第陸話 【2】 消えない傷と妖怪「覚」の気遣い
校長先生は、僕の姿にびっくりして手を肩から離した。その途端、目をしばたかせながら手で擦っています。
まだ妖術がかかっているのかな? 何度も何度も、目を擦りながら見ているよ。
『椿よ、そろそろ自覚してくれんとな。自分が妖狐だということをな』
白狐さんが僕にそう言ってくる。黒狐さんに浮遊丸さんのリード持ちを代わったみたいだね。
そして黒狐さんも狐の姿になっていて、その紐を口で咥えている。
なんで人型で持たないのかな? そっちの方が面倒くさいでしょう?
それとね、急に妖狐になっちゃったから、自覚をしろって言われても難しいんだよ。
『まぁ、しばらくは触れられないように気を付けよ。触れている間だけとはいえ、その耳と尻尾は人間にはないものじゃからの』
やっぱり触れている間だけでしたか。だって、校長先生がさっきからブツブツ呟いているよ。
「う~ん……昨日行ったコスプレ居酒屋の衝撃が、まだ残っていたか」
いったいそこではどんなコスプレをしていたのかな? 校長先生の様子からして動物系だろうね。
どっちにしても、目の錯覚と思ってくれているようです。
―― ―― ――
僕はその後、学年主任に連れられて教室へと向かっています。その途中で心臓が痛い位に脈打ち、だんだんと苦しくなってくる。しまった、このままだとまた過呼吸になるってば。
『椿、落ち着け。大丈夫じゃ』
そう言いながら、白狐さんが僕の顔を舐めてくる。これくすぐったいのに、どこか安心してしまうから不思議だよ。
「ん、まだ朝のホームルーム中だな」
そうしていると、遂に自分のクラスの前に辿り着いてしまった。そのまま学年主任が中をのぞき込んで、そう言ってくる。
教室の中では、副担任の先生がホームルームを進めている様です。担任の先生は謹慎されてるからね。
でも、その中は空気が張り詰めていた。それほど、僕のいじめの事について注意をしているらしい。
そして、何人かが廊下にいる僕の存在に気づいたらしく、こっちを見ている。
なんだか怖いな、悪口とか言ってそう。いや、気持ち悪いって思われているかな……。
そしてしばらくすると、教室の扉が開かれ、副担任の先生が廊下に出てくる。手招きをしている所を見ると、入れということなのでしょうか? 緊張する……なんて言われるんだろう。
ただ、このままでは埒が明かないので、僕はゆっくりと教室の中へと入って行く。
すると、僕が教室に入った途端、クラスの皆がざわめきだした。
もちろん皆、驚いた顔をしている。それもそのはずだよ、僕はずっと男の子として、このクラスに居たんだもん。なのに今、僕は女の子の姿。そりゃ驚くよ。
「あ~静かに。さっきも話したが、彼女は槻本翼だ。家の事情で男として育てられていて、制服や名前まで徹底していたらしい。だが、それではマズい事態になったようで、こうやって本来の姿で登校してもらうことになった」
副担任の先生がそう言うと、皆は未だに信じられないといった顔をしている。でもそれよりも、僕に対して何か言いたそうな顔をしていた。
「よしお前等、まずは槻本に言うことがあるだろう?」
副担任の先生がそう言うと、クラスの人達が一斉に立ち上がり、真剣な表情で僕の顔を見ている。
えっ、いったいなにをするの?
「槻本君、ごめんなさい!!」
そう言うと、クラスの人達全員が一斉に頭を下げてきた。
その様子に僕はびっくりしてしまい、呆然と立ち尽くしています。
「槻本、俺からも謝らせてくれ。すまなかった。ただ、これで無かった事にとは言わない。だが、ある程度は許してやってくれるか? こいつらどういうわけだか、自分達がやった事を覚えていないんだ」
僕はその言葉を聞いて、白狐さんや黒狐さんの言う通りになったなと、そう感じていた。
皆、あの妖怪に操られていたから、僕にあんな事をしていた。そう思うと、少しだけ皆の顔を見られる様になっていたよ。全員不安な顔をしていて、どうやら後悔している様子です。
皆は操られていただけだから大丈夫だよ――と、そう言いたかったけれど、皆の不安を無くすには、僕が許して、一刻も早くいじめた分だけ、僕と仲良くする事なんだろうね。
そんな事は流石に無理だけど。
いじめられた時の傷は、妖怪のせいとはいえ、消える事は無い。
そして、家族と言っていたあの人達から受けた傷もある。そんなに簡単な事じゃ無い。
だけど、ここで許さないなんて言ったら、このクラスで更に過ごしにくくなるし、仲間はずれにされたり、またいじめられたりするかもしれない。それは勘弁だ。
だから僕は、ゆっくりと頷き皆にこう言った。
「うん、わ、分かりました……」
ちょっとビクビクしながらだけど、なんとか言えた。
でも、主犯だった3人は居ない。その人達が来たらどうなるかは分からないんだ。
太めの人と、髪を染めている人。そして、学園のアイドルの女子だっけ? 3人とも名前なんて覚えていないけどね。
そして僕の言葉の後に、皆が一斉に安堵した表情になる。
それだけでも、ほんとはいじめたくなかった。そんな、皆の心が分かるみたいだった。
いや、分かるというか、実際に何かが頭の中に響くようにして聞こえて来る。
【ほんとに良かった~こんな空気の悪い中で過ごしたくないもん。そもそもいじめていた原因が良く分かんないだよね~こんなに可愛いのに】
【あ~良かった。ってか、悪いのはあの3人だよな……いや、そんな考えじゃだめだ。俺はどうしたっていうんだ、自分も小学校の時にいじめられていたのに、なんでこんな事をしてしまったんだ】
【正直、こんな可愛いのにいじめるとか、どうかしていたぜ。しかも元々女子だった? それじゃいじめる原因なんか、どこにもないじゃないか】
何これ? 誰ですか、こんなに喋ってるの。いや、沢山の人が話している。
「どう? 皆の心の声」
すると、僕の横からそんな声が聞こえてきた。
それで怖くなったけれど、だけど恐る恐る、視線だけを横に向けると、そこに変なのが立って居ました。
全身が黒い毛で覆われていて、毛むくじゃらで人型の、動物の様な何かが居た。顔までも全て、その黒い毛で覆われているからよく分からない。
なんなのこれは? まさか妖怪?
でも、皆が見ているから驚くわけにはいかなかった。すると、白狐さんがそいつを見て声をかける。
『なんじゃ
やっぱり妖怪でした。危害加えないよね?
「君、不安がってた。俺、教えて上げたかった。皆、後悔している事。もういじめなんかしない事。これで、分かった?」
えっ? わざわざそんな事を伝える為に? まさかさっきの声って。
『何か聞こえたようじゃな、椿。さよう、こやつは人の心を読む妖怪じゃ。危険な奴では無いから安心せぇ。ずっと学校に住みつき、人の心の声を聞いて、ただ楽しんでいるだけだからの』
白狐さんが僕にそう説明してきた。妖怪の中にもそんな妖怪がいるんだね。
「僕の力、君に直接与えた。だから、聞こえたよね?」
覚さんのその言葉に、僕はゆっくりと頷く。確かにハッキリと聞こえたからね。
「よし、翼も了解したし。皆、土下座するぞ」
あれっ?! しまった、クラスの人達が何をするって? そっちの話を全然聞いていませんでした。
副担任の先生の言葉で、僕はようやく我に返り、慌てて質問します。
「あっ、ご、ごめん。ぼ~っとしてました。僕、何かしちゃいました?」
「おいおい、さっきから難しい顔をしていたから、あんまり許してくれてないと感じたんだぞ。そしたら、皆が土下座するって言いだしたんだよ。それの了承をお前にとったら、今頷いただろう?」
そんな話になっていたのですか。早く訂正をしないと、そこまでの事をされたら、いくらなんでも申し訳なくなっちゃうよ。
「あっ、大丈夫ですよ。その――ちゃんと皆、反省しているのは分かったので、あの……ゆ、許します」
「「「ほんと?!」」」
余程僕に許して欲しかったのでしょうね。皆一斉に確認を取っています。だから、僕は再度頷きました。今はこうした方が良いだろうし、僕ももう蒸し返したくはないからね。
その時の皆の顔ときたら凄く嬉しそうで、見ているこっちもにやけてしまいそうになった。
でも僕は、まだクラスの人達に心を許してはいないよ。
【よし、これからちょっとずつ仲良くなっていって、いつか翼と――いや、名前もちゃんと女の名前があるんだよな。聞いてみないと】
【女子なんだったら、色々やってあげたい事があるんだよね~女の子であんな性格は、なんだか放っておけないな~】
【これを機に、これ以上は問題を起こさないようにしよう。そうしないと、俺のイメージが悪くなるもんな】
あ、あれ? まだ心の声が聞こえるんだけど。
「さ、覚さん。これ戻してくれる? まだ聞こえるんだけど……」
僕が覚さんにそう小さく囁くと、覚さんが嬉しそうに答えてきた。
「今日一日、心の声消えない」
ちょっと、嘘でしょう?! そんな能力なんですか?
「俺、君が気に入った。こんな綺麗な心、初めてだ」
それはどうもありがとうだけどさ、こんなに声が聞こえていたら大変なんだけど。
「意識しないと聞こえないよ。君は人に敏感。人の行動を知りたいと、いつも意識している」
だから聞こえちゃうんですね。それじゃあ、それを意識しないようにすれば良いんだね。
【あぁ、やばい。あいつをずっと見ていたら、胸がときめいてきた。嘘だろう、まさかあいつの事好きに……】
ダメだ、やっぱり聞こえる。意識を集中させないようにって、難しいですよ。
「白狐さん、何とかして下さい」
だから、白狐さんに助けを求めました。
こんなにも沢山の声が聞こえてくると、意識しないようになんて無理です。しかも今、なんだか不吉な声が聞こえましたよ。僕はまだ、心まで女の子にはなっていないんだ。
『無理じゃ』
やっぱりね、それなら今日一日大変だよ……。
「そうだ、翼。お前、この名前も偽名なんだよな? ほんとの名前は何だ?」
すると、副担任の先生が僕にそう聞いてきました。
そうでしたね、女子として扱われる事になったんだから、女子の名前を言わないといけないや。
「えっ、あっ。えっと――つ、椿です」
女子の名前を皆に言うのが、こんなにも恥ずかしいとは思わなかった。僕は顔が熱くなってしまい、咄嗟に俯きました。
「そうか、良い名前じゃないか。よし、椿。席に戻ってくれ。皆も、これからは椿と仲良くするんだぞ」
「「「「は~い!」」」」
【言われなくてもするっつ~の)】
【こんな可愛い子。何としても俺のものに】
【好きな服とか、おしゃれの話とか色々したいな~】
【う~ん、休み時間は人が集まりそうだし。私は同じ帰り道だし、一緒に帰って上げようかな】
えっと……休み時間はどこかに隠れようかな。帰りはしょうがないかもしれないけれど、これはちょっと大変だ。
でもその後、これはこれでちょっと便利かもと思ってしまった自分に、少し後悔をしてしまった。
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