【2】
セーラが暮らしている街の名前はアトロポスという。
モイライ王国の中央の平野に位置するこの王国唯一の街で、領主のお屋敷を中心に宿屋、武具屋、道具屋、酒場などの冒険者にとって必要な施設が配置されている。
この王国の北東には邪悪な魔物が跳梁跋扈するラケシスの塔と呼ばれる魔塔があり、この街はちょうどその塔への中継地点であることから、その魔塔に眠る財宝や伝説の武具を求めて世界各地から集う冒険者たちの拠点になっているのだ。そのおかげで、本来ならば冒険者とは無縁のもの静かな街のはずのこのアトロポスは、いつもそれなりに賑わっている。
ちなみに、難攻不落と言われていたラケシスの塔の全階層を初めて踏破して完全攻略した人物は、勇者アンキセス――セーラの父親なのだ。しかし、彼はラケシスの塔から帰還した直後に、流行り病のモイライ風邪に罹って他界してしまった。その当時、セーラはまだ幼かったので、当然ながら父親のことは全くと言っていいほど記憶にない。
ラケシスの塔の頂を制した者の前には大天使が降臨し、どんな願いも一つだけ叶えてもらえるという言い伝えがあるが、勇者アンキセスがどんなお願いをしたのかは、今となっては誰にもわからない。
自宅を出て最初の角を曲がると、数軒の民家が軒を連ねていて、その先に一軒の鄙びた道具屋がある。その店先のカウンターに、セーラと同じ年頃の青い髪にカチューシャを載せた少女が立っていて、屈強な冒険者相手に物怖じもせず接客をしていた。
「ルッコラ草を三個ですね。ありがとうございます。それから本日はラパン草がお買い求めやすくなっていますよ。ご一緒にいかがですか?」
重々しい鉄板鎧を装備した冒険者は、この国で一番ポピュラーな体力回復効果のある薬草――ルッコラ草に加えて、軽微な状態異常を回復する薬草――ラパン草を数個買って革製の道具袋にしまい込むと、足早に去っていく。
「あら? セーラ」
「アーメンガードちゃん、こんにちは」
カウンターに立っていた少女――アーメンガードは、セーラの幼馴染みでこの街で唯一、つまりこの王国で唯一の道具屋の一人娘である。
アーメンガードの道具屋の店構えはこぢんまりといているが、先ほどのようにラケシスの塔を探索する冒険者が回復アイテムなどを求めて訪れるため、見かけによらず結構繁盛しているようだ。
「セーラ、今日はどこかにおでかけなの?」
「うん、これからママのお使いでお城まで行くの」
王城へ足を運ぶというのは、一般の町人にとってはなかなか機会がないということもあって、セーラはそのことをちょっとだけ誇ってみせる。
「ママのお手伝いなんて偉いわねセーラ。じゃあセーラには特別にこれをあげちゃう」
そう言うとアーメンガードは、店の商品棚から何かを取り出してセーラに手渡す。
セーラが親友から手渡されたのは、お洒落な小瓶に入った高級回復薬 (ハイポーション)だった。
「そうだあの子の分も必要よね。はい、どうぞ」
アーメンガードは、更にもう一本の小瓶をセーラに手渡す。あの子というのは、もちろん今は札になってポシェットの中にいるフリューのことだ。
「お使いの途中で疲れたら、それを飲んで体力を回復させなさい」
「あ、ありがとう。でもいいの? お店の商品なのに?」
セーラでもこの回復薬がかなり高価な代物であることは知っていた。下手をしたら一瓶でもセーラのお小遣い数か月分の価値があるかもしれない。
「いいの、いいの。でも、その代わりセーラが、セーラのパパみたいな立派な冒険者になって、色々な場所を冒険するようになったら、いっぱいウチの商品を買っていってね」
アーメンガードはカウンターの向こう側にいるセーラを見つめると、にっこりと微笑む。
どうやら先ほどの高級回復薬の差し入れは、親友のセーラが将来一流の冒険者になることを見越しての先行投資のようだ。だが、その笑顔は決してお客様への営業スマイルなどではなく、大好きな親友へ向けての屈託のない笑顔だった。
二本の小瓶が入って少し重くなったポシェットを揺らしながら、セーラはアーメンガードの道具屋の面する通りの角を曲がり、この街の出口に通じる大通りを目指す。
まるで霜の巨人(フロストジャイアント)のように背が高く真っ白な雲の一群が、モイライ王国を縦断する街道に佇むセーラを見下ろしている。
クロトの王城までの道のりは、この街道をひたすら南下するだけ。
お世辞にも方向感覚に優れているとはいえないセーラでも、道に迷うことはないだろう。
それに加えて、このモイライ王国ではラケシスの塔の内部以外の領域(フィールド)では人に害をなす魔物の存在は確認されていない。インテグラ女史もそのことをちゃんと把握しているからこそ、セーラを街の外へお使いに遣ったのだ。
セーラはポシェットから従者の札(サーバントカード)を取り出すと、目を瞑 り呪文の詠唱を始める。そのおまじないの言葉に応えるように、従者の札は七色に光る。
本来の従者としての姿を取り戻したフリューは、セーラの周囲を低空飛行で何度も旋回する。
「じゃあ、行こうかフリューちゃん。」
セーラはフリューをお供に、街道沿いに咲く色とりどりの花を楽しみながらピクニック感覚で王城へ向けてのんびりとしかし着実に歩を進める。
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