第15話 地球5

 僕は、朝、ファミレスで目を覚ました。あのノートに触った瞬間、猛烈な感情が込み上げて。前後不覚のような状態になってしまい、知らないうちにソファーにもたれかかって意識を失ってしまっていたようだ。そして、そのまま寝てしまったのか。気付いた時には、もうすっかり朝になってしまっていた。

 僕が目を開けると、僕の事を見ていたらしい店員があわてて目を背けた。周りの席は、朝食を取りに来たサラリーマン風の人達や、労働者風の人達でいっぱいになっていた。八人席のソファーを一人で使ったまま寝ているように見える僕はうざったく思われていたのだろう。

 腕時計の時間を見た。もう9時近かった。ここを出て自転車屋を探しても全く問題のない時間だった。僕は、慌てて会計を済ますと、席が無くて店先のソファーに並んで待っている徹夜明けの大学生風五人組の冷たい視線から逃げるように外に出た。

 良い天気だった。やたらと光りが強く、すべてを輝かせ、現実感のない景色を作り出していた。

 まだ夢の中にいるかの様だった。ぼんやりとしたまま、そんなあやふやな感じのまま僕は外に出た。

 そして、

「夢か」と、

 僕は置き場に止めていた自転車の鍵を外しながら、そう呟いた。

 僕はファミレスで寝ていた間、何かとても長い夢の様なものを見ていたような気がしたからだ。

 その内容はあまりしっかりとは覚えてはいなかったが、それはとても骨董無形な話であったような気がした。

 宇宙に出た人類の話であったかも知れない。なぜ突然そんな夢を見たのかはさっぱり分からなかったが、昔見た映画でも無意識に思い出していたのだろうか。

 ともかく、あまり思い出したくなるような夢ではなかったような気がする。ならば、そのまま忘れてしまっても良いのだが、どうにも、最終回だけ見逃してしまったドラマのような、物足りなさがそこにあった。たぶん夢は結末に至る前に終わってしまった、僕は起きてしまったのだ。

 夢なんてそんなもの、不条理で、突然で、起承転結もなく、あっさりと終わり……。

 いや、——現実だってそんなものか。

 みんな、勉強や、努力や、積み重ねで何事かなせるなんて思っているけれど、偶然に偶然が重なって、たまたま何かが起きてしまう事ばかりなのではないか。

 たまたま連続して偶然に起きた事を真理や法則だと思い込み、そう思って期待した事は、今度は、偶然に裏切られる。

 世の中は、そんな事の方がずっと多いのではないか。考えてみれば、そうなのではないか。僕は、そんな風に思う。

 そう思えば、

「何か、何でもどうでも良い感じもするな。でも……」

 ならば、それでこそ、自分はするべきことがあるような気がした。

 もちろん、努力だ準備が在っての上だが、それでも世の中が、偶然に、物事の結果を、いろいろな勝ち負けを決めてしまうものならば、結果も努力も越えた別の次元で僕らはそれを見つめる事をする必要がある。

 所詮、凡人の僕らが、何度がんばって繰り返しても、同じようなところをぐるぐる回っているような結果しか出せないとしても、その繰り返しを越える、その平面を越える意思は……、

「あれ、ノート!」

 僕は、その瞬間、テーブルに追いたままであったはずのノートの事を思い出した。

 店員に伝えるのを忘れていた。その事を、何故か、夢の結末について考えている時に思い出す。

 それは、何か、僕には直ぐに思いつかない意味が隠されているような気がしたが、ともかく、今はそんな事を考えるよりも、ファミレスに戻って、ノートの事を店員に伝えようと思ったのだった。

 僕は一度離れかけたファミレスに戻った。入り口に着く前に、外からガラス越しに自分のいた席を見ると、ウェイターがテーブルの上を片付けているところだった。彼は、調度、机の上のノートに気付いたところだった。それを持ち上げて、だれかの忘れ物かと、顔をあげ、首をかしげ、——外からそれを見つめていた僕と目が合った。

 ウェイターは、僕に気付くと、指止しで、これは僕の物なのかと言ったようなジャスチャーをした。

 僕は大慌てて、手と首をふり、地面の方を指差して、落ちていたと言ったような動作をした。

 すると、ウェイターに僕の意思が伝わったようだ。彼は納得の行ったような顔になり、僕に一礼。

 僕もそれに一礼を返すと、自転車をUターンさせファミレスから離れるのだった。

 朝の街へ。

 夕べの鬱屈した気持ちなんて馬鹿らしいくらいの良い天気。そんな初夏の街へ僕は向かった。

 さて自転車を直したら、今日はどうするかと考えながら、何か自分が不思議にやたらとすっきりして、ポジティブな気分な事に驚きながら、

 ——僕は続きを始めたのだった。

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