第3話
校内に入ると、彼は別の友人に声を掛けられ、そちらへと駆けて行った。どうせこのあと嫌でも顔を合わせるのだから、寂しさや、侘しさなどは浮かんでこないが、なんとなく、彼の「人気者である」という自負が滲んだような顔が気に食わず、ひとまず、中指を突き立てておいた。
「お前中指綺麗だな」
見当違いの台詞を吐いて、踵の潰れた上履きを引っかけて、去っていく。
打って変わって、この箱の中の群集は、帰属意識、或いは貴族意識に囚われ、誰かを誘い、そして自分は「誰か」よりも上の立場であることを認識しようと、間断なく口が動く。貶める対象が居てこそ自己を確立できる。それはもちろん、この箱に限らずだが、ここは、それが顕著である。
なるべく、そういういざこざには巻き込まれないよう努めて生きているが、これが正解かどうかは知らない。
教室に着くなり、中西博美がこちらに気付き、
「おはよー」近付き、「聞いた? 雪乃、転校するんだって」
「そうなの?」
自分の机へ移動する最中も、腰巾着のようにしっかりついてくる。
鞄を机上に放り、固い椅子にぶつけるように腰を下げる。中西は浅羽の椅子の背凭れの部分に寄りかかり、
「そうらしいよ、なんか噂になってる」
自身の口癖を、知らずに口にしていた。
木村雪乃は、クラスの中で特別に目立つわけではない。かといっていじめを受けるほど好まれないわけでもない。少なからず、女子に名前で呼ばれるくらいには、そつなく過ごしている印象だった。
彼女とは昨年から同じクラスで、修学旅行では同じ班にもなったが、親しいかと言えば、微妙なところだった。趣味が共通しないとか、帰りの方向が違うとか、理由はいくらでも付けられたが、結局は、彼女が自分にとって得にならない、というのが正直なところだ。どちらかと言えば、今年からクラスメイトになった浅羽のほうがずっと気楽だった。
教室の中に、当の木村雪乃の姿はない。その視線に気付いたのか、
「何、優、寂しいの?」
中西博美は含み笑いに顔を変え、両手でこちらを指差した。何か、茶化されたことはわかったが、何を茶化されたのかは判然としないまま、
「いや、うーん、別に」
本音を漏らすと、
「うっわ、辛辣ー」
女子高生らしからぬ言葉のチョイスで、返答をくれた。
「おい博美、退けよ」
背負っていたリュックサックを肩から下ろし、それを遠心力で中西にぶつけると、浅羽は気遣う素振りもなくへらへらと、
「退かないとスカート捲るぞー」
下らないことを続ける。
「本当、朝から最低だよね」言いながらも、裏腹に、不快そうな表情は見せない。「今日は勝負下着だから駄目ー」
「誰と勝負すんだよ」自由になった椅子を引き、「そんな貴重なパンツの残り香がこの背凭れにあるわけ?」
身を屈め、顔を近づけたところを、
「嗅ぐなよ」
中西に軽く叩かれる。
大した威力もなかったであろうに、海老のように身体を逸らし、
「いってー」背中を擦る。「お盛んだこと。なあ」
こちらに話題が回されたが、
「ああ、うーん、そうだね」
「なんだよその返事」
「本当に優ってザ、適当、って感じだよね」
二人から非難を浴びる。
「適当なつもりはなかったけど」
「それじゃあなに?」中西は右手で口元を覆い、「私に興味ないってこと?」
悲劇のヒロインを気取って、演劇チックに声音を変える。
「残念だが……」その遊びに乗っかって、「僕には心に決めた人が居るんだ……」
「酷いわ! じゃああの情熱的な夜は……!」
「すまない!」
「おいおいお前らに何があったんだよ」
浅羽が野次を飛ばしてくるのを、
「馬鹿には教えませーん」中西は一蹴し、「ねー」
こちらに同意を求めてきたので、
「馬鹿で残念だったね」
素直に従った。
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