第参話 【1】 バレた? バレない?

 白狐さんと黒狐さんがやった事がよく分からず、僕は動かなくなったスマホを眺めている。


 これが動いていたんだよね? 信じられないよ。


『よし。これは一旦我が保管しておこう』


 そう言って、白狐さんは落ちているスマホを拾い上げる。改めて良く見ると、本当に普通のスマホだね。


『で、帰らんでいいのか? 椿よ』


 黒狐さんに言われ、僕はようやく思い出した。もうとっくに帰らないといけない時間を過ぎている。


 大変だ、早くしないと閉め出される。


「い、急がないと!」


 あんな扱いをされていても、ホームレスは嫌なんだよ。屋根のある所で寝させて貰えるだけでも、ありがたいんだ。

 とにかく急いで帰るため、僕は廊下を走り出した。廊下は走っちゃいけないんだけれど、でも今はごめんなさい、急いでいるんだ。


「翼!!」


 すると、突然僕を呼び止める声が聞こえてくる。急いでいるのに――そう思って振り返ると、そこには湯口先輩の姿があった。


 湯口靖ゆぐちやすし。3年生の先輩です。

 別に、部活が一緒とかではないんです。ただ、僕がいじめられていた現場を見てしまい、止めに入った人です。


 ショートヘアーで、学級委員長でもしていそうなくらいに制服を着こなしていて、髪をきっちり綺麗に整えている。

 そして、その目は信じられないくらいに澄んでいる。あんまりこの人の目を直視出来ないんだよね、眩しすぎてさ。

 それと、なんでこの人の名前は覚えているかというのは、先輩だから。ただそれだけ。目上の人の名前は覚えないと。


「翼、お前暴力振るったって本当か?」


 湯口先輩がそう言いながら、僕に近づいて来る。情報が速いですね。いや、朝に起こった事だし当たり前かな。


「いや、それは……何というか、僕のせいじゃなくって……」


 なんて言えばいいのか悩む。でも、突き飛ばしたのは事実なんだ。僕じゃないんだけどね。

 すると、湯口先輩が僕の肩に手を置いた。


「だよな。お前が暴力とかあり得ないよ。先生達もよく考えて欲しいね! こんな子がいじめられているのに、それは無視して、目に見える暴力だけは罵るなんてね!」


 相変わらず正義感が強いなこの人は。手に力が入っているのがはっきりと分かるよ。


『あっ! 言い忘れておった』


 白狐さん、何その「あっ!」って……悪い感じの言い方じゃん。それに湯口先輩の顔も、段々と驚愕の顔になっていって、目をゴシゴシしたり、何回も高速で瞬きをし始めた。


 嫌な予感……。


『いや、すまん。勾玉の姿を気にしなくなる結界じゃがな。触られたら解けてしまうんじゃ』


 えっ? 今は僕、湯口先輩に肩掴まれてるよ。触られてるよね? あぁ、そうか、だから驚愕の顔をして、何回も何回も僕の姿を――って。


「ちょっとぉぉおおお!」


「つ、つ、翼? いや、え? な、何だその格好は?!」


「えっ、あっ……あぅ、な、何でもないです!」


 突然の事で僕は声を出せなくなり、顔を俯かせながら、慌ててその場から離れると、そのまま全力失踪した。

 顔は女顔であんまり変わっていないけれど、よりにもよって、尻尾と耳を出している状態を見られたよ。最悪だ。


 ―― ―― ――


「あぁ……どうしよう。先輩にどう言い訳をしたら良いんだろう」


 その帰り道。僕は足取りを重くしながら、家に向かって歩いている。この2人は何でそんな重要な事を言わないのかなぁ。


『いや、すまんの。忘れておったわ』


『白狐よ、お前は相変わらず物忘れが激しいな。ボケたか?』


『ボケとらんわ! お主も忘れておったろうが』


 黒狐さんも目が泳いでいる。

 もう過ぎた事なんだしその事は良いから、どう言い訳したら良いか考えて欲しいよ。


 そんな考え事をしていたせいか、気が付いたらもう家に着いてしまいました。

 しょうが無い、いじめられてこんな格好をさせられた事にしておこう。


 その後、僕はまた惨めな気分になるのかと思い、尻尾がぺたんと垂れ下がってしまいました。

 そういえばこの尻尾は、ズボンからすり抜ける様にして生えているんだけど、どういう事なんだろう?


 僕が不思議そうに尻尾を振りながら、後ろを向いて確認していると、白狐さんが声をかけてきた。


『なんじゃ、そんなに尻尾が気になるか?』


「うん、どうやって服から生えてるの?」


『妖怪の尾の様な不確かな物、人間の作った物が妨げになるわけなかろう』


 う~ん、存在が不確か? 曖昧な存在だと言う事? でも、実際存在しているよね? 良く分からない。


『おいおい、あんまり真剣に考えるな、頭から煙が出とるぞ。妖怪などそんなものじゃ、深く考えるな』


「そう言われてもなぁ」


 でも確かに、玄関前でずっと立っているわけにもいかないからね。

 とにかく嫌な思いは押し殺し、ゆっくりと玄関の鍵を開けると、恐る恐る家の中に入って行く。


「た、ただいまぁ……」


 あんまり聞こえない様にしながら、か細い声でそう呟いた。

 だって、見つかったらろくな事にならないから。でも、つい癖で帰宅の声を出してしまいます。何でだろうね?


『おいおい、入る前から家の中は真っ暗だったろうが。誰も居ないのは分かっているだろう?』


「黒狐さん、言わなくても分かっているよ」


 ただやっばり、癖と言うのは怖いもので、つい言っちゃうんだよね。

 でも、誰も居ないなら良かった。今日は色々疲れたし、自室で寝ておこうかな、狭いけれどね。


 家に入った僕は、そのまま自分の部屋へと行き、ボロボロのTシャツに着替えて布団の上に横になった。


 今日は色々あって疲れました。起きたら元の姿に戻ってると良いな。


 全部夢でした……なんてね。


 ―― ―― ――


『……い』


『……よ……ろ』


 う~ん。誰、呼んでいるのは? 多分、白狐さんと黒狐さんだろうけれども、まだ眠いよ。


『起きんか!! 椿!』


「わひゃい!!」


 そんなに耳元で怒鳴らないでよ白狐さん。びっくりしたじゃないか――あれ? もう真っ暗だよ。今は? え? 夜の8時?


『全く、そんなに疲れておったのは分かるが、流石に起こさんと不味いと思ってな。家族が誰も帰って来んぞ?』


「えっ? そんな……」


 狐の姿の黒狐さんに言われ、僕は直ぐさま布団から飛び起き、1階へと下りて行く。

 すると、リビングの電気は消されたままで、誰も帰ってきていなかった。


 そんな……あっ、まさか?!


『お主、捨てられたのか?』


 白狐さんが後ろから狐の姿で言ってくる。でも、それはあり得ないかな。


「ううん、違うと思う。ここはあの人達の家だからね。僕を捨てるなら、家の鍵を変えたりかな?」


 そう言いながら、僕はリビングの明かりを点けて辺りを探る。


「何か書いてないかなぁ……」


『お主、案外冷静じゃな』


 白狐さんが、感心しているのか哀れんでいるのか、そんな感情が入り交じった表情を見せている。 


「前にもあったからね」


 そして次に、このリビングの入り口近くのカレンダーに目をやると、そこに家の人が帰ってこない答えを見つけた。


〈6月30日~7月6日までお父さん出張。その期間、お母さんもママ友と旅行〉


「やっぱりね。とういうことは、その間お姉ちゃんは彼氏の家か、友達の家を寝泊まりして、帰ってくる日まで転々としているはず」


『なんと、何て家族じゃ!』


「家族じゃないよ」


 白狐さんの叫び声に、僕は冷静に返す。すると、その様子を見た黒狐さんが僕に聞いてくる。


『いや、しかしな。血は繋がっとるだろう』


 その言葉に、僕は首を横に振った。


「お父さん以外は血が繋がっていないよ。でも、お父さんも僕を産ます気は無かったって、この前そう言っていたし……僕は産まれてくるべきじゃなかったんだよ」


 白狐さんと黒狐さんは、それ以上何も言って来なかった。気まずそうな顔してるよ。

 気持ちを察してくれて嬉しいけれど、今はそれよりも重要な事があるんだ。


「さて……ご飯どうしよう」


『以前はどうしたんじゃ?』


「たまたまおじいちゃんが様子を見に来てくれて、しばらくおじいちゃんの家に居たよ。その後は、おじいちゃんすごく怒っていたけれどね」


 それを聞いた2人が、顔を合わせてから僕に向かって何か言おうとしてくるけれど、言いたいことは分かっているよ。


『なら、その――』


「おじいちゃんの家は、地主の家で多産な一家だからね。色んな人がその家で生活しているの。だから、そこに居ても居心地悪いし、おじいちゃんには頼りたくないかな」


 僕が直ぐに答えを言ったので、2人とも何も言えずに黙ってしまった。

 とにかくご飯の心配をしないと、お腹が減って力が出ないです。家に残っている残り物でも食べておこうかな。


 そう思い、僕はお腹をさすりながら、リビングの奥の冷蔵庫に向かい、冷蔵庫の扉を開けるけど、目の前の光景にそのまま固まった。だって――


「何も無いし……」


 飲み物以外殆どスッカラカン。もう悲しくて惨めで泣きそうだ。


 これから1週間も、いったいどうすれば……。

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