第壱話 【2】 変わらない苦しい日常
その後僕は、試行錯誤を繰り返し、耳はペタッと平べったくして髪の中に隠すことが出来た。でも、これは聞こえづらい。しょうがないけどね。尻尾は、何とか腰に巻き付けてキープする。
「うっ……キツい」
ずっと力を入れていなきゃ、すぐに落ちちゃうよ。早急に、変化か何かが出来るようになりたいです。
「もう時間だし。嫌だけど、着替えて行かないと……」
『嫌なら行かなきゃよかろう』
「そういうわけにもいかないよ。学校に行かないと、本当に追い出されちゃう」
僕がまた泣きそうな顔をしていると、白狐さんが僕に声をかけてくる。
『それならば、我等も着いて行ってやろう』
「ちょっと待って、白狐さん。そのままじゃ、皆びっくりしちゃうよ」
『ふん、大丈夫だ。我等の姿は、普通の人間には全く見えんからな。お前がおかしな事をしなければ、バレんよ』
僕の質問に、黒狐さんがそう答えた。それなら良いんだけどね。
それでも、これからの事に不安を感じながら、僕は着替えを始める。そこである事に気がついた。女の子の裸なんて、初めて見るんだった。
「うぅ……自分の体なのに。なんだか……は、恥ずかしい」
パジャマ代わりのよれよれのTシャツを脱いだ瞬間、胸が露わに……。
あんまり大きくなくて、成長途中のその胸は、こじんまりとした山を作っていました。
これがどれくらいのサイズなのか、その予想はできなかったけれど、顔を真っ赤にしながら、何とか服を脱ぎ、次に肌着のシャツを着た後に、薄手のシャツを着てみた。
薄手のシャツだけだと、なんだか小さな突起物が主張しちゃっていて、余計に恥ずかしい。だけど、胸を張らなければ大丈夫そうだ。
「こ、これなら。暑いけれど、バレないかな?」
僕は、自分の女顔が嫌だった。
それなのに、正真正銘の女になっちゃうなんて。これがバレたら、いじめがキツくなってしまう。そんなのはごめんだよ。
とにかく、後はズボンを……あ、あれ? 尻尾で変に膨らんじゃう。ちょっとずらさないとダメかな?
「えっと、んっと……」
また試行錯誤しながら、お尻の尻尾を動かして、何とか不自然にならないような巻き方に出来た。
巻いた後、ちょっと下に垂らせば良かったけれど、これは足に絡まないように気を付けないと。
『それにしても。我等の目の前で、そんな可愛いお尻と尻尾をフリフリされてはの……』
『うむ、眼福眼福』
「うっ。み、見ないで……」
この狐達、さっきから僕をジッと見ていると思ったら、そんな所を見ていたなんて。
でも、あんまり強く言い返せない。だってこの妖狐達、凄い力を持ってそうだもん。
そんな事をしながら、ようやく着替えを終えた僕は、ゆっくりと下に降りて行く。
すると、家族の居るテーブルの端に、一応シリアル系のごはんがポツンと置いてありました。でもね、これもいつもの事だけれど、お皿が犬の餌入れなんです。
家族は皆、テレビを見て笑っている。
いや……正確には、義理の母親と義理のお姉ちゃんだけ。お父さんは、一切笑っていない。
実はお父さんは、この人達と再婚をしている。ちゃんと愛し合っての再婚かどうかは、怪しいものなんだよね。
そして僕は、皆に気づかれないようにしながら、こっこりと席につくと、あんまり音を立てないようにして、静かに食べ始めた。
皆、僕の変化に気づいていない。予想はしていたけどね。
すると突然、お姉ちゃんが苛立った様子で声を上げてくる。
「……チッ。ねぇ~お母さん。粗大ゴミがいっぱいあるから、今度一度に出しちゃお~よ!!」
「あら、良いわね。でも、困ったわぁ。粗大ゴミというより、生ゴミになっちゃうかしらねぇ?」
この義理のお母さんは、キャバクラで働いている人みたいに、化粧がとても濃いです。もう40代なのに……。
そして粗大ゴミというのは、多分僕の事だ。お姉ちゃんのあの舌打ちで、全部分かっちゃう。
家でも学校でも、僕は要らない物扱い。だから、この性格を何とかしたかった。何か言い返したいのに……この性格のせいで、それも出来ない。
お父さん、なんでこんな人と結婚したの?
そう思いながら、チラッとお父さんの方を向いたけれど、お父さんも完全に僕を居ない者扱い。
どういう事? 何でなの?
「良いわよね?! パ・パ! だぁって、前の人とはできちゃった婚で、産ます気なんてなかったんでしょう?! あ~ヤダヤダ!」
「……あ、あぁ」
僕はその言葉を聞いて、視界が揺らいだ。
嘘でしょう……。
僕自身記憶が無いから、ハッキリとは分からないけれど、僕だってちゃんと、望まれて産まれたんじゃないの?
今のお父さんと、再婚する前の本当のお母さんとで、仲良く暮らして……いっーー?!
また、頭が痛い。なんで……どうして!!
本当のお母さんと一緒に、仲良く暮らしていた時の事が、なんで思い出せないの?!
「ーーつぅ」
僕は泣きそうになるのを堪え、今にもこの家族に飛びかかりそうな、この2体の狐の尻尾を掴む。
そして学校のカバンを持って、そのまま2体の尻尾を引きずり、足早に家を出た。もちろん、バレない様に腕は真っ直ぐのままです。
『痛いではないか、何をする?!』
『そうじゃそうじゃ! あやつら~! 1回天罰を与えんと気が済まんぞ!』
「止めて。そんなことをしても、何も変わらないから」
僕は頭を抑えながら、2人を止める。
でも、さっきの頭痛は凄かった。
何よりもショックだったのが、望んで産んだ訳じゃないと、間接的にでも言われた事。
更に昨日から、お父さんと本当のお母さんとで、仲良く伏見稲荷に行っていた事を思い出そうとすると、必ず頭痛が起こり、別の家族の姿が見えてくる。
でも、その2人の顔は分からない。そして僕も、男の子の格好はしていなかった。
何だろう……この記憶は。
今朝、妖狐の女の子になってから、ちょっとだけ鮮明になっているような気がする。
『ふむ。お主、何やら普通ではないの』
『我等にも、その辺りはよく分からんからな。ただ、お前の記憶の一部に、何か封がしてあったぞ』
「えっ!? どういう事?! それ、僕の頭痛と関係あるの!?」
家を出た僕は、学校への道を歩きながら、とんでもないことを言ってきた2人に質問をする。
だけど、この2人もよく分からないって言っているから、答えは返ってこないよね。
『ふむ。お主は、この記憶を戻したいのか? かなり強力な封がしてある所を見ると、あまり良い記憶では無さそうだぞ』
白狐さん、どういう事? そんな事を言われたら、逆に怖くなるじゃん。
「う、う~ん……」
『ふん。怖いと顔に書いてあるぞ』
黒狐さん、それは分かっています。いきなり自分の事が怖くなったよ。
「何だか怖くなったから、記憶はいいや。今は、女の子になった事をバレない様にして、変化が出来るようになったら、男の子に変化して、ずっとそのままでいられるようにしないと」
『なんじゃ。女は嫌なのか? こんなにも可愛いのに』
『そうじゃ。潔く我の嫁になれ。白狐ではなく、俺ーーんんぅ! 我のな! これは名誉な事だぞ』
白狐さんと黒狐さんの事をよく知らないのに、名誉な事と言われてもピンと来ないです。
あと、黒狐さんが自分の事を「俺」って言いそうになっていた。素はそういう感じみたいだけど、守り神の妖狐だからって、かなり無理していそう。
それよりも……。
「僕は自分の、この女の子みたいな容姿が嫌いなんだよ。それなのに女の子にされてしまって、余計に自分が嫌いになったよ」
こんなに不機嫌になったのは久しぶり。ううん、初めてかも知れない。それだけ嫌なんだよ。特に今の姿はね。
『ふ~む……じゃがな、残念な事にお主は、変化が使えん。と言うより、異性への変化が出来んのだ』
「えっ!? なんで?!」
『それは我等みたいに、人型でも性別の無い妖怪にしか出来ないのだ』
何故か黒狐さんが自慢気にそう言ってくる。
つまり、キッチリとした性別がある僕は、異性への変化は出来ないのですね。
僕が女の子になったのも、ただ封じられていた何かの一部を解放しただけらしいし。
それなら、あの時点で女の子に出来ーー妖術じゃなくて、何か別の力でやってのける可能性があったよ。
『あぁ、そんなに落ち込むな。お主はどっちであっても、そう変化はないだろう?』
その通りでしたね、白狐さん。だけど、それは気にしている事だから言わないで欲しかった。
それよりも、何とかして元に戻れないだろうか? 変化が無理なら、元に戻れる方法を探さないといけない。
『お。いなり寿司が売ってるぞ。買ってくれんか? そうじゃお供えじゃ。お主はいつも、お供えがなかったしな』
『おぉ、確かに白狐の言うとおり。美味そうないなり寿司ではないか。良い匂いだ』
う~ん。そもそも、どうやって僕を女の子にしたんだろう。何かの一部を解放した? そこが分かれば、もしかしたらーー
『おぉ?! 無視するでない、こら!』
『黒狐よ。涎を垂らしながらとは……意地汚いぞ。それに、待つんじゃお主。行きたくない学校へ、そんなに急いでどうするんじゃ?』
「それはそうなんだけど……休んだり遅刻なんかしたりしたら、僕はあの家を追い出されるから」
もう正直に、2人に話した。そうしないと、ずっとうるさいだろうし。
『ふむ。それはなかなかな不遇だの。どうにか出来んもんかの? 黒狐よ』
『むっ。なぜ我に振る?』
『それはじゃな……お主の方が、ずる賢い考えが浮かんできそうだったからな』
『ほう。何気にお前の方が、ずる賢そうだがな』
だから……喧嘩をしないで下さい、2人とも。
両隣でうるさくて、耳がーーと思ったけれど、ペタンと塞いでいたから、あんまりうるさくなかったかな。
だけどこれ、車が後ろから来ているのにも気づきにくいし、ちょっと危ないかも知れません。
本当に何とかして、元の人間の姿に戻らないと、この姿は色々と不便だよ……。
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