第伍話 【1】 女の子の制服
朝ごはんを食べ終え、お腹いっぱいになった僕は、時計を見てある事を思い出した。
「あっ、しまった学校! 行かなきゃ……」
あんまり行きたくない思いが出ちゃって、最後の方は弱々しくなってしまったよ。今は朝7時過ぎ、ここから間に合うかな?
「う~ん、ま、間に合うのかな……」
「それなら問題ない。空を飛ぶ妖怪に、連れて行って貰えばよい」
それは怖そう。でも、今日はしょうがないか。
学校の場所からして、あの家に居た方が良いんだろうけど、おじいちゃん達が、僕をここに住まわせる気満々なのです。
「ほれ、先ずは制服に着がえて来い。お前さんが寝とった場所に置いてある」
「う、うん。分かった」
おじいちゃんに支度を促され、僕はゆっくりと立ち上がり、最初に寝ていた部屋に向かう。これも嫌な予感がするんだよ。
『手伝ってやろうかの?』
「大丈夫ですよ、白狐さん。1人で出来ます」
手伝いながら変な事もされそうだしね。ここは1人にさせて下さい。色々と頭がごっちゃになっていて、整理もしたいから。
そして僕は部屋から出て、廊下を真っ直ぐ歩いてい行く。
『白狐よ、あんまり優しくし過ぎても自立出来んぞ。厳しく躾て、後々亭主を立てる良い嫁にするんじゃ!』
『黒狐よ、分かっとらんな。優しさの中に厳しさ有りじゃ。厳し過ぎたら駄目になるぞ! むしろ椿のあの可愛さは、愛玩にしても良かろうて!』
聞こえてますよ2人とも、全くもう……。
あの2人はなんとかしないといけないなぁ。そう考えながら僕は襖を開け、さっき寝ていた部屋へと入った。
―― ―― ――
『翁よ、椿が遅いとは思わんか?』
『白狐よ、俺も同じ事を思っとったわ。もう20分以上はたっておるぞ』
「ふむ、手間取っておるの? どれ里子よ、様子を見てこい」
「あ、は~い!」
『いや待て、足音が聞こえてくるぞ。何やら走っている様子だが』
『おぉ、ほんとだな白狐。トタトタと可愛い足音が聞こえるわ』
黒狐さんは毎回可愛いって言ってくるね。いや、そんなことよりも――
「これはどういう事なの?! おじいちゃん! 女子の制服なんだけど!」
『!!??』
白狐さんと黒狐さんが同時に鼻血を噴き出したけれど、無視しとこ。なにも考えずに着ちゃった僕も僕だけどね。いつも通りに着ていて、おかしいなとは思っていたけれど、考え事しながらだったしね。
姿見に映した途端、紺色のセーラー服に身を包んだ僕が居て、びっくりしてしまいました。
「あ、椿ちゃん。ちゃんとブラも付けないと」
「さ、里子ちゃん。そうじゃなくって、僕は男の子なんだから、この格好自体がダメなの……」
「そんな可愛くモジモジされても、説得力ないですよ~」
好きでモジモジしているんじゃないよ。恥ずかしいんです。
「おじいちゃん、男子の制服はどこ?!」
「何を言うとるんじゃ椿よ。お前はもう女子だろうが」
体はそうだろうけど、心は違うよ! 元々女子だったって事自体も、まだ受け入れられていないのに。
「も、元々が女の子で、今の姿が本当の姿だったとしても、僕はなんだか、それがすごく嫌なんだよ。男の子なんだよ、僕は」
「う~む、やはりまだ無理か……」
だから、なんでさっきから意味深な事を言っているの?
「椿よ。そうは言っても、学校にはもう連絡しとるんじゃ」
「へっ? な、何を……?」
咄嗟におじいちゃんに聞き返したけれど、実はその答えは分かっている。それでも、どうしても聞き返しちゃうよ。
「女子になったという事じゃ。いや、元々女子だったと言っておる」
よりにもよって、そんなにハッキリと言っちゃったの? 嘘でしょ、完全に逃げ場がないじゃん。
すると、僕は何故だか勝手に涙が溢れてきてしまった。何でだろう。
女子は嫌なんだよ、僕は男の子なんだよ。ようやく――
ようやく男の子になれたのに。
――あ、あれ? い、今のはなに?
「いたっ?!」
しかも、また頭が痛い。僕が忘れている事の中には、僕が男の子になりたがっている理由まであるの?
すると今度は、僕の頭に声が響いてくる。
それはまるで、記憶の中にある昔聞いた言葉を、思い出すかの様にして湧いてくる。
【そいつを我が嫁にする】
【駄目です!! 止めて下さい! この子は、○○の元に嫁ぐ事になっているのです】
【お願いします! どうか、それだけは!】
『おい、椿!!』
「はっ?! あっ……」
白狐さんの声で、僕は我に返った。
い、今の声はいったい……?
まだ頭痛はするけれど、とても嫌な記憶だったような……ダメだ、これ以上思い出そうとしたら頭が痛い。
「やはり妖狐に戻った事で、記憶の封の一部が外れたのかの?」
おじいちゃんの言葉を聞いて、僕は頭を抱えてしゃがみ込んだ。なんで僕にだけこんな事が?
もう嫌だよ、怖いよ。僕は――僕は普通に生活がしたいよ。
「う、うぅぅ……」
『おぉ、よしよし椿よ。泣くでない、我らが付いとるから安心せぇ』
すると、泣きそうになる僕の頭を、白狐さんが優しく撫でてくれた。
それが嬉しいのかは分からないけれども、耳がピョコピョコと動いちゃいました。
『白狐よ。やはり変われ』
『嫌じゃ』
もう、喧嘩しないで欲しいなぁ。険悪なムードは、僕嫌なんだよね。
本当は抵抗あるけれど仕方ない……。
「…………」
『うぉ?! つ、椿?』
無言で黒狐さんにも抱きついておいた。黒狐さんを黙らせる為にね。
黒狐さんにはこれが有効なんだけれど、恥ずかしくて仕方がないよ。でも、黒狐さんの方が体つき細いんだ。意外だ……。
「椿よ。元に戻ったものはしょうがないのでな、理不尽ではあろうが、男に戻ることはもうできんじゃろ。強力な妖術で男子にされておったようじゃからな。一生に一度しか効かない、強力な妖術をな」
そのまま衝撃的な事を言われてしまいました。
もう男の子には戻れない。
でも、ずっと男の子で育ってきたという記憶がある。それも、その妖術で作られた記憶なのかな?
それでも僕は、恐らくしばらくは女の体や、妖狐になってしまった事を、すぐには受け入れられないかもしれない。
すると、続けておじいちゃんが、とんでもない事を口にしてくる。
「そもそもじゃな椿、封じられとるその記憶は、60年以上も前の記憶だ」
「えっ?! 待って、ど、どういう事?」
それが衝撃的過ぎて、僕はおじいちゃんにもう一回確認をする。
だって、僕の小さい頃の記憶が、封じられている記憶が、60年以上も前の物?!
僕、60歳超えてるの?!
「まぁ落ち着け。こんな事になるとは、儂も思ってはいなかったのだ。そもそもこの60年間は、男の姿になった妖狐として、ここで過ごしていたのじゃよ。勿論、記憶は封じられておったから、自分の事は分かっとらんかった。じゃが事態が急変してな、ここで過ごしていた記憶を消して貰い、そして人間の男子として、中学校に通わせたんじゃ」
ここで過ごす事も危険になったって事? どういう事……何があったっていうの?!
それなら、ここに居るのも本当は危ないんじゃないの?
「おじいちゃん。それなら僕は、ここに居たら危ないんじゃ……それに、急に言われても信じられないよ、そんな事。僕がもう、60年以上も生きてるなんて……」
泣きそうな顔でおじいちゃんに訴えるけど、おじいちゃんはため息をつき、諦めろと言う表情を僕に向けてくる。
「お前さん、考えや言葉の端々が、大人っぽい時があると思わんか? 身に付いた物に関しては、完全に消去出来んらしいからな」
そう言われるとその通りです……。
それじゃあ、本当に僕は60年以上も生きていた妖狐なの?
「そうそう、ここで過ごすのが危険ではないかと言う事だが。お前さんを、人間として中学校に通わせる様にしてから、その危険が無くなったわい。しかし、何時また危険になるかは分からん。用心はするに越したことはないな」
未だに衝撃的な事実を受け止めきれず、その場で呆然としていると、おじいちゃんは優しい笑みを浮かべて、僕の頭を撫でてきた。
でも、なんで危険になったかは教えて貰えなかった。そこも、封じられた記憶と関係しているらしいです。
「とにかく、白狐と黒狐が勝手な事をしおったからな。もう男に戻れんのだけは、確実じゃ」
おじいちゃん、さすがに白狐さんと黒狐さんがへこんでいるので、それ以上は責めないであげてね。
「分かったよ、おじいちゃん。もう戻れないならしょうがないよね……だけど、僕が60年以上も生きていたという事は、実感が湧かないから、受け入れるのは難しいよ」
僕はずっと、男の子で居たかったのに。でもそれは、過去に起こった何かが原因で、そう思う様になっちゃったのかな?
それにしても、60年ですか……それでも姿が変わらずにいたということは、僕が正真正銘の妖怪という事なんですね。
更に大問題なのが、これ以上考えていたら遅刻する事だね。
僕は急いで学校に行く準備をする事にした。
―― ―― ――
「準備は出来たか、椿よ?」
「あっ、うん。おじいちゃん」
準備も終え、学校に行く時のカバンを背負い、僕は足早に玄関に向かう。
でも、どんな妖怪で行くのかな? あっ、まさか……空を飛ぶ妖怪って、アレしかいないよね。
「よし、来てくれ『浮遊丸』よ」
「えっ? 一反木綿じゃないの?」
なんだか聞き慣れない名前が出てきたので、思わず聞いちゃいました。普通は一反木綿だと思うよ。
「いや、そやつはの……」
おじいちゃんの顔が曇っているんだけど、何があったの?
「うす! じ、自分を呼びましたか?」
「わぁ?!」
後ろから呼ばれたので振り向いたら、ブクブクに太って木綿が伸びきっている、あの有名な一反木綿さんが出てきました。
でも、もっと細くてヒラヒラしているはずだよ、この一反木綿は、太くてバタバタしています。なにこれ……。
「いや実はの、この一反木綿の木綿を交換する職人達が、歳によって次々と引退しての。交換するのに、莫大な費用と時間がかかるようになってしまったのじゃ。その間あまり動けない一反木綿が、食っちゃ寝したことにより、この様な姿になってしまっての……」
一反木綿さんの木綿って、定期的に交換しなきゃだめなのですね。
そしてそんな所にも、跡継ぎが居ないという問題があるのですか。なんというか、世も末ですね。
「こんなのでは飛べんのでな。そこで此奴の出番じゃ」
「おぅ! 宜しゅうな!」
僕がしみじみとしていると、玄関前から軽快な挨拶をしてくる、変な姿をした妖怪が現れました。
「えっ? これって……」
その姿は、まるで肉付きのあるドローンの姿です。というより、ドローンを骨組みとして、そこに肉が付いた感じの物です。
でも、大きさははるかにこちらの方が大きい。5~6人くらいなら、そこに乗せられるかもしれないし、確かにこれなら、学校に飛んで行けそうだれども……。
「め、目玉が沢山付いてる~!」
その体には、無数の目が沢山付いていました。それがギョロギョロと360度動いていて、普通に気持ち悪い!
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