第伍話 【2】 妖怪「浮遊丸」の能力

「よっしゃ、行くでぇ!」


 僕は関西弁の浮遊丸さんに乗り、その背中にしがみついた。

 でも僕がしがみついているのは、狐の姿になっている、黒狐さんの背中です。こんな肉付き良いのには乗れませんよ。目玉もギョロギョロ動いているんだもん。


『こらこら椿、そんなにしがみつくな。大丈夫だ』


「くっ、だって、お、落ちないか不安なんだよ」


 なにせこの浮遊丸さん、全く安全じゃなさそう。

 シートベルトも何も無いし、捕まる手すりみたいな物も無い。だから、白狐さんと黒狐さんに着いて来てもらうしかなかったのです。ただ、最初から2人は着いてくる気満々だったけど……。


「飛ばすでぇ!!」


 そして浮遊丸さんがそう言うと、上昇も無しにいきなり飛び立ちました。


「…………」


 お~い、浮遊丸さ~ん。


 浮遊丸さんが飛び立つと同時に、その衝撃で僕が落っこちゃったんだけど。

 僕はそのまま、お尻をついて呆然としております。黒狐さんにしがみついていたはずが、力が弱すぎた様です。


 あっ、浮遊丸さんが戻ってきた。それに白狐さんと黒狐さんが、その浮遊丸さんに何か文句を言っているのも聞こえる。


『お主はせっかちすぎるんじゃ!』


『椿が怪我でもしておったら引き裂くぞ!』


「か、堪忍やぁ!」


 本当に大丈夫でしょうか? この浮遊丸さん。


 ―― ―― ――


「ちょ、ちょっと高くない?!」


 その後、戻ってきた浮遊丸さんに再度乗り、学校へ向かって飛んでいます。


 今度はちゃんと垂直上昇して、そのままゆっくりと飛んでくれています。

 それでも学校に間に合う様にと、ある程度の速度で飛んでくれているけれど、結構風が強く当たってきて危ないかも。


 でも、京北地区から伏見区までだよ? 分かる人には分かるだろうけれど、車でも結構時間がかかるのです。

 すると、突然浮遊丸さんが停止した。本当に突然だから、僕はまたずり落ちそうになりましたよ。


『なんじゃ浮遊丸?! まだ京都駅にも着いとら――』


「うっひょぉ!! 可愛い子ちゃんや~!! これやからこの時間を飛んでみたかってん~!」


 白狐さんが言葉を止めるのも無理は無いかもしれない。

 浮遊丸さんは、下にいる女子高生2人組を見つけたらしく、その無数の目玉がそちらに向いている。


 殆どの妖怪は、意識阻害の妖術を皆覚えているそうで、普通の人には見えない仕様です。だからって、それを悪用はしないで欲しい。


 気の弱い僕がそれを注意出来ないでいると、見かねた黒狐さんがきつめに注意してくれます。


『こら浮遊丸! 貴様はそういうことばかりするから、謹慎を受けるんだろうが。名誉挽回の為にと貰ったこのチャンスを、早速不意にする気か!』


「せやかて、あの2人組は中々レベル高いねんって~!」


 黒狐さんの言葉なんて、全く気にもしない浮遊丸さんは、無数の目玉をその2人から外す事は無かった。それどころか、何かカメラのシャッター音まで聞こえてくる。


『あっ! 貴様! 更に盗撮するとは何て奴じゃ!!』


「えっ? と、盗撮?」


 白狐さんまで怒り心頭している。

 それよりも、盗撮ってなに? 見えないからって、そんなことしまくってるの?


「ええやんええやん~どうせバレへんのやから!」


 悪気ないですねこの妖怪。

 すると、今度は僕たちが乗っている背中の一部から、細い切れ込みが入る。


 これは何だろう?


 そう思って僕が覗いていると、そこから1枚の紙が出て来た。あんまりいい音しなかったけどね……。


 いや、出て来たのは紙じゃない。これは写真だよ。


 僕は乗せて貰っている黒狐さんの背中から手を伸ばし、その写真を取ろうとするんだけど――


「黒狐さん、それちょっと取ってくれる?」


 体が縮んでいるからでしょうね、写真に手が届きませんでした。カッコ悪いな、もう。


『やはり、お前はもう少し謹慎されるべきだな』


 すると、黒狐さんがそう言いいながら写真を取ってくれた。

 そこに映っていたのは、さっき撮ったであろう、下を歩いている女子高生2人組の姿が映っていた。


 この妖怪、ドローンさんより高性能なのかな?

 しかも何枚も出てくるよ。無数の目線から撮られた、様々なアングルの写真が。


「ちょっと待って。上空なのになんで至近距離で、しかも同じ高さの位置から撮られた写真もあるの?」


 何枚も見ていて、僕はそこに気がついた。

 まるで写真集の様な感じで、バッチリと女子高生の全身の姿が映っていて、真正面からの写真もあった。


『それが、此奴の能力じゃ』


 ドローンより高性能じゃないですか。お、恐ろしい……。

 つまり人間の女性達は、知らない内にこの妖怪に撮られまくっているという事ですか。


 更に次に出てきた写真に目をやる。だけど、僕はその写真を見て、思わず赤面してしまいました。だって――


「こ、こここれ……さっきの、真正面の全身写真、服が映ってないよぉ!」


 なんとそこには、ブレザーの制服を着ているはずの、さっきの女子高生2人組の、制服を着ていない姿が映っていた。

 しかも下着まで映っていません。裸なんです。つまり、ヌード写真みたいになっているんだ。


「ぐ、ぐへへへ。良い体付きしてまんなぁ」


『此奴、透視能力もあるんじゃよ。さて、弁明の余地はないのぉ、浮遊丸。我等がいるのに、こうも堂々としてくるとは……余程、その欲が溜まっているとみたぞ』


「はっ! し、しまった! ま、待て。ちょっと待てや! お前等にも良いもんやるさかいに、見逃してぇ!」


 白狐さんが人型になり、爪を伸ばしている姿を見た浮遊丸さんは、慌てて2人に条件を出してきた。


『良い物? なんじゃ? どうせくだらんものだろうが』


「こ、これや!」


 浮遊丸さんはそう言うと、怒りに満ちた白狐さんと黒狐さんに、先程の切れ込みから、2枚の写真をプリントして出してきた。


『ふぉ! こ、これは!!』


『貴様! いつの間にこんな物を!!』


 そこに映っていたのは、布団で寝ている僕の姿。

 でも透視能力で、布団も服も、何もかも一切映っていません。つまり、生まれたままの僕の姿が映っていました。


「ぎゃぁぁああ!! い、いつの間にこんな物を!!」


「いやぁ、お前さんも中々良いそし――ぐへぇ!」


 あっ、白狐さんが思いっ切り浮遊丸の目玉を、その鋭い爪で突き刺したよ。

 目玉なんて無数にあるから、一個や二個は良いよね。でも、出来たら全部潰して欲しいかも。


『貴様……よりにもよって、椿のは、裸をぉぉ!』


 白狐さん落ち着いて下さい。

 とりあえず、この妖怪の中にメモリーがあるなら、それを消しといて貰えば良いからね。


 因みに、白狐さんと黒狐さんがその後、僕のその写真をこっそり懐に片付けたのを、僕は見逃さなかった。


「白狐さん、黒狐さん。写真、出してくれますか?」


『ぬぉ?!』


『い、いや、その。これは、良いではないか? 俺達しか見ないのでな』


「そう言う問題ではないです」


 さすがの僕も、そんな写真をこの2人にずっと眺められたくはないよ。そこは引かないよ。

 僕がそんな想いで言ったら、2人は素直に写真を渡してくれました。どうやら、僕に嫌われたくはないみたいです。


「さて、浮遊丸さん。早く学校に行ってくださいね。遅刻しそうなので、お願いします。そうしないと――」


 そして僕は敢えて、丁寧に浮遊丸さんにそう言った。少しは怒るよ、僕だってね。

 それが多少でも伝わってくれたらと、そう思って浮遊丸さんに言ってみたけど、どうやら効いたみたいです。浮遊丸さんの体がガタガタ震え出している。


「は、はははいぃぃい!!」


「ひゃっ?!」


 すると、また浮遊丸さんが全力スピードで飛び出した。だから落ちるってば。でも正直に言うよ、落ちました。

 なんとか黒狐さんが反応し、口で咥えてキャッチしてくれたけど、本当に怖かったです。もう動けない。


『浮遊丸!! だから、お主は少し落ち着けと言うておるだろう!』


 浮遊丸さんはもう、白狐さんの声が聞こえていない。それくらい恐怖で震えている様です。僕の言い方、そんなに恐かった? 


 そして、猛スピードで京都駅を過ぎ、伏見へと向かっていく。

 その途中、駅前の京都タワーに激しくぶつかりそうになったのを、白狐さんが腕で止め、向きを修正したのは凄かったよ。


『白狐は相変わらず体術が優れとるの』


「えっ? 白狐さんと黒狐さんって、能力に差があるの?」


 再び黒狐さんの背中にしがみつき、その事について聞き返します。ただスピードが出ているから、背中にしがみつくのも大変だ。


『うむ、差があると言うよりは、お互いに得意とする物が違うんだ。白狐は先程言ったように体術を。黒狐である我は、妖術を得意とする。だからと言って、白狐が全く妖術が使えんとか、我が全く体術が出来んとか、そういうわけでは無い』


 黒狐さんの話を聞きながら必死にしがみつくけれど、気が付いたらもう学校が見えていました。


 速すぎますよ、浮遊丸さん。

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