第漆話 【2】 2人と会っていた
「遅いですよ。校長先生」
そう言いながら、僕は黒狐さんの背中に突っ伏した。さっきから体が怠くて力が入らない。
『おぉ? 椿どうした?』
「なんだか怠い」
僕の様子に、黒狐さんが不安そうにしている。そしてそんな僕を見て、白狐さんも急いでこっちにやってきました。
『ふむ……先程あれだけの妖術を使ったんじゃ、妖気を使い過ぎたんだろう』
すると僕の横を、何かが猛ダッシュで駆け抜けて行く。
あっ、さっきのお坊さんだ。
どうやらあの突風で、僕の出した炎が消えたみたいです。良かったよ。でも、校長先生は逃がしはしないそうです。
「おやおや、逃げるのは感心しないねぇ。君はこの学校を潰しに来たんじゃないのかい?」
そう言うと、校長先生が手に持っていた扇子を広げ、前に突き出す。すると、その扇子からまた突風が吹き荒れ、お坊さんに向かって行く。
「ぬっ?!」
突風がお坊さんに当たると、なんとそのお坊さんの周りを回り始めた。つまり、つむじ風となってお坊さんの動きを止めているんだ。
「辻中君。頼んだよ」
「はい、校長先生!」
今度はカナちゃんが、手に持った袋から何かを取り出した。
それは金属で出来た薄い輪っかで、腕にすっぽりはまるくらいの大きさです。
それを取りだした後に、カナちゃんはその輪っかを腕に付け、クルクルと回し始めた。するとその輪っかから炎が発生して、徐々に炎の輪っかが大きくなっていく。
まるで炎を纏った、牛車の車輪のようです。確か、そんな妖怪がいたような気がします……。
確か、輪入道だったかな? あっ、真ん中に軸はないから、ちょっと違うのかもしれない。
そしてカナちゃんは、それをお坊さんに目がけて投げつけた。
「
カナちゃんがそう言うと、炎の輪はお坊さんの頭の上で止まり、つむじ風の外側を囲う様にして下がっていく。
そして、丁度真ん中辺りに来ると、その輪が急に縮んだ。それは本当に急で、お坊さんを逃がさない様に締め上げ、捕まえ様としています。
だけどお坊さんはうろたえず、懐から紙のお札を出してくると、またお経を唱え始めた。
次の瞬間、つむじ風と火の輪から逃れる様にして上に跳び上がり、なんとそこから抜け出してしまった。
「ちっ……」
そのままお坊さんは民家の屋根に上がると、舌打ちをし、そして屋根伝いにどこかに去って行ってしまいました。
「う~ん、取り逃がしたか」
「ご、ごめんなさい、校長先生」
「いやいや、しょうがないよあれは。多分幹部クラスだろうね」
校長先生が、取り逃がしてしまって申し訳なさそうにしているカナちゃんを宥めている。
とにかく終わったみたいだね。本当にどうなるのか不安で、ずっと恐かったよ。
「さて、椿ちゃん。なんで私が来るって分かったのかな?」
校長先生、まずそこですか。でも、確かに不思議に思うよね。
「あっ、その……心を読む妖怪、覚さんのせいで、今日一日中、意識した人の心の声が聞こえるみたいです」
その言葉に、校長先生もカナちゃんも凄くびっくりしていました。
そんなにびっくりする事かな?
「そうか、覚が気に入るなんて珍しいね」
「えっ? ちょっと待って椿ちゃん。それじゃ、私達の事……」
2人ともびっくりした顔のままで僕に聞いてくる。
覚さんって、誰かを気に入ったりする事って殆どないんだね。とにかく僕は、正直に2人に話します。
「うん。でも安心して、聞こえたのは正体だけだよ。人間と妖怪の合いの子“半妖”だって事だけ」
すると、校長先生は扇子を広げ、そこに書かれた文字を僕に見せてくる。
『天晴れ』
それ口で言ってください。文字が墨で書かれていて達筆だったよ。
でも今は、状況を説明して欲しいです。僕の頭にはハテナマークが大量に浮かんでいるんですよ。
「うん、積もる話もあることだし、翁も来たことだ、校長室で話をしようか」
校長先生がそう言った後、僕達と校長先生の間に、またつむじ風が発生し、その中からおじいちゃんが現れた。もちろん、天狗の姿だけどね。
「椿よ、無事であったか」
「あっ、待っておじいちゃん、その姿……」
「むっ? まだ怖いか、全く」
おじいちゃんがそう言うと、また周りに風が吹き荒れる。そしてその後、いつものおじいちゃんの姿になっていた。
助かりました。やっぱり怖いんですよ、おじいちゃんの天狗の姿。
「浮遊丸よ、緊急のメール助かったわい。それと
「いや~そう言われても翁。相手は幹部でしたからね~少し準備に手間取りまして」
あ~だからね、あのね、僕を置いて話を進めないで下さい。まず色々と説明してよ。そもそも、なんで僕が狙われたの?
それと、八坂って校長先生の名前だよね。
『翁よ、とりあえず我らにも説明願いたい。さっきの椿の姿はなんじゃ?』
おじいちゃんが校長先生と話していると、白狐さんがおじいちゃんに近づき説明を求めます。
そうそう、僕にも説明して欲しいです。
「ふむ。そうじゃな……とりあえず一旦校長室に行くかの」
そう言った後、おじいちゃんは校舎へと歩いて行く。
因みに、僕はまだ黒狐さんの背中から降りられません。ずっと動けないんです。
全く力が入らないよ。妖気を使いすぎるとこうなっちゃうのなら、これから気を付けないと……。
「椿ちゃん大丈夫? ごめんね、もっと早く助けに行けたんだけどね」
黒狐さんの背中に乗っている僕に、心配そうな顔をしたカナちゃんが近づいて来て、僕の顔を覗き込みながら言ってくる。
「うん、大丈夫。でも、なんで早く来られなかったの?」
「えっと……校長先生の扇子選びに時間かかっちゃって」
たったあれだけの扇子を選ぶのに、そんなに時間かかるの? どれだけあるんだろう、その校長先生の扇子は。
僕は半ば呆れた顔をして、黒狐さんの背中に揺られ、校長室へと向かって行った。
―― ―― ――
「さて、翁。どこから説明しましょうか」
校長室に着いた僕達は、ソファーに座り、話を聞く態勢に入る。
僕は歩けない程に体が怠かったので、黒狐さんに襟元を咥えられながら、ソファーに座らしてもらいました。
親犬が自分の子犬を連れて行く様な絵になってしまって、やたらと恥ずかしかったです。
そして、僕の隣に白狐と黒狐さん。その正面に校長先生とおじいちゃん、そしてカナちゃんが座った。
とにかくさっきので怖かったのは、あの時の僕の変貌だよ。今思い出しても寒気がする。
すると、おじいちゃんがゆっくりと話を始めます。
「うむ。しかしこの前も言った通り、椿の事に関しては箝口令が敷かれとる。あまり詳しくは説明出来ん。じゃが、気づいておるかもしれんが、椿は元々女の妖狐だったのじゃ」
やっぱりそうだったんだ。
女性の妖狐になったのに、やけに僕の心が落ち着いていたから、変だと思ったんだよ。
なんて言うんだろう。しっくりくるというか、今まで体に付加をかけていたのが、ようやく無くなってスッキリしたと言う感じです。
僕の心は、この姿になってからというもの、何故か解放感を味わっていた。
『むぅ……ということは。我らが妖狐にしたのでは無く、元々妖狐だったのが、何者かの手により、人間の男子に変化させられていたのか』
「さよう」
そうなると、男だった時の記憶はどうなるの? 確かに僕は、あの家族の子供という記憶があった。
「椿よ、納得いかん顔じゃの。記憶も改ざんされとるから、しょうが無いがの。だが、この白狐と黒狐のバカのせいで、お前さんにかかっていた強力な変化が解けたのじゃ」
『うぐ……我らは余計な事をしてしまったのか?』
あっ、黒狐さんがしょんぼりしている。珍しいな、強気な黒狐さんが。
ついでに、申し訳なさそうな顔をしている白狐さんは、人型から狐になっていて、そのまま尻尾と耳を垂れ下げ、反省の態度をとっています。
「いや、これも運命なのじゃろう。ここまでなら箝口令は敷かれとらんから話すが、椿よ、実は白狐と黒狐とは、お前さんが子供の頃に一度会っておるんじゃ」
僕が、この2人と会っていた――?
おじいちゃんの言葉に、僕の頭は真っ白です。
『なんじゃと!!』
『そんな、我らにはそんな覚えは一切――』
「それはお前らの記憶にも、一部封がしてあるからじゃ」
『なっ――』
『我と白狐にも、封が?』
白狐さんと黒狐さんも、突然の激白に目を見開いて驚いています。
僕の頭の方は更に大混乱だよ。
だって、僕にもそんな覚えは一切ないから。
いや、それもおじいちゃんが言うには、記憶に封がしてあるからなんだと思う。
いったい僕の過去に何があったの?
僕は、一瞬にして恐怖と不安に襲われた。
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