#6 #2からの連作
マリアベルと青い雨:SF
【パブリックエネミー】 【君の瞳にカンパイ】 【ステンドグラスの聖女】 【暴走車】
世界政府などという間の抜けた統治機関がこの世界を席巻し始めたのはいつだったか。少なくともそんな記憶はアタシの中には存在してない。
だって当然だ、アタシが生まれるよりもずっとずっと前にこの世界は終わってしまっていたのだから。
アタシは知らない。この世界が終ってしまう前の状態を。
このクソッタレな退廃世界がまだ最低限文化的だったらしいその時のことを。
ある意味では清廉な夢で、またある意味ではかくも愛しき悪夢でもあった。
鏡に映った自分の顔は余りあるほどに酷かった。傷んだ銀髪はバサバサと跳ね放題になっているし、気味の悪い金目銀目は爛々と輝きを放っている。
総じてアタシは美少女だ、それはまず間違いない。だが、このクソッタレな世界において、それが何の役に立つというのか。
マリアベルは死んだ。アタシが知る一番の美人で、アタシが知る一番尊敬出来うる人物だった。なのに、マリアベルは死んだ。
シスターマリアベルは死んだんだ。
美人薄命。これはマリアベルがよく言っていたけど、自分がそうなっては意味がない。
だからこれはアタシのエゴだ。マリアベルが望まないとしても私は望むんだ。
マリアベルが生きた証がここにいるって、マリアベルの命が無駄じゃなかったって、マリアベルの教えは生きているって、アタシがそう証明してやるんだ。
世界は鉄とパイプ、総じていえば機械によって厳格に管理され調整されていた。
誰が作ったのか、そんなことは知らないが
おかしな話だ。人を助けるために作り出したはずの機械によって人が管理されるなど本来ありえないことだ。だというのに今のこの世界はその悪魔のような施策が横行し、人本来の可能性を排斥してしまっている。
そうだ、マリアベルはだから死んだんだ。マリアベルは、マリアベルの才能は、命は、機械なんかに判別出来うるような代物じゃなかったんだ。
なのに、なのに、そのただの鉄塊なんかに無能の烙印を押されたおかげでマリアベルは死んだんだ。
アタシは誓った。ほかの誰でもなく、アタシ自身の命と魂に、貧者の一灯として誓った。機械なんかに判別されるまでもない。
ただこの世界を変える。それだけだ。
目的地は、い一番地区一の一の一。
この国の中枢最深部で通称『
アタシが今いるのは、ゐ三番地区四の八の七。目的地は遠いがルートがないわけじゃない。だが、それすらも困難なのは間違いようもない。
厳格に管理されたこの世界は人の移動さえ常に監視されているし、だから何か不穏な動きがあれば即座に狙われる。
アタシの動きなんか何をどうやったって筒抜けになるだろう。
それはいい。大体、アタシなんてちっぽけな存在恐らく向こうからしたら片手間で処理できるような存在だ。
だからアタシは火をつけた。火をつけた。火をつけた。
ゐ三番地区一の一の一。ゐ地区の共通プラットホームへと火をつけたのだ。駅のいたるところに小さな発火剤を仕掛けて、時限式で起爆するように、火をつけた。
別に何かたいそうな理由があったわけでもない。ただ、混乱に乗じて列車を乗っ取れればそれでいい。
厳格に管理された中央集権。つまり、この国は今どこからでも時間を掛ければ一本ラインで中枢までアクセス出来る作りになっている。まぁ本来これは逆ではあるのらしいけど。
声が聞こえた。怒号とそれから悲鳴と、人の声はかくもうるさく感じられるのか。
同じ人類だっていうのに、ここにいる人たちはみんなみんな生きていない。
走り回り、逃げ回る目の前の人たちは厳格管理された家畜にしか見えなかった。
人ごみに逆らう。人目につかないように、なるべく怪しまれないように、身を低くして人雪崩を逆走する。
土砂崩れのような勢いで殺到しているはずなのに、人々は一様に規格化された足取りに見えた。
これでは本当によく躾けられた家畜に相違ない。
逆らって、逆らって、逆らって。
こっそりと乗り込んだ人を輸送するための貨物車は伽藍洞だった。
だけど、たった一人少女だけがいた。
それは栗毛色の少女だった。そしてアタシと同じように左右で色合いの違う瞳を持っていた少女だった。
薄手の白衣に、青いシャツと黒いミニスカート。年はたぶんアタシと同じくらいだ。
「君、なんでこんなところにいる? どうして逃げていない?」
「私? 私はね、待ってたの」
「待ってただと? 誰をだよ、今のここにはアタシしかいないっての」
「そうだね。だから私は待ってたんだよ」
「つまりあれか? アタシのことを待っていた、と?」
「そういっているんだけど、わからなかった?」
「およびじゃないんだよ、『有』判定を喰らったような人間はさ……!」
相手が何を言っているのかが分からなかった。だけど邪魔ものだということだけは良く分かった。
こんなところで止まれない。マリアベルの命の価値を証明するんだ。
だから立ちはだかるやつがいるなら全員敵だ。
敵は力づくでも排除して押し通る。そう思って近づいてこぶしを握った。
そこまではよかった。そこまではよかったんだ。
なのに――、
「ゴメンね私の方が一手早いよ」
気が付けば私の眉間にはヒヤリとした真黒い鉄屑が突き付けられていた。
「あんた、なんなんだよ。邪魔するなよ。アタシは変えるんだ、この世界を変えるんだよ!」
懇願に近い絶叫だった。
どいてくれよ、今すぐそこをどいてくれよ!
「あなた一人じゃ世界は変わらないよ。し地区、青の教会の雨子さん」
「あんた、なんでアタシのこと知って……?」
「初めましてだね。私はね『有』でも『無』でもないの。いうなればエラーだよ。もう少し変えると、そうだねパブリックエネミー。世界の敵かな」
アタシには理解ができなかった。
この、目の前の少女が何を言っているのか、それが理解できなかった。
「あなた一人じゃ世界は変えられないよ。だからさ、私と一緒に世界を変えない?」
ただ一つだけわかった。
こいつはアタシの敵じゃないということだけ、それだけはわかった。
交錯した視線はきっと同じ色を帯びていて、だから私は瞼を閉じた。
そこでカチンっ、と撃鉄が降りる音を確かに聞いた。
これはアタシと目の前の少女との新しい戦いの合図なのだ。
宣戦の祝杯。それを合わせる音なのだ。
世界は変わる。
きっと変わる。
何より、あたしたちの手で変える。
「それじゃあ行こうか? 私たちの未来のために」
瞼を開いた視線の先には空の青と機械の赤と、それから未来の緑。すべてを内包した一人の聖女が立っていた。
「わかったよ。アタシを使え、世界を変える剣にしろよ。そのためにならあんたにすべてを委ねてやるよ」
「交渉成立だね、さてそれじゃあ始めようか、私たちの革命を」
くるりと回った少女は楽し気な速足で先頭車両へと駆けていく。
そこから車両を乗っ取って、い一番地区一の一の一を目指す腹積もりだったか。
私は自分の計画さえも、一瞬忘れていた。それほどに目の前の少女が圧倒的だったから。
先頭車両に行き着いて、適当にボタンをポチポチと押してみても列車はうんともすんとも言わなかった。
「残念、雨子ちゃんの計画は失敗だね」
「くそっ、ここまでやってやっぱりダメなのかよ……!」
基盤を叩く。やたらめったらに基盤を叩く。
自分の無能さが頭にくる、これだから機械なんかに『無』判定を出されるんだ……!
だけど、マリアベルは、マリアベルだけは違う。マリアベルだけは『無』なんかじゃないんだ!
「だからさ、雨子ちゃん、あなたはこの無謀な賭けの続きを私にかける気はない?」
「賭ける。当然だ、次を選べるならばアタシは何をしても、何を捨てたって次に賭けるよ」
「そっか、それじゃあさ……」
少女の言葉と、アタシの後頭部にヒヤリとした感触が伝わるのは同時だった。
「おい、何を……?」
「私のために一回死んで?」
ガァンッ! という撃鉄の爆ぜる音。
それがアタシの始まりと終わりの鐘の音だった。
目的は引き継がれていくはずだ、この腐って終わった世界が変わるその時まで。
了
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