第陸話 【3】 襲撃者
その後僕は、昼休み以外トイレに逃げ、皆の質問責めを回避しました。
ただ、男子トイレに入りそうになってしまって慌てたよ。
心はまだ男の子だけど、格好は完全に女の子だもん。しょうがないから女子トイレに行ったけれど、むちゃくちゃ恥ずかしかった。
そして昼休みの今は――
「ねぇねぇ椿ちゃん。今度の休みにどこか買い物行かない? 服とかアクセとか、あんまり無いでしょ?」
「それよりもさ、おいしいケーキ屋さん見つけたから、一緒に行こう~何で男子の振りをしていたのか、その経緯知りたいし~」
僕の机の周りを、皆が囲んでいます。これだとお弁当が食べられないよ。
里子ちゃんが作ってくれたお弁当だから、ちゃんと食べて上げたいのに。
「あっ、そっか。そうだよね。椿ちゃん、お弁当一緒に食べよう!」
そう言うと、何人かの女子が机を動かして来て、僕の机に引っ付けてきた。そしてもう一個もう一個と――って、いやいやちょっと待って、そうじゃないんだよ。
「あ、あのさ……全員机を引っ付けて来てどうするの?」
もう円卓の様になりそうでしたよ。何でこんなに手のひら返したように皆――
「心の声、聞こえてるでしょ」
分かってますよ、覚さん。
皆本当に後悔していて、何とかしていじめを帳消しにしたくて、だから僕と仲良くしてくる。
でもそれは、本当の好意じゃないよ。自分のやった悪い事を、無かった事にしようとする行動だよ。最低だよ。
「君、やっぱり優しい。心、綺麗」
どこがですか? 結構暗いと思うけど。
「他人の事、良く見てる。そして皆を傷つけたくなくて、1人で抱え込む。自分が我慢すればいい事って。優しい。でも、優し過ぎるのはダメ。優しさ、時に刃に変わる」
そういう解釈もあるんですね。でも、優しさが刃に変わるってどういう事?
すると、覚さんの毛むくじゃらの顔の、その下の部分から口が開き、口角を上げて笑った。何だかその笑顔が怖い。目が隠れて見えない分、余計に怖いよ。
「ねぇ、椿ちゃん。お弁当食べよ。休み時間無くなるよ」
「えっ? あっ、うん」
クラスメイトの女子の言葉に驚き、僕は顔を上げる。
すると、その女子は僕を気遣ってなのか、僕の肩に手を置こうとしてきた。
「あっ、だ、大丈夫だよ。心配かけてごめんね」
急いで横に体をずらし、その子に触れられないようにする。ちょっと焦ってしまったから、嫌な気分にさせちゃったかも。
とにかくお昼ご飯を食べないとね。
そして僕も、お弁当の蓋を開ける。だけど、蓋を開けた瞬間にまた後悔したよ。これ、里子ちゃんが作ったんだよね、普通のを頼めば良かった。
ご飯がね、蠢いているの。ナニコレ?
当然だけど、皆一斉に僕のお弁当を覗き込んできていた。一瞬で蓋を閉めたけれど、ちょっと見られたかも。
「あ、あは、あははは。ご、ごめん。ちょっと気分悪いし。保健室行ってくる」
咄嗟にそう言うと、僕はそのまま保健室に駆け出して行く。
勘弁して下さいよ、里子ちゃん。
『やれやれ……里子にはもう少し、人間の事も勉強して貰わんといかんな』
その後ろを、白狐さんが着いてきながら言ってくる。本当にその通りですね。
その後屋上に続く階段に来ると、入り口の扉の前に座り、僕は再びお弁当箱を開ける。
蠢いているこのお米? これはいったいなに? そう思って一粒摘まんでみる。
良く見ると米粒の形なんだけど、そこに小さな目玉が真ん中に付いている。
あっ、それと、小さな足も4つ付いているよ。それをちょこちょこと動かして歩いていたのか。
「か、可愛い。でも、これも食べ物なの? 生きてるのに?」
『妖怪食というのは、妖気の含まれた特殊な飯のことじゃ。人間の食べ物をベースに作られているがな。だから、生きているわけではない。安心せぇ』
僕の言葉に、黒狐さんがそう説明してくる。また白狐さんと浮遊丸さんを持つの交代したんだね。
でも、これならいけそうとだと思い、僕は辺りを見渡し、そのご飯を口に入れてみる。
『お、おい。無理せんでも良いぞ椿!』
「んぐぅ……口のなふぁで、もごもご動いてたひゃづらい」
それでも、なんとか咀嚼して頑張って食べる。
だってせっかく里子ちゃんが作ってくれたんだもん、食べて上げてないと。
あぁ……でも気を付けないと涎がいっぱい。こんな食べ方、お行儀が悪いよ。
「んぐっ、ふう……何とか食べられた。でも普通のご飯だね――って、白狐さんと黒狐さんはなんで鼻血出してるの?」
『つ、椿よ。素じゃよな? 今のはなんだか、どことなく卑猥じゃったぞ』
「ひ、ひわ……! そんな事言わないでよ!」
そんな事を言われて恥ずかしくなったので、白狐さんと黒狐さんに文句を言います。因みに、心の声はここに来てからは聞こえない。
これには範囲があるのかな? それと、白狐さんと黒狐さんの心の声も聞こえないね。妖怪には効かないのかもしれない。
そんな事を考えながらお弁当に目を落とすと。
「ぷあっ! な、何これ!」
卵焼きから変な汁が飛ばされて、僕の顔にかけられました。もしかして、全部こんなの? 本当に勘弁してよ。
『椿よ、頑張れ』
黒狐さんは厳しいですね。しょうがない、里子ちゃんの為だ。
そのままお昼休みぎりぎりまで、僕はお弁当と格闘しました。
―― ―― ――
放課後になって、ようやく皆から解放された僕は、校門に向かって歩いている。
校門は教員校舎を抜けた先にあるから、その校舎を抜けて行く事になる。その上には準備室がいっぱいあるから、何だか少し不気味な校舎なんです。
教室がある校舎は、その教員校舎を抜けた先にある、グラウンドの横にあります。プールは、丁度その校舎の反対側になっている。
『さて、椿よ。人気の無い公園に着いたら、浮遊丸で飛んで帰るぞ。ただ、次は別の方法を考えよう』
「黒狐さん、そんな殺生な~」
自業自得だと思うよ、浮遊丸さん。しばらく閉じ込めておくべきですね、この妖怪は。
ん? 何か必死な心の声が聞こえてくる。
「椿ちゃ~ん! 待って~! 途中まで一緒に帰ろう~」
しまった、クラスの女子の1人が追いかけて来ました。
途中までと言われても、僕は近くの公園に行って、この浮遊丸さんで飛ばなきゃいけないのに。
でも、逃げたら怪しまれるし――あっ、そうか、適当な所まで行ったら、家がこっちだからと言って離れたら良いのか。
「んっ、うん……」
ただ、こんな事は今まで無かったから、僕はどう返事したら良いのか分からず、口ごもってしまいました。
それでも彼女は、笑顔で僕に近付くと、一緒になって校門に向かって行く。
「ありがとう~椿ちゃん~」
その子がそう言ってくるけれど、ごめんね。僕、君の名前知らないや。
でも、聞くのもなんだかおかしい。それに、彼女は特徴的な髪型をしているから、ちょっと彼女の事が気になっちゃう。
ロングヘヤーの髪の先端が、裂ける様に分かれていて、その先がちょっと赤みがかっているの。
「ん? 私の髪ばっかり見てどうしたの?」
「えっ、あっ、ご、ごめん。ちょっと特徴的だなと思って」
「えへへ、ありがとう」
そうはにかんだ彼女は、凄く可愛らしく見えた。
それでも、二重でキリッとした目つきは、少し格好良くも見える。胸は――うん、僕よりちょっとだけ大きいくらい? 僕はほとんどないからね。
く、悔しくは無いよ。違うよ。
「ね、どうせクラスの人達の名前、覚えてないでしょ?」
うっ、なんで分かったの? 心読んだ?
でも確かに、彼女は心の中で、僕に名前を呼んでくれない事に不満を持っている。
覚さんの能力凄すぎます。
そしてもう1個、彼女の心から聞こえた言葉がある。それはにわかには信じられ無かったけれど、それが本当だとしたら……。
「私は
「あっ、う、うん。ごめん。ありがとう。カ、カナちゃん」
「アハハ、何だかぎこちないなぁ。ま、しょうがないか。それとごめんね、いじめに気づけなくて。今度からは名前忘れないでね。椿ちゃん」
その言い方、なんだか色々と引っかかるよ。いじめに気が付かない? そんな分けないでしょう。この子はいったい……。
折角話しかけて来てくれたのに、そう疑っちゃう。
僕はずっといじめられていたから、疑心暗鬼になっちゃっているかもしれない。でも、今は覚さんの能力で、この子の心が読めてしまう。今さっき、分かったから。
そう、この子が隠している事が。
『むっ、椿。校門に誰かおるぞ?』
いきなり黒狐さんがそう言ってくるから、僕はびっくりして前を向く。すると、確かに校門前に誰かいます。
「えっ、お坊さん?」
目を凝らして良く見てみると、そこには袈裟を来て、笠を被ったお坊さんの姿があった。そしてその姿を見た白狐さんが、急に叫ぶ。
『浮遊丸!! 椿を連れて逃げろ!!』
「任しとき!!」
しかし、次の瞬間僕の体に衝撃が走った。
「ぎゃう!!」
それは電流を浴びせられたかの様で、僕の体は痺れて動けなくなり、そのまま地面に倒れ込んだ。
なんですかこれは。何が起きたんですか?!
『しまった! 椿!!』
『白狐! 椿を抱えて逃げるんじゃ!』
白狐さんと黒狐さんの叫び声が聞こえる。でも、僕は痺れて体が起こせないです。
感電させられたの? なんで……どうして?
「椿ちゃん待ってて! 校長先生呼んでくるから!」
あぁ、そう言うことか――あの人もそうなんだ。
その後お坊さんは、あろう事か学校に侵入して来る。
『お主、椿にこんな事をしてからに、許さんぞ!』
白狐さんと黒狐さんは咄嗟に人型になり、そのお坊さんを睨んでいる。
お坊さんは白狐さんと黒狐さんが見えているかのようで、2人との距離を縮めて来て、手に持った2本の錫杖で殴りかかってきます。
もちろん、白狐さんや黒狐さんがそれくらいで怯むわけは無く、しっかりと受け止め、お返しにお坊さんを吹き飛ばした。
だけどそのお坊さんは、軽やかに身を翻し、綺麗に地面に着地しました。
ちょっと待って、お坊さんの動きじゃない。
「悪霊、妖怪。滅すべし」
どうやら、その手のものを退治する専門の人みたい。
そんな人が居るなんてと思ったけれど、妖怪が居たのだから、居てもおかしくはない。でも、人間にそんな事が出来るのかな?
それよりも、ずっと僕の体に電気が流れているみたいで、凄く痛いです。このままじゃ僕、死んじゃうかも。
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