第4話 そして君も呪われる

「で、これからどうするんだい。『破滅の加護バッドラック・フォーチューン』はあんまり情報がない適合者ボーダーだからね、闇雲に、おおっとギャグじゃないよ? まぁ行き当たりばったりで探し回っても見つからないだろうねぇ」


無限虚数なかぎりうろかずのところへ行って護衛という体でも出せば済む話じゃないか」


 小馬鹿にするように『病蜘蛛』は笑った。いちいち相手の神経を逆なでしないとコミュニケーションもまともに取れないのかこいつは。


「先に言うと、『戦場荒らしハイエナ』が君に情報を与えなかったのは、単純に与えられなかったからだよ。あー、わかりづらいか。彼女自身も情報を得ることができなかったから、だね」


 雑居ビルから出る。外の空気は、少しだけ湿っていて不快だった。人々が行き交う中であまり仕事の話をしてほしくはなかったが、実のところ例えば街中で適合者ボーダーについて大声で語ろうが、キチガイ認定を頂くだけである。それとおなじことだ。必要以上に隠し立てしないことが隠し事には寛容だ、というのが会長の主張だったか。忘れてしまった。


「まぁでも、とりあえず行ってみるってのは悪くない話さ。情報は獲ってくるもんだしね」


 『病蜘蛛』は手を挙げて、流しのタクシーを呼び止めるとこちらが何か言う暇さえ与えずに助手席に乗り込んでしまった。あきらめてタクシーに乗り込むと、『病蜘蛛』は運転手にしなだれかかり口づけを送っていた。やがて離れた彼女の口元には、比喩ではなく糸を引いていた。ぐったりと、運転手が座席に沈み込む。


「何をした?」


「ん? 言うこと聞いてもらおうと思ってね。まぁ私の能力の一つさ。これで秘密の話もできるし、ね」


 糸を噛み切ってそれを右手のリングの一つにつなげる。と、同時に運転手が起き上がり、ぼんやりとした表情のままにハンドルを握った。タクシーがゆっくりと動き出す。『病蜘蛛』はそれを見届けて、不破の方へ振り返った。


「興味あるでしょ? 私たちのこと」


勝利者の剣ブレード・オブ・ジャスティスは有名だ。知りたくなくても知るハメになる」


「それ、本気で言ってないでしょ? 建前トークとか、いらないから」


 ニヤニヤと笑ってはいたものの、その声色には感情の色が見え隠れした。不機嫌であることを隠そうともせずに、彼女は答えを待たず続ける。


新天地デイ・ブレイク事件は、組合ギルドにとっても、大事だった。なんせ、初めての大規模な内部分裂抗争だったからね。それだけに情報規制も激しいし、殆どのレギオンは口をつぐんだ。当り前さ、自分の汚点を暴露トークなんて、できやしない」


 あの当時は、本当に酷い有様だった。それが裏切りなのか、反抗なのか、今でもわからないままだ。たくさんの人間が犠牲になったにも拘らず、誰もが口をつぐみ、忘れようとしている。


「ボクにとっても他人事で済ませられない事情があってね、少しだけ調べたよ。新天地デイ・ブレイクを名乗る組織がこの事件を起こしたんじゃない。この事件は新天地デイ・ブレイクを結成するために起こった事件だったんだ」


 周りの風景は商業区から住宅区に変わっていく。人々の営みが流れる。それを遠くに感じていた。


「彼らは、適合者ボーダーを増やす事を目的にしていることはわかっていた。それってさ、組合ギルドの理念とそう違わないよね。いつか僕らが受け入れられる社会のために、ってさ。彼らの言い分は、わからないでもないね。ボク達と人間はわかりあえない、だったら全人類を適合させてあげればいい。単一民族の社会なら民族間の争いはないよね。画期的な解決だ」


 それが正しいことなのかどうか、不破には判断するつもりさえなかった。迷いの中で、生きていても、正しいと思えることが何かさえ分かっていなくとも。多くの人々の営みを愛し、平穏を、日常を守りたかった自分たちの、夢の残滓が、残り香が胸の内にある限りは。


正義はみんなのためにあるワン・フォア・オール。だからみんなは正義のために死ねオール・フォア・ワン。素敵だ、とっても素敵な理念。素晴らしい他者犠牲の精神のもと、力尽くの正義計画プロジェクト:オール・フォア・ワン新天地デイ・ブレイクへと至った。ねぇ、不破」


 血のように赤く染まった瞳が不和を射抜く。怖気が走るほどの激情が、彼女の中では渦巻いていた。


「ボクたちは正義のために、日常を守るために作られたんだ。それを、歪めたやつがいるはずなんだよ。許すわけには、いかないよねぇ」


 それを彼女の被害妄想にも似た予想だと切り捨てることは容易いだろう。けれど、彼の記憶が、あの時交わした約束が、願いが、それをさせなかった。あの裏切りが、誰かの意思で起きたのだとしたら、その誰かには相応の報いを与えなければならない。けれど、どう取り繕ったとしても、あの人の選択は、あの人のものなのだ。静かに、ポケットの中に手を差し入れる。ナイフの刃に指を走らせると、鋭い痛みと、熱が指先に伝わる。冷たい金属の感覚とそれが、心を落ち着けてくれた。



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