第28話
「今朝目が覚めたとき、はっきりと前回の記憶がスライドされていることを自覚した。それで、一回目と二回目を比較して思いついたことなんだけど」ひとつ前置きを放ってから、「記憶のスライドは、十全には行われない、と木村さんは言ったよね。多分、不意に齎されるデジャヴというやつが、スライドされた部分、前回から引き継いでいる残骸ということになるんだと思う。その観点から考えると、デジャヴを覚えた言動と、そうではないものがあった。じゃあその差は何か。そもそもが近似値の世界であるわけだけど、もっと直接的に言うと、自分自身の言動の差によるものだと、至ったんだ」
朝、電車の中で松田航平に出会うまで、つまりホームでの光景は、確かに見覚えのあるものだった。しかし彼に会い、初回にはなかった自分の顔色の変化によって、彼の台詞が変わったのだ。そのため、そこから先にはデジャヴを覚えなかった。
また、木村雪乃への色紙を書く際、浅羽幸弘の台詞に聞き覚えがあったが、それに対して「デジャヴ」を起こしていると明言したから、その後の展開が違うものになった。
そういう風に、自覚している点、そのために変化した点が、初回と二回目の差として、記憶されている。
「つまり、近似値の世界に移動していると言っても、自覚している自分という存在がある限り、収束されようと、そこからさらにいくらでも分岐を続けていく可能性がある、ということ」
「そうだね、そうかもしれない」
「まずこれがひとつ」彼女の気のない相槌にも構わず先を続ける。「次に、前回の橋での会話。木村さんは、こうやって一緒に居てもらって死ななかったことはない、という話をしたよね。それから、前々回のときか、優が一番熱心だった、と言ってくれた」この先を言うのは、酷く気分が悪かった。「つまり、今回に限らず、何度か、一緒に死んでいるんだね?」
この確認に対し、木村雪乃は微笑みをくれる。
「気付いたんだ」
「協力した自分、というのは想像が出来ないし、そもそも記憶にもない。つまり、その協力した自分と、今の自分の間に、継続性はない。何回かは木村さんと一緒に死んで、記憶も引き継いだけど、何かしらの理由で、協力することをやめた。一緒になって、巻き込まれて死ぬことを。無事に終業式の日を生き抜いたから、その時の自分は、今、全く別の人生を歩んでいる。今日この日には、繋がって居ない」
「うん。そうだよ」
気安い返答に、強く目頭を摘む。
振り払うように、首を揺り動かす。
「ここで言いたいのは、生き延びれば、意識は統合されず、別の人生を歩める、ということ。たった一日を無事に過ごすだけで、ひとまずこのループからも抜け出せる。そうだよね?」
「私は続けている人間だから、はっきりとは言えないけれど、優の観点からすれば、それで正解なんじゃないかな」
大きく深呼吸を済ませると、指を二つ立て、
「この二点から、ひとつだけ聞きたい」
「何?」
表情や、態度に、変異は見られない。
それも、当然だろう。
しかし、これを問いかけなければ、このまま二人は、ずっと同じことを繰り返すだけなのだ。
「どうして、死ぬとわかっていて、毎回素直に、この橋に来るの?」
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