#GW2
最速騎士のリフレイン:ファンタジー
【グリザイユ】 【最高速の】 【ハッピーエンド症候群】 【リフレイン】
「あぁサヨナラだ。気を付けて帰るんだぞ」
そう言って手を振ったのは何時間前だっただろうか。少なくとも日暮れ前であったことは確かなことだった。
略式のやや軽微な鎧をまとった金髪の女はやけに豪奢な執務室で机へと齧りついて羽ペンを走らせている真っ最中だ。
彼女は王国で最も強い騎士として名を馳せている女騎士、キクリア=リリ=ラノフェルト=フォロース。
最強最速の女騎士クリスとはまさに彼女のことだった。
ただ、騎士という職業は国の多くの人たちが思っているほど煌びやかなものではない。
地味な執務や書き仕事も多く、悪人退治や魔物討伐なんかよりは要人警護をしているのほうがもっぱら多い。
そんな業務でもクリスはいやな顔一つせずに黙々と、淡々と、時に笑顔を振りまきながらこなしてしまう。
その笑顔に絆された騎士見習いや国民は大勢おり、親騎士派閥と呼ばれる勢力が一大勢力になっているほどだ。
「にしても流石に、これは量が多いぞ……」
机の上に山のように積み上げられた書類に目を通し、内容を精査しながらサインをしていた。
この国では風習として子供たちやその親たちから希望者を募って騎士見習いとして育てている。そして騎士クリスは騎士長だけでなくその見習い講習の担当者も兼任している。通常の執務業務に加えて、子供たちへの騎士としての礼法や剣術の指南、教養の授業などが加わった結果、彼女は相当に忙殺されていた。
だがそれでも、彼女にとって忙しさとは苦になるものではなかった。
「あの笑顔があればこそ……、だな」
何より、子供たちの笑顔が彼女にとって一番の栄養なのだ。
違う、断じて違う、彼女は、騎士クリスは小さな男の子が好きな性癖の持ち主ではない。
顔を綻ばせて、ペンを走らせ続ける彼女だったが、その時間は唐突に終わりを迎えた。
「騎士長ッ! 急ぎのご報告があります!」
焦った表情の新米騎士がノックもそこそこにクリスの執務室へと飛び込んできたからだ。
顔を上げて視線だけで続きを促すと、一息の間をおいてから伝令役の騎士が口を開く。
「はっ、本日の騎士講習を終えた子供たちがどうやら何者かに連れ去られたようなのです……!」
「場所は分かるか?」
「ただいま調査中で……、詳しくは……」
伝令役の騎士は口ごもる。
その直後、もう一度ドアが音を立てて開かれた。
「追報がありますので報告します!」
「頼む」
「連れ去られた子供たちの所在が分かりました! 場所は王都外れの廃教会であります、声明が出されました!」
「何を要求してきているんだ?」
「それは……、」
「何を言いよどむことがある?」
「相手の要求は……、クリス様、あなたの命です……」
女騎士クリスは黙って両手をついて立ち上がった。
「そうか、ならば私が出るのが早いな。支度をするから外せ」
「ハッ!」
ドアが閉まったことを確認してから女騎士は略式の鎧を脱ぎ始める。
略式といえど、鎧は鎧だ。当て布とアンダーウェアを着ていなくては地肌に直接あたって痛くてかなわないだろう。
そして、真っ赤な下着以外のものをすべて脱ぎ捨てる。彼女の体には無数の傷跡が刻み込まれていた。新しそうなもの、古いもの、体の前後ろを問わず、酷く痛々しさを感じさせる。
町娘の私服のような簡素な衣服を纏い肌を隠すと剣をとって執務室の大きなドアを無造作に開く。
「く、クリス様っ! そのような恰好では!?」
「相手方の所望は私の命だろう? なら構わないじゃないか。むしろ好都合というものさ」
「し、しかしそれでは……!」
「くどい、油断を誘うための仕込みだよ、そのくらい分かれ」
「し、失礼しました!」
頭を下げた騎士を捨て置き、クリスは一人馬を駆る。
目的はもちろん王都外れにある廃教会だ。
目的の場所に到着する前、とっくのとうに日は暮れた。いくら早馬を駆ったところでこの距離はいかんともし難い。
廃教会、なるほどこれは廃教会と呼ぶにふさわしかった。だが――
「おかしいな……。この教会が無人になったのはつい二年ほど前のはずなのだが……?」
彼女は記憶していた。彼女自身がこの教会の処遇についての書類に目を通し、裁量権を以てして色々と便宜を図ったのだから。
「たのもー!」
クリスは思考を切り替えて豪快に教会の扉を蹴破った。
バァンと大きな音が響き渡る。
直後に、内部から怯えたような子供たちの小さな悲鳴が上がった。
しまったと、クリスは内心で舌を出す。
「おいおい、お早い登場じゃないか、騎士さま」
「それで、お前は誰だ? 私の命と子供たちを交換しようとは……」
フードを被った小柄そうな男がのっそりと奥から歩いてくる。
顔の見えない相手に対してクリスは警戒しつつ、それでも中へと進んでいく。
「忘れたとは言わせねぇ……。覚えがあんだろうが、この顔によぉ!」
小柄な男はバサッとフード付きのマントを脱ぎ捨てる。
顔には大きな傷があり、体は異形だった。
うねるような青緑色の触手に、鎌のように変形した両腕、首から下は明らかに人間とはかけ離れたものだ。
「バノード=バックガンか……」
魔物と人を融合して人格を統合する研究をしていた男の名前だ。
そして、ちょうど二年前に非人道的な研究をしているとして王から処刑の命令が下されクリスが処したはずの相手である。
「私は確かに貴様の首を刎ねたはずだが?」
「おいおい、俺様の研究を忘れたのかよ? 首くらい刎ねられたって生きていられるさ」
「貴様……、自身さえ実験台にしていたのか……」
「俺は研究者だぜ? 試さずにはいられない性分なんだよ」
クリスは驚愕して、だけれど冷静に剣へと手をかける。
「おっと、それは考え直したほうがいいぜ? 今この教会の中には俺の
「くっ……」
酷く醜い形相でバノードがせせら笑う。
「そうか……、ならばやるといいさ。やって見せてくれ」
クリスは両手を広げる。
子供たちの泣き声がわんさと響いた。
「うるせぇんだよ!」
男のうねる様な触手が暴走するかのようにめちゃくちゃに伸び、音を立ててあたりを浚っていく。
「なっ、イヤぁ――!」
「うわぁぁあぁぁ!」
その突然の惨劇にクリスは目を剥いた。
怒りに頭が沸騰する。
血だ。教会の中に子供たちの血が、飛び散っていく。
「きっさまぁ――!」
叫び声よりも行動が早かった。
最高最速、最強の騎士。それが騎士クリスである。
距離を一瞬で詰め、それから都合一二八の剣劇がうねる様な男の体を一瞬にして寸断していく。
人呼んで最高速の剣姫。それがクリスの渾名だった。
「私は認めない……、こんな終わりは絶対に認めたりするものか……!」
そして崩れ落ちた廃教会でクリスは一人涙を流す。
それが合図だった。
幾多の戦場において圧倒的な力を誇り、若くして騎士長の座へとたどり着いた女騎士の真の力。
他人の傷を肩代わりする能力。それが彼女の魔法の力だ。誰でもない彼女だけの魔法の力。
この人数だ、そんなことをすればどうなるのか……。彼女はそれがわからないほど馬鹿ではない。
だけれど、敢行する。
そうしなければ子供たちは救えないのだから。
後日、子供たちは無事保護されたという知らせが王都に響いた。
騎士クリスの名声は死してなお王都中にとどろいたという。
終。
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