第肆話 【1】 歓迎の妖怪達
僕は寝ぼけ眼になりながらも、今自分の居る場所を確認していた。咄嗟に叫んだけれども、よくよく見ると、僕はここを知っていた。そうだ、ここは――
「ここ、おじいちゃんの家?」
その瞬間、豪快にもお腹が鳴った。
だって、昨日の夜から何も食べてないんだよ。力が出なくてフラフラします。
そうやって僕がへたり込んでいると、突然襖が開き、白狐さんと黒狐さんが現れました。
『おぉ、起きたか椿よ。大丈夫か? どこも不調はないだろうな?』
部屋に入ってきた白狐さんは、優しく僕を気にかけてくる。
『まぁ、あれだけ豪快に腹の音を響かせとるんじゃ。大丈夫じゃろ』
黒狐さんはもう少し優しさを身につけて欲しいかな――って、2人を添削している場合じゃないよ。お腹を押さえながら、僕は2人に訴える。
「ごめん。な、何か食べる物無い?」
『やれやれ……1日で限界なら意地を張るでない』
それもそうですね、黒狐さんの言うとおりでしたよ。最初からおじいちゃんを頼れば良かった。でも……。
「おぉ、起きたか翼よ」
そう言って、おじいちゃんもこの部屋に入って来た。もちろん、あの天狗の姿で。
「ひっ?!」
それを見て、僕は驚いて飛び退きます。だって、顔はいつもの厳ついおじいちゃんの顔だよ。
70代とは思えない容姿だったから、凄いなぁって思っていたのに、普通に妖怪だったからなんだね。
髪も白髪だけど沢山あって、フサフサだったのに、それも妖怪だっから禿げなかったんだ。うん、それは関係ないかな。
それでも僕は恐怖の余り、必死になってしまって、近くに立っていた何かにしがみついた。
ん? だけどこれ、耳みたいな物がある。
『これこれ、そうひっつくな椿よ』
白狐さんの顔にひっついていました。何やってんの僕は、恥ずかしい事を。
「わぁ?! ご、ごめんなさい!」
慌てて飛び降りたけれど、白狐さんは別に嫌がっていなかったね。
それよりも、何だか着ている服がおかしいな。脚が涼しいのはなんで?
僕は不思議に思い、ゆっくりと視線を下にすると、なんと着ている服が変わっていた。
いつものボロボロTシャツじゃない、白を基調としていて、所々に赤いラインが入った、巫女さんが着るような着物。
袖がちょっと大きい気がするけれど、僕が小さいからかな? そして問題は下です。普通袴とかのハズなのに……。
「な、何で僕、スカートなんか履いているの?!」
そう、下はスカートだったのです。
それもロングじゃないよ、ちょっと膝が出るくらいかな。あと、狐の耳も尻尾も全部出てるしね。
これはもう知る人ぞ知る、スカートタイプの巫女さんスタイルですね。
「なんで僕がこんな格好をしなきゃならないの?! ねぇ、僕男の子だよ?」
「何を言うとるんじゃ、お前さんは今は女の子だろう。いや、元々女の子だったがな」
おじいちゃん、今何て言いました?
驚愕している僕を見て、おじいちゃんが手招きをし、僕を別室に連れて行こうとするけれど、それよりもなによりもおじいちゃんの格好が怖い。
「お、おじいちゃん。その格好怖い、元に戻して」
「む? 小さい頃にさんざ見とったろうが。しょうがない奴じゃ」
そう言っておじいちゃんは、変身した時と同じ様にして、一瞬でいつもの人間の姿になった。でも、厳ついのはあんまり変わらないね。
そして部屋から出ると、そこから長い廊下が続く。うん、相変わらずこの家は大きいなぁ。
おじいちゃんの家は、京都の山間の村にあります。
地主のおじいちゃんは結構お金を持っているのと、権力もそこそこあるみたいです。だって、たまに高級車が止まっている事があるからね。
山間の村って分かりにくいかな。でも、京都の京北地方って言ったら、もっと分からないよね?
場所によっては田んぼや畑しか無いような所で、茅葺き屋根の家がちらほらと見受けられる場所です。
おじいちゃんの家も、屋敷と言っても過言ではない程の、茅葺き屋根が立派なお家です。
確かに、小さい頃よく遊びに来た記憶はある。でも、おじいちゃん天狗の姿になっていたかな?
「ッ……?!」
頭が痛い。また? 過去を思い出そうとすると、頭に霞がかかったようになる。
だけど、あそこの庭先にある離れは、僕知ってるかも。誰も住んでいなかったのに、立派な設えをしているんだよね。
あれ? でも僕、あそこで誰かと遊んだような?
「あっ……うぅ」
痛い痛い! 何で昔の事を思い出そうとするだけで、頭が痛くなるの?!
『椿! 大丈夫か?!』
『おい、椿! 翁、何とかせぇ!』
白狐さんは僕に寄り添う様にしてきて、黒狐さんはおじいちゃんに怒鳴っている。
「ふむ、記憶の封が思った以上に強力な様だな。どれ」
そう言うと、おじいちゃんは僕の額に手を置く。すると、何か温かい力が流れてきて、頭痛が治まっていきます。
「はぁ、はぁ……あ、ありがとう。おじいちゃん」
「なに、気にするな。ここでの出来事まで封をしているからの。あの事に繋がる記憶は、全てな」
何だか気になる言い方をしてきましたね。そんな事を言われたら、気になってしょうがないです。
『翁よ。過去に椿の身に何があったんじゃ? 元々女子と言うのも、我らは気づかんかったぞ』
「白狐よ、それほどまでに格上の存在が、椿の記憶に封をしているからじゃ」
『なん、じゃと?』
「あ、あのぉ……」
何だか難しい話で、僕には関係ないと思いたいけれど、大いに関係ある話みたいです。僕、記憶を封じられているの?
「僕、記憶を封じられるくらい悪い事をしちゃったの?」
だって、普通そんな事されないよね? よっぽど僕がマズいことをしたからだよね。
でも、おじいちゃんは無言のまま廊下を左に曲がり、その先の右手の部屋へと入っていく。
あっ、ここっておじいちゃんの部屋だ。
そのおじいちゃんの部屋はいつ見ても広い。
部屋は二つに分かれていて、片方は襖で閉められている。その襖の奥から何か気配がするけれど、気にしない気にしない、凄い数の妖気を感じるけれど気にしない。
そして僕達が入った部屋の真ん中には、長方形の木で出来た、足の丸いテーブルが置いてあり、そこにおじいちゃんは座る。
ということは、僕達もそこに座れということだよね。だから、そのまま僕達はおじいちゃんの対面に座った。
「さて、何から話そうかと言いたいが。残念ながら、儂からは何も話せんのじゃ」
『何故じゃ! 翁!』
「センターから
黒狐さんの荒々しい言葉に、おじいちゃんが冷静にそう答えた。
いや、箝口令なんてよっぽどの事だよね?
「今儂から言えるのは……翼よ、いや椿か。う~む、小さい頃と同じ名前を付けられるとは思わんかったがな」
小さい頃の名前も同じって、意外と白狐さんと黒狐さんのセンスって、単純なんだね。
「とりあえず椿よ。お主はもう、あの家に帰らんで良いぞ」
「なっ、なんで?!」
おじいちゃんの言葉に、僕はびっくりして聞き直した。
いや、帰りたいわけじゃないよ。だけどそれなら、なんで僕はあそこに居たんだろう。そういう疑問も混じってしまったのです。
「そもそも父と言っていたあの人物はの、妖怪なんじゃ。こちらの世界で粗相をした奴での。犯罪とまではいかないが、少し折檻が必要だった」
おじいちゃんから凄い言葉が飛びだしてきた。
あのお父さんも……妖怪。
「そこで、人間界での生活を厳命したのじゃ。そして、お主の世話役をやらせ、しっかりと成人に育てられたら、妖怪の世界に帰れる様にしたのじゃが……人間界で相当汚されたのか、あんな変な女を嫁にしおってからに」
やっぱりあの人は、僕のお父さんじゃなかった。
それにはすごく納得している。端から聞けば、凄く意外な情報だけど、何故か僕はそこまで驚かなかったです。
でも僕達の世界に、そんなに妖怪が居るなんて思わなかったよ。僕は知らない内に体が震えていて、尻尾も耳も小刻みに震えています。
「安心しろ、椿よ。妖怪など、そうそう人間界に行くことはないからの」
いや、それは嘘でしょう……現にこの家、以前は分からなかったけれど。見えない所から、色んな視線みたいなものが僕に向いているんだよ。
これ妖気だよね? 襖まの奥から感じるし、この部屋の入り口からも感じる。ちょっと待って、どんどん増えてる?
「で、でも。この家居るよね? いっぱい居るよね?!」
「何じゃ椿よ、分かるのか?」
『翁よ、椿は感知能力が高いらしくての。もう妖気を感知できるようじゃ』
黒狐さんが自慢気に言ってくるけれど、別に黒狐さんが凄いわけではないと思うよ。
「なんと、やはり素質かの……」
おじいちゃん、今なんて言ったの?
「それなら、隠れて貰っていてもしょうがないの。皆、出て来い」
襖に向かっておじいちゃんがそう言った瞬間、出入り口の襖や隣の部屋の襖が一斉に開き、そこから大量の妖怪達が現れました。中には壁をすり抜けているのもいる!
「ぎゃぁぁぁああ!!」
僕はそのあまりの怖さに、急いで白狐さんの後ろに隠れます。
耳は倒れ、尻尾は脚の間にこれでもかっていうくらいに挟み込んでいます。
やっぱり居た! そして思った以上に沢山居た!
鬼みたいな人に、手が異様に長い人、首が伸びているのはろくろ首さんですか?
あ、普通の女の人も居る――と思ったら、顔だけが人で後は蜘蛛だし! 女郎蜘蛛ですか?!
僕も僕で咄嗟に妖怪の名前が出て来るし、やっぱり僕もそういう世界に居たんだ。
『久しぶりぃ!! 椿ちゃん!』
そして皆僕の事を知っている?! 皆から一斉に挨拶をされても、僕は君達の事は知らないよ!
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