第29話

 考えれば至極下らないことだ。今まで、疑問に思わなかったのは、その前提が、余りにも突拍子もなく、意識がそちらに向いてしまったせいだろう。特に、何度もループを経験しているくせに、彼女は死に際のことを深く語ろうとしなかった。自覚は愚か概念すら理解出来ていなければ、惑わされても無理もない。

「二通り考えた」彼女がどのような返答をくれるか、わからないが、それを聞くのが怖く、言葉を継ぐ。「ひとつは、死んでしまう可能性を孕んでいてもどうしても聞きたい、それほど自分にとって利益のある話、或いはそれに相当する人物だから。無理を押してでも、これを遂行したい」

「どう思うの?」

「これは、ありえない。なぜなら、木村さんの言葉を全て信じると、少なからず二十を超える回数を、繰り返しているから。これがもし、一度目や二度目であれば、ループの自覚も薄かったかもしれない。話やその相手に、嬉々として出かけたかもしれない。でも、もう、何十回と繰り返している。さすがに納得出来ない」

「それでも、聞きたいくらいに大事な話なのかも」

「それも、ありえないんだ」

「どうして?」

「さっきの話だよ。自分の言動、さらに言えばもう一人ここにループしている人間が居るわけだから、世界はいくらでも変容、分岐する可能性がある。その中で、全く同じ文言の、全く同じ話が、何十回も繰り返される可能性はほとんどないと言っていい。誰か一人が前回と違う言動を取れば、バタフライ効果じゃないけど、知らず大きな影響を及ぼしているかもしれないんだから」

「それはそうだね」でも、と彼女は続けた。「私は、どのループでも、自分の言動を大きく変えたつもりはないよ。優もわかっているんじゃないかな?」

 それでも首を振る。

「確かにね。木村さんはほとんど毎回同じことを言っていたと思う。でも、それでもこの話は通らない」

「何で?」

「もし本当に重要な話が聞きたくて、それでも死にたくないのだとしても、少なからず、自分であれば、ループしている人間をそのための協力者にしようとは思わない。だって、さっきも言ったように、その人の言動ひとつで、話の内容に大きな差異が生まれてしまう可能性がある。それこそ前回、相手は来なかった」もちろん、この話相手というのは、そもそも来る予定などないのだが。「それに、死にたくないが話を聞きたい、と思っているなら単純に、日を改めるよう提案すれば良い話に過ぎないんだよ。わざわざこの日、この橋で、会う必要はない」

「でも私、転校しちゃうんだよ?」

「電話もメールもある」それに、と続ける。「どうしても会って話をしたいといっても、都内なら、たった一時間半あれば叶う。木村さんにとって重要な話なら、相手にとっても相応の話だと考えるのが無難だ。なら、そのくらいのこと、承知してくれるはずでしょう」

 肩を竦める。

「まあ、いいよ。それで、もうひとつは?」

「この話が、全くの嘘である、という可能性。つまり、誰にも呼び出されていないし、当然、誰かに突き落とされることも、ない。一つ目を否定した以上、こちらが真実だと思っている」

「だから? 何?」

 木村雪乃は身体をこちらに傾ける。

 それに、ちゃんと対峙する。

「つまり、こんなことを自分で言うのは、酷く馬鹿げているのかもしれないけど」

「笑わないよ」

「木村さんは、に会うことが、目的だった」

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