第11話 宇宙船4
「君は誰だ」
と目の前の男は僕に言う。
その問いは、こちらこそが言いたいものであった。
モニターの部屋から通路に出たところを突然襲われて、気絶させられて、気付けば医務室の椅子に縛られている。
「お前こそ誰だ」
僕は言い返した。
すると、
「僕は、僕だ、ならば君は誰だ」
と更に言い返して来る男。
その言葉に、僕は一瞬考え込み、言い合いは、少しの間、沈黙となる。
まったく——。
……馬鹿らしい。
僕にはこの結果の結論はもう見えていた。目の前のこの男もそう思ってるのではないか?
滑稽だった。相手が誰なのか分かっているのに誰だとか言い合って……。もしこの言い合いを客観的に誰か見てる物がいるのならば、とても頓珍漢なものに見えただろう。
——だって同じ人物がお互いに「自分」に対して誰だと言い合っているのだから。
目の前の男は「僕」であった。何処から何処までも全く僕と同じ姿の男。
であれば——。
「君はクローンだな」
「……っ」
僕の言葉に、男は言おうとしてた言葉を一度飲込んでから、
「——それがどうした」
「やはりそうなのか? ならば不思議じゃないじゃないか。君はクローンとして生まれた。ならばオリジナルの僕がいてもおかしくはないじゃないか」
「オリジナルの……君がそうだとすれば、なぜ僕は生まれた」
男の言うのは、僕が、オリジナルの僕がまだ健在であるとすれば、彼が生まれるはずは無いと言う事であった。
その通りだった。この探検においては、僕の生存プランについてはそのようにつくられていた。僕のクローンがつくられるのはオリジナルが何らかの形で死ぬか、怪我や精神の以上で任務が遂行困難になるか、行方不明となった時に限られていた。
いざという時のため、船のメモリーに常に僕の脳内は記録されるとは行っても、完璧に元に戻すことは、少なくとも自分の時代の技術では不可能なので、なるべくオリジナルの僕が地球まで戻った方が良い。オリジナルの僕が行きている限り、クローンは作成されないはずであった。
しかし、目の前にいるのは間違いなく僕のクローンのようだ。
なぜ彼が生まれたのかは分からない。
しかし、
「……それは調べてみれば良いだろ。なぜオリジナルの僕がまだいる間に君が生まれたのか。何かシステムの不具合か、それとも何か理由があるのか。もしそうだとしたら、……たぶん何か不具合が起きているんだ。君が生まれたのはそのせいなのかも知れないが、……でも、ならば、せっかく二人になったんだ。二人でそれを調べれば、より早く、不具合が手遅れになるまえに解決策を発見できるかも知れない。だから……」
僕は彼に説明し、理解を得ようと思った。それは多分甘く行くだろうと楽観的に考えながら。僕の記憶を持ったクローンならば、同じように考え、説明を受ければ、同じ結論に達するのだと思ったから。
僕は、彼の答え、そして直ぐに縛めから海保されるのを待った。
でも、そのまましばらくしても、彼は僕をじっと睨んだまま動かない。
「何を悩んでいるんだ。嘘をつていると思うのなら僕の反応でもなんでも分析にかければ良いじゃないか。それで嘘を着いていない事は分かるだろ」
僕は迷っている彼にせかすように言う。
「僕には何も隠すような事は無いんだから。ましてや自分自身に、何も。僕は、僕だ。オリジナルの僕だ。僕はずっと僕であり、これからもずっと……」
彼は頷きながら、
「もうやっている」と言う。
僕の周りに集められた測定器は、僕が目を覚ます前から僕の事を調べまくっていた事だろう。
今も、僕の心理状態を刻一刻走査して、嘘偽りの兆候が無いのかを彼は身長に見極めているのだろう。
そしてその結果、
「君は嘘をついてはいないようだ」と男。
彼の目の前に浮かぶホログラムに描かれた結果を手でくるくると回しながら、そのオブジェクトを別の解析ルーチンのオブジェクトホログラムの中に放り込む。すると青色に変わるオブジェクト。それは僕は嘘をついていないと言う事だ。
なので何も問題は無いはずだ。僕をすぐに開放して、クローンの僕が作り出されてしまった不可解な事象の解明を行うべきであった。
が、
「だからこそ不可解だ」と男。
「不可解? 何が?」
僕は、少しもおかしくないのに、なぜか少し笑ってしまいながら、言う。
「何もおかしいところは無いだろ。僕はどう計測しても僕にしかならないだろ。僕は僕なのだから」
「君の結果は完璧だ。君の、残された最後の記録とその後の変化予測も完全に一致する。何者かが偽って化けているのももちろん、クローンでもここまでの身体的、心理的一致は出ないだろうと言うまでに君の計測結果は申し分がない」
男は少し気になる事を言った。
僕は、
「最後の記録?」
その言葉をくりかえす。
「……僕は毎日僕の記録を取っている。最後と言っても、ほんの数時間前の事だ。そのあと、僕の状態の変化予測をしなければならないほど、時間は経っていないと思うが……」
僕の言葉を聞いて、男は何かを考えるようにじっと天井を見つめてから、彼の横に浮かぶオブジェクトに表示された結果を見る。
「やはり、嘘ではないと言う事か」
結果は僕が嘘をついていない言うもののようだ。
「だから言ってるじゃないか。僕には何もおかしなところは無い。おかしいのは、僕がまだいるのにエラーで生まれた君で……」
男の眼光が少し鋭くなる。
その強い視線に、僕は少しびびりながらも、
「いや、だから君を排除したいと言うわけではない。僕は、……だか……」
何とか説得しようと話し始めた言葉に、
「君は、いないはずだ」とかぶせ気味に言う男。
「……?」
男の言っている意味が分からずに言おうと思っていた言葉を飲込んでしまう僕。
僕がいない?
僕が嘘をついているとか、偽物であると疑っている理由が、僕がいないと言う事だとすれば?
「君は、あの星で死んだはずだ」
「何を言う!」
僕は思わず声を荒げて叫んだ。
「記録ではそうなっている。君はあの星での調査中、そこの知的生物とのトラブルで死んだ。もう一年も前の話になる」
「馬鹿な。あそこには誰もいなかったはずだ。見たんだ。僕はこの目で、あの生物の死に絶えた星を。そう、その記録もある……」
「記録? あの映像記録の事か。荒涼たる大地と廃墟の広がる、草ひとつない……」
「そう、それだ……」
今度は僕がかぶせ気味に言う。
「あれは、偽物だ。君が偽造した映像で……」
「そんな訳は無い。僕は確かに見たんだあの映像と同じ、死に絶えた星の風景を。それに偽造だなんてそんな記憶は……」
「ならばこれはどうだ」
男は僕の目の前に一メートル四方程の立体映像を出現させた。
それは緑の丘の草原、川や沼の連続する美しい場所の映像であった。カメラは、点在する廃墟のような建造物の間を縫うように通り抜け、その輝く大地を映していた。それには、見覚えがあった。それもそのはず、表面の美しい草原をはぎ取ったならば、溢れる泉を枯れさせたならば、自分が見たあの死の星の光景そのままであったからだ。
この場所この丘にも行った事があった。もちろんそれはこんな美しい場所ではなく、砂埃舞う荒涼たる場所であったが、しかしこの場所なのには間違いなかった。
そうこの丘、その上にはなにかいわくありげな塔があり、その横には横たわった巨大な像があった。あの星のかつての住人の姿を形どったのか、鳥類に似た姿であったはずだった。
しかし映像はそんな奇妙な像ではなく、人間の姿をした巨像を映し出していた。——いやこれは像ではなく人間ではないか? こんな巨大な人間など存在できるのかとは思うが、丘の頂上に横たわるのは僕の記憶に有る奇妙な形の像ではなく、巨大な人間?
この映像に僕は引き込まれていた。僕にはまったく、覚えが無い、こんな映像こそクローンの僕が言う偽物としか思えなかったけど。なにかそう言いきれない歯切れの悪い思いを僕は抱えていた。
そのもどかしさが更に映像を注視させる。もしかしたら、こちらが本物、と思わせるよな現実感がそこにはあり、僕は寸でのところで、こちらが本物だと思い込んでしまいそうな瞬間が何度もあり、——しかし違う。
記憶は、僕のたどった歴史は、ここじゃない! こんな場所は知らない。
男は何のためかは知らないが、僕を陥れようとしている。あの星の現実をねじ曲げようとしている。僕が、いや人類が、長い旅の到達したのが、無でなく、美しい親戚の発見であると、報告を粉飾しようとしている。
僕はそう思い、その糾弾をしようとした。男にこんな偽造の理由と目的を聞き出そうと——。
僕が口を開きかけた時……。
カメラは巨人の周りで歌い踊る、美しくも脆弱そうな人々の姿を捉えていた。
人々は楽しそうに廻り、笑い合っていた。その小鳥のさえずりのような声は心地良く響き、混じり合った。太陽は人々を照らし、天使ででもあるがごとく、人々は輝いた。
僕はまた少し奇妙な感覚を得た。この人々を見ていて、また、妙な現実感がどっと押し寄せて来たのだが、それは何かさっきまでの風景を見ているのよりも更に強いものだった。特に、カメラに向かって、多分それを映している人物に向かって愛らしい笑みを浮かべる女性。彼女は、何か言いながらカメラ(を持つ人物)に向かって近づき、抱きついて来て、……思い出すその花の匂い、アザレアのような。
彼女は僕を見上げじっと見つめ……
「レア!」
僕はその瞬間、映像に向かって思わず叫んでしまっていたのであった。
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