第壱章 妖狐転生 ~2体の妖狐のおまけ付き~

第壱話 【1】 僕、妖狐になっちゃいました

 窓から雀の鳴き声が聞こえてくる。


 もう朝ですか?


 僕の今いる、階段のすぐ近くの物置みたいな部屋には、1つだけ窓が付いている。

 そして部屋の広さなんて、言わなくてもだいたい分かるはずです。布団を敷くだけで精一杯の広さしかないです。隅っこに追いやられて、居ない者扱い。


 僕って、座敷わらしか何かなの?


「う~ん、雀さん。窓を叩かないで」


 昨日は変な夢を見たから、なんだか体が怠いんです。もう少し寝かせて……って、学校に行かなきゃだよ。


 僕は毎朝憂うつなんですよ。学校でのいじめは、いつもいつも苦痛なんだ。毎回そう思っています。


「それにしても、何か体が変だなぁ」


 ゆっくりと起きようとしたら、お尻に何か付いているような気がする。気になって後ろを振り向くと……。


「へっ……? な、何コレ?」


 そこには、何かフサフサした物が、僕のお尻の尾てい骨あたりに付いていた。


「こんなマフラーみたいな物、持ち込んだ記憶ないんだけどなぁ。そもそも夏前なんだし、マフラーなんて持ち込まないよ」


 そして僕は、そのフサフサした謎の物を取り出そうとして、それを強く引っ張った。でも、そこで自分のお尻に激痛が走る。


「いった~!!」


 あまりの激痛でびっくりすると、そのフサフサした物も若干動きました。


「へっ? へっ? 何コレ……本当に何コレ!?」


 僕の頭は完全にパニックです。それと、色々と不自然な事にも気づきました。


 先ず、声がいつもより若干高い。


 僕は声変わりがまだなのか、皆より少し高めの声で、それも女の子みたいだと言われ、余計にバカにされている。だけど今の声は、もっと女の子っぽかった。


「咽は痛くないし、風邪じゃないと思うけど。何この声……余計にバカにされちゃうよ」


 座り込んだまま項垂れるけれど、その時に残りの違和感が何か分かった。

 胸に何か膨らみがあるのと、股間にあるはずの、僕のお粗末なモノの感覚がない。それと、耳の位置が何だか高いような気がする。


 とにかく僕の体に、色々な変化が起こっているのは間違いない。幸いにも、この狭い部屋の壁には、姿見がぶら下げられている。せめて小綺麗にはしておけって事でね。

 そこで僕は、その姿見に自分の姿を映します。その瞬間、目を丸くしてしまった。そこに映っていたのは、昨日までの自分ではなかったから。


「な、何コレ。はっ、はは……」


 こういう時……本当に人って、悲鳴を上げられないようだね。


 顔はもともと女顔だから、あんまり変わっていないし、髪の長さもあんまり変わっていない。

 だけど、何よりびっくりしたのは、頭に付いている物です。


 これは……獣の耳ですか?


 茶色っぽい狐色で、更に狐の耳の形をしていて、普段付いている場所よりは少し上に付いています。

 それと、その耳と同じ色をした、フサフサで毛先が白い、狐の様な尻尾も付いています。

 あと、胸が若干膨らんでいるのと、やっぱり男の象徴がないです。


 これって、もしかして……僕は、女の子になってしまったのですか?!


 しかもこれ、普通の人間ではないですよね? 髪の毛の色まで、その耳と同じ狐色。

 そんな事を確認していると、僕は突然息苦しくなり、布団の上に倒れ込んでしまった。


「はぁ、はぁ。うっ、しまった……息が」


 これは持病なのかも知れないけれど、あまりにもストレスが溜まり過ぎたら、こんな風に呼吸が苦しくなる。つまり、過呼吸を起こし易い体質なのかも。


「ふぅ~はぁ~すぅ~はぁ~」


 とにかくゆっくりと、深呼吸をしたらおさまるんだ。

 この時、袋は使ったら駄目ですよ。過呼吸って、息をし過ぎてしまっていて、酸素を取り込みすぎる事で起こるのです。袋なんか使ったら、酸素を吐き出せずに窒息死するかも知れないんだ。


「はぁ、はぁ。落ち着いてきた。で、でも……何で女の子なんかに?」


 すると今度は、枕元に不思議な物を発見した。


「何だろう、これは。勾玉?」


 それは、白と黒の二つの勾玉で、首から掛けられるように紐が通してあった。


「わぁ、綺麗だなぁ」


 その綺麗な勾玉を眺めていると、突然何かが飛び出してきました。


「うわぁ!!」


 それにびっくりして尻餅を突いたんだけど、うっかりと自分の尻尾を挟んでしまいました。痛いです。


「うぅぅぅ……」


 そして、僕がその痛みに耐えていると、後ろから聞き覚えのある声が聞こえてくる。


『ふぅ、やっと繋がったわ。だがなんだ? この部屋は。狭いのう』


『本当だな、白狐よ。こいつはこんな所で生活をしていたのか?』


 この声は、まさか……。


 そう思ってゆっくりと後ろを振り向くと、そこには夢で出てきた2体の狐が、ちょこんと座っていた。

 人型じゃなくて助かりました。人型で出てきたら、天井の低さから頭を打っているよ。


 あぁ、そうじゃないよ……それよりもだよ。


「君達は……えっ? あの夢ってまさか、本当の事?」


『何だ? 目が覚めたらいつも通りと思っとったのか?』


『残念だが、お前は我等の力を受け取ったのだ。つまりお前は、我等の嫁になれると言うことだ!』


 えぇ! こんな取り柄の無い僕を?!


「ちょっと待って! 何で僕みたいなのが?!」


『言ったじゃろう。ほぼ毎日のように、熱心に我等の元に参っていたからだ』


 白狐さんがトドメを刺してきた。

 内容はどうあれ、その行動が認められてしまった。そういうわけですか。


 あぁ……今さら後悔しているよ。やるんじゃなかった。


「でも、何でこの格好? せめて普通の人間に」


『何を言っておる。我等の嫁になるのなら、お稲荷だ。つまり、妖狐でないといけないというわけだ』


『だから当然、妖狐のメスになったわけだ』


 む、むちゃくちゃだよ……僕は男なのに、選ばれたからって女にされるなんて、なんだよそれ。


「そんな力、お稲荷様にある訳が」


『何を言うておる。我は白狐、稲荷であるぞ。大抵の事は出来るわ。とは言え、今回はあまり何もしていないのだ。お主の中に奇妙なものがあってな。それを解放しただけなのだ。まぁ、それは今説明しても分からんだろうし、我等にも分からん。とりあえず安心しろ、変なものではないからな』


 何だか白狐さんが自信満々だけれど、何かを解放したって、何をですか? 僕の中に何があったの?

 しかもその顔は、何かが引っかかっている様な、不思議がっている様な、そんな表情だ。それよりも、1つ気付いたんだけど。


「それだったらさ、そっちが女性になればいいじゃん!」


『お主が女の方が良かったのだ』


『白狐の言うとおりだ。まぁ、我等に性別は無いが、それでもなんというか……お前を女にした方が面白そうだったのでな』


 理論がめちゃくちゃです。何を言っているんですか、この2人は。


「ひ、ひどいよぉ。うぅ……」


『おぉ、泣きそうになるな。そそられるではないか』


『やはりお前は、女の方が似合っている』


 また泣き出しそうになった時、2体の狐は僕の元に寄って来て、ペロペロとその涙を舐め始めます。止めて止めて、くすぐったいよ。


「ひゃうっ。ちょっと、くすぐったいよ。あっ、待って。何で顔全体も舐めてるの?」


『いや、なに。お主が可愛い過ぎてな。少し舐めさせろ』


『うむ、甘くて良い味だ。舌触りもよい』


 ちょっと待って。僕、食べられないよね? 大丈夫だよね? それだけは嫌だよ。


「待って待って。それよりも、もう学校に行かなきゃなんだけど……こんな格好では行けないじゃん。ねぇ、妖狐って確か、化けるの得意なんだよね?」


『むっ、なんだ? その姿が嫌なのか?』


「それもあるけれど、そういうことじゃなくて。僕が女になった事は、胸があんまりないから隠せる。でも、この耳と尻尾がヤバいんだよ。普通の人間にはないでしょ?」


『白狐。お前はその辺りを考えとらんな。巨乳にせい』


『む、黒狐よ。それはどういう意味だ。貧乳こそ正義だろう』


 胸の話?! そういうことで喧嘩している場合じゃないのに。


「ちょっと!! さっきからうるさいよ! このお邪魔虫!」


「お、お姉ちゃん?!」


 するとその時、自分の部屋の扉から凄い音が響き、驚いてしまいました。

 外から扉を思い切り叩かれてしまって、びっくりしたんだけど、同時に尻尾と耳が立っちゃったよ。


「ご、ごめんなさい。お姉ちゃん」


『むぅ、何ださっきの女子は。何という辛辣な態度』


『罰を与える必要があるな。我等の嫁を怖がらせた罰をな』


 物騒な事を言わないでよ。騒ぎを起こされたら、僕この家に居られなくなるよ。


「待って、止めて。僕が悪いんだから」


『む、どこが悪かったんだ?』


「お願いだから、止めて」


 すると、2体の狐は渋々言うことを聞いてくれた。


 はぁ……これから僕はどうすれば。せめてこの耳と尻尾を隠せればなぁ。

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