第陸話 【1】 女の子になって初めての登校

 伏見区の住宅街にある学校。ここが僕の通っている中学校です。

 転校するのにも時間がかかるし、今は暫くここに通うしかなかったよ。


 京北からとなると、またこうやって浮遊丸さんに頼まないとダメなのかな? あんまり頼みたくないです。景色の変化を楽しむのは良いけれど、この妖怪が変態なのが問題だ。


 そして学校に着いた後、僕達は一旦、住宅街の人気のない公園に降り立つ。ここからなら学校まで5分程度です。


「おっしゃ! ほな俺は、学校が終わるまでその辺うろつい――ぐへっ!」


『お主も来るんじゃ』


 白狐さん、いつの間に浮遊丸さんに紐を結んでいたのでしょうか?

 白狐さんが浮遊丸さんを引っ張って、僕の後ろを付いてくる。風船みたいで面白いですよ。


 そこから真っ直ぐ歩いて行くと、学校の校門が見えてくる。そして勿論、他にも登校する人達がいっぱい居ます。


 僕のこの尻尾や耳は、触られない限りは意識阻害の妖術で、全く気づかれない。実はカバンに付けている、この二つの勾玉のおかげらしいです。だけど、自身でその妖術をかけた場合は、触れられても直ぐには気づかれないらしい。


 そうなると、僕だけは触られないように気をつけて行かないと。


 そして白狐さんと黒狐さんは、狐の姿で僕の後ろを着いて来ています。白狐さんはちゃんと、その口で浮遊丸の紐を咥えている。


 だけど、さっきから浮遊丸がうるさいです。


「おほぉ! 最近の女子中学生も育っとるやないかい~!!」


「白狐さん。その妖怪の目、何かで塞ぎませんか?」


『いや、全て潰すべきだ』


 黒狐さんがそう言ったので、浮遊丸さんは慌てて全ての目を閉じたよ。うん、しばらくそうしてろですね。


「う~ん、皆がジロジロ見てくるけど。何で? Tシャツだけじゃ、胸が見えちゃうのかな?」


 なんだか視線を感じるので、心配になった僕は目線を落とし、自分の体を確認してみる。そこで視線を向ける理由が分かった。


 僕が女子の制服着てるからだ。すっかりと忘れていたよ。


『椿が可愛いからだろ?』


 そしてトドメを刺されました。黒狐さん、それは言わないで下さい。意識し出すと恥ずかしいしね。

 朝は学校に遅れると思っていたから、このスカートも気にしなかったけれども、今思うと、男なのに女子の制服着ている僕って……変態なんじゃ。


「そっか。皆、男子なのに女子の制服を着ている、変態な僕を見て笑ってるんだ」


『だから、今は女子だろうに』


「黒狐さん、心はまだ男の子なんです」


 それでも黒狐さんは顔色変えずに――って、今は狐だから分かんないや。

 それ、怒っているのか呆れているのか、よく分からないですね。狐の顔色って、どうやったら分かるんでしょうか?


「お前、槻本だよな? 何をしとるんだ、早く来なさい」


「あっ、えっ……?」


 そりゃそうでした。校門から見える所であたふたしていたら、生徒に朝の挨拶をしている先生方に気づかれるよね。

 いつの間にか僕の傍に、学年主任の先生が立っていました。眼鏡の奥にある目が、僕を心配そうに見ています。


「さっ、来なさい。そのまま教室に入ったら、大変な事になるしな。それと、色々と話す事もある」


「は、はい……」


 そのまま学年主任の先生に手を引かれ、職員室のある校舎へと連れて行かれました。絶対に笑いものにされるってば。

 それと、手を引かれているということは――あっ、先生は前を向いているし気づいていない。良かった。でも、出来るなら離して欲しいです。


 そして、校舎に入ると真っ直ぐに校長室へと連れて行かれてしまった。

 職員室じゃない事に驚き、呆然と立ち尽くしてしまう。


 何で校長室なの? 僕、何かやっちゃったのでしょうか?


「さっ、入りなさい」


 まさか、おじいちゃんが元々女の子だったって、そう言っちゃったから? 嘘をついていたから退学になるの?


 僕は不安な気持ちいっぱいで、言われるままに校長室に入っていく。


「おぉ、来たか槻本君、おはよう。まぁ座りたまえ」


 校長室に入ると、席で何か作業をしていた校長先生が立ち上がり、僕に挨拶をしてくる。そして近くのローテーブルへと案内してきた。


「あっ、は、はい」


 僕は少し緊張気味で、促されたイスへと座る。来賓用のイスだから、ちょっと上等で座り心地が良いです。


 校長先生は、ワックスかポマードで固めた白髪交じりの髪を、しっかりと後ろに流していて、爽やかな笑顔に、綺麗で白い歯並びが目立っている。

 しかも、スーツがビシッと似合うロマンスグレーなんです。校長先生じゃないみたい。


 ただ、こんな風にキッチリとしているけれど、案外おちゃらけた部分もある人なんですよ。

 その切り替えは上手だけど、人によってはそのおちゃらけた時の態度を、マイナスイメージとして捉える人もいる。


「緊張はしないで良い。なにも女の子を隠していた事を、責める為に呼んだのではない。家庭の事情の為に、致し方なく男として生活をしていたのでしょう?」


 校長先生は、おじいちゃんに言われた事を確認するかの様に、僕の事を聞いてくる。


「それにどちらかと言うと、私は責められる方が好きなので」


「僕をここに呼んだのは、何故ですか?」


 こんな風にすぐに脱線するんだよね、この人。

 生徒には凄く人気があるみたいだけれど、僕にはよく分かりません。


「そうそう。君を呼んだのは、君へのいじめに対しての事です」


 その言葉を聞いて、僕は顔が真っ青になる。

 もしこれで、僕をいじめていた人に罰が与えられた場合、その倍の仕返しをされるのは間違いない。


 だってあの人達が、反省なんてするわけが無いもん。


『大丈夫だ、椿。奴らは操られていただけだ。だが、それでもまだ椿をいじめるようなら、俺達が守ってやるからな』


 すると、隣に座っている黒狐さんがそう言って、僕の顔を舐めてくる。

 狐の状態でもそこそこ大きいので、ソファーに座っている僕の顔は、楽に舐めることが出来るみたいです。


 くすぐったいっですよ、これ我慢しなきゃダメなんだよね?


 僕がそんな事をしていると、校長先生が意外な行動に出た。


「君には、非常に申し訳ない事をしてしまいました。私が、全ての生徒や先生達を代表し、謝らしてもらいたい。申し訳ない」


 そう言って校長先生は、机に両手を付け、おでこまで机に当てて、謝罪をしてきました。

 別にこの人が悪いわけじゃないのに、先生達の全責任を背負う人って大変なんだ。


「あ、あのっ。えっと……」


 だけど、いじめによる謝罪は本来、僕と親にもするべきなんだと思う。ただ、ここに親は居ない。

 だから僕が返答に迷っていると、校長先生は頭を上げ、更に続けてくる。


「しかも、君は親御さんにも酷い仕打ちを受け、今は家族全員が、君を置いて出かけている様だね」


「えっ? あ、な、なんで? ま、まさか。お、おじいちゃんが?!」


 更に校長先生から意外な事を言われ、しどろもどろになりながら返事をすると、校長先生は肯定するように頷き、そしてソファーから立ち上がり、両手を広げ、天を仰ぐ様な格好をして叫び始める。


「あぁ、なんて悲劇だ!! か弱い娘一人育てられんとは、なんて親だ!! そして君がいじめられていた事が、私の耳に届かなかったこの怠慢! 君にはせめて、この学校という場所が癒しの場にならなければいけなかったのに、なんて様だ!! かくなる上は、切腹をして詫びを!」


 その直後に、校長先生が何処からともなく脇差しを出してくるものだから、僕は慌てて校長先生を止めました。


「わ~っ! 待って下さい!! そこまでしなくても良いですよ!」


 本当にこの校長先生はおかしいですよ。いきなりこんな行動に出るんだもん。


『面白い奴じゃの~』


 白狐さん、感心しないで下さい。それと、浮遊丸さんが何処かに行っちゃうよ? あぁ、慌てて紐を口で咥え直している。

 そして、校長先生は次に僕の肩をしっかりと掴み、僕に話しかけてくる。


「す、すまない……取り乱してしまった。とにかく、この事を隠していた担任は半年の謹慎に。そしていじめの主犯には、一ヶ月の停学にしておいた。それでも、もしまたいじめが起こりそうなら、直ぐに私か、あの湯口君に言うんだぞ。今回告発してくれたのも、湯口君だからな」


 まさか、湯口先輩がそこまで動いてくれていたなんて。

 それを聞いて泣きそうになっていたけれど、校長先生の驚いた顔を見て気がついた。


 そう、僕は校長先生に肩を掴まれている。


「あっ……」


 うん、もう遅いよね。


「槻本君、その姿は何かね?」


 この時ばかりは、僕も早く妖術を使えるようになりたいと、真剣にそう思いました。

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