第漆話 【1】 滅幻宗

 白狐さんと黒狐さんが、学校に不法侵入してきたお坊さんと対峙する。


 僕はというと、体に電流が走っているみたいになってしまっていて、地面に倒れ込んでいます。動けないし苦しい。

 そんな状態で、僕は大粒の涙を流してしまっている。しかも息苦しさもあってか、中々声が出てくれない。


「ひっ……いっ、うぅ」


 それでも僕は、頑張って声を出そうとする。そうしないと、本当に死んじゃうかも知れないんだよ。


 これは、普通に感電したレベルとかじゃないと思う。


『いかん黒狐、先に椿を!』


『おぉ、そうじゃった!』


 やっと気づいてくれた。先に僕のこれを何とかして欲しかったんだ。そして黒狐さんが僕に近づいて来て、様子を見てくる。


『大丈夫か、椿よ』


 そう言うと、うつ伏せで倒れている僕の背中にそっと手を当て、何か呪文の様な事を呟く。すると、体中に走っていた電流が、嘘のように消えていった。


「はぁ、はぁ。う、うぅぅ。なんなの今の、誰なのあれ?」


 あまりの出来事に、僕は顔をくしゃくしゃにしながら泣いて、黒狐さんにどういう状況なのかを聞く。


『奴は少し特殊な宗派の坊主だ。いや、宗派も無いか。離別させられたからな。独自で勝手に活動しとる、坊主の組織みたいなものだ』


 特殊……? 確かに、人間技じゃないような事ばかりしてくるよ。しかも、その目つきも射殺す様な鋭さで、凄く怖いです。


 ついでに僕の耳は、恐怖のあまりに頭に隠れる程にひっついています。それこそもう、体全体で怖いというのをアピールしています。


「ふん。滅幻めつげん宗の名に置いて、貴様達妖怪は滅する」


 聞き慣れない言葉が出たので、また黒狐さんに聞いてみた。


「なに? 今のめつ――何とかって?」


『奴等が勝手に名乗っておる宗派じゃ。だが知っての通り、そんな宗派はない。自分達のしている事を正当化する為に、そう名乗っとるんじゃ』


「なんだか中二病みたいですね」


 そんな僕の言葉に怒りを感じたのか、そのお坊さんは、懐からお札の様な物を取り出し、指で挟んで顔の正面に立てると、お経を唱え始めた。


 そのお経も聞いた事がないものです。オリジナルかな……。


 そして唱え終わった後に、そのお札を白狐さんに向かって飛ばしてきました。

 すると、お札から急に突風が吹き荒れ、白狐さんとその後ろにいる僕達を吹き飛ばそうとしてきます。


「うっ! わっ、たっ……な、なにこれ!」


『しっかりと我に捕まっておけ椿!』


 もうとっくに黒狐さんの脚にしがみついていますよ。本当に人間技じゃないよこれ。いったい何が起きているの?


 僕が必死に黒狐さんにしがみついていると、白狐さんはそこから跳び上がって突風から抜け出し、爪を立て、上からそのお坊さに向かって飛び込んで、その人を引き裂こうとします。

 だけど、お坊さんは今度は独古どっこを取り出し、白狐さんに投げつける。


 お坊さんの心の声が聞こえたから、その独古って物が分かったし、飛んでくるのも分かったけれど、白狐さんは分からないからギリギリのところで回避していました。


 あれ? ちょっと待ってね。僕って今ならもしかして……。


 そんな事を考えていると、また僕のお尻は何かに押され、僕は後ろにつんのめった。そのまま地面に倒れるかと思いきや、何かの背中に乗り上げた。

 このフサフサ感は、黒狐さん? 狐の姿になって、僕を背中に乗せてくれたのか。


『白狐! そいつを抑えとけ! 椿を連れて逃げる!』


『承知した! しっかりと椿を守れよ、黒狐!』


 そう言うと、黒狐さんは猛スピードで走り出す。

 僕も今回ばかりは、しっかりとその背中にしがみついていたので、振り落とされませんでした。


「黒狐さん! 飛べる場所に着いたら、自分に乗って下さい!」


『すまんな! 浮遊丸』


 校門は危ないので、学校の塀を飛び越えようという算段みたいです。校門ではなく、塀に向かって走り出しているからね。だけど次の瞬間、僕はお坊さんの心の声を捉えた。


 逃がさないという強い思いと、お札の力で走る速度を上げ、白狐さんをすり抜け、僕を狙おうとする事。


 そして、最優先で狙っているのが――僕である事。


 ちょっと待って……なんで僕なんだ?!


 わけがわからないけれど、とにかく黒狐さんに言わないと。このままじゃ、また同じ目に合っちゃう。


「黒狐さん、右に避けて!」


『なにっ?!』


 そう言うと同時に、黒狐さんが横に移動する。

 すると次の瞬間、とてつもないスピードでお坊さんが駆け抜け、しかもついでに錫杖で殴りつけようとして来た。


 だけど、僕の声で黒狐さんが横に避けたので、それは空振りに終わっている。


「むっ?」


 さすがのお坊さんも、黒狐さんが避けるとは思わなかったらしく、驚いた表情になっていた。

 ついでにそのお坊さんの心の中は、今ちょっとパニックになっている。何で避けられたんだ、って感じでね。


 確かに目では終えないスピードだよね。でも、それは一瞬だけ。電光石火ってものかな?

 すると、そのお坊さんを追撃するようにして、白狐さんがお坊さんとの距離を一気に詰めて来た。そして、再度鋭い爪で攻撃をする。だけど、お坊さんはそれを錫杖で受け止めていた。


『白狐!! 何をしとるんじゃ!』


『すまん! 思った以上に強力な物を持っておったわい! こやつ、下っ端ではないぞ!』


 やっぱり、その人達の集団の中にもランクはあるんだね。

 下っ端じゃないって事は……トップクラスでは無いけれど、そこそこの力を持っているのかな? 僕、無事に帰れるんだろうか。


 そんな不安が過った時、いきなり僕の頭になにかが響いてくる。


 誰かの声? 誰?


【ふふ、ちょっと手伝って上げようか?】


「ッ?!」


 また、頭が痛い……でも、これは、いつも以上に痛いよ。


「あっ、うぅぅ!」


『なっ! どうしたんじゃ?! 椿!』


 黒狐さんの叫び声は聞こえた、だけどその後の、白狐さんの叫び声は聞こえなかった。そして僕は、徐々に意識が遠くなっていく。


『おい、椿! しっかりせぇ! つば……』


妖異顕現よういけんげん黒焔狐火こくえんきつねび


「なっ?! これは――ぐぅお!」


 ―― ―― ――


 なにこれ? 


 僕は今、自分自身の姿を正面に捉え、外の状況を見ている。


 これはまるで、誰かに僕の体を乗っ取られた様な……。


 だってあれは、僕じゃない。

 僕の姿をしているけれど、今体を動かしているのは僕じゃない。

 何故なら僕は、自分の後ろに裸でいるんだ。この状況事態、よく分からずにパニックになっているんだよ。


 そこにいる僕は目つきが違うんだ。いや、雰囲気すら違う。

 いつも鏡で見る情けない僕は、たれ目で自信の無さが見え隠れし、いつも他人の顔を見られずに、俯きがちで視線を合わせない。そんな感じなんだ。


 だけど、その別のナニかに体を動かされている今の僕は、つり目で自信に溢れた目をしていて、少し大人びた顔つきになっている。そして、しっかりと相手の顔を見ていた。

 それと何よりも違うのは、耳と尻尾の毛色が、漆黒の様に真っ黒になっています。


 それにしても、さっき放ったおかしな力は、多分妖術かな。

 あのよく分からない言葉の後に、僕の体を動かす誰かは、右手で影絵の狐の形を作っています。そしてそこから、黒い狐火を放ち、お坊さんに直撃させた。


「な、なにあれぇ……」


 そう言葉を発するけれど、多分皆には聞こえていない。


【どう? 力とはこうやって使うの。折角貰った黒狐と白狐の力、それを使わないのは損だよ】


「だ、誰?!」


 その声に反応して、僕は辺りをキョロキョロと見渡す。

 すると、黒狐さんの背中に乗っている僕が後ろを振り向き、裸で浮いている僕を見ていた。

 その顔は、不気味な笑みを浮かべている。悪い事を考えている人の、典型的な笑みだ。


 だけどその瞬間、僕はまた意識が遠のいていく。


『椿、椿!! なんじゃその邪気は?!』


「えっ? あれ? こ、黒狐さん……?」


 意識が無くなりそうになる直前、黒狐さんの声で、僕は目が覚めた様な感覚になる。そして体を確認すると、僕は自分の体に戻っていた。

 ついでに尻尾も確認する。元の狐色に戻っている。いったい何だったの……さっきのは。


「ぬぅ!! くっ!」


 お坊さんの体に纏わり付く様にしながら燃えている、僕が放った黒い炎。アレはどうやら、普通では消えないらしい。

 必死に叩いていても消えていないですからね。このままじゃ、あのお坊さんやばいよ。


 すると、また急に僕達の周りに突風が吹き荒れる。でも、今度は僕達ではなく、そのお坊さんに向けてだった。


「やれやれ。子供達の学舎で、血生臭いのは勘弁して欲しいものだね。この、なまくら坊主」


 その後、誰かが辛辣な言葉を投げかけてくる。

 声の聞こえた方向に顔を向けると、そこには校長先生が立っていたのです。その横にはカナちゃんも立っています。


 やっと来てくれましたか。


 実はカナちゃんの心の声で、校長先生を呼びに行ったのは分かっていました。

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