第2話

 いつも乗っている電車に間に合うかどうか、ぎりぎりのところだった。とは言え、いつもいつもぎりぎりに学校へ向かっているわけではないので、ひとつあとの電車に乗ったとして、困ることはない。むしろ三十分も寝坊して、ぎりぎりであろうと間に合うのかもしれないと思うと、普段からもう少し、寝ていてもいいのかもなあ、と父親譲りの暢気さが顔を出した。

 結局、ランダム再生のウォークマンがなかなかお気に入りの曲を流してくれず、スキップさせることに集中していたら、すっかり、逃してしまっていた。とても、自身はスキップできない。

 毎日同じ時間の電車に乗れば、大抵の乗客の顔は覚える。基本的に人間は物事をルーティン化させがちだから、この時間の、この車両の、大体この位置、ということを、ほぼ無意識に定着させているのだ。そういう思考を根底に持ちながらも、今日は、全く見知らぬ人ごみに迷い込んだわけで、当然、馴染めなかった。疲れ切った顔のサラリーマンも、ギターケースを背負った見慣れない制服の高校生も、まるで愛着が湧かず、居心地が悪い。

 吐き出されるように駅へ下りる。吐瀉物だと思うと気分が悪いが、考えていくうちに、確かにその通りかもしれない、などとどうでもいいことを考える。

「あれ、優じゃん」

 声を掛けられ、振り返ると、

「浅羽かあ」

 彼は笑みを浮かべ、軽く手を挙げた。

「珍しいな、寝坊?」

 隣に並び立つ男のその思考は、クラスメイトであればこそ、浮かぶものだろう。浅羽幸弘とは席が前後で、毎日、彼は遅れてやってくる。意識せずとも、お互いの視界に入るわけだ。

「ちょっとね。昨日夜更かししちゃって」

「何してたの?」

「ゲームしてた」

「そりゃだめだ」

「だめだったよ」

 浅羽の大仰な笑い声も、階段を上る群集のざわめきの中では頭抜けることはない。一人とひとりが集まっているだけで、誰もが話し声を出しているわけではないのに、どうして人が集まるとうるさく感じるのだろう。

 定期券を滑らせると、

「未だに普通の定期のやつ居たんだ」

 電子音を鳴らして、颯爽と隣のレーンを通過する。

「アナログ趣味なんだよね」

「ゲームするくせに」

 他愛もない話を出来ると言うのは、存外、重要視すべき要素だろう。畏まり、敬語で天気の話ばかりするよりは、馬鹿にされようと、ずっと心は穏やかになる。

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