第3話 針が交わる
「ささ、行こうか。『
楽しげに笑って、彼女は肩を妙に強い力で押した。近くで見ると、不破よりもやや背が高いことがわかる。それでも特に鍛えられているようには見えない。もしかするとそういう能力を持っているのかもしれない。
「行った行った。私は忙しいんだ。あとは若い二人で何とかしてくれ」
ひらひらと、適当に、面倒そうに手が振られた。
「急かすな、後、街中でコードネームで呼ぶなよ。それくらいはわかってくれているとは思うが」
半分は嘘だった。彼ら
「え? あー、んー。了解、不破クン。でもさぁ、ボクはどうすんの? ボクに名前なんかないわけなんだけど」
困ったように、あいまいに笑んで見せ頭を所在なさげに掻いた。自分の中で整理するように、言葉を選ぶように。
「お前とかそんなんで問題ないとは思うけどね。その辺は任せるよ」
「……わかった」
思うところがないわけでもなかった。考えることがないわけでも、なかった。踏み込むべきではないことだというのは、彼女が初めて笑みを崩したことで気づくことはできた。
「とりあえず、他の連中にはもう会ったのか? つってもウチの
「パンクファッションの子とは会ったよ。『
「あいつに関しては、名前で呼んでやれ。すぐに拗ねるんだ」
自分の名前に拘りというか、誇りを持っているらしかった。
「……善処はするよ。で、もう一人は?」
エレベーターを呼ぶ。顔を合わせていないなら、顔を出しておいた方がいいだろう。
「じゃぁ、今から会っておくか。確かあいつは七人神楽の医療班にいた時期があったはずだ。何か聞けるかもしれない。まぁ、会長が何も言わない以上何か聞けるとは思わないけどな」
エレベーターで一階へ向かう。
「不破君、おかえり。またお仕事なんだってね」
声もまた、細く頼りない、穏やかなものだった。生気のない黒い瞳といい、死人のようにさえ映ることがある。彼女の着ている使い込まれた白衣よりも顔色が悪いかもしれなかった。
「そちらは?」
「『病蜘蛛』だよ、短い間だけどよろしく」
「『
差し出された手を、
「わかった、話を進めよう。
ただでさえ青白く、生気を感じない顔に影が差した。今までは踏み込むことを避けていた話題だったが、やはりとしか表現できない反応だ。
「……博士のことを語る立場に、私はないかな。向こうでも私の名前は出さない方がいいよ。拗れるか、とにかく碌なことにはならないと思う」
「それはそれで楽しそうだねぇ。彼らと喧嘩するのも、興味はあるよ」
「大体、お前の考えはわかってきた。黙って聞いてろ、『病蜘蛛』」
声を殺して笑い『病蜘蛛』は一歩下がった。これからこいつと二人で事に当たると思うと、気が滅入る。
「……一つだけ。彼の研究について、知っていることは?」
「
遠くを見つめるように、昔日の残照を、懐かしむように、きっと今の彼女は、過去のいつかにいるのだ。
「それで不死の
肝心な部分は聞けそうになかった。今に戻ってきた彼女の目に、明確な拒絶の意思が灯っていた。聞きたいことは山ほどある、けれど言わせたいことがあるわけではなかった。
「行くぞ、『病蜘蛛』。ここでは埒があきそうにない」
「ふふ、了解。なら思う存分に埒を開けに行こうじゃないか。それじゃぁね、
扉を開く。外の新鮮な空気が流れ込んできた。『病蜘蛛』が振り返り、その名に恥じぬ、病んだ笑顔を
「『
「……人違いでは?」
「そっか、ごめんねぇ。コードネームしか覚えられない質だからね。ほら、行こう、不破」
ちらり、と
「ああ。騒がしくして悪かったな。また」
「うん、また」
世の中には、知るべきでないことと、知りたくないことが多すぎる。それでもきっと、そのどちらも知らなければならないことだった。少なくとも彼にとっては。今更の話ではあったけれど
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