#GW1

監禁閉塞洗脳遊戯:ホラー

【相転移】 【旗あげゲーム】 【不特定多数】 【見知らぬ天井】


「さてと――、」


 私はモニタ――小さなボタンが備え付けられている――をのぞき込んで、そこへと集められた一団を監視する。

 寝ているのは十四人で、内訳は男が八人女が六人だ。

 もちろん私はここにいる全員のことを知らないし知る必要もない。

 それでも私はやらなくっちゃならない。全ては私が生きるために必要なことなのだから。

 まだまだモニタの中に転がっている人たちは目覚める気配はなさそうで、だけど覚醒したときに何が起こるかなんて言うのは火を見るよりも明らか。

 立場を自分に置き換えてみればいい。

 まずは困惑、のちに恐怖。それから遅れて怒りだろうか。とにかくあそこに転がされてる十四人は何も知らず、見知らぬ天井の真っ白い部屋で目覚めることになるのだ。

 私だったらそんなストレスには耐えられそうにない。知らない場所、知らない人たちばかりが集められた空間。そんなの発狂してしまう。

 ただでさえ私は不特定多数が集まって一緒くたになるような人混みや満員電車が嫌いなのに、それ以上にたちの悪い密閉空間閉じ込められるなんて考えられないし考えたくもない。


「あら、そろそろ一人目がお目覚めかしらね」


 モニタの中で一人の男の体がもぞりと動いた。つぶさにそれを観察する。

 私が与えられた役割は二つ。一つはこの箱に放り込まれた十四人がすべて目覚めるまで監視すること。

 それから目覚めた十四人に対してあることを行使すること。

 特に感慨もない。ただしいて言えば、これを達成したとしてきちんと結果が返ってくるのか、それだけが心配。

 目覚めたらしき男は頭を振ってゆっくりと体制を整え始める。

 自分に何が起きたのか、よく理解できていないようだった。まぁそれはそうだろう、私が同じ立場にいたとして、間違いなく状況なんて把握出来はしないだろうから。

 きょろきょろとあたりを見回して、それから地面に転がっている十三人に目を向けた男は、一人一人に声をかけていく。

 なるほど、どうやらこいつは比較的真面目な性格で、悪さをしようなどと企んだりはしない人物であるらしい。まぁこのクソ暑い真夏の時期にグレーのスーツなんぞを着ていることから推して知るべしというものかもしれないけれど。

 それから、ゆっくりと全員が目を覚まし始めた。

 派手なシャツを着た男に冴えない大学生と思わしきもやし、精悍な顔立ちをした日焼け男、リュックを背負った小太りの眼鏡、目が悪いのかじぃと視線を細めている目つきの悪い中年に利発そうな高校生くらいの男の子、それから心底胡散臭い表情をした学者風のおじさん。

 股の緩そうな派手な女に、気弱そうな黒髪のOL、同じ黒髪のOLでも目つきの悪いほうもいる。それから、眼鏡をかけた若い女――ともすると学生かもしれない。ぶくりと太った性格の悪そうな表情の豚におっとりしてそうな長い茶髪を結った人妻風のヤツ。

 全員が目を覚ませば当たり前のようにそれは起こった。

 最もモニタ越しであるため音声は聞こえない。だけどその動きを見れば何が起きているのかは明らか。

 股も頭も緩そうな女が精悍な男に突っかかっている。イヤ、おそらくはヒステリックになって一方的に突っかかっているだけなのだろう。

 そんな頭の悪さがイヤになって、ため息を吐き出すとともに、私は備え付けられた小さなボタンを手のひらで叩いた。


『こんにちは皆さま方。ようこそ見知らぬお部屋へ。まことに残念ながらあなた様方は選ばれてしまいました。不特定多数の中から無作為に選ばれた十四名です、どうぞご喜びください』


 あまりにも白々しいアナウンスが響き渡る。


『あなた方にはこれから七人ずつに分かれて旗あげゲームをしていただくことになります。拒否権はありませんのでお間違えの無きよう。二十秒後に天井から赤旗白旗系七対を投下いたしますので、頭上のほうご注意くださいませ』


 ビィと警報音が響き、それからモニタの中に旗が降り注いだ。正直、あれをまともに頭に食らっていたらけがをしていたと思う、雇い主様はどうにも悪趣味だ。

 モニタの中を注視していれば、どうやら案内に従う気はなさそうなようだった。

 冷静に考えて、私が同じ立場にいてもそうするだろうと思うし、別に不思議はない。

 だからこそ、私はここに呼びつけられ、莫大な報酬と引き換えにこんなことをやっているのだ。

 私には何の役にも立たない超能力が一つだけある。

 それはライブ中継中のモニタに映る人物へ旗あげゲームを強制させるというもので、しかも前提条件として、該当人物は見たことのない天井を見た後でなければならないという制約がある。

 まったくもって使えない。何のために存在するのか全く分からないし、使うことも絶対にないだろうと思っていた超能力だ。

 それをどういう訳か雇い主様は嗅ぎ付けてきて、あまつさえ使えとおっしゃった。

 ふざけていると思った。

 だけど、状況はこうして整った。整えられた。

 そうなれば不本意だけど使うしかなかった。


「よーい、はじめっ」


 モニタの中を覗き込んだままで口の中だけで小さく、小さく呟く。

 さすれば、困惑した十四人が二人組に分かれて旗あげゲームを開始したのが見て取れる。

 あとは私が止めの合図を口にするまでは何時間でも、何十時間でも、何百時間でも、この人たちは旗あげゲームをつづけることだろう。

 私が依頼主様から承った行動はここまで。だから後のことは知ったことではない。

 そう、たとえモニタの中の十四人が死に絶えるまで旗あげゲームを続けることになろうとも。

 モニタの電源を落とす。死ぬまで旗あげゲームをし続ける人たちを眺め続けるような趣味は私にはないから。


「恨むなら自分の不運を恨むことよね」


 小さく呟いてから、私はこの部屋を出ようと出口へと向かおうとして、そしてはたと気が付いた。

 いったい私はどうやってこの部屋に入ってきたというんだろう。

 だって、この部屋にはドアなんてひとっつもありはしないじゃない。

 息が上がる、発狂しそうだった。

 こんな、こんな薄暗いたった一人私しかいない部屋にずっとずっと閉じ込められるなんて……!


「いや……、イヤよ……。助けて……」


 分かっていた、諦めないといけないと。

 分かっていた、絶対に助けは来ないんだと。

 分かっていた、これは因果の相転移、自業自得の結末なのだと。


「それでも、いやぁ……」


 声の許す限り、体力の続く限り、私はただただ絶叫を繰り返し続けたのだろうか。


 了


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