第肆話 【2】 久しぶりのちゃんとしたご飯
僕達の居る部屋に入ってきた妖怪さん達を前に、僕は恐怖のあまり、白狐さんの後ろに隠れる。
人型なら何とかなるかと思っても、やっぱりあり得ない姿をしているので怖いです。
「うぅぅぅ……」
そして、余りの怖さに震えて動けないです。
「あぁ、ごめん椿ちゃん! そんなに怖がるなんて、やっぱり昔の記憶が無いんだね」
しょんぼりしているろくろ首さん。
なんだか僕が悪いことをした気分だけれど、首を伸ばして来て、僕の後ろでしょんぼりしないでくれますか。
『これこれ、首を引っ込めろ。椿が怖がっとるじゃろ』
白狐さんがそう言うと、ろくろ首さんはガッカリしながら首を戻していく。ごめんなさい。でも良かった、助かっ――
「椿ちゃ~ん! 私の事も忘れたの?」
「ひっ!!」
だけど今度は、僕を覗き込む様にしている女性がいる。
普通の人間の姿なのだけれども、肌が真っ白で、髪も真っ白なのは、普通の人間じゃないですよね? それと、あなたが近づい来てから寒いんですけど。
『離れんか! 寒いじゃろうが、雪女!』
やっぱり寒いですよね。黒狐さんでも寒いんですね。
あれ? でも狐って、寒さに強――いのは北の方のキツネくらいか。実際僕も寒いですからね。
「うぅ、椿ちゃん。昔は全然寒がらずに、一緒に遊んでくれたのに」
なんだかまた申し訳ない気分になってくる。皆そんなにしょんぼりしないで欲しいです、妖怪っぽくないよ。
「ご、ごめんなさい……」
だから、条件反射で謝ってしまいました。記憶がないのは仕方ないのに……。
するとおじいちゃんが、難しい顔をしてため息をついた。
あれ? 僕が悪いのでしょうか……。
「やれやれ、ショック療法で恐怖を薄れさせてやろうと思ったが、無理か」
本人の許可なくそんな事をしないで下さい。それと色々知りたいんだけど、その前にさ――
「お、お腹空いた」
もうお腹の皮と背中の皮がひっついちゃいそう。
やっぱり、1人で1週間を何とかしようとするのは、無理でしたね。
「むっ? 椿、まさか昨夜も何も食っとらんのか? あやつら……やはり幽閉せねばならんか」
おじいちゃん怖いよ、また天狗になりそうな勢いだ。
『翁よ。それよりも、椿に飯を用意してくれんかの? さっきから可愛い腹の音が鳴っとるわ。ずっと聞いておきたいが、流石に可哀想じゃからな』
白狐さん、やっぱり優しいです。
僕はさっきからずっと、この白狐さんに引っ付いています。いや、気持ち悪いとは思うよ、男性に引っ付くなんて。でも、こうするとなんだか安心するんだよね。
それに、今は僕女の子なんだし良いよね? 女の子特権ってやつかな?
うん、だけどあんまり乱用しないでおこう。自分が男の子だって事を忘れちゃいそうになる。
『白狐よ変われ』
あれ、黒狐さん怒ってませんか? なんだか怒りのオーラが漂っている。
『嫌じゃ。黒狐よ、お主は優しさというものが足りんのじゃ』
『ぬぬぬぬ……』
うわぁ、険悪なムード。僕、この空気が嫌いなんだよ。何とかしないと。
「あ、あの……黒狐さんの方は、悪い妖怪が現れた時に、すごく頼りになって安心するから、その時にお願いしていい?」
『なっ?!』
黒狐さんが明らかに顔を赤くしている。だけど嬉しそうな表情なのは僕でも分かる。単純なんだね、黒狐さんは。
『フッフフ、白狐よ。やはり我が有利なようじゃ。上目遣いをされたぞぉぉおお!!』
そこですか?! 頼られた事が嬉しいんじゃなくて、僕の上目遣いを見られて嬉しかったのですか。
『うぬぬぬ……椿よ。我にも上目遣いを』
「えっ? こ、こう?」
『うおっ?! な、なんと……』
あっ、鼻血出してる。ダメだこの2人。
「よし! 儂の事も含め、話は食事の席でする事にしよう。
「あっ、は~い! 翁、私が椿ちゃんの給仕係をすればいいんですね?」
「うむ、相変わらず話が早くて助かるわ。お前はまだ人に近い姿をしておるしな、頼んだぞ」
すると、いっぱい集まっている妖怪達の中から、1人の女の子が顔を出してくる。
その子はとても可愛らしい子で、くりくりした目に、茶色の癖っ毛が肩まで伸びている。でも、妖怪達の中にいるということはこの子も……。
だから僕は警戒し、どんな怖い容姿をしているのかなと身構えます。だって、妖怪って人じゃないんだもん。僕も既に人じゃないんだけどさ。
そして、その子は妖怪達の中から這い出てくるけれど、その姿は僕の予想とは違っていた。
昔の日本の女性が着ていた給仕服、これは割烹着というやつかな? それにエプロンを付けているその子は、普通の人間とあんまり変わらなかったのです。
違う所と言えば、僕と同じ様に、頭に犬みたいな白い耳を付け、お尻にも白い尻尾を付けてフリフリとなびかせている。
「あっ。椿ちゃんは忘れちゃってるよね? 私は狛犬見習いの里子だよ。よろしくね!」
狛犬って、神社を守っている犬だったっけ。お稲荷さんと似たような立ち位置の守り神だね。
「あ、よ、よろしくね。里子ちゃん」
この子は怖くないから、僕は白狐さんの陰から出ると、その子に挨拶をした。そしてやっぱり里子ちゃんも、僕の事を知っている様です。
僕は思い出せないんだけどね。本当に申し訳ない気分になってくるよ。
「さっ、とりあえず飯にするか。里子、用意は?」
「とっくに出来てますよ~翁! 皆お寝坊さんだからね~」
おじいちゃんの言葉に、元気よく反応する里子ちゃん。その様子は完全に犬です。いっぱい尻尾を振っています。
それに、皆をお寝坊さん扱いという事は、この子はかなりの早起きさんなんだね。
―― ―― ――
「は~い。こちらで~す!」
その後、里子ちゃんに案内されて通された所は、宴会場の様な広さの畳の広間で、そこには既に白狐さんと黒狐さん、そして僕の分のお膳が用意されていた。白狐さんと黒狐さんはいなり寿司だったけどね。
僕の所には、朝ご飯らしいお魚やおひたし等が置いてある。ご飯や味噌汁は、食べる直前に入れてくれるそうです。
「こ、こんなしっかりとしたご飯。ひ、久しぶり……」
「おいおい、これでも質素な方じゃぞ。全く、奴らは重ね重ねけしからん事をしとったのか」
あっ、しまった。あの家での事を言ったらダメだ。おじいちゃんの逆鱗に触れてしまうし、天狗になっちゃうよ。話題を変えないと。
「あ、そう言えば。おじいちゃんってどんな天狗なの?」
確か天狗にも種類があったはず。それで話題を変えよう。
そして自分のお膳の前に座ると、返事を待つためにおじいちゃんの方を向きます。
「翁は、鞍馬山にいる大天狗なのよ」
だけど、里子ちゃんがお椀にご飯を入れ、僕に手渡しながら代わりに答えてきました。
お、おぉぉ……ご飯がふっくらと湯気が立っていて、おいしそう。
「あ、それより、鞍馬山の大天狗って――」
『そうじゃ、天狗の大本締めじゃ』
「や、やっぱり。そんな凄い天狗だったんだ」
白狐さんの言葉に、僕は目を丸くして驚く。でも、ちょっと待ってね。
「あれ? そうなると。おじいちゃんは僕のおじいちゃんでは……」
「うむ、違うぞ。すまんの、記憶のないお前を不安がらせないようにと、咄嗟にそう言ったんじゃ」
やっぱりね、そうだったんだ。
でも、不思議と怒りはないよ。だって、僕の為を思っての事なんだから。
すると、今度は里子ちゃんがお味噌汁を手渡してきました。
お~綺麗な木綿豆腐が浮いているよ。あれ、でも口があるのは気のせいかな?
「ねぇ、里子ちゃん。お豆腐さんに口が付いているのは気のせい?」
「あっ、早くしないとかじられますよ」
えっ? 何にかじられるって?
「かじられる?」
「はい、
「豆腐さん?」
「闘夫さん」
発音が微妙に違う気がしますけど……とにかく、もう一回お味噌汁に目をやります。
『ピィギィィィィ!!』
「ふぎゃん?!」
豆腐が味噌汁から飛び出して来て、僕の額にかじり付いたよ!! いったいなんなのこれぇ!!
「これ、里子。普通の豆腐にしろと言ったろうが」
「え~でも、闘夫は体の中の悪いものをやっつけてくれる、いい『妖怪食』なんですよ~ちょっと気性荒いですけども」
おじいちゃんにそう言われても、悪気なんかなかったらしい里子ちゃんは、平然としていました。
「乳酸菌みたいなもの? でも、こんなの食べられないよ……」
「ほれ、里子。椿は慣れてないんじゃ、察してやれ」
「は~い……」
おじいちゃんにそう言われ、里子ちゃんがトボトボとお味噌汁を下げていく。
本当にごめん。いつかそれを飲めるようにするから。
「さて、椿よ。もう察しておるだろうが、お主の本当の父と母は別におる。悪い妖怪を退治するエキスパートでな、よくお前さんをここに預けていたのじゃ。だから、お前さんは何日かここで生活しとるんじゃ」
そうなんだ、だから皆僕の事を知っているんだね。
あっ、待って、ろくろ首さんが僕を見る為にこっそりと覗いている。ちょっと怖いかも。なんとかして。
でも、白狐さんと黒狐さんはいなり寿司に夢中です。う~我慢我、我慢
「それよりも、ここってそもそも何なの? 沢山妖怪がいるけれど」
「うむ……ここはの、人間界での妖怪の住まいとなっとる。妖怪達にも、厳しい法律や規則があるのでな。無闇に人間界には住めんのじゃ」
それは妖怪達も大変なんですね。
あっ、里子ちゃんも朝ご飯かな。お膳を持ってきて、自分の前に置いて座ったよ。
その芋の煮物、おいしそ――って、それトゲ生えてません? でも普通に食べてます。
「ここはその厳しい基準をクリアした所でな、儂はその管理を任されておる。中には、人間界で仕事をしたりしとる奴もおる」
え? 妖怪サラリーマン? ちょ、ちょっと見たいかも。
とりあえず話を聞きながら、僕もお魚を――ん? このお魚、なんのお魚かな? よく見たら目が3つあったよ。焼いてあるから大丈夫だろうけど……う、う~ん。
「それでの、お前の父と母もここでしばらく暮らしとったのじゃよ。ただそれだけじゃ」
「ふ~ん。ほうなんだ」
このお魚さん、結構おいしいね。勇気を出して食べてみてよかった。
「まぁ、記憶の事は深く考えるな。本当はお主しか知らない、ある場所の情報が欲しかったのじゃが、しょうがなかろう。あいつ等の意志じゃからな」
「わかった……でも、本当のお父さんとお母さんがどんな人かは知りたかったかな」
僕の言葉に、おじいちゃんが少し顔をしかめた後、またいつものおじいちゃんの顔に戻り、僕を見てくる。
「いや、あいつ等は思い出して欲しくはないだろう。辛いだろうが、気にするなとしか言いようがない」
「そ、そんな……」
なんで……何があったっていうの? 気になるじゃん。
「まだ、何とか抑えとるからの……」
最後におじいちゃんが不吉な事を言ったので、それ以上は追求しない事にしました。
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