第漆話 【3】 半妖について
「さて、今度は私達半妖の事についてだね」
そして次に、校長先生が「いよいよ私達の番か」といった表情で話し始めます。
大丈夫です。カナちゃんの心の声でだいたいは分かっているよ。半妖は覚さんの力が通用するんだね。
「さて。私達が半妖なのは、心の声を聞いて分かっているみたいだね。あっ、ということは、私の恥ずかしいあんなことや、こんなことなんて全部筒抜けに!」
「意識していないと聞こえないよ」
ちょっと使い方分かってきたから、あなたの心の声は今聞こえていません。
だから、僕も含めて他の人も、目を細めて校長先生を睨んでいます。
「ゴホン。え~半妖は知っての通り、人間と妖怪の合いの子でね。ハイブリッドって言えば聞こえは良いけれど、実際私達の様な、人間の血が濃く出てしまった様な人達は、妖怪の血が薄まっていて、妖術もまともに使えないのさ」
少しだけ赤面している校長先生が続けた。
なるほど、それで道具などの準備が必要だったのですね。でも、扇子を選ぶだけで時間が掛かるのはどうかと思います。
「そんな私達半妖が、妖怪みたいに妖術を使うには、専用の道具が必要でね。妖怪達に用意して貰っているから
そう言って、また校長先生が扇子を取り出し、それを広げて見せてくる。そこにまた文字が書いてあるんだけど……。
『お見事』
さっきの流れでなにがお見事なのか謎ですね。相変わらずセンスが悪いなぁ。
「次に私だけど、私は
校長先生を無視するかの様にして、カナちゃんも自分の正体を話始めた。
だけど、輪入道って確か――
「怖いおじさんの顔がついた、車輪の妖怪?」
「う、うん。そうだね、やっぱりそういうイメージだよね。私のお父さんが多分そうだからね」
カナちゃんはちょっと苦笑いをしながらそう答える。
どうやら、そういうイメージを持たれるのが嫌みたいですね。今後は言わない様にしましょう。
「さて、半妖と言っても人それぞれ。私の様に、人の血が濃く出た半妖は、妖気を全く感じられなくてね。その為、つい先程まで君の存在に気づけなかった」
今度は校長先生が、申し訳なさそうにして話をする。
校長先生は、それだけ濃く人間側の血が出たんだね。それじゃあ、殆ど人間って事なのかな?
「私も人間の血の方が濃いみたいだけれど、校長先生と違うのは、妖怪の血も割と濃く出たの。だから、ほんのちょっとだけ妖気を感じられるんだ。それで、椿ちゃんが入学した時から、あなたに違和感を感じていたの」
それを言われて思い出した。そういえば入学式の時に、やたらと僕を見てくる人が居たね。あれはカナちゃんでしたか。
「その後すぐに電磁鬼が現れて、自分が乗っ取られないようにと対応していたら、その事をすっかり忘れてしまっていたのね。そして今日、あなたがその姿で来て、入学式の時の事を思い出して、その時の違和感も判明したのよ。あぁ、そうだったんだって」
そしてカナちゃんは席を立つと、ゆっくりと僕に近づいてくる。しかも笑顔だ。
えっと……僕の耳とかお尻の方をジッと見ているよ。あれ? まさか。
「これも、うっすらとだけど見えてるよ」
そう言って、カナちゃんは僕の耳を触ってきた。しかも、優しく撫でる様にして。
「ふやっ……!」
そんな触られ方をされたからか、僕は全身がゾクゾクとして、変な声まで出てしまい、そのまま力が抜けてしまった。
あれ? 僕ってば耳弱いのかな? それになにより、あんな声が出ちゃって恥ずかしい。
「あっ、椿ちゃんごめん、大丈夫?」
「はにゃ……ら、らいじょうぶです」
僕のこの体はどうなってるの? 尻尾も敏感だし、耳まで敏感って――それは勘弁してほしいなぁ。
「白狐さん黒狐さん。僕の姿、普通の人間に見えているんじゃないんですか?」
『ん? 大丈夫だ。人間には見えない様になっている。妖気を持つ者なら、意識阻害の妖術が効かない場合もある』
「そ、そんなぁ……早く言ってよ」
「あっはっは! まぁ、見えているのは辻中君ぐらいじゃないかな? 私は君に触れないと見えないからね」
ショックを受ける僕に、校長先生がフォローしてくるけれど、扇子に「可憐」とか書かれていたら、フォローにもならないんだけど。
「でも良かったよ、あの時のあれは飲み過ぎなんかじゃなくて」
校長先生が良かったって思っているのは、今朝の校長室での出来事ですね。
あの時はまだ、僕が妖狐だって分かっていなかったんだね。飲みすぎって事にしておきたかったんだけどね。でもそう考えたら、半妖も大変なんですね……。
「とにかく私には見えないが、2体の妖狐も、辻中君にはうっすらと見えている。だから先程も、咄嗟に私に報告をしに来てくれてね。一般人の生徒達を、裏口から避難させることも出来た訳だよ」
そう言うと、校長先生は開いた扇子をピシッと音を鳴らして閉じた。
あの時援軍に来るのが遅れたのも、他の生徒達を一生懸命避難させてくれていたからだったんだ。
僕、あのお坊さんの事で頭がいっぱいでした。
「そしてこの学校には、そういった半妖の生徒達が、学年一クラスに最低でも1人は居る。ただ妖怪には敵わない。だからこそ、電磁鬼に学年全員が簡単に操られていたのさ。私も含めてね。その為、重ね重ね謝罪させて貰うよ。すまなかった」
だからそれは、あなた達のせいじゃなかったんだよね?
その事に関しては、僕はもう気にしない事にしたよ。そうしないと、何回も何回もそれを説明されて、謝られそうだもん。そう何度も言われると言い訳がましく聞こえるよ。
今だって、校長先生がソファーから立ち上がって横にずれ、そのまま土下座するんだもん。
「もう良いですよ校長先生。それよりも、この学校にそんなに半妖の人達が居た事に驚いているから」
その僕の言葉に、校長先生が顔を上げた。
ただね、また別の扇子を広げていたんだ。『感謝』って書いてました。もう僕は扇子に関しては何も言いません。
そして校長先生は続ける。
「実はこの学校は、昔から半妖達を守る為にあったんだ」
守る? それはいったい誰からなのでしょう。
僕が首を傾げていると、校長先生が話を続ける。「もう君も知っているだろう」といった顔付きをしていたから、そこでピンときました。
まさか――
「君もさっき出会ったと思う。滅幻宗と名乗る坊さん達さ」
その言葉を聞き、僕はさっきの出来事が頭にフラッシュバックし、震えが止まらなくなった。耳もペタンと倒れ、尻尾もプルプルと震えています。
カナちゃん、すかさず触らないで下さい。安心させようとしているのは嬉しいけれど、その触り方はちょっと……。
『翁よ、あの坊主共、椿を狙っているようだったが? いったい何故だ?』
黒狐さんが凄く険しい顔をして、おじいちゃんの方に詰め寄っていた。
そうは言っても、僕の事に関しては箝口令が敷かれているんでしょう? 聞いても無駄なんじゃ。
「それも、椿の封印された記憶に関係しておる。とにかく奴等は、何かを復活させようと動いておる。ただ、奴等は人間界にいる妖怪、悪霊、そして妖魔、これらを滅する為に、修行を重ねた坊さんの集まり。何を復活させようとしているのかは分からんが、儂等には良くない事じゃろうな」
何だか難しい顔をしながら、おじいちゃんがそう言ってくる。やっぱり僕の身に起こる事は、全て僕の記憶に関係している事なんだね。
そうなると、記憶を戻したくないよ。それだけ見たら駄目なものを、僕は見ちゃったんじゃないのかな?
「そして奴等は、妖怪や妖魔だけでなく、私達半妖すらも、そのターゲットにしている。家族も含めてね。それこそ、奴らに捕まった半妖とその関係者は、酷い拷問の後に殺される。慈悲も何もあったものじゃない。坊さんの風上にも置けない奴等よ」
おじいちゃんに続いて校長先生がそういう言うと、扇子を強く握り締めた。
でもね、その扇子にね『不届き』って書いていたらさ、何だか本気なのかふざけているのか、どっちなのか分からないや。それと、この人は何時まで地面に正座しているんだろう? 正座の方が好きなのかな?
それとさっきの会話の中で、僕は気になる言葉を見つけた。
「あっ、そう言えばさ。さっきから1つ、気になる単語があるんだけど『妖魔』って何? 妖怪じゃないの?」
『妖魔とはな、妖怪が何らかの原因で変異した、特殊な妖怪の事を指す。先日、この学校で捕まえた電磁鬼も、実は妖魔と呼ばれている奴だったのじゃ。電磁波の妖怪など、今まで存在していなかったからな』
僕のその疑問に、白狐さんが答えてくれた。
なるほど、あれが妖魔ですか。確かに普通の妖怪とはちょっと違っていましたね。
「なんじゃお主ら、よく電磁鬼を捕まえられたの。あれはAクラスの難敵じゃぞ? 特に隠密に優れていて、見つけにくい奴だと言うのに、よく見つけたの」
『ふっ、なに。俺達にかかれば……』
おじいちゃんの言葉を聞いて、黒狐さんが威張ってるよ。
「あっ……! あの、ぼ、僕が、その電磁鬼という奴の妖気を、探り当てられたからだよ」
黒狐さん、見栄を張ってはダメだと思います。見苦しいですからね。
「ふん、だと思ったわ」
おじいちゃん、黒狐さんの見栄に気づいていました。
そして黒狐さんは、何故か納得いかない顔をしていて、ふて腐れています。しょうがないなぁ……。
「あっ、でも。しっかり黒狐さんが動きを止めてくれたから、捕まえられたんだよね?」
『あっ、お、おぉ……そうじゃ、俺が足止めをしなければ、逃がしておったわ』
『黒狐よ、お主は単純じゃな』
『なんじゃと、白狐よ!』
あぁもう、また喧嘩しているよ。なんでこの2体は、こうやって喧嘩しそうになるのかな。でも、喧嘩になる手前で止めてるから、実は仲が良いのかな?
「そうか。厄介な奴を捕まえてくれてありがとう。そして、君のその高い感知能力を見込んで、頼みがあるんだ」
「頼み、ですか?」
この校長先生の頼みは、なんだか聞きたくない様な気がします。
「この学校を、他の妖怪達の魔の手から守って欲しい。私達半妖の、この微弱な妖気にすら反応して、妖怪達がここにちょっかいを出してくるのさ。それに釣られて、あの滅幻宗も来ちゃうんだよね。だから君に守って欲しい。どうかな?」
こんな僕に、そんな重役は無理だよ。これはどうにかして断らないと。
そもそもだよ。その妖怪自体を怖がっている僕が、そんな事出来る訳がない。
「えっと、あの――」
「うむ、良かろう。その役椿にやらせよう」
「な、なななな……!!」
間髪入れずにおじいちゃんが答えた!
ねぇ、なんでおじいちゃんが答えてるの? しかも承認しちゃったよ。僕嫌だよ……あぁ、でも、これ――
「良いな、椿。この際だ、妖怪への恐怖心を払拭する為に、ここの学校にちょっかいを出してくる妖怪達を、しっかりと退治せい。わかったな?」
「…………は、はい。わ、分かりました」
断れないやつだ。逆らえません。ちょっと威圧的で、このおじいちゃんにだけは、逆らっちゃダメだ。
『椿よ。安心せい、我等もついとる』
『そうじゃ。白狐と共に、我も妖怪退治を手伝ってやる』
不安そうにしていると、2人がそう言ってくれた。
嬉しいです。白狐さんと黒狐さんがいるだけでも、百人力だよ。この2人が凄く頼もしく見えてくる。
「む、それはいかんぞ。それでは椿の修行にならん」
えっ? お、おじいちゃんなにを……。
『なっ! それでは椿が危険に!』
「白狐よ、口答えするのか? 良いな? 必ず椿にやらせよ」
『は、はい』
『わ、分かりました』
ちょっと……白狐さん黒狐さん、もう少しくらい反論して下さいよ。な、なんで僕がこんな目に合うの。
そして僕は、絶望するかの様にして頭を下げ、これから起こる恐怖体験の数々を想像していた。
これならまだ、いじめられていた方がマシだったかも知れないよ。
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