Little Summoner ~セーラの初めてのおつかい~

みすみみくま

【1】

後の人々が『古代王国時代』と呼ぶむかしむかしの時代。

とある大きな大陸のはしっこに、小さな王国がありました。

その小さな王国の名前は、モイライ王国。

モイライ王国は一つの城と一つの街、そして一つの塔しかない本当に小さな王国。

これから始まるのは、その王国に暮らすとある少女の日常を綴った物語。

その少女の名前はセーラ。

ママは、王宮アカデミーの学長を務めるほどの偉い学者にして魔術師。

天国にいるパパは、魔王を退治してしまうほどの勇敢な勇者。

そして、セーラは無限の可能性を秘めた見習いの召喚士(サマナー)。



 小鳥たちの囀りで目を覚ましたセーラは、ねぼけまなこを擦りながら花柄フリルのパジャマ姿のまま、従者(それ)を抱きかかえダイニングルームに向かう。

 木製テーブルに敷かれたランチョンマットの上には、母親が準備してくれたライ麦パンとヒヨコ豆のスープ、そして彩り豊かなフルーツが並べられていた。

 この王国の一般家庭では、ごくごくありふれた朝のメニューだ。

「いただきます」

 セーラは手を合わせてお辞儀をすると、従者(それ)を隣の椅子に座らせてからライ麦パンを小さく千切ってその欠片をはむはむと食み始める。

 先ほどからセーラと行動をともにしている『従者 ( サーバント)』とは、召喚主である主人に使役される使い魔のことである。そして、セーラはその従者を召喚して使役できる能力を持つ召喚士( サマナー)なのである。

 召喚士は特殊な職業(クラス)であり、この世界の誰もがなれるわけではない。この王国にも召喚士は、おそらく片手で数えられるくらいしかいないだろう。とはいっても、彼女はまだまだ未熟な見習い召喚士であり、その能力もまだ発展途上である。

 セーラはテーブルの上にあるフルーツの中からオレンジを選ぶと、その皮を丁寧に剥いて従者に食べさせる。

 瑞々しいオレンジを口にした従者は、赤銅色の大きな瞳がぎょろりと動いたかと思うと、目を細めて喉をごろごろと鳴らしている。



「どう? フリューちゃん、美味しい?」

 セーラの従者の名前は、フリューという。

 フリューは、セーラが幼いころからずっと一緒に過ごしてきた、最愛にして唯一の従者。

 大切なかけがいのないパートナーなのである。

 フリューは、いにしえの魔族の末裔であるフルフールという種族の従者で、大きさは小型の犬くらい。身体の色は深い緑色。手の指は三本で、指先は鉤爪のようになっている。背中には堕天使のような小さな翼が生えていて、低空・低速ではあるものの自由に飛行することができる。まさに一般の人がイメージする典型的な使い魔の様相を呈している。

 フルフールはもともと戦闘を得意とするタイプの従者ではなくフリュー自身のレベルもまだ低いため、攻撃に関しては、口から小さな火球を吐くくらいのことしかできないが、このまま順調に成長すればいずれは風属性の魔法なども習得することができる。

 やっと口の中のパンの欠片を呑み込んだセーラは、次のパンの欠片を口に入れようとしたが手を滑らせて床に零してしまう。

 セーラが慌てて食卓の下を覗き込むと、自分の足元に一冊の見慣れない本が落ちていることに気付く。セーラはパンの欠片と一緒にその本を拾い上げてみる。

 高級感のある上製本だが表紙には何も文字が書かれていないので、何の本なのかは分からない。


 セーラの母親はかつて王宮アカデミーの学長を務めたほどの学者なので、彼女の書斎には古今東西の様々な書籍が所蔵されている。この本もきっと母親が朝食を食べながら読書をしていたときにここに落としてしまったのだろう。

 とりあえず、セーラは手にした本を開いてパラパラとページを捲ってみる。

 そこには活字がびっしりと敷き詰められていて、何かのレシピのようなものが記されていた。

 一見すると錬金術の調合レシピのように思えるが、よく見てみるとセーラにも理解できる食材の名前がちらほらと散見している。これはどうも料理のレシピ本のようだ。

 セーラがたまたま開いたページには、ミルクプディングのレシピが記されていた。

 セーラがそのレシピの文字列から、甘くて蕩けるような食感のミルクプディングが完成する様子を思い浮かべて悦に入っていると、紫紺色の学者風の服を身に着けた女性が奥の部屋から顔を覗かせる。

「あら、セーラもう起きていたの?」

 彼女こそがセーラの母親にして、学者・魔術師・召喚士という三足の軍靴を履くほどの多彩な才能を持ったインテグラ女史である。

「あ、ママ、おはよう。セ、セーラはいつもお寝坊さんなわけじゃないよ。今日は早く起きたよ」

ここ最近は起きる時間が遅くなっていたことを自覚していたセーラは、今日はいつもと違うということを必死にアピールする。


「そう、それはよかったわ。ところでセーラこの辺に本が落ちていなかったかしら?」

「これのこと?」

 セーラは手にしていた本を掲げてみせる。

「そうそう、それそれ。ありがとうセーラ。やっぱりここにあったのね。」

 セーラが手にしていた本を見たインテグラ女史は、青色の丸縁眼鏡のフレームに手を掛けるとにっこり微笑みウインクする。

「それから、今日はセーラにお願いしたいことがあるのだけれどいいかしら?」

「うん」

「じゃあ、着替えたらママの部屋に来てちょうだいね」


 自分の部屋に戻ったセーラは、身に着けていたパジャマを脱ぐと丁寧に畳み始める。

 その間に従者のフリューが、低速で羽撃きながらクローゼットに向かいセーラの着替えの服を運んでくる。

 フリューが両手で抱えてきたのは、プルオーバーの法衣のような白い服で、セーラはその服を頭からすっぽりと被るようにして着用する。

 これだけでは、まるで修業中の修道女(シスター)みたいに見えてしまうが、その上からお気に入りの赤いふわふわのケープを肩に羽織るとそれがアクセントとなり、見違えて可愛らしくみえる。続けて、セーラの着替えが終わるのを見計らったような絶妙なタイミングで、フリューが赤い大きな丸い帽子を咥えてくる。

 その帽子はつばのないベレー帽タイプ。

 とても触り心地のいいフェルト生地で仕立てられていて、セーラのサラサラな栗毛色のストレートヘアにとても良く映える。

 これこそが召喚士専用の魔法の帽子というわけではないのだが、赤いふわふわのケープと同じくセーラのお気に入りの装備品の一つである。

 セーラはその帽子を受け取ると頭の上にちょこんと載せ、フリューの前でくるりと一回転してみせる。



「フリューちゃん、ありがとう。じゃあ、しばらくお休みしててね」

 着替えが終わったセーラは、そういうとフリューを優しく抱きしめながら短い呪文のようなものを詠唱する。すると従者の身体が虹色に輝き始め、やがてセーラの両手に収まるくらいの一枚の札へと姿を変える。

 召喚士 は基本的に従者と常に一緒に過ごすものだが、日常生活において魔物のような姿をした従者がいると都合が悪い場合もある。そんなときのために召喚士は、自身の従者を従者の札(サーバントカード)と呼ばれるタロットカード大の札に変化させて、自由に持ち運ぶことができる。ちなみに、この技術は召喚士にとっては基礎中の基礎のものなので、見習いクラスのセーラでも容易にフリューを従者の札に変えることができる。

 セーラはフリューの従者の札を肩掛けのポシェットにしまい込み、母親の部屋であるダイニングの奥にある書斎へ向かう。

 セーラが書斎のドアを三回ノックして中に入ると、そこには王立図書館の一部を切り取って持ってきたかのような風景が広がる。

 移動式の書架には様々なジャンルの書物が無造作に押し込まれるように並べられていて、まさに学者の部屋という雰囲気を醸しだしている。

 インテグラ女史は、四方をその書架に囲まれた僅かなスペースに置かれた文机の椅子に腰掛けて先ほどの料理のレシピ本を読んでいた。


「ママ、お願いって?」

「セーラには、これをクロトのお城に届けて欲しいの」

 インテグラ女史は読んでいた本をぱたんと閉じると、文机の引出しから一通の封書を取り出しセーラに手渡す。

 高級感のあるスノーホワイトの封筒には、赤い薔薇を象った封印(シール)がしっかりと施されていて、その封印の右下に宛名と思わしき文字が優雅な筆記体で記されている。

 最初の文字――つまり、宛名の人物の最初の一文字目は、モイライ文字のアルファベットの「A」に当たる文字のように思えるが、セーラには母親が書いた文字は達筆すぎて、その先は何と書いてあるのか読み取ることはできなかった。

 それでもきっと何かとても大切なことが認められているということは、セーラにもすぐに理解できた。

「本当はママが届けてくればいいのだけれど、今日はちょっと忙しくて……」

「うん! ママわかった。セーラお手紙届けてくる」

「クロトのお城には前に一緒に行ったことあるし、セーラ一人でも大丈夫よね? お城の人にママの名前を言えばすぐに取り次いでくれるはずだから。それからどんなに遅くなっても夕方までには絶対に帰ってくること。いいわね」

「うん、わかった」

 母親から預かった大切な手紙を道具袋代わりのポシェットにしまうと、まるで冒険者ギルドから大きな探索(クエスト)の依頼を受けた一流冒険者になったような気分で、セーラは街へと駆け出す。


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