稲荷神社は好きだから、この体になる前に1度食べた事があるんだ。


 ただ、ゴマとか色々な具材を使えば美味しくなるし、油揚げの作り方次第では、甘すぎずに美味しい物だって出来るよ。だから僕は、具が入っている方が好きかな。


 それにしても、2人が食べているいなり寿司は、油揚げがふっくらしていて、すごく美味しそうに見える。お腹が減っているんじゃなくて、本当に美味しそうに見える。


 綺麗なきつね色の油揚げ。

 見ていたら、そこまで甘く煮てはいない感じです。だったら食べてみたいな~妖怪食でも無さそうだしね。ご飯も上等な物を使っているのかな? ツヤツヤとしていて、ふっくらとしていて、完璧なご飯じゃないですか。


『こりゃ椿。食べたいならそう言えば良かろう? 涎が出とるぞ?』


「はっ!! あっ、いや。これは……ごめんなさい」


 しまった、余りにもジッと見過ぎていました。

 そしてそれに気付いた白狐さんが、僕にいなり寿司を1つ、手渡してくれたのです。そんなに物欲しいそうに見えたのでしょうか?


 あぁ、凄く美味しそう。妖怪食でもない――と思ったのだけれど、なんだか重くないですか? ずっしりと。

 でも動いている気配はない。我慢出来ないし食べちゃおう。


「あむっ。ん~! おいひい!」


『これこれ、ちゃんと飲み込んでから喋べれ』


 あっ、凄く美味しくて、口に入れた瞬間感激しちゃいました。

 だって、油揚げが甘すぎずに丁度良い感じで、口の中でその香りがフワッと広がって、中にぎっちり詰まったご飯は、とっても柔らかくて、その量から凄く食べ応えがあるの。


「んん~幸せ~」


 いなり寿司って、こんなに美味しかったっけ?僕が妖狐になっちゃったから?

 そうだね。そう言う事にしておこう。妖狐と言えば、油揚げかいなり寿司だもんね。それにしても美味しいなぁ。


 しかもこれ、いくら食べても減らないし……減らな――あれ?


「んぐ?」


 食べるのに夢中になっていたけれど、これ、ご飯が減らないどころか、ご飯を包んでいる油揚げも伸びている? あ、食べる前に戻った。なにこれ? まさか妖怪食?


『ほれほれ、はよ食わんといくらでも戻るぞ。しかも食い終わるまで手から離れんからな』


「んぐ~!! ふぁやくいっへよ~ひゃっこさ~ん」


 白狐さんのバカ! 何て物を渡してくれるんだよ。


「必死に食べてる椿ちゃん可愛い~」


 里子ちゃん、僕を眺めていないで助けて欲しいです。これ、元の状態に戻るのに、ほんの一瞬で戻るんだけど!


 そして僕はその後、そのいなり寿司と格闘し、食べ終わるまで約30分もかかりました。


 もういなり寿司は勘弁です。

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