第30話

 笑わない、と言っておいて、木村雪乃はくすくすと笑い声を立てた。

 人と、車と、朝日の中でも、彼女は確かな存在をそこに置いている。

「そうだよ。こうして、ちゃんと正解を答えてくれた優は、初めて」

「どうして?」私に浮かぶ疑問は、もはやそれだけだ。「私に会って、何を話したかったの?」

「まさか一緒に死にたかった、なんて言わないよ」安心して、と呟く。「少なからず今の優とは、共有していない記憶。でも私にはとっても大事な思い出なの。何人もの自分が重なっていくうちに、それはどんどん肥大化していく」

「何の話?」

「修学旅行で同じ班になったとき、私と優は、とても仲良くなったんだよ。音楽の趣味が合って、同じ漫画を読んでいて、大作映画が嫌いなところも、全部一緒だった。ほかの女の子たちが寝てしまってからも、二人でずっと話を続けていた。そのころの優は、浅羽くんが好きだったんだよ。今は、どう?」木村雪乃はくすくすと笑う。「優は私に、雪乃は好きな人居ないの? って聞いてきた。言えるわけもない。そのときに明確な対象は居なかったけど、そもそもだなんて、言えるわけもなかった。言ったら、絶対にこの関係は壊れてしまうって、思った。それと同時に、すでに、優が、その明確な対象に移っていることも、自覚したりしてね」

 これを、どのような気持ちで聞いていればいいのだろうか。

 耳を塞ぎたい、そう思ってしまうことが失礼なのだとしても。

「私は優が好き。好きなの。今でも。修学旅行の日から、はっきりと意識した。今、この、何十回目のループでも、それはずっと継続してここにある」胸をトン、と叩く。「転校することが決まったとき、このまま離れ離れになるのは嫌だって思った。言って、もし嫌われたんだとしても、クラスメイトとは違って、会おうとしなければ会わない距離に行ってしまうから、ほとんど投げやりな気持ちもあったかもしれない。もしくは、逃げ、かな。玉砕覚悟で、浅羽くんが本命でも構わない、ただ、私のことも、徐々に受け入れて欲しい。そう言った。変な覚悟なんてしないほうがいいね、優はやっぱり、受け入れてなんてくれなかった。やさしいから、言葉でうまく隠してくれたけど、波が引いていくみたいに、距離が広がっていくのがわかった。悲しかった。苦しかった。でも、最初は、自殺じゃなかったんだよ。優と別れて、ひとりになって、ぼーっと川面を眺めてた。そこへ居眠り運転のトラックが突っ込んできて……。自覚したのは、七回目。ああ、これは、ループなんだ、繰り返してるんだ、と。神様が、優と私をくっつけるために、何度も、同じ日を与えてくれているんだ、と。そう自覚してからのことは、詳しく説明する必要もないよね。最初のうちは告白の場所を変えてみてはどうかとか、時間をずらしたらどうかとか、試行錯誤したんだけど、結局、断られることに変わりがなくて、何度も、死んだ。次第に優が普通の呼び出しに応じない世界に移行して行ったから、何とか優の興味を惹くような言葉を考えて、どうにかして、どうしても、話をしたかった。好きだから、死んでも諦めきれない」

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