#7
歩幅*revers:現代アクション
【アシンメトリィ】 【涙の理由を】 【歩くような速さで】 【次回作にご期待ください】
『無理しなくてもいいんだ、君の歩く速度で、君の理由を探せばいい。それが今助かった君の未来への祝福だ』
暗い暗い、とても暗い場所で泣いていた彼はこの言葉によって世界の外へと導き出された。
暗かったのは彼の閉じ込められていた場所だけではなかった。
世界のすべてが暗かった。
暗く、灰色のがれきが四散した世界。
彼がまだ幼子だったころの大切で重要で、それでいて忘れたい記憶。
懐かしい言葉だった。懐かしくて暖かい言葉。
この十年間彼はその言葉を胸に抱いて、その言葉を信じて生きてきた。
そして恐らくこれから先の人生もその言葉を依代にして生きていくだろう。
そう、彼は誓った。あの日、言葉を聞いた時に誓ったのだ。
強くて大きな彼のような人になろうと。
誰かを助けられる彼のような人物に、大人になろうと。
「ふわぁぁ、夢かよ……」
「おい、羽瀬川。授業中に居眠り宣言とは随分といい度胸じゃないか」
十年前小さかった少年は十六歳になって随分とまぁ太々しくなってしまったのだった。
黒みががったグリーンのブレザーに皺を寄せながら、立ち上がる。
「す、スンマセン……。昨日ちょっと夜更かしをしてまして……。実は深夜にやってたアニメ映画が面白すぎて……」
「問答無用だよ。放課後に校庭十周な」
「げぇ!?」
担任教師とのそんなやり取りに教室中の生徒が笑いをこぼした。
「羽瀬川お前しょっちゅう居眠りしてっけどさ、実際なんでそんな夜更かしばっかしてるわけ?」
弁当箱の中身をひっくり返しかねない勢いで掻っ込んでいた彼はそんな友人の言葉にもそりと顔を上げた。
「フガっ!? ふがふがっ! ふがががが!」
何を言っているのかさっぱり全くと分からなかった。
ちなみに現在時刻は三限目と四限目の中間の休憩時間。つまり、彼は今早弁をしている真っ最中というわけである。
「いや、なに言ってんのか全くわかんねぇよ」
羽瀬川に声を掛けつつあきれた表情を浮かべているのは同性の幼馴染、
あきれ顔に対して渋い表情を返した羽瀬川はバカでかい水筒をカバンから取り出してコップ代わりの蓋にとぽとぽ中身を注ぐ。
鮮やかな緑色をした暖かい緑茶だった。
それをずずずっと啜り、口の中をさっぱりとさせて、それからこれ見よがしにため息をつく。
「んだよ、幼馴染だろそんくらいわかってくれよ」
「分かってほしかったら俺らの第一言語を話してくれませんかね? で、何の理由があって夜更かしばっかしてんだよ?」
「俺だってな、別に好きで夜更かししてるわけじゃないんだよ……!」
ずびしっ、と箸で玉川のことを指す羽瀬川。行儀の悪い奴である。
「いや、だからさ。その理由を聞いてんだけど……?」
「まーなんだ! よくあるこった! 気にすんな!」
きらりと目を光らせてから、彼はまた弁当残りを掻っ込みにかかるのだった。
「あのさ、うちのギャル長かわいいよな」
だが――、
「うぐっ!? ――! ――――っ!」
玉川の唐突な一言によって羽瀬川がアホみたいに咽込んだ。それはもう盛大に咽込んだ。
「相変わらずわっかりやすいよなー、お前」
「げほっ、えほっ、えほ、げほげほっ」
涙目でアホ面を晒した羽瀬川は慌てふためいた様子で、もう一度暖かい緑茶を啜り、ゆっくりと息を整える。
「いいいい、いや、俺は別にギャル長のことなんて微塵も好きじゃねぇし!」
「いや、語るに落ちてるからなお前……」
ギャル長とは、彼らのクラスの委員長のあだ名だ。とても健康的な日焼けした褐色肌と金髪が特徴的なまぁいわゆるギャルなのである。
「ふんっ、禎お前……、もしかしてギャル長のことす、スッス、好きなのか!?」
「あー、まぁすきっちゃ好きだよ?」
「ふふふ、ふざけんな!? ギャル長は絶対渡さないかんな!」
ひたすら悪い目つきをグルグルと回転させた羽瀬川が筋骨隆々の腕を使って玉川のことを揺さぶり始めた。
グルングルングルンっ! と玉川禎の体がものの見事に回転する。
「おー、お前っ、自分の筋力を考えろよなー?」
よくもまぁ冷静に舌を噛むこともなくしゃべれるものである、お見事。
「えぇ↓ 何々ぃ↑ 誰を絶対に渡さないのぉ↓」
「誰をって――! ……ッ!?」
男幼馴染同士の会話に割って入ってきたのはギャル長こと金髪褐色の少女、
「なななっ、七海さん!?」
びくぅっ!? とおかしな挙動で硬直した羽瀬川に代わってブンブンと振り回されていたはずの玉川禎が口を開く。
「いやね、樹の奴がさー! ――」
玉川のおしゃべりさんなお口さんが躍動的な神速でもってして封じられた。
「なっ、何でもないんだよ!?」
「そぉ↓ まー、何でもないんなら↓ 別にいいんだけどさ↑ でも、なんかあったら遠慮せずに相談しなよ→。アタシさ、これでもクラス委員長だから★」
ものすごく面倒見のよい台詞とともにギャルピースをかまし、颯爽と自分の席へと戻っていく。
その背中は妙に格好良かった。
「そんなに好きならさっさと告白しなよ」
「う、うるせー!」
そして四限目の始業を告げるベルが無慈悲に鳴り響く。
「羽瀬川ー! 百歩譲って休憩中に弁当食べるのはいい、だがな始業前には全部食べ終えて片づけをしておけっていつも言ってるだろーが!」
スコーンとチョークのいい音が教室に響き、それから生徒たちの笑い声もまたこだましたのだった。
ヨルガオの花が咲くころ。黄昏と夜闇の境目はアシンメトリィで、だからこそ美しいコントラストを生み出していた。
「はぁ↓ 今日も疲れたなぁ↓ ってかなんでアタシクラス委員なんて引き受けちゃったんだろうっ★ まぁいいか→ 頼られるの好きだしねぇ↓」
大量のストラップをくっつけたスマートフォンをいじりながら七海はあっけらかんと夜道を歩いている。
ギャル風の少女とは言え、たった一人で夜道を歩くとは何たる不用心か。
つまり――。
それは突然の爆発だった。
「うひゃぁ↑? な、ななにぃ↓? どったの↑? 」
音とそれから遅れてやってきた突風に七海は髪とスカートを抑えて目を伏せる。
しかしそれは下策だった。いや、そもそもにおいて、普通の少女に爆発に対する対応力を求めるのが酷というものである。
だが、それは確かに下策だったのだ。
「うひゃはやひゃはyはやはっややはややっはやはyはあうはあやはyはややはややは!?」
甲高い、それでいて非常に下卑た笑い声のような何かが響く。
七海がそれに気が付いたときにはすでに手遅れだった。
「――ッ!」
声さえ出なかった。
怯えて、ただただ目尻に涙をためる。その直後にガクンッと少女の下半身から力が抜け落ちた。
そう、いるのだ。彼女の目の前にはそいつがいるのだ。
爆発音を響かせて、突風を巻き起こした主であるそいつが。
二メートルを超える巨体に青い髪、浅黒い肌。そして何より威圧的なのはその左腕だった。
夜闇に紛れているはずなのにくっきりと浮かび上がるその青白いシルエットは異様の一言。
「あはやひゃあひゃやあやややyひゃはははあやややはyはやひゃはっ、ひゃっはー!」
七海はグルグルと目を回してそして、声にならない叫びをあげた。
『たすけて――!』
ぎゅっと、目をつむる。きっと助けなんか来ないんだとそう、考えてしまって、だから目をつむって痛みに備えてしまった。
その時目を開いていたらどんな光景が見れただろうか。
きっと胸がスッとしただろう。
そう、彼女が覚悟していた痛みはやってこなかった。
「歩くような速さで颯爽登場ッ! 拾った命は無駄にはしないッ! 弱気を助け悪しきを砕くッ! 怪人キラーのカビキラーとはまさに俺のこと!」
代わりに朗々とした名乗り声と、それからなんとも頭のおかしな激突音がやってきた。
「わわっ↑? 一体何なの↓?」
七海がぎゅっとつむった目を見開けば、そこにはアシンメトリィの真っ赤なシルエットが背を向けて立っていた。
「危ないところだったねお嬢さん! この俺ヒーローリバースが来たからにはもう大丈夫だ!」
その背中は大きかった。
ただただ大きかった。
「あ、ありがと→!」
その言葉にヒーローリバースが振り返って頷き、そして硬直した。
「ななななっ!? 七海さん!?」
「えぇ↓? なんで私の名前知ってるの→↓?」
「じじ、実は、だっ、ね?」
言葉は途中で遮られた。
なぜか! 決まっているヒーローリバースが蹴り倒した男は別にそれで倒れたわけではなかったからだ!
「ぎっざま゛ー! 喰っでや゛る゛!」
背中を向けているリバースへと巨体が襲い掛かる!
何たる卑怯か! だけど戦いとは殺し合いだ、卑怯もくそもないのである!
「おいおい、エネミーよ! 俺がリバースなんていう名を名乗っている意味も分からないとはな!」
ふんっ、と真っ赤ないでたちのアシンメトリィのヒーローは息を吐き出して気合いを入れ――!
「お前の次回作にご期待しているッ――!!」
そのまま背面越しに相手を捉まえて見事なバックドロップを決めたのだった――!
「あ、ありがとう↑……! ヒーローリバース↓」
七海水津香のその言葉に赤い大男はぐっとガッツポーズで応えてそれから颯爽と去っていった。
「ふわぁぁ」
「おい、またかよお前」
「んだようるせぇな。いろいろと事情があるんだよ、事情がさ……」
そして今日も明日も明後日も、夜に現れるエネミーをやっつけるヒーローがそこに現れる!
そう、奴の名前はヒーローリバース! 涙の理由を変える男だ!
完ッ!
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