第弐話 【2】 探せ! 妖怪「電磁鬼」

 うるさい2体に言われて、僕は渋々布団から出る。

 でも正直に言うと、巻いている尻尾を挟んでしまって、結構痛かっただけです。


 若干涙目になりながら、人型になっている2人を見ると、また例のスマホで、妖気を探るアプリを使って何かを調べていた。


「何しているの?」


『うむ……お主がいじめられていたのが、どうにも腑に落ちなくてな』


『お前、いじめられる原因が何か分かるか?』


 白狐さんと黒狐さんが僕に聞いてくるけれど、あんまり言いたくない。こんな事でいじめられるなんて、情けなさ過ぎるんだもん。


『ふぅ、言いたくないなら構わんがな。子供達を管理する立場の人間ですら、お主のいじめを見て見ぬふりとは、少しおかしいとは思わないか?』


「いや、でも……最近の先生ってそうだよ?」


『…………』


 あっ、白狐さんが何も言わなくなった。図星だよね。

 だって最近は、怒れる先生が居なくなってきているからね。だからいじめも拍車がかかっているし、昔に比べたら酷くなっているってさ。


『まぁ、とにかくの。クラス全員と言うのは変じゃろ? 見て見ぬふりする奴はおるだろうが、そういう者もなく、もれなく全員というのはおかしいじゃろ?』


 何とかして不自然な所を探し出した感じがするけどね。でも言われてみたらそうかも……。


「でもそれは、全く言い返せない女々しい僕に対して、皆調子に乗って――」


『それでも、全員がと言うのはおかしいと、白狐がそう言うておるんじゃ。観念しろ、妖怪の仕業だ』


 そんなハッキリと言わないでよ。何でそんなのが現代社会で悪さをするの?


「でも、いじめられているのは僕のせいで……」


『とやかく言うな、妖気を捉えたから行くぞ』


 白狐さんがそう言うと、スマホを片手に保健室を出ようとする。もちろん黒狐さんも一緒に。


 さっきの言葉は黒狐さんに言ったんだよね? じゃあ、僕は今日はずっとここにいるね。あんな事を言われたから、クラスメイト達が怖くて怖くて。


「行ってらっしゃい」


『何を言うておる、お前も来るんじゃ』


 そう言うと、黒狐さんが僕の襟元を掴んで、僕をベッドから引きずり出そうとする。やっぱり僕に言っていたんだ。


「い~や~だ!! 怖い~!!」


 だから僕は、必死になってベッドにしがみつく。すると今度は、白狐さんが黒狐さんに近づいて話しかけます。


『黒狐よ、あんまり無茶はさすな。怖がっているのなら、無理に我等の仕事を手伝う事はさせなくてもいいだろう』


 白狐さん、何て優しいんだろう。そうだよね、守り神ならこれくらい優しくないとね。僕、嬉し泣きしそう。


『それよりも、夜の営みの相手を存分にしてもらう形にした方が……』


『おぉ、白狐よ。良いことを言うな。よし、そうし――』


「行かせていただきます」


 この狐達は何を言い出すんだ。守り神じゃないよこの2体は。疫病神だよ。

 男性なんかに抱かれるのは、さすがの僕でも嫌だ。僕は男の子なんだから。


 観念した僕は、白狐さん黒狐さんと一緒に保健室から出ると、そのままクラスの方へと向かって行った。

 あぁ、またいじめられに行かないとダメなのかな? 嫌だなぁ……。


『……やはり糸の様な妖気が、この学校に張り巡らされとるの。どうやら操るタイプの妖怪じゃな』


 白狐さんの言葉に、僕はちょっとだけホッとした。クラスメイトが妖怪じゃなくて良かった――と思ってしまって、僕はまだまだ自分の事が甘すぎると思ったよ。


 でも、僕ってば素でこんな性格なんだよ。だから好き勝手に言われて、いじめられるんだ。


『白狐よ、この妖気の質はもしや……』


『うむ、黒狐よ。恐らく危険度Aランク、久々の大物じゃな』


 何を話しているんだろう? 僕には何の事か分からないので、大人しく2人の後を着いて行く。


「えっと、なに? そのランクって。そう言えば、朝も懸賞がどうのって言ってたよね?」


『むっ、そうじゃな。しかし話すと長くなるから、ちょっと待ってくれんか?』


 なんとなく聞いてしまったけれど、これは聞かない方が良かったかも、嫌な予感がします。


『おっ、キャッチしたぞ。本体の妖気!』


『よし、黒狐。その妖気を手配書アプリに照合しろ』


 なんだかさっきから、近代的な言葉が多々出ていますよね。それを聞くにしても、後にした方がいいかな。


『ふむ「電磁鬼でんじき」か。こいつは厄介じゃの』


 よく分からないけれど、僕は怖いので2人の影に隠れている事にします。


『こりゃ、ちゃんと説明してやるから聞け』


「キャン!! 尻尾つままないで!」


 黒狐さんは絶対にSだと思います。

 僕は尻尾を服から取り出して、さすりながら2人の後をついて行く。


『良いか。我々は、人間界で悪さをする妖怪を捕まえて、妖怪センターに引き渡しているのじゃ』


 廊下を歩きながら白狐さんが話し始めたけれど、聞き慣れないどころか、初めて聞く言葉が出てくる。

 妖怪センター? それも近代的な響きですよね。センターというだけで、コンクリートの建物を思い浮かべてしまいます。


『それでじゃ、そこには悪さをする妖怪の悪意度を、危険度として表示する様にしてあるのじゃ』


 へぇ……それじゃあ、Aランクって事はランク高いよね? やっぱり聞くんじゃなかった。


『そして、先程の妖気を感知するアプリは、手配書を確認できるアプリと連動しておる。手配書アプリには、妖気の質も登録されとるんじゃ。すなわち、妖気を感知するアプリで感知した妖気を、連動した手配書アプリに送り込む事で、その妖気がどの手配書の妖怪のものかを、その場で即座に検索してくれるという優れものじゃ』


 うわぁ、とってもハイテクですね。僕の中の妖怪のイメージが崩れていく。


『白狐が殆ど説明しおったが、その方法で今回見つけた妖怪が、「電磁鬼」と言う悪鬼の一種だ。そいつは相手のスマホに妖気を含んだ文面を送りつけ、それを見た人物を操るという奴じゃ』


 何だか妖怪の悪さもハイテクになっていました。

 本当に時代錯誤が酷いよ。和風な服装の割に、スマホを手早く操作している所とか特にね。


「でも、その文面はどうやって見せるの? 最近はSNSでも犯罪が増えているから、知らない人からのメッセージなんて、確認せずに消しているよ」


 その僕の言葉に疑問を抱いたのか、白狐さんも黒狐さんも顎に手を当てて唸っている。


『そこじゃの。何故全員が操られたのか、全員同じ文面を見るなんて、あり得んことじゃの』


『白狐よ、今人間のネット情報を見たが「幸せメール」ならぬ「幸せ通知」と言うのがあるみたいだぞ』


 その妖怪のスマホでも、人間のスマホと同じ様な使い方が出来るんだね。それとまた聞き慣れない言葉が。

 僕は携帯を持っていないから、そのあたりの事は分からないんです。


『黒狐よ、何じゃそれは?』


『うむ。どうやら、そこに書かれている文面をそのままコピーし、SNSの中でID交換をしている者10人に送れば、なんとその者の願いが叶う。というものじゃな』


「そんなのあるわけないじゃん……」


 ついつい悪態をついてしまった。

 だって、そんなので簡単に願いが叶ったら、僕はこんな事にはなっていないはずだよ。


『まぁそう言うな。それでも人間達は、そういうものに惹かれるんじゃろ? そして身近な人間に、実際に願いが叶ったと言われたら、やってみたくなるのが人の性と言うものじゃろ?』


 白狐さんに正論を言われてしまい、僕は何も言えなくなった。

 確かにそうだよね。人間って、自分に都合の良いものには簡単に食いつくんだよね。


 妖怪はそこにつけ込むんですか……本当に恐い存在だ。


『さて、お主の教室に着いたぞ。ここから、発せられた妖気を逆探知するぞ』


 また近代的な言葉が。2人は妖怪の刑事か何かなのかな?

 そして僕は、教室の中のクラスメイトに見つからないようしながら、2人の陰に隠れています。そうしないと、またいじめられるからね。


『そうそう、先程の妖気アプリは逆探知も出来るのじゃ』


「黒狐さん。自慢気に言ってくるけれど、あなたが作ったんじゃないでしょ?」 


 それよりも早くして下さいよ、皆にバレちゃうよ。

 それと、黒狐さんはなぜか項垂れてるし、大丈夫でしょうか。


『む、こっちじゃな』


 そう言うと、白狐さんは階段の方へと向かって行く。


 あれ? でもそっちは屋上なんじゃないかな。


 とりあえず怖いけど、黙って着いて行くしかないです。それと、今気が付いたけれど、この怖さのあまり、僕は尻尾を脚の間に入れてしまっています。

 やっぱり邪魔だし服の中に――って、恐怖心からか尻尾に力が入っちゃって、脚の間から抜けないです。このまま行くしかないんだね。


 すると白狐さんは、逆探知しながら屋上の階段を上って行きます。本当に、この先に妖怪なんて居るのかな。


『これこれ、我の尻尾を掴むでない。痛いぞ』


「あっ、ご、ごめんなさい。黒狐さん」


 恐怖のあまり、思いっきり黒狐さんの尻尾を掴んでいました。でも、フサフサで触り心地良かったなぁ。


『これ、何を考えとるんじゃ』


「ぶっ?!」


 黒狐さんに、尻尾で顔面を叩かれて注意をされちゃいました。でも残念です。フサフサだから痛くなかったよ――と思ったけれど、全然顔から尻尾を離してくれない。それどころか、横に振って顔をくすぐってくる始末。


「うぶぶ、ご、ごめんなさいごめんなさい。くすぐったいしくしゃみ出そうだし止めて~」


『2人してなに遊んどるんじゃ』


 そんな僕達の様子を、白狐さんが呆れた顔で見ていました。因みに屋上の扉は、既に開け放たれています。


『おぉ、すまんすまん。で、居たか? 白狐よ』


『それが……誰もおらんかったわ。妖怪の“よ”の字もなかったわい』


 えっ? 妖気を逆探知して、発生場所がここって突き止めたんでしょ。


『やはり「電磁鬼」相手には、普通の逆探知では無理だったか』


 えっ? えっ? そんなにヤバい相手なの? 嘘でしょう。そんなに凄い妖怪が、僕の通っていた学校にいたなんて。

 そんな事を考えていると、僕は怖くて腰が抜けてしまい、その場に座り込んでしまった。


「そんな奴相手に勝てるわけないじゃん!」


『これこれ、心配するな。お主には我等がついとるんじゃ』


『白狐の言うとおりじゃ、我等がお前を全てのものから守ってやる。惚れた者を守るのは当たり前じゃからな』


 だから、いったい僕のどこに惚れたというの。中身はこんな気弱なんだから、中身じゃないはずだよ。

 それじゃあ容姿? 女顔だから? これだから女顔なんて嫌だったんだよ。

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